2007年01月07日

スチールギターに初挑戦した頃 47

 「Honolulu how do you do」は、ハワイアン・ファン、スチール・ギターを弾く方であればどなたもご存知の大変有名な曲だ。
 バッキーさんの演奏でヒットしたこともあって、いわば、彼の十八番だった。銀座「タクト」のステージでも必ず演奏したものだった。
 しかし不思議なことに、これだけ有名な曲なのだから他のプレーヤーも演奏したかというと、ほとんど思い当たらない。辛うじて、オッパチさんがごくたまに弾いた位で、それ以外の方の演奏は聴いたことがない。どなたか、バッキーさん、オッパチさん以外の演奏を聴いたことがあるという方がいらっしゃるのでしたら教えて欲しい。「俺は弾いているぞ!」なんていうのはダメですよ。あくまでもプロ、それも有名なプロに限ります(あたりまえか・・!)。
 また、この二人以外で収録されたレコードも聴いたこともないし、見かけたこともない。例えば同じように有名な曲で「ビヨン・・・」「竹の橋」などは、誰もが演奏し録音もしているのに、実に不思議な扱われ方だ。続きを読む
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2006年12月29日

スチールギターに初挑戦した頃 46

 当時、誰かの演奏をコピーするといっても、現在のように便利な機材が揃っているわけではない。また、自分でコピーする努力を要しないTAB譜なんていうものも市販されていない。自分がせっかくコピーしたものをTAB譜にする方法も知らない。とにかく、耳と記憶だけが便りだった。その二つとも私には欠けているものだから、始末に負えない。
 オープン・テープに収録した音を再生しても、劣悪な音質だった。貧乏学生だった私は、テープ代をケチるためにテープ・スピードを最も遅くして、少しでも沢山の曲数が入るようにしていた。サンパチ・ツー・トラ(38cm/secスピードの2トラック・・・いわば放送局仕様)なんて夢のまた夢。19と9.5ならまだしも、私のは9.5と4.75の2スピード。恐ろしいほどの低性能だ。録音仕様は勿論、モノラルのみ。しかも、ケチって4.75という低レベルで録音するから、音はこもり、ボヤっとした輪郭のないひどい音だった。
 しかし、ひどい音ではあっても、若いときに集中して耳を研ぎ澄ます訓練をしたことは後になって大変役に立った。
 いよいよ目標の「Honolulu how do you do」に挑戦することになった。
 レコード演奏は勿論、ラジオなどから収録したものを含めると、数バージョンの「Honolulu・・」が手元にあった。どれを選んでコピーするか迷ったが、やはり、少しでも音質のよい音をと考慮すると、レコードしかなかった。
 テープにダビングし、何度も何度も繰り返し聴き、一緒に歌えるくらいまで頭に叩き込んだ。


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2006年12月25日

スチールギターに初挑戦した頃 45

 3,4日ほど練習を続けると、「Hawaiian Paradise」は大体それらしく弾けるようになった。完璧ではないにしろ、ともかく1曲がコピーできたことは大きな自信となり、以降、次から次へと曲を増やして行った。
 約1ヶ月間集中してコピーと練習を繰り返し、曲数も10曲近くになったところで、初めて仲間と音合わせすることにした。それまでは仲間の前でバッキー調を弾くことは避けていた。以前通りチューニングもC6のままで、なんら変化なく練習をしていた。だから、私が密かにバッキー調への転向をもくろんでいたとは誰も気がつかなかったはずだ。とにかく10曲を目標にしてバッキー調の個人練習に徹したかったのだ。
 イントロ、エンディングは勿論、曲の進め方も見直し、コード進行もバッキーさんと同じように直した。
 練習日、書き直したコードブックをメンバーに渡し「今日から今までと違う弾き方をする」と伝え、「Hawaiian Paradise}から始めた。個人練習で弾くのとはやはり気持ちが違って、妙な緊張感があった。しっかり覚えたつもりでも、あちこちミスをする。それでも何回か伴奏してもらうと、だんだんスムーズに弾けるようになってきた。
 メンバーも私の変化に少々驚いたようで、「一体いつからバッキー調の練習をしていたんだ?」「やはりバッキー調はいいな」などと好意的に受け止めてくれた。
 それまでは、初心者レベルからなかなか抜け出せない私の伴奏に付き合うのも、多分に煮詰まっていたと思う。しかし、バッキーさんのコピーをしたことで、彼らにも新鮮な気持ちを抱かせたようで、コードブックを真剣な表情で見ながら弾いていた。
 やはり、バッキー調というのは伴奏者にも不思議な魅力を感じさせるものがあるのだと思う。
 スローテンポやメディアムテンポの比較的やさしい曲はなんとか弾ける見通しがついたので、いよいよ「Honolulu how do you do」に挑戦することにした。

 
タグ:バッキー調
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2006年12月16日

スチールギターに初挑戦した頃 44

 まず手始めにコピーすることになった「Hawaiian Paradise」は、ゆっくりした曲であり、細かいフレーズも無い。また、有名な曲でもあるからそれ以前にも、いろいろなプレーヤーの演奏を聴いていて頭に入っている。
 特に、「ハワイ・コールズ」の演奏は何度も聴いて参考にしていたのだが、テンポが余りにも遅すぎて、せっかちな私にはどうしても間が持たない。
 だが、バッキーさんの演奏は、メディアムに近いスローテンポだから間伸びしない。コピーするにも丁度良いテンポだった。
 メロディーそのものはすぐにコピーできた。後は、バッキー節ともいえる7thコードにおけるフレーズをしっかりマスターすれば、バッキー調「Hawaiian Paradise」の完成だ。続きを読む
タグ:バッキー
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2006年12月11日

スチールギターに初挑戦した頃 43 

 バッキーさんのステージを最初から最後まで、二階席の最前列にかぶりついたまま聴きつづけた。リクエストも頻繁に出した。
 私にとっては、実に充実した満足のできるステージだったし、大変勉強になった。
 帰途、どの曲から練習するかなとあれこれ頭の中に考えを巡らせた。
 バッキーさんの手にかかると、どんな曲も魅力的になってしまうので、全部弾いてみたいと思ったほどだった。
 最大の目標は「Honolulu how do you do」の完全コピーだったが、技術的にまだ未熟な私にはとても無理。そこで、バッキー調のフレーズにまず慣れる事から始めるのが良かろうと考えた。
 バッキーさんは速い曲でも遅い曲でも、共通するようなフレーズを多用する事がわかったので、まず、遅めの曲やメディアムテンポに絞ってコピーした方が音も取りやすいに違いないと思った。
 そこで最初に選んだのは、アロハ・ハワイアンズのテーマ曲「Hawaiian Paradise」だった。
 この曲には、バッキーさんの特徴が一杯詰まっているので、これを完全にコピーできれば他の曲に移っても応用が利くのではと計算した。
 集めまくったバッキーさん演奏のレコードやテープの中から、どの演奏のものにしようかと迷ったが、結局、音もクリアなレコードでの演奏をコピーすることにした。 

 
タグ:バッキー
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2006年12月04日

スチールギターに初挑戦した頃 42 

 「タクト」では、バッキーさんの弾く手元が良く見えるように上の階の席に座った。
 「バッキー白片とアロハ・ハワイアンズ」のバンドテーマ曲は「ハワイアン・パラダイス」。この曲は一応、私のレパートリーに入ってはいた。しかし、特別良い曲とは思わなかったし、印象の薄い曲だった。
 所が、ステージが始まり、バッキーさんのスチール・ギターから流れてきたこの曲は、まるで別の曲のように聴こえた。
 原曲のメロディーからは大きくはずれた弾き方で、独特。しかも、所々に入るいわゆるバッキー調と云われるフレーズが効果的で、私の耳はダンボ状態。
 同じ素材を使っても、料理人の腕次第で美味しくもなれば、不味くもなるという事を示されたようなものだった。
 曲が次から次へと展開され、その都度、私は驚きつづけた。特に、速い曲でのアドリブ・プレイは圧巻だった。 
 フレットの端から端をバーが縦横無尽に動きまわり、私には目にも止まらぬ速さに見えた。この人のリズム感は凄いと思ったものだ。
 ベースを練習していた時にも、何度かバッキーさんの演奏に接した事はあったが、その時は漠然と「上手いもんだな」と感じただけで、それ以上の注意を払う事は無かった。むしろ、ベース奏者ばかりに注目していた。
 それが、スチールギターを始めた事もあって真剣に聴いた。そして、彼の素晴らしさに初めて気がつかされたのだ。
 「あのように自由自在に弾けるようになるのだろうか・・・」とチラっと思ったが、「これは、挑戦する価値があるぞ」と、むしろ意志を固くした。
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2006年11月29日

スチールギターに初挑戦した頃 41

 バッキーさんの演奏を沢山集めてはみたものの、さて、どの曲からコピーしようかと思い悩んだ。
 一丁前に、リサイタルで演奏したとは言っても、スチール・ギターを始めてからまだたったの半年だ。技術的にも勿論未熟だし、常に自信がもう一つ持てない。
 リサイタル直前にたまたま聴いたあの二部学生のスチールに触発され、バッキー調に挑戦する決心をした。
 彼の「Honolulu how do you do」や「Caravan」などは実に見事だった。特に、「Honolulu how do you do」はバッキーさんの18番で、銀座「タクト」でも必ず演奏していた。あのように軽快に弾けたら格好いいだろうなと思ったものだ。
 しかし、いざ、ちゃんと聴いてみると、速いテンポだし、ピッキングは細かい。バーの動きもスピードを要求されるようで、まだまだとても自分には無理だと実感した。
 そこで一度「タクト」に行って、バッキーさんの生演奏を聴き、その時に印象に残った曲の中から、練習曲として選ぼうと考えた。同じ曲でも、レコードなどで聴く印象と生演奏で聴く印象は違うのではないかと思ったのだ。
 早速、銀座に出かけた。いつもは仲間と行くのだが、1人で集中して聴きたかったので、誰も誘わずに行った。
 
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2006年11月26日

スチールギターに初挑戦した頃 40

 我々のバンドにとって大きなイベントであったリサイタルが終了した。
 後は1ヶ月後に迫った大学祭があるだけだ。この大学祭が終わったらレギュラー・バンドとしての活動は事実上終止符を打つ。
 しかし私だけは新たな目標が待ち受けていたので、一段落したとか、ホッとしたという気持ちは全然なく、その新しい目標に向かってどのように計画を立てるかで頭が一杯だった。
 その目標とは勿論、バッキー調に挑戦する事だ。
 幸いにも、当時使っていた楽器はテスコの8弦ダブルネックだったので、一つは今までのチューニングを残し、もう一つをAmチューニングにした。8弦だが、このチューニングでは2本の弦をはずし、6弦にした。こうすれば、仕事が入ったり、大学祭でもそれまでのチューニングで対応できるので支障がないだろうと考えたのだ。
 最初に考えた事は、バッキーさん演奏のレコードやテープを集められるだけ集める事だった。誰かが持っていれば片っ端から借りてダビングした。
 また、当時はNHKラジオで毎月、スタジオからハワイアン・バンドの演奏を生放送する番組があった。バッキーさんが出演する時は、それこそ早くから録音の準備をして待ち構えたものだった。
 この努力のお陰で、かなりの数の演奏を集める事ができた。
 現在も手元にあるが、今となっては貴重な音源ばかりだ(音は劣悪だが・・・)。
特にライブ録音のテープは、レコードで聴ける演奏とは少し異なるので、いくつものバージョンが集まった。
 当時は、バッキー調で弾くアマチュアが多かったから、少しでも彼らと違うバッキースタイルで弾きたかった私には大切なものになった。
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2006年11月21日

スチールギターに初挑戦した頃 39

 なだれ込むように我家に到着した仲間を私の部屋に案内した。案内と云ったって小さな家だが・・・。ただ、当時はまだ下宿大学生を預かっていたし、深夜でもあるので静かに入るよう強く言った。
 10人以上いたが全員私の部屋に押し込めた。1、2時間程皆でくだをまいていたが、酔っ払っていたのも手伝って、いつとはなく眠り込んでしまった。
 所が、4.5畳の狭い部屋に大の男どもが10人以上だ。当然、全員が畳の上で寝られるわけが無い。押し入れの上段下段に体を折り曲げるようにして寝る者もいた。畳の上で寝るのも最悪で、ウトウトすると誰かの足や肘が顔や体に当たり、ロクに寝られれやしない。
 朝方、階下から母の悲鳴が聞こえてきた。
 「キャー!何これ!」と叫んでいる。続きを読む
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2006年11月17日

スチールギターに初挑戦した頃 38

 約25分間のステージはアッというまに終わり、ステージを降りる時には後輩の女子部員から花束を受け取った。
 最後の1曲を弾いていると、このままステージを終えるのが惜しくなり、もっともっと弾いていたいなと思ったものだ(・・ここが私の図々しい所)。やはり大勢の観客の前で演奏するというのは、緊張もするが快感でもあり、たまらない魅力だ。しかし、当時の我々のレベルでは、雑音を振りまいていたようなものだったろう。
 無事にリサイタルが終了し、全ての楽器や荷物を大学の部室に戻し、全員で打ち上げ飲み会をやる事になった。大学最寄の駅近くの居酒屋だった。メンバーの他に、後輩や女子ハワイアングループも参加し、大賑わいになった。
 まだ、リサイタルの興奮冷めやらず状態で、全員ハイテンション。話は尽きる事がなかった。
 結局、閉店時間までしこたま飲んで、騒いでのヘベレケ状態。そのまま解散と思いきや、皆話し足りないのか、離れがたいのか帰ろうとしない。
 とりあえず、女子グループだけは先に帰した(・・今と違って、この頃は門限の厳しい親が多かったのだ)。
 さあてどうするかと、店の前でたむろしていたが、1人が「***(私の名前)の家に行こう」と言い出した。私も酔っ払っていたから、もうどうでもよくて「おお、それはいい。みんな来い」とタクシーに分乗して我家に向かった。
タグ:リサイタル
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2006年11月14日

スチールギターに初挑戦した頃 37

 リサイタル会場は某区の公会堂で、約2,000人収容の大きなホールだった。
 部員達が手分けしてチケットをさばいたので、会場は満杯で熱気に包まれていた。
 所属する6つのバンドが一同に会して発表する毎年恒例のリサイタルなので、部員達の意気込みも違う。
 一バンドの受け持つ時間は約25分間。デキシー・ジャズバンドからスタートして、女性ハワイアン・バンド、モダン・ジャズA、我々グループ、モダン・ジャズB、ウェスタンと続いた。
 6バンドの中では、ウェスタン・グループが最も人気が高かったので、いつもトリを務めた。
 我々は、新しく誂えたアロハ・シャツを着てステージに上がった。
 この日に備えて連日のように練習を重ねてきた。もうこれ以上やりようがないと思うほど頑張ったので、「あとはどうにでもなれ」という心境だった。
 緊張しない、という方がおかしな訳で、気持ちも指先もカチカチだった。続きを読む
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2006年11月10日

スチールギターに初挑戦した頃 36

 バッキー・スタイル挑戦は、ひとまず封印する事にした。なんと言っても、リサイタルが目前に迫っていたから、余計なことに時間を取られる場合ではなかったのだ。
 リサイタルの約2週間前には、プログラムが決まった。
 どんな曲に決定したのか記憶もおぼろだが、確かなものだけを挙げて見ると、1.Sweet Someone 2.Taboo 3.竹の橋 4.カイノア 、他に2.3曲あったと思う。
 「Sweet Someone」と「竹の橋」はオッパチさん、「カイノア」は大塚竜男さんのスチールを参考にした。「Taboo」は打楽器を多く取り入れて、エキゾチックなサウンドを狙ったのだが、狙いとは全然異なって、ただうるさいだけだった(笑)。
 プログラムが決まると、それからはわき目もふらずに、何回も何回も繰り返し練習した。よく飽きもせず、また、煮詰まらなかったものだ。むしろ、リサイタルまで一日、一日と近づくにつれ、時間の無さを嘆いた。これは、自分の腕が思うように上達しないことへの焦りだったのだろう。
 そして、ついにリサイタル本番の日を迎える。

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2006年11月07日

スチールギターに初挑戦した頃 35

 帰宅した私は、早速、試しにチューニングをAmに合わせてみた。当時使っていた楽器は8弦のダブル・ネックだったが、いつも手前のネックのみ使用して、もう一つのネックは全く使わなかった。2つのネックを使い分けるなど、まだまだできるわけがなかった。
 そこで、その使用していないネックをAmに合わせることにした。1番線と8番線の弦をはづし、6弦にした。
 ECAECAに調弦し、ジャラーンと開放弦を鳴らしてみると、まさしくバッキーさんのような響きが出た。「そう、そう、この響きだ」と何だか嬉しくなった。
 いつも練習している曲をこのAmチューニングで弾いてみた。今までは、8弦のC6チューニング、それも今で云うGトップのC6(GECAGECC)・・・8番線のCはオクターブ下のC。
 最初はやはり違和感があった。ついG音があると思って、弾いてしまう。カクっと音が抜ける感じだった。それでも、何回か繰り返していると、段々、Amに合わせた弾き方ができるようになってくるから不思議だ。
 私の頭の中に、急速にバッキー・スタイルのイメージが広がり、「よし、リサイタルが終ったら、本格的にコピーしてみよう」と心に決めた。それまでの方向性のない練習から脱却できるような気がしてきた。
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2006年11月03日

スチールギターに初挑戦した頃 34

 彼らの練習が終わりに近づいた。そして最後に「キャラバン」を弾いた。アドリブも入れ、リズムにも良く乗った演奏だった。そのアドリブはまさしく、バッキーさんスタイルだった。何度か銀座「タクト」で聴いたバッキーさんを彷彿させるような見事なものだった。
 本物のバッキーさんを聴いても、真似しようとは思わなかったのに、彼の演奏を聴いていたく刺激され、「バッキースタイルっていいなあ」と思った。
 恐らくそれまでは、バッキーさんは余りにも上手すぎて、自分には到底真似など出来るわけ無いと思いこんでいた所があった。しかし、それを見事に弾きこなす者が近くにいた。アマチュアでもここまで完璧近く弾けるのなら、自分にも出来るのではないかと、図々しくも思った。そして、彼と私とはレベルが全然違うのに、妙なライバル心が湧いてきて、負けたくないと強く思ったものだ。続きを読む
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2006年10月31日

スチールギターに初挑戦した頃 33

 リサイタルに向けて練習に本腰を入れ始めたある日、その日も遅くまで練習して、部室を後にした。学生会館の階段を下りると、どこからかスチール・ギターの音が聴こえてきた。仲間と顔を見合わせ、その音の方向に向かった。会館の一番端にある部屋からその音は漏れていた。その一角は二部の夜間学生が使用する場所であった。
 ドアの内側から漏れてくる音はまさしくハワイアン・バンドの演奏。それもかなり上手い。スチール・ギター、サイド・ギター、ベースの3人で弾いているようだ。しばし廊下で耳を傾けた。次から次へと曲が進むが、実に見事な演奏だ。ためらったが、私はドアをそっと開け「聴かせてもらっていいか?」と訊ねた。リーダーらしいスチールの担当が、だまって首を縦に振ったので仲間とその部屋に入った。
 彼の楽器は6弦のシングルタイプで、決して上等とはいえないが、かなり使い込んでいたのは明らかだった。チューニングが私のC6とはどうも違う響きに聴こえる。似てはいるのだが微妙に違う。彼のバーさばきやピッキングは実に見事で、弦にへばりついているようだった。速いテンポの曲も楽々とこなし、アドリブも流れるように弾く。
 私は少々、ショックを受けた。例の半プロのAさんは別として、プロ以外でこんなに上手いアマチュアのプレイを聴いたのは初めてだったからだ。それも身近に、同じ大学にいたとは・・・。
posted by Boo! at 22:49| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

スチールギターに初挑戦した頃 32

 東京に戻った私は、早速、手持ちのレコード(といっても4,5枚しかない)やテープ(先輩から借りたレコードからダビングしたり、ラジオから収録したもの)を片っ端から聴き漁った。頭の中を真っ白にして(元々、脳の中身が薄いから簡単だ)、好き嫌いを考えず、当時の私の演奏技術で何とか弾けそうな曲をリストアップした。バッキー白片、大橋節夫、大塚竜男、ポス宮崎、そしてハワイ・コールズの演奏まで、とにかく誰でも良かった。
 スチール・ギターを始めてまだ4、5ヶ月位では、大したテクニックなど身につくはずもない。また、ピッキングも正しかったのかどうか疑問だ。特に、速いピッキングはまだまだ苦手で、細かいフレーズになると指が追いつかないこともしばしばだった。リサイタルまで2ヶ月を切っており、速い曲を取り入れるのはとても無理だと思った。その為、スローやメディアムテンポの曲を中心にしたプログラムを考えた。後はリズムに変化をつければ格好がつくのではと思ったのだ。

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2006年10月26日

スチールギターに初挑戦した頃 31

 スチール・ギターを始めてから約4ヶ月ちょっと。その間、しゃかりきになって曲数を増やす事ばかりに力を注いだ。最初の内は1曲が弾けるようになるまで時間がかかった。たが、数が増えるにつれて、段々フレットの音の位置が掴めるようになり、時間も短縮された。毎日、1曲か2曲づつ増やしていった記憶がある。
 このやり方は、楽器に慣れるという点ではおおいに役立ったが、肝心の曲の構成、音作りといったことには神経が回らず、今振り返ればちっとも音楽になっていなかった。ホテルの仕事が終わりに近づいた頃には、さすがの私もこのままでは駄目だと気が付いた。
 長かった仕事も遂に最終日を迎えた。その日、最後のステージを終えると、そのまま送別会を開いてくれて、2年前と同じように従業員も交えてのどんちゃん騒ぎ。S支配人の人柄が従業員にも伝わるのか、皆親切だった。
 感謝しても感謝しきれない気持ちを残して、翌日、我々は箱根を後にした。後期が始まったら、いよいよリサイタルに向けて本格的に計画を立てないといけない。
 
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2006年10月23日

スチールギターに初挑戦した頃 30

 2年ぶりの、このホテルでの仕事が快適だったのは云うまでもない。こんな事なら、最初からS支配人と交渉すれば良かったのだ。あのバカマネージャーの口車に乗せられてひどい目にあったが、これも社会勉強になったと考えるべきか・・・。1ヶ月の仕事は、私にとっては大変有意義なものだった。仕事というよりも、お金を貰って合宿したようなものだった。
 秋のリサイタルや文化祭が近くなっていたので、その準備にも入らないといけないから、レパートリー(というほどのもではないが・・・)の見直しや新曲の導入など、やる事は色々あった。この頃の私は、まだプロの誰かのコピーをする事はなかった。レコードやテープで聴いた演奏が断片的に頭に残っていたものを、都合よく、適当につなぎ合わせたようなもので、云ってみればつぎはぎ演奏だ。だから、曲を弾いても、どうも思うような形にならない。曲数だけはどんどん増えていったが、全部消化不良のようで、常に気持ちのどこかに迷いがあった。

 
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2006年10月18日

スチールギターに初挑戦した頃 29

 タクシー乗り場に戻り、仲間に報告すると歓声が上がった。タクシーに楽器、荷物を積み込み、あの懐かしいホテルに向かった。そこから車で僅か2,30分の近い所だ。
 ホテル玄関前に到着すると、何と支配人のSさんが手を振っている。何人かの懐かしい顔ぶれも見える。こちらが半ば強引に押しかけたようなもので、随分と迷惑をかけたに違いないのに、そんな素振りは全く見せなかった。
 我々は深くお辞儀をした。こういう素晴らしい人の前では、人間、素直に心から挨拶できるものだなあ。急なことだったので、客室は全てふさがっており、別の部屋になるがと申し訳なさそうに言うので、却って恐縮して「気にしないで下さい。寝られればどんな部屋でも結構ですから」というと、「ホテル内に、緊急用として普段は使わない部屋があるので、そこに・・・」と言われた。
 案内された部屋に入ると、結構広くて快適そう。客室のような作りにはなっていないが、余計なものが置かれていない分、かえって使いやすそうだった。「もし、客室が空いたら移ってもらっていいから」と言ってくれたが、もう充分過ぎるほどの誠意を感じていたので、「1ヶ月間、この部屋を使わせてもらいます」とお願いした。勿論、仲間に文句を云う者はいなかった。あのひどいホテルの支配人にも、こういう気持ちの通う所が少しでもあれば、私だって、何から何まで目を剥いて反論することはなかったと思う・・・多分。
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2006年10月16日

スチールギターに初挑戦した頃 28

 仲間が楽器をタクシーに積み込もうとしたので、私は慌てて「ちょっと、待って!」と止めた。そして、私の思いつきを話してみた。
 それは、2年前の夏休みにお世話になったあのホテルで、もう一度仕事ができないか連絡してみたいという思い付きだった。既に、別のバンドが入っているかも知れないから可能性は低いだろうが、駄目もとで相談してみたいと、私の考えを話した。万が一、上手くいけば同じ箱根だし、そのホテルまでは少し上に上がった近い所にあるので移動も楽だ。皆んなの顔つきが変わった。もうまるで決まったかのような喜びようだ。
 私はロビーに戻り電話をかけた。あの懐かしいS支配人を呼び出してもらうと、すぐに出てきた。一通りの挨拶をし、これまでのいきさつを包み隠さず話した。そして、もし可能であるならば、またSさんの所で仕事をさせてもらえないだろうかと希望を述べた。そして「突然のことですし、無理なお願いですから、条件はすべてそちらのご都合におまかせします。こちらからは一切申しません」と言った。黙って聞いていたSさんは、「少し待って欲しい。30分後にもう一度電話して」と言ったので一旦切った。この30分間はとても長く感じられた。
 30分後、再び電話するとSさんの明るい声が飛び込んできた。「すぐ、いらっしゃい。待っています」 
 私は涙が出そうになった。本当になんて良い人なんだろう。同じ有名ホテルでも、ここの支配人とは月とスッポンだと思ったものだ。
posted by Boo! at 19:10| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする