2016年10月23日

思いもよらぬ・・・。

 新米の季節になりました。米屋の前を通ると、「新米入荷」の旗が立っている。新潟産、秋田産、宮城産・・・と、各県ご自慢の新米だ。

 毎日、毎日、口に入れるお米だけど、新米だけはやはり格別の味がする。香り、ねばり、甘さ、ふっくら感などが全然違う。

 何回か書いたことがありますが、毎年必ず秋田の従兄から新米が送られてきた。もう20年以上続いただろうか。しかも妻の両親の田舎である新潟からも届いたので、米を買う必要がなかった。幸せというのか、贅沢というのか、ありがたい贈り物だった。

 しかし義母が6年前に亡くなると(義父は40年以上前に亡くなった)、それを境に新潟からは新米が届かなくなった。義母との付き合いの延長で送ってくれたようなものだから、「もういいだろう」と思ったのかもしれない。妻に、「お前が薄情な付き合い方するから、向こうもやめたに違いない」というと、「そんなことない。冠婚葬祭があれば、ちゃんとご祝儀や香典を送っている」と口をトンガらがして反論した。「いや、そういう付き合いではないのだ」と言っても、よくわかっていないようだ(悲)。

 秋田からの新米だけになってしまったが、30kgも送ってくれるので、小食の我々には1年持ってしまう。その代り長期間保存できるように、玄米で送ってもらった。食べるたびに精米するから、いつまでも美味しくいただける。

 今年5月、従兄が亡くなった。そのため、昨年送ってくれた新米が従兄からの最後のプレゼントになってしまった。今年も新米の季節が近づくにつれ、「今年は届かないのかあ」とがっかりし、改めて、従兄の長年にわたる気配りに感謝した。

 その最後のお米もいよいよ底をつき始め、何十年ぶりかでコメを買う必要が出てきた。なにしろ米屋と縁のない暮らしをしてきたので、どこで買うか困った。スーパーに行けば、各産地の新米が並べられている。「スーパーのコメはあまり美味しくないよ」と言う人もいて、さらに悩ませてくれる。「ちゃんとしたスーパーならそんなことはないはず」と思い、2kgか3kg程度で良いから、とりあえず少量購入してみようということになった。

 「明日(本日のこと)は休みだから、一緒に買いに行くか」と、夕食を食べながら妻に訊いた。「そうだね」と同意したその時、「ピンポン!」

 チャイムの音だ。妻が応答する。「ゆうパックです」の声が聞こえた。「ん?誰からだろう?」

 妻が玄関ドアを開けた。その途端、「キャー!」と叫んだ。「何事だ」と思わず腰を上げた。最近、宅配便を装った強盗被害が増えていると聞いたことがある。「ノヤロー!」と、1億円もする豪華な金庫から拳銃二丁を取り出し「パンパン・・・」て、何をいってるんだか。

 妻がドアを開いて押さえていると、中年のおっさんがよろよろと大きな袋を担ぎながら中に入り、三和土にドサッと置いた。妻が再び喚く。「新米よ、新米よ」。なんだか「ナンマイダ、ナンマイダ」と聞こえた(笑)。

 そう、置かれた袋はまさしくコメの入った見覚えのある紙袋だ。興奮する手で、受取証にハンコを押した。「亡くなった従兄からはあり得ないし、今更新潟のコメが復活するわけない」。だが、ほかに思い当たらない。

 袋に貼られた送り状の文字を確認した。「秋田県・・・」とある。「えー、そんな馬鹿な」と名前を確認すると、なんと、従兄はいとこ、別の従兄の名前Bだ。亡くなった従兄の隣に住んでいる。隣といっても田舎のことだから、100mほど離れているけど。

 「それにしても、なんでBが・・・」と解せない。勿論この従兄Bとも大変仲が良い。一つ学年が上だけど、子供の時から同級生のように親しかった。ほかにもたくさんの従兄弟や従姉妹がいるけど、盆暮れのやり取りは亡くなった従兄とだけで、他とはあっさりとした付き合いに留めてきた。

 いままで一度も何かを送ったり送られたりがなかったから、お礼の電話のついでに訊いてみた。「いや、**さん(亡くなった従兄の名)から、毎年そちらに新米を送っていることを聞いていた。で、体が弱くなってきたとき、自分が亡くなった後はお前が送れと言われていたんだ」という。「最後の最後まで、そこまで考えていたのか・・・」と、話を聞きながら、涙が潤んできた。

 「そうか、だから玄米で送ってくれたんだ」と納得した。従兄から「玄米で送れ」と言われたのだろう。

 今年の秋田新米はなかったはずだった。それがこんな形で、また送られてきた。「**さんのお米も美味しかっただろうけど、今度は俺っちのコメを食べみてくれ」

 「ありがたく頂戴します」と何度もお礼をいい、電話を切った。
posted by Boo! at 22:53| 東京 ☀| Comment(5) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする