2007年04月04日

スチールギターに初挑戦した頃 67

 「ジ・インビテーションズ」のハーモニーを聴いていると、コードにはない音が聴こえてくる。何度聴き返しても聴こえる。コードにはない音だが、その音が入ることによって、ハーモニーがモダンな響きになる。

 例えば、E♭7の所で、リードがE音だったり、B♭7の所では、4番がB音を出したりする。当時の私の和音に対する知識程度では、こういう音の使い方が謎だった。「何でE♭7がEなんだろう?」と疑問が膨らむものの、これに答えられる者は、私の周りにはいなかった。

 現在では、テンションという言葉は、当たり前のように使われるようになっているが、当時は、ほとんど知られていなかったと思う。一部のジャズの連中が使っていた位だったのでは・・・。

  テンション・コードという言葉は知らなかったが、例えば、7thコードを9thコードにすると、格好よく聴こえたので、よく9thコードに変えた。7thを全て9thにしてしまう者もいたくらいだった。これとて、テンション・コードと認識して使っていたわけではなかったろう。なんか格好いいという感覚で使っていたにすぎないと思う。

 日本で最初のジャズ理論書ともいえる、かの有名な渡辺貞夫著の「ジャズ・スタディ」が出版されたのは、1970年頃のことだ。私の話は、それ以前のことだから、無理も無いことと言える。

 謎ではあったものの、理論的に解明するほどの時間は残されていなかった。ただただ、ひたすら彼らの音を忠実に聴き取ることに専念した。バッキーさんのコピーでは、4コーラスなら4コーラス全部をコピーする必要があったが、唄コーラスの場合は、1コーラスさえコピーしてしまえば、ほぼ終る。同じ繰り返しが多いからだ。後はエンディング部分をコピーすればよい。だから少し楽な部分もあったが、しかし、聴きなれない響きを聴き取るのはやはり、大変な作業だった。
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2007年03月31日

スチールギターに初挑戦した頃 66

 「ジ・インビテーションズ」のハーモニーを真似しようと思ったら、彼らの各パートを聴き取るしかない。

 彼らは5人で編成されていた。我々グループは6人だったが、歌えるのは4人だけなので、4声ハーモニーで何とかまとめようと考えた。

 彼らのハーモニーはどれを聴いても、難しく複雑に聴こえた。しかし、その中でも、比較的コピーしやすいと思われる曲を選んで、作業に取り掛かった。「Twilight in Hawaii」「Sweet Someone」「Beyond the reef]「Hawaii Calls」といった曲だ。本当は、「Leahi」という曲を一番やりたかったが、レコードのように、格好よくギターを弾ける者がいなかった。そうかといって、私がギターの代わりに、バッキースタイルでスチールを弾くわけにはいかない。彼らのハーモニーとバッキースタイルでは、いわば、水と油みたいなもので、まったくふさわしくないからだ。

 各曲のコード進行が正確に取れなければ、ハーモニーも理解できないと思い、その作業から始めた。この作業はさほど難しくはなかった。というのも、バックがフルバンドなので、ベース音まできっちりとアレンジされており、むしろ取り易かったくらいだ。

 コード進行をノートに書き取り、次に、リードボーカルを聴き取った。ここまでは比較的順調に進んだ。問題はここからだった。

 リード以下の2番、3番、4番といったボーカルのパート部分だ。彼らの声が、上下にクロスするように移動するので、2番なのか、3番なのかわけが分らなくなる。分らず、悩んで、一つのところに留まると、いつまでも先に進めないので、とにかく、大雑把でもいいからと、取れそうな音からつまみ食いのように取って行った。10回以上聴いても分らない所は、スキップして先に進んだ。

 歯が抜けたように空白になっている小節部分は、再び聴き直して挑戦し、少しづつ埋めていった。

 

 今じゃ、こんな骨の折れるようなことはとても出来ない。若い時の情熱は凄いものだなと、今更ながら感心する。
この情熱を勉強や仕事に振り向ければ、ばら色の人生を送れたかも・・・?
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2007年03月28日

スチールギターに初挑戦した頃 65

 「ジ・インビテーションズ」というコーラス・グループを知ったのは、既に卒業された先輩から「ちょっと面白いレコードが手に入った」と、テープにダビングしてくれたことからだった。

 どれどれと、再生してみた。コーラスが聴こえてきた瞬間、私は驚いた。何というハーモニー。それまで聴いたこともないような斬新なハーモニーだった。すごいコーラスだなと感心した。

 すっかり夢中になり、何度も聴き返した。「Leahi」「Waikiki」「Susie Anna-E」等々、原曲を相当に変え、モダンなコーラスに仕立てられていた。また、アレンジも素晴らしく、特に、ギターとバイブでのユニゾンによるイントロ、或いは、間奏が洒落ていた。

 そうすると、「自分たちにもこういうコーラスができないだろうか」と無謀なことを考え始めた。当時はまだ、日本のハワイアンバンドでこのようなコーラスを取り入れているグループは無かったと思う・・・多分。所がある時、何かの機会があって、K大のハワイアンバンドを聴くことがあった。なんと彼らは、「ジ・インビテーションズ」のそっくりさんを披露したのだ。ビックリすると同時に、先を越されたと悔しい思いもした。悔しいが、昔からK大の連中はどこよりも早く新しいことをやっていた気がする。なかなか上手かった記憶もある。

 バッキーさんのコピーが一通り終わってしまい、次に夢中になるものを求めていたこともあったのだろう。ターゲットを完全にこのコーラスに移した。

 一体どのように音を重ねれば、あのようなハーモニーが生まれるのか、強い興味を覚えた。


(余談)ある時、自室で大きな音量で「ジ・インビテーションズ」を聴いていたら、お袋が部屋にやってきて、「随分音痴な唄だね。へたくそ!」とあきれたので、大笑いしたことを思い出す。
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2007年03月23日

スチールギターに初挑戦した頃 64

 私が最初にやるべき事は、リサイタルで演奏する曲選びだった。後輩たちのレパートリーを調べてみると、いってみれば、ありきたりの曲ばかり。どこのハワイアン・バンドでも必ず演奏するような曲が多く、新鮮味が全くなかった。それに、アドリブの入る演奏曲もないから、リズムの変化に乏しいし、メリハリに欠けていた。その為、リサイタルで取り上げようという気持ちにはならなかった。また、このような刺激の少ない演奏ばかりをしていたら、速い4ビートの演奏についていけるのだろうかと心配になってきた。

 リサイタルで演奏する曲数は、大体、5〜6曲だ。予備を含めて、2,3曲多く用意することにした。私のスチール演奏曲を決めることは比較的、簡単だった。それまで、バッキーさんのコピーに没頭していたから、それらの中から選べば良かったからだ。その頃には少々得意になりつつあった「Honolulu・・」は、はづせなかった。あと、「キャラバン」「スチールギター・ラグ」それに、もうひとつ、何だったか・・・?

 他に、ボーカル・ソロとコーラスを加えて、なんとか数はそろえることが出来た。この中では、コーラスに一番、頭を痛めた。

 実は、私はどうしても実験的にやってみたいコーラスがあった。それは、当時、一部の大学生の間で注目されていた「ジ・インビテーションズ」というコーラス・グループの真似事をしたかったのだ。
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2007年03月20日

スチールギターに初挑戦した頃 63

 後輩たちに対してはハッキリと断ったものの、その後も彼らから執拗な説得を受けた。それは毎日のように続いた。彼らの一人であるYは特にしつっこく、帰りの電車の中でも繰り返し懇願され、いささか辟易したものだった。

 一丸となって攻めてくる彼らに対して、そういつまでも拒否ばかりを続けることが難しくなってきた。それに、リサイタルの日も刻々と近づいてくる。このような状態が続けば、リサイタルを前に、後輩たちは空中分解してしまう恐れすら出てきた。

 一年生の時から一緒に活動してきて、共にOBバンドのメンバーになった仲間たちにも相談した。彼らは一様に賛成の意見で、むしろ「その方がいい」とまで言ってくれた。

 気持ちが揺れ続けていたが、思い切って後輩と一緒にリサイタルに出る決意をした。もう気持ちを切り替えて頑張るしかないと思った。

 早速、後輩たちを招集し、私の気持ちを伝えた。リサイタルが成功するかどうかも分らないのに、彼らはえらく喜んでいた。

 私は、「やるからには徹底した練習をするし、容赦しない。そのつもりで頑張ってくれ」と宣言した。リサイタルまで、幾日もないのだ。相当な覚悟で練習してもらわないと、とても間に合わないと危機感を持っていた。あと2ヶ月足らずだ。
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2007年03月16日

スチールギターに初挑戦した頃 62

 後輩はポツリポツリと話し出した。

 「高校生の時からスチールギターを練習してきたが、中々、思うように上達しなかった。いつも自信がなく、プレッシャーを感じていた。本心を云えば、唄を歌っている時が一番楽しい。できれば誰かにスチールを担当してもらって、自分は唄に専念したいと思い続けていた。***さんの演奏を聴くたびに、今度のリサイタルでスチールを弾いてくれたらなあと思うようになりました・・・」

 「何を勝手なことを」と思う半面、そんなことを考えていたのかと複雑な思いもした。確かに、彼のボーカルは素晴らしく、魅力的な声の持ち主だった。だから、唄でアピールしたい気持ちも分らぬでは無い。

 前年のリサイタルでは、僅か半年程度の練習でスチールを弾いた。当然、未熟さを曝け出し、まことに不本意な結果だった。もしチャンスがあるなら、絶対リベンジしたいと思ったものだ。それが、思わぬ形でそのチャンスが目の前に現われた。

 とは言っても、2年生の時にベースとしてレギュラーに抜擢され、リサイタルに出演したし、3年生ではスチールギター担当で2回目の出演。もし、今回も出演ということになれば、3年続けての出演ということになる。こんな例は過去には無かったことだ。周りから「また出るのかよ」という声が聞こえてきそうな気がした。

 「一緒に出て欲しい」と懇願されるのは、正直いって嬉しい気持ちもあったが、ここはやはり、固辞するべきと考え、はっきり断った。だが・・・。
 
 
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2007年03月10日

スチールギターに初挑戦した頃 61

 喫茶店に入りしばらく雑談したが、相談したいと言ってきた後輩は中々用件を切り出さなかった。

 やがて、意を決したように「実は、メンバーと相談したことですが、今度のリサイタルに我々と一緒に出てもらえないでしょうか?勿論、***さんにスチールを弾いて欲しいのです」

 なんの相談かと思っていたが、これは全く予想外のことで、驚いてしまった。それに、後輩のバンドにスチールがいないわけではないし、メンバーが足りないわけでもないから、何の問題もないはずだった。それとも、スチール担当が何かの事情でやめざるを得なくなったのかと、むしろ心配してしまった。

 「冗談だろう!俺はすでにレギュラーを終えて、OBの立場だ。今更、出る幕なんかない。それに何故、今頃そんなことを言い出すのか?」「はい、よく分かっていますが、そこを何とかお願いします」「だから、理由を云え!」

 それまで黙っていたスチール担当が、顔を上げ、口を開いた。

 「実は、***さんにスチールをお願いしようと提案したのは僕なんです」「お前が?」

 彼は、ぼそぼそと胸の内を語りだした。
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2007年03月07日

スチールギターに初挑戦した頃 60

 長い夏休みも終わり、後期が始まった。

 前年までだったら、近づく大学祭やリサイタルに向けて何かと準備することがあった。しかし、4年生になり、OBという立場になってしまうと、これといった目的もなく、手持ちぶさた状態。就職も決まってしまったから、のんびりしたものだった。

 バッキーさんのコピーに夢中になり、夏休みが終わる頃までには、大抵の曲をコピーしてしまった。お陰で、一時、脱力感を覚えてしまったほどだった。

 たまに気が向けば、後輩レギュラーの練習場所に顔を出して見学したり、或いは、先輩としての強権を発揮して、私のスチールの伴奏をさせたりもした。だが、目的のない練習というのは、はっきり云って、余り面白くないものだ。

 そんな状態が続いたある日、その日も後輩の練習に顔を出し、彼らの演奏に耳を傾けた。彼らもリサイタルに向けて必死に頑張っていたのだ。色々と気になる点はあったが、口出しは一切しないと決めていた。勿論アドバイスを求められれば遠慮なく指摘した。

 練習が終わり、彼らと一緒に帰ることになった。後輩の一人が「***さん、ちょっと相談したいことがあるのですが、少し付き合ってくれますか?」と話しかけてきた。

 普段、彼はアホな事ばかりを話すので、本当のアホだと思っていたが(笑)、何故かいやに真剣な顔をしていたので、一体、どうしたのかなと不審に思った。別に予定もないので、「構わないよ」と応じた。

 大学近くの喫茶店に後輩たちと入った。
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2007年03月03日

スチールギターに初挑戦した頃 59

 ホテルは長崎県の某市(具体的な地名は秘す)にあり、かなり立派なホテルだった。洒落たプール設備があり、そこから海岸砂浜に降りられるようになっていた。そのプール・サイドにステージが特設され、そこで演奏することになった。
 
 夜だけの演奏で、昼間は完全フリー。待遇はまあまあだった。国際観光ホテルとは謳っていても、外国人客は全くいなかった。しかし、地元では相当に有名なホテルということで、毎日、沢山の客が来た。

 3回ステージで、最初のステージは我々バンドの唄と演奏。2回目と3回目のステージはフラ・ダンスが入った。このフラ・ダンスのバックで私は大変な思いをした。続きを読む
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2007年02月28日

スチールギターに初挑戦した頃 58

 寄せ集めたメンバーとの練習では、実に新鮮な刺激を受けた。皆、一定以上の水準を越えるレベルだったから、特に、細かい打ち合わせをする必要もないほど、スムーズに練習を進めることが出来たのは、私には驚きだった。はっきり云って、クラブの仲間とのレベルの違いを思い知らされた。上手い連中と一緒に演奏すると、自分まで上手くなったような気がする。実際は何も変わっていないのだが・・・。

 聞けば、全員、高校時代から修練を積んでおり、ハワイアンをよく知っていた。大学に入ってから始めた、それもスチールギターに関しては3年生になってから始めた私とは、大きな経験の差があった。だから、彼らに一生懸命について行こう、迷惑にならないようにしようとだけ考えた。しかし、皆、気持ちの良い連中で、嫌な顔や一言の嫌味も言わず、和気藹々と練習ができたのは救いであった。続きを読む
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2007年02月23日

スチールギターに初挑戦した頃 57

 幸いにも、仕事はすぐ見つかった。というか、相手から打診があったのだ。場所は九州の長崎県。現地ではかなり有名な国際観光ホテルだという。まだ、九州には行った事がなかったこともあって、渡りに舟とばかりに、即、受諾。約束は20日間。

 だが、受けたは良いが、メンバー集めに困ってしまった。ずっと行動を共にしてきた仲間と行きたかったが、メンバーの何人かが、まだ就職が決まっておらず、のんびりとしてる場合ではなかったのだ。新しくレギュラーになった後輩バンドも、生意気に仕事が決まっていた。また、1年生や2年生ではとても心もとなくて使う気にはならなかった。

 そこで思いついたのが、例の2部学生のハワイアンバンドだった。あの出来事以来、彼らとは時々接触することがあった。リーダーでもあったスチールギター担当に相談してみた。彼の返事は、メンバーは全員夜間学生であるので昼間は勤めており無理だろうが、他にも上手い何人かを知っているから紹介しようといってくれた。
 2,3日もしないうちに彼から、「全員了解だから、**日の**時に集まる約束をした」と連絡があった。約束の日に指定された場所に行った。
 全員それぞれ異なる大学で、リズムギター、ウクレレ、ベース、バイブの4人だった。バイブは予想外のことで、これならバンド演奏の幅が広がるなとすごく期待感がふくらんだ。そして、早速、翌日に音あわせしようと決めた。
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2007年02月19日

スチールギターに初挑戦した頃 56

 レギュラー時代とは異なり、明らかに練習する機会は減った。リサイタルに向けてといった大きな目標もないし、一体何のために練習するのか分からなくなる時もあった。ダンスパーティーなどの仕事が入ると、直前に集まってチョコチョコと練習するという程度になってしまった。
 だが私だけは、バッキー調を極めたいという思いが強かったので、依然、手当たり次第にコピーを続けていた。夏休みに入る頃までには、相当数の曲が弾けるようになった。自分でも指がよく動くようになったと実感できたし、かなり自信を深めた。バッキー調が頭に染み込んでしまって、特にコピーもしていない曲でも、自分なりのバッキー調で弾くようになっていた。
 
 その一方で、4年生になったからには就職活動をしないといけない。大学に入って以来、クラブ活動に夢中で、ロクすっぽ勉強などしていないから、成績だってひどいものだ。こんな成績の私を拾ってくれる会社なんかあるのだろうかと心配になったほどだ。人並みに会社訪問をし、資料を取り寄せ、結局、3つの会社を受けた。一つ目は筆記試験で落とされ(まあ、当然だ・・)、2つめは筆記試験は合格し、面接までは行ったものの不合格。さすがに焦ったが、3つめの会社で何とか内定を貰うことができた。7月の末だった。

 将来の道も決まり、ホッとした私は、学生生活最後の夏休みを有意義に(?)過ごすべく、バンドの仕事を取ろうと考えた。
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2007年02月14日

スチールギターに初挑戦した頃 55

 新学期が始まり、クラブの新年度総会があった。我々新4年生は、この総会で新3年生にレギュラーの座を譲り、後を託した。寂しさはなかったといえば、うそになる。後輩たちに対しては、不安と期待が入り混じった気持ちで、とにかく頑張って、この年のリサイタルを無事に務めて欲しいという心境だった。
 新レギュラーになった後輩のスチール担当は、高校時代から弾いており、私なんかよりも余程年期が入っていた。だが、どういう演奏を目指したいのかが私には見えず、物足りなさを感じていた。とは言え、バトンタッチをしたのだし、これからは彼らの天下だ。余計な口出しはするまいと心に誓った。私が先輩とはいっても、スチールに関しては、まだ、たったの1年の経験しかない。経験においては、後輩の方がベテランだからだ。
 OBバンドの立場になって一番困ったのが、練習場所の確保だった。OBはお役御免ということもあって、それまで定期的に使用していた練習場所が使えなくなった。あくまでも、レギュラーバンドやジュニアバンドのための場所だからだ。
 仕方ないので、どうしてもバンド練習をする時は、学生会館の階段踊り場を使った。音が反響してやりにくかったが、ないよりはマシだった。
 
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2007年02月08日

スチールギターに初挑戦した頃 54

 「Honolulu・・」をコピーし、何とか弾けるようになった頃には、チューニングを完全にAm一本にした。それまでは、C6チューニングから始めたこともあって、バンドの仕事の時はC6で弾いていた。この方が曲数があったからだ。だが、C6とはいっても上3弦はAmと同じだから、Am一本にしても何とかなるだろうと考えた。最初の内こそ、真ん中のG音がないことに違和感を感じたが、やがて、それにも慣れてしまった。
 年が明け、大学3年生も終わりに近づいた。私はひたすらバッキーさんのコピーに没頭した。「Honolulu・・」の時は、バッキー調初コピーということもあって、一ヶ月くらいの時間がかかった。しかし、2曲、3曲とコピーを重ねると、バッキーさんの癖もよく分かってきて、フレーズを聴いただけで、ああ、あのフレーズと同じだとか、すこし変形させたフレーズだとかが判断できるようになったので、コピーできる時間がどんどん短縮された。早いと2日、かかっても4,5日でコピー出来たので、練習日にはいつも新曲を持って行った。メンバーがコード進行を覚えきらないうちに新曲を持っていくので、よく音を上げていた。
 しかし、これだけ夢中になってコピーしても、まもなく4年生になり、レギュラーの座から降りることになる。4年生になると、レギュラーを卒業したという意味のOBの立場になるからだ。OBになると、クラブ活動からは一切、手を引き、請われればたまに後輩の指導に当たる程度のことしかやることがなくなる。後は、単発で入るであろう仕事で弾くくらいしか、演奏する機会はなくなる。前年のリサイタル、それもスチールを始めて僅か6ヶ月で弾かざる得なかったあのひどい演奏のリベンジを果たせないのは、かえすがえすも悔しかった。今弾かせてもらえばなあという思いが強かったからだ。
 4月になり、遂に4年生になった。大学生活もあと1年を残すのみとなった。
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2007年02月02日

スチールギターに初挑戦した頃 53

 家での練習では結構弾けるようになったと勝手に思い込んでいた。所が、仲間と音合わせしてみると、こんな筈ではの連続だった。それでも、何度も何度も練習を繰り返している内に、一応、さまになってきた。メンバーも真剣な顔をしてリズムを刻んでいた。恐らく、彼らにとっても良い刺激になったのだと思う。それまでの変化に乏しい練習から一転して、アップテンポの曲が入ったことで、多少の緊張感も生まれたのだろう。
 個人練習も勿論大切だが、仲間との練習は更に上達のスピードを高めると思う。集中力がぜんぜん違うからだ。個人練習だと、間違えたらやり直せばいいという気持ちがどこかにあるから、心構えがゆるくなるのは致し方ない。だが、仲間との練習では、ミスしたらみっともないと言う気持ちが働くから、真剣にならざるを得ない。途中でミスしてもリズムは待ってくれないから、必死に付いて行くしかないのだ。
 「Honolulu・・・」の最初のバンド練習は、まあ50点位の出来だったろう。しかしその後、回数を重ねることによって、心の余裕が生まれ、その年が明ける頃には、ほぼノーミスで弾けるようになっていた。
 コピーすることに自信がついた私は、バッキーさんのアドリブ演奏の入った曲を集中的に集め、片っ端からコピーすることにした。どんな曲を取り上げたか、今となっては遠い記憶になってしまったが、思い出せるものを書き出してみると、
 1.Honolulu how do you do 2.Caravan 3.波に乗って 4.旅愁 5.Basin Street Blues 6.St.Louis Blues 7.Old Plantation 8.Drifting and Dreaming 9.My little Chickadee 9.All of me 10.When you're smiling 11.Hoe hoe 12.Steel guitar rag 13.Waikiki is good enogh for me 14.Harlem speaks

この他にも数曲はあったはずだが、思い出せない。
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2007年01月30日

スチールギターに初挑戦した頃 52

 練習日、いつものようにレパートリーを一通り練習した後、私は「Honolulu・・・をコピーしたから練習させてくれ」とメンバーにコード表を渡した。皆、「へー・・!」というような反応を示した。
 それまで私が弾く曲はスローやメディアム・テンポばかりで、アドリブの入ったものは全くなかった。弾きたくとも弾けなかったからだ。テクニックもまだ身についていなかったから、速い曲をピッキングすることが難しかった。しかし、バッキーさんの「Honolulu・・・」を苦労しながらもコピーし、更には、何とか弾けるようになりたいと、ひたすら練習を続けたことで、ある瞬間から手応えを感じるようになった。おぼつかなかった指の動きが自分でもハッキリ分かるくらい、スムーズに動かせるようになってきたのだ。そうすると益々面白くなり、練習に没頭する。こういう姿勢で学業に励めば、今頃はもっと輝かしい(?)人生を歩んでこれたかも知れないのだが・・・(遅いか・・!)。

 オリジナルテンポよりも若干遅めのテンポでカウントを出し、弾き始めた。1コーラス目はまずます無難だった。2コーラス目に入り、いきなりコケた。一人で黙々と練習するのとはやはり勝手が違う。それに、メンバーに良い所を見せたいという、まあ言ってみれば、変な色気が出てしまい、気持ちが上滑りしてしまった。だから、リズムが先走りしてしまう。アドリブ部分に入る直前、「さあ、アドリブだぞ」と気が入りすぎて、ピッキングが空回りしてしまった。あー、情けなや!
ラベル:バッキーさん
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2007年01月24日

スチールギターに初挑戦した頃 51

 テープスピードを半分に落としたことによって、かなり正確にコピーすることができた(・・多分!)。しかし、音が取れたからといって、すぐに弾けるわけではない事は勿論だ。だが、自分なりに苦労して、バッキーさんのアドリブプレイを分析できたことは私には大きな自信となった。
 音が取れた時点で、半分以上はその曲を征服したようなものだと思う。後はオリジナルテンポで弾けるように繰り返し練習するしかない。やり方は、大体4小節に区切って、ゆっくりしたテンポから始める。だんだんテンポを上げて、普通のテンポでも弾けるようになったら次の4小節に進む。これを繰り返して1コーラスを終えたら、今度は1コーラスを通して弾く。部分的に弾けても、全体を通すとやはり引っかかるところが出てくる。そういった所を修正し、何とか克服できたら2コーラス目に進む。先ほどと同じやり方で挑戦する。このようにクリアすべく繰り返し練習を続け、最後の4コーラスを終了した時は達成感、充実感で一杯だった。
 正直言って根気のいる作業だったが、むしろ面白くて苦ではなかった。
 現在のようにTAB譜があるわけではない。誰かの演奏のように弾きたいと思ったら、自分でその音を取るしかなかった。熱心なアマチュア・プレーヤーはみんなこのように苦労したはずだ。TAB譜は確かに便利だし、大きな手助けにもなるだろう。だが、自分で何とか音を取ってみようと少しは努力しないと、本当の意味で、血や肉にならないのではないかと思う。時々コメントをお寄せくださる方から「Honolulu・・」の質問を受けたが、40年も前に弾いたことなのにしっかり記憶を呼び戻せたのは、当時必死になって音を取ったことで頭の奥に残っていたのだと思う。もし、他人のTAB譜で覚えたら、完璧に忘れ去っていただろう。
 4コーラスを通して、何とか格好がつくようになり、バンド仲間との練習にも取り入れていいかなと、手応えを感じるようになった。「Honolulu・・」の挑戦を始めてから1ヶ月が過ぎていた。
 練習日、私は勇んで「Honolulu・・」を引っさげて行った。
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2007年01月20日

スチールギターに初挑戦した頃 50

 テープスピードを9.5から4.75に落として再生した。出てきた音はまるで牛が鳴いているような間延びしたゆったりとしたもの。軽快なバッキー調が牛歩調になってしまった。音は微妙に揺れるが、しかし、ちゃんと音の動きが分る。
 聴き進んで行くうちに、私は目の前に道が拓けたと思った。あれほど何回聴いても聴き取れなかったフレーズが、今やハッキリと聴き取れる。バッキーさんが着ている服を一枚一枚強引に剥ぎ取り、更には、下着までむしり取り、全裸状態にしたようなものだ。白日の下にさらけ出されたバッキーさんの裸体・・・オエー!同じ全裸なら、やはり若い女性がいいな・・・って、なにを言ってんだか!続きを読む
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2007年01月17日

スチールギターに初挑戦した頃 49

 クイック・テンポの「Honolulu・・・」を耳コピーすることはなかなか困難だった。当時はロクに譜面なんか読めなかったし、勿論書くこともできなかった(今でも余り変わらないが・・・)。もしそのような能力を持っていたなら、解明できる所から譜面に起こし、段々細かい個所を突き詰めて譜面を完成させたことだろう。一旦譜面にしてしまえば、あとはオリジナル演奏と譜面とを見・聴き比べながら練習すればいいのだから、随分はかどったはずだ。しかし、そんなことはできるはずもなかったから、分った所だけをしっかりと頭に記憶させるしかなかった。
 メロディー、アドリブ部分を合わせて、全4コーラスの構成。なんとか約2週間かけて、一通り音は取ったつもりだった。だが、細かいところは適当に誤魔化したため、7割方取れたかどうか・・・。不完全な残りの3割がどうしても気になって、これではダメだなと頭を抱えた。とにかくピッキングが速すぎて、どのような音の動きをしているのか全然分らない。また、リズムのタイミングの取り方も難しく、とても同じようには弾けない。なにか良いやり方はないものかと頭をひねった。続きを読む
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2007年01月12日

スチールギターに初挑戦した頃 48

 レコードと同じテンポのままに聴き取ることは至難の技だった。スローやメディアム・テンポならまだしも、この「Honolulu・・」のテンポは大変速い。細かいフレーズを聴き取ろうと何回もテープを巻き戻すが、あっという間に過ぎてしまう。バッキーさんの演奏に合わせながら歌えるようになったと言っても、実は細かい所は聞き逃していたのだ。聴けば聴くほど混乱してくる有り様だった。
 特に難しいと感じたのは、あるフレーズの直前や途中に入るかすかな音で、どうもこのかすかな音がバッキー調の隠し味になっているように思えた。普通に聴いていたのでは気が付かない。だが、これを入れることによって、リズムの乗りが生き生きとしてくるように感じた。
 当時は勿論知らなかったが、今でいうゴースト・ノートなのだった。ゴースト・ノートというのは、本来は休符で音を出さないのだが、そこでピッキングを止めてしまうとリズムの流れも止まってしまう。だがバッキーさんは、その休符部分もピッキングを止めないで、音だけ出さないというテクニックを使う。だから、かすかにピックが弦に当たる音が残るのだ。なるほど、このように弾けばリズムは常に流れている。
 何気なく弾いているように見えるバッキーさんの演奏にはこのようなハイ・テクニックがさりげなく使われており、今改めてバッキーさんの凄さには敬服する。
 
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