2016年10月09日

ただ今戻りました(笑)。

 しばらく更新しませんでした。「前回はいつ書いたかな?」と確認したら何と10日も前。こんなに空いたのは初めてかもしれません。もっとも私が書こうと書くまいと、世の中の流れにいささかの変化もありません。

 実は、ちょっと思い立って信州に行っていたのです。タブレット持参で行きましたから、向こうでも投稿しようと思えばできたのですが、そこまで熱心ではないし、むしろ頭の中から「ブログ」の文字を追い出したほどです。

 最近叔母の元気のなさが気にかかり、無性に会いたくなったのです。母の弟(叔父)の連れ合いになる。

 叔母は若い時から超元気で超馬力のある方で、体格も立派。ヒョロヒョロとした叔父なんかぶっ飛ばされそうだった。しかし面倒見がよく、いつ行っても最大のもてなしをしてくれた。人が集まれば常に周囲に気を配り、一人息子(私と同い年)がボーとしていると、尻を叩いて注意を促す。

 10人以上の姉妹兄弟の中の黒一点で育った叔父は、はっきり言って我儘タイプ。ま、当然かも知れない。姉妹にとってはただ一人の男子だから、そりゃもう大変な扱いだったそうだ。入れ替わり立ち替わりで、なにからなにまで身の回りのことをやってくれたので、それが当然のようになってしまったのだろう。

 そんな叔父と結婚した叔母は大変だったと思う。叔父は家の中では一切何もしなかった(叔母の話)。手を伸ばせば届く物でも、わざわざ叔母に取らせる。「新聞だ」「お茶だ」と、まるで女中さん扱いだ。今の時代に結婚したら、即離婚でしょう。しかし、家では動かないけど、仕事だけは人一倍働いた。そして、一歩外に出ると大変身する。人の集まる所、どこにでも出かける。そして座を盛り上げるのだ。話も出ず、白けた雰囲気を感じると、突然立ち上がり、唄いだす。時には、ハーモニカも吹く。まだ元気で体力があったころは、ハーモニカ、ギター、それにカラオケ装置を持参し、独り舞台。もう叔父の独壇場となる。新聞の地方版にも紹介されたくらいだから、地元では有名人だ(笑)。

 叔母も外での叔父を知っているので、家での我儘が許せるようだ。傍から見ても、仲の良い夫婦だった。

 3年ほど前に叔父は亡くなったが、最後まで付きっきりで世話をした。しかしその後は気が抜けてしまったのか体調を崩し、膝や股関節を痛め、入院・手術を繰り返すようになった。あんなに頑丈な叔母だったのになあ、と寂しい思いだ。最近は歩行困難になり、外出はできない。それでも一人息子のために、三食の食事を作っているから、頭が下がる。勿論、食料品の買い出しは息子だ。

 訪問すると思いがけなかったのか、横になりながら手を差し伸べ、握手を求めてきた。目には涙。こちらも言葉が詰まってしまった。そして必死になって台所に向かおうとする。あの目一杯にもてなしをした頃の叔母を思い出し、慌てて止めた。息子がボーとしているから(笑)、なんとか自分で、の思いなのだろう。

 すると息子に「**!寿司を頼め」と命令する。ボーとした息子はバネ人形のように立ち上がり、どこかに電話をかけていた。体は弱っても、相変わらず息子を仕切る。

 耳も遠くなり、かなり大きい声で話さないと通じない。声にも力がなく、叔母とは思えない。

 「泊まっていけ」と何度も言ってくれたけど、こんな状況で泊まっては迷惑をかけるだけだ。「隣村のいとこの家に泊まるから」と断った。

 人間いつまでも元気でいたいけど、必ず弱る時がくるのだと痛感させられた信州でした。
posted by Boo! at 23:57| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする