2017年05月09日

残念!

 時々触れたことがありますが、都内に住む従兄が亡くなりました。享年80歳でした。昨年は秋田の従兄が亡くなったが二人はほぼ同年齢だ。しかも5月7日と8日、一日しか違わない命日となった。

 昨年の今頃だったか、従兄の連れ合いから、「最近、精神的に不安定で、言動、行動がおかしい」と知らされた。実は彼女から相談される大分前から、異変に気がついていた。ただそれはほんの僅かなことで、従兄をよく知る私だから小さな変化に気がついたと言える。多分彼女だっておかしいと感づいていたはずだ。

 しかし微妙なプライベート問題だし、こちらから余計な口出しして感情を害したくなかった。向こうから話してくるまでは触れないようにした。

 そしていよいよ追い詰められたのだろう、知らせてきた。話を聞くと、私が考えていた以上にひどい状況になっていて、愕然とした。認知症の範疇に入るのだけど、妄想が強く、連れ合いには特にきつく当たる。全く身に覚えのないことで責められる。高じてくると、暴力に近い振る舞いをする。その都度、近くの息子や娘の所に避難した。「あの物静かな人が・・・」と、信じられなかった。

 子供たちが一生懸命説得しても、「お前たちは母さんに騙されている」と言って、益々感情を高ぶらせたそうだ。こうなると、家族だけで何とかなるような問題ではない。

 その後、なだめすかし、従兄を病院に連れて行き、診断を仰いだ。結果は、なんとかいう難しい病名で、認知症の中でもたちの悪い症状が特徴らしい。連れ合いの身の安全を考えて、そのまま入院措置が取られた。ほぼ強制入院だ。

 3ヶ月入院したが、その間に受け入れ可能な介護施設を探し、退院と同時に施設に入った。かなり精神状態が落ち着いてきたものの、それは薬によって抑えられているからだった。もう自宅での世話は無理と判断したのだろう。8月のことだった。

 私は面会に行くつもりで、連れ合いに状態を確認した。しかしまだ会わせられる状態ではないと言われ、12月にやっと面会することができた。

 心の準備はしていたものの、変わり果てた従兄の姿を見るのは辛かった。言葉は発するが、ほとんど単語。何度も同じ言葉を繰り返す。会話にならないのだ。顔もほとんど無表情だった。

 昔の話でもして、ゆっくりするつもりだったが、いたたまれなくなり、予定よりも早く切り上げた。

 亡くなる10日ほど前、「5月の連休が過ぎたら、また面会に行こう」と算段していたら、今回の悲報。「連休前に行けば良かった」と悔やんだ。


 几帳面、生真面目な人だった。他人との会話は苦手だったけど、私に対しては饒舌だった。素の自分が出せたからだろう。

 連れ合いである彼女のことが大好きで、信頼もしていた。会社が大きく成長したのも、彼女の力が大きい。仲は良かったものの、そんな彼女の力に嫉妬していたのかなあ、それが妄想に繋がったのか、なんてことも考える。

 そうだったとしたら、「考え過ぎだったよ」と言いたい。

 沢山いたはずのいとこ達が次から次にいなくなり、寂しい。以前、旅館を借り切って50人近くで開いた「いとこ会」が今は懐かしい。

 今度の土・日が通夜、告別式だ。それはいいのだけど、告別式で親戚を代表して挨拶して欲しいと依頼されてしまった。私はばかばかしい挨拶は得意(?)だけど、堅苦しい挨拶はからっきしだめなのだ。このような依頼は断ってはいけないと思い、渋々承諾したけど、頭が痛いなあ。MATTさんやたぬきさんは得意そうだから、トラを頼もうかな(笑)。

 以上、誠に私的な話でしたが、記憶に留めるための私のメモ帳として書いたものです。ご容赦を。
posted by Boo! at 22:36| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする