2017年01月01日

謹賀新年

 明けましておめでとうございます。暖かいお正月ですね。年が新しくなると、人間は一つ古くなります(悲)。

 いつの頃からか、新年を迎える楽しみが消えました。おそらく、お年玉を貰える頃までが楽しみだったのでしよう。親から初めてお年玉を貰ったのは何歳のときだったのだろう。多分、幼稚園児の頃ではなかったか・・・。金額は覚えていないけど、ま、100円程度だったでしょう。

 当時は、5円、10円単位で駄菓子や凧、独楽、メンコ、ビー玉などが買えたから、100円でも 嬉しかった。我が家だけでなく、日本中がまだ貧しかった時代だ。子供にお年玉を与えるような余裕はなかったと思う。

 家族で親類の家に年賀に行くと、伯父や伯母がお年玉をくれた。やはり100円程度だった。行けば必ず用意してくれたから、絶対に行ったものだ(笑)。こうして何人かから貰っても、少額だからなかなかたまらない。500円も集まったら金持ちになったような気がした。

 家計の助けにと、母が下宿屋を始めた。都内の私立大学に入学したばかりの学生を二人預かった。同じ大学だったが、出身地は違った。初めての正月休みで学生は帰省し、正月が明けると戻ってきたが、内一人の母親が新年の挨拶のために一緒についてきた。昔の親はこういう律儀さがあったのだ。手土産を沢山持参しただけでなく、なんと私にお年玉をくれたのでびっくりした。両親、親類以外、つまり他人からお年玉をもらったのはこの時が初めてだった。

 あとで袋を開けると、真新しい千円札が入っていた。これには、驚いたのなんの。当時の千円と言ったら大変だ。おそらく大卒初任給が一万円以下だったはずだから、破格の千円だ、しかもまだ小学4年生だ。

 以降、毎年その母親は挨拶に訪れ、欠かさず千円のお年玉をくれた。この大学生が卒業すると同時に、お年玉も切れてしまったが、しかし、その後も家族ぐるみのお付き合いが続いた。大学生の実家は静岡県伊東市で旅館を経営していたこともあって、私が高校生までほぼ毎年のように、夏休みには1週間以上も遊びに行った。大学生には美人妹が二人いたことも行きたい理由だった(笑)。やがて大学生が結婚するときは両親が仲人を務めた。両親亡き後も、私との付き合いが現在でも継続しているから、珍しいケースかもしれない。

 いくつになってもお年玉は貰いたいものだ。しかし、大学を卒業するころには貰えなくなるのが普通でしょうね。そして、今度はお年玉を渡す立場に変わる。こうなると、お正月の楽しみがなくなる(笑)。結婚してからは、女房が私からのお年玉を狙っている。そうじゃなくても、年末から正月にかけてむしり取られることが多いのに・・・。何しろ、12月は結婚記念祝いとクリスマスがあり、年が明けるとお年玉、すぐに彼女の誕生祝いと、もう目白押しなのです。もうすこしバラけろよ、と言いたい。

 とまあ、正月早々ぼやいております(笑)。

 今日はこれから近くの神社に初詣に行きます。小さな神社ですが、最近は多くの参拝者が訪れるようになり、2列で200mくらい並ぶこともあります。お賽銭を入れ、あとは交通安全のお札を買います。そのままプラプラと駅周辺まで歩き、二番目の神社にお参り、そしてどこかお店に入り、コーヒーと軽食をとるのが毎年のお決まりコースです。これだけで5km以上歩きますから、良い運動にもなります。

 「今年の抱負」なんてものはありません。ただただ、健康で家族円満でありさえすれば十分です。たぬきさんや阿羅漢さん一家のように、離散家族にならないことだけ祈っています(笑)。

 また、「今年こそ、スチールギター練習を頑張る」と誓いを立てても、どうせ守らないに決まってますから、立てません(笑)。

 「守らない誓い」「守らない約束」「守らない法規」「守らない公約」・・・ほど無意味なものはありません。これはどこかの政治家に言えるような・・・?


 しかし少なくとも、当ブログは続けたいと思っています。無理せず、のんびりと書いて行きたいです。ただし、皆様は無理してでもコメントを書くことが義務付けられておりますので、よろしく(笑)。

 正月早々からこんな記事です(アルコールも少々入っている)。懲りずにお付き合いくださいますように。
posted by Boo! at 12:34| 東京 ☁| Comment(22) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする