2018年02月18日

架空請求ハガキにご注意!

 振り込め詐欺、架空請求による被害が後を絶たない。

 「何故、騙されるのか」「騙される方もバカだ」「自分は絶対騙されない」と、大方は他人事のように自信を持っている。

 しかし現実に被害に遭われた方のほとんどが、「私が騙されるとは…」とうなだれている。

 私にも一時、怪しいメールが頻繁に送られてきたことがあった。「**興信所」「**探偵事務所」「**法律事務所」を名乗り、いかにも不安を煽るような文面で、期日までに支払いがないと訴訟手続きを取るだとか、心当たりがない場合は相談にのるから本人が連絡しろ、などと一方的に書かれていた。

 阿羅漢さんと違って、全く身に覚えがないのだから、無視するしかない。そのまま「ゴミ箱」行きだが、何も手を打たないのもシャクなので、「迷惑メール」を調査する幾つかの協会にそのまま転送することにしている。

 そして先日、妻宛に以下のようなハガキが届いた。

架空請求ハガキ.jpg

 明らかに架空請求だ。いかにも公的機関から郵送したように見せかけている。だが間抜けなやり方だ。

 まずこのようなプライバシーに関わる文書を、誰でも読めるハガキで出すわけがない。そもそも切手を貼るか?普通は「料金後納」でしょう。訴訟だ、差し押さえだと息巻いているくせに、該当する業者名がない。

 しかも届いた日の翌日が返事の期限だと強要するから呆れる。普通、訴訟となったら幾つもの手続きを踏まなければならない。その間に何度も連絡がくるはずだ。いきなり訴訟手続する裁判所なんてあるか!

 と、冷静に判断すれば、架空請求と分かる。しかし中には気が動転して、慌てて電話してしまう方もいるのかもしれない。これが相手の思う壺だ。また、「ふざけるな、関係ない」と抗議の連絡をしてもいけない。相手にいらぬ情報を提供することになり、それこそしつっこくまとわり付かれる恐れがある。

 とにかく、無視する、連絡しないことが、トラブルを避ける方法です。

 妻も最初は不安がっていたが、「大丈夫、放っておけばいい」と安心させ、届いたハガキを私が預かった。そして翌日、それを持って、地元警察署に出向いた。「生活安全課」に案内され、担当の署員に顛末を話した。すると、「いやー、このハガキは大量に送られているようです。」とのこと。しかもほとんど高齢女性相手だとか。

 「書かれている電話番号はくるくる変わるので、捕まえることが難しいのですが、頑張ります。」と、人の良さそうな初老署員だった。そして最後に、「お宅さんばかりなら騙されないのですが、やはり騙される方もいます。お知り合いの方たちにも注意を喚起して頂ければ有り難いです」と言われたので、今回取り上げたものです。

 もしこのようなはがきが届きましたら、ぜひ今回の記事を思い出し、犯罪に巻き込まれないようにご注意ください。

 こちらも参考にしてください:法務省
posted by Boo! at 00:21| 東京 ☀| Comment(6) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

演奏会

 先日の日曜日、友人の所属する合唱団の演奏会に行った。

 建前は、アマチュアからなる団となっているが、実態はプロレベルに近い。約25,6名で、ほぼ男女半々の混声だ。定期的に演奏会をおこなっており、平均年4回。時にはヨーロッパにまで演奏旅行することもある。有名なホールや教会で歌うそうだ。

 話を聞いただけでも、随分金のかかりそうな合唱団だ。

 彼とは小学生時代からの付き合いで、クラスメイトだった。長いお付き合いになる。父親の転勤で、地方から東京に移り、小5の新学期と同時に転校してきた。ひょろひょろと背が高く、おとなしそうだった。

 慣れぬ環境に放り込まれたのだから仕方ないが、しばらくは誰とも口を利かなかった。授業中は真面目な態度で先生の話を聞いていた。都内の学校とは言え、当時の我々ガキどもは活発で、休み時間になると一斉に校庭まで飛び出し、鉄棒遊びや相撲に夢中だった。

 まだ友達もできず、いつも彼は一人ポツンと我々の遊びを眺めていた。なんとなく気になっていた私は、ある日、「一緒に鉄棒やろうよ」と誘った。しかしモジモジして参加しようとしない。

 すると別の奴が、「じゃ、相撲をやろう」と、半ば強引に引っ張りこんだ。腕白な連中ばかりだったけど、内心は彼の存在が気になっていたのだ。多少荒っぽくても、早く我々の仲間入りさせようという、子供なりの考えだったと思う。

 相撲に誘った奴は我々のリーダー的存在で、勉強もできた(後になって、それほどでもなかったことが判明(笑))。先生にも気に入られ、成績はいつもクラス一番だった。

 大きい体で、力も強かったから、ひょろひょろの転校生が彼に勝てるとは全く思わなかった。勝負よりも、仲間にさせる儀式だ。

 校庭に円を描き、土俵にした。「吹っ飛ばされる」と半ば期待し、半ば同情した。土俵に上がった二人の体格差は歴然で、あっという間に勝負が決まるだろうと信じて疑わなかった。みんなでニヤニヤしながら見つめた。

 片やたくましい足、片や棒切れみたいな細い足、級長が一気に押したので、そのまま土俵を割るかと思ったが、転校生、意外にもしぶとく踏ん張った。一呼吸置いて、級長が再び押した。今度は顔を真っ赤にして力を入れた。本気モードだ。が、またもや転校生がこらえた。意外な展開に我々は固唾をのんだ。そしてついに土俵際まで押され、「勝負あり」と思った瞬間、転校生が捨て身の打っちゃりを仕掛けた。それがものの見事に決まり、級長は土俵外に投げられた。

 ほとんど負けたことのない級長はショックだったろうが、それ以上に我々は茫然とした。「あいつが負けるとは・・・」と、信じられなかったからだ。しかし級長は潔かった。「お前、強いなあ」と肩をたたいた。

 この日以降、転校生は我々の仲間に迎えられた。

 その後さらに驚かされた。静かに授業を聞いているのだが、めったに発言しない。先生から指名されれば答えるが、それがいつも正解なのだ。難しい質問されてもいとも簡単に答える。ぼんくらな我々でも、さすがに「こいつ、普通とは違うなあ」と感じ始めた。

 ある日、算数の時間に珍しく彼が先生に質問した。恥ずかしながら遊び惚けている我々には質問の意味が分からず、「一体なんのこと?」とチンプンカンプンだった(笑)。思わず級長に顔を向けると、彼も首を振っている。いや我々ぼんくら生徒だけではない。先生までが絶句していた。はっきり言って小学生レベルの質問ではなかったのだ。先生にも 答えられないのだから、焦っただろうと思う。「それは難しい質問だから、次回に分かりやく答えましょう」と逃げた(笑)。

 学期末の試験でかれは断トツの成績を出した。それまで一番だった級長など、相手ではなかった。そのまま卒業するまでトップだった。級長も早々にあきらめ、「あいつ、算数の問題を数学のやり方で答えを出すんだぜ」と悔し紛れにこぼしていたのを思い出す。

 卒業後、彼は東大を目指した。そして、見事に現役合格した。その後は「国家公務員採用総合職試験」に合格。通産省に入り、官僚となった。つくづく、頭のいい奴はどこまでもいい。難しい関門でもスイスイ通過して行くのだから、可愛げがない。

 そんな彼にも音楽の趣味があった。転校してきて間もなく、彼の家に遊びに行った。立派な家にも驚いたが、部屋に通されると黒いピアノがでんと置かれていた。あのまだ貧しい時代にピアノを持てる家庭はほとんどない。大金持ちか、高給サラリーマン家庭くらいだったろう。「こいつ、お坊ちゃんだったのか」と、思わず部屋中を眺めてしまった。

 そう言えば、MATTさんの幼少時にもピアノがあったとブログに書いてたなあ。私よりもさらに前の時代だ。もしかすると、超お坊ちゃま育ちだったのか?

 ま、今では見る影もないけど(笑)。

 「ピアノ弾けるの?」と聞くと、「うん、少し」と言いながら、弾き出した。両手を駆使しながら弾くその姿は眩しかった。しかし当時の私の耳では、果たして上手かったのか、下手だったのか判断できない。とにかく、弾けるだけで感心してしまった。今だったら、「なんだ、下手くそ!」と言うかも(笑)。子供時代にそのような音楽の土台があったから今のコーラスにつながったのだろう。

 官僚をヤメてからはお決まりの天下りを繰り返し、クラス会の度に私を筆頭にほか三名から「税金ドロボーめ」と厳しく糾弾されている(笑)。

 演奏会が終わって、会場近くの居酒屋で少し飲んだ。色々な話をしたが、驚くような話も出て、仰天した。それは日本史教科書に出てくるような歴史的出来事と彼の一族に関連する話なので、大っぴらに書いてはいけないのかもしれない。書けるものならいずれ書いてみたいなあ。

posted by Boo! at 23:06| 東京 ☀| Comment(7) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

はや、2月!

 お正月なんてあっという間に過ぎ、2月早々から再び雪になりました。あと1、2回は降りそうですね。まだまだ寒い日が続くことでしょう。

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。ということは、あとひと月以上待たないといけない。4月に入っても季節外れの雪が降ることもありますから、ま、ゆっくり春を待ちましょう。

 昨夜は皆既月食でしたが、ご覧になりましたか?私自身それほど関心があったわけではありませんでしたが、ニュースなどで大騒ぎしていたので、話のタネにと観ました。わざわざ外に出なくても、二階ベランダからバッチリ観ることができました。次回は2037年というから、これが見納めか?

 最寄の駅に、いつも一人のホームレス男性がいる。年齢60〜70代と思われる。長く伸びた髭を顎から垂らし、汚れた毛布を身にまとい、駅ビルの壁に寄りかかって座っている。時には横になって寝ている(?)こともある。

 身の回りには5,6個のビニール袋、何が入っているのかダンボール箱が置かれ、それらを大事そうに守っている。目の前をひっきりなしに通行人が行き来しているが、誰も目に止めない。見慣れた光景だからなのか?そのホームレスのおじさんも決して人と目を合わせようとしない。

 真夏でも真冬でも、いつも同じ場所にいる。まるで指定席のようだ。いつにないこの冬の寒さは堪えるとおもうのだけど、慣れているのか、決してそこを動こうとはしない。

 10年以上も前から見かけるようになった。その頃はまだ若かったから、行動範囲も広かった。市内を車で走っていると、思いがけない場所で歩く姿を時々見かけた。或いは、ランニング場所である公園のベンチに腰掛けている彼がいた。

 食べ物をどうやって調達するのか分からないが、病気もせず、倒れもせず、よく生きているものだと感心する。並外れた生命力だ。

 我々のように、贅沢ばかりして、美味しいものを食べ、ビールだ、酒だ、ワインだと飲み呆け、挙句に成人病を心配するのでは、何をか言わんやだ(笑)。彼を見習え…ってか!

 つい最近も駅に行ったら、やはり彼がいた。心なしか、少し老けたようだ。髭も相変わらずだが、白いものが増えた。

 「それにしても誰かに似てるなあ」と思ったら、「なんだ、阿羅漢さんじゃない?」と、声を掛けそうになった(笑)。

 
posted by Boo! at 22:33| 東京 🌁| Comment(15) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

今年の新茶は?

 本当に寒い日が続いております。懐も寒いたぬきさんや阿羅漢さんは、またひとしおの寒さを体感していることでしょう。

 どちらかと言えば、私は寒さに強い方だと思っている。手足が冷えて眠れないこともないし、重ね着も三枚までだ。手袋はランニング時以外まずしない。鬱陶しいこともある。

 それでもランニングを始めると、厳しい寒さを肌で感じることができる。顔に当たる空気が突き刺すように冷たい。厚い手袋しても、指先が痛くなるような感覚で、なかなか暖まらない。1周2kmを過ぎてやっと暖まり始めるほどだ。

 コースのある公園には池がある。その池が、数日前から凍りはじめ、昨日あたりは人が乗っても割れない厚さになっている。先日降った雪もまだ解けず、広場は真っ白だ。

 都内でも-3,-4度を記録しているが、私の地域はそれよりも2,3度は低い。-7,8度になるわけだけど、これは最近にはない低さだ。

 大分以前になるけど、1984年の冬が印象に残っている。この年は異常な低温が続き、大雪にも見舞われた。外の水道蛇口が完全に凍ってしまい、何日間も使えなかった。屋内でも、朝、洗顔しようとすると、なかなか水が出てこず、困ることもあった。この冬が特別寒いと言っても、まだ水は普通に出るから、当時よりはマシなのかも?

 ショックを受けたのは、農作物の被害だった。

 当地周辺は茶畑が多い。春先になり、新芽が出始めると、一面美しい緑が広がる。所が余りの低温続きで、枯れる木が続出した。赤茶色の広がる茶畑は無残だった。当然、新茶は期待できない。数本程度の被害だけならまだしも、広大に広がっては手の打ちようがなかったのだろう、廃業に至った農家もあった。

 当時よりはまだマシと言っても、このまま異常低温が続けば、また同じ被害が出るかもしれない。

 いつも新茶予約している業者に確認してみよう。
 
posted by Boo! at 22:37| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月23日

大雪

 よく降りました。「大雪になる恐れがあります」と予報していたが、その通りになった。

 昨夜帰宅する頃にはかなり積もり、立ち往生した車をチラホラ見かけた。やはり上り坂や陸橋付近で多く、その為渋滞が発生しやすい。

 「大渋滞に巻き込まれたら、何時に帰れるか」と心配になり、出来るだけ幹線道路を避け、裏道、抜け道を探して車を走らせた。

 車の少ない裏道は却って雪深いのだけど、昨年末に冬用タイヤに交換したので、心強い。スイスイ走れた。

 だが自宅に着くと大変だった。車庫前が雪の「てんこ盛り」状態。しかし、冬用タイヤだから、そのまま突っ込んで入れようかと思ったけど、自宅でスリップしてぶつけたら洒落にならない(笑)。庭の奥からシャベルを持ち出し、車庫前周辺の雪かきをした。

 さすがにこの日は乗らなかったらしい妻の車は、まるでワンボックスカーのような姿になっていた。普通のセダンなのに、屋根に積もった雪が高くなっていたからだ。

 その後も雪は降り続き、時々部屋の窓を開けてはため息をついた。

 風呂を浴び、ベッドに入ろうとしたが、翌朝の状況がどうなるか気になり、様子を見るため外に出た。

 驚いた。帰宅した時に雪かきしたはずなのに、まるで元の状態に戻っていた。しかも雪はまだやまない。「このままだと、朝大変になるなあ」「今のうちに少しでも雪かきしておこう」と決断し、防寒着に着替え、雪かきグッズを用意し、再び外に出た。

 雪は踏み固められたり凍ってしまうと作業が何倍も大変になる。こんなことは雪国の人だったら常識でしょうが、都会人はその意識が薄い。

 しかし何年か前の大雪被害で学習したのか、遅い時間にもかかわらず、近隣住民の何人かが、既に雪かきをしていた。自宅向かいのご主人二人も出てきて、三人で周辺を一気に片付けた。以前、こんなことはまずなかった光景だ。

 こんなことで住民同士親しくなれるのなら、たまに大雪が降るのも悪くはないかも知れない(笑)。

「なにもこんな遅い時間に雪かきとはねえ」と笑い合いながら、黙々と作業を続けた。
 
 お陰で、今朝は楽に車を出すことができた。


 明日は更に強い大寒気に見舞われるそうです。当地もマイナス5,6度の予報が出ています。ここは北国か!
posted by Boo! at 21:47| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

暖旧交

 先日、高校時代の仲間有志が集まり、新年会兼飲み会をした。一人が馴染みとしている都内の和食店に10名以上集った。東京は勿論、神奈川、埼玉、千葉からも駆けつけてきた。顔を出くらいだから、皆元気だ。

 我々の高校は、東京の郊外にあった。環境抜群の場所で、それもそのはず、文教地区に指定されていた。下車駅から真っ直ぐ延びる広い道路が学校までの通学路だった。道路の広さは半端ではなく、誠に贅沢な作りだった。確か6車線だったが、両側にはグリーンベルト、歩行者専用道路があり、さらに桜並木が続いた。恐らく幅40m以上はあったのではないか?

 入学した年の4月、丁度桜満開とぶつかり、上から桜の花に包まれるような中を感激しながら歩いた。現在では花見の名所になっているらしい。駅から学校まで、約1kmほどの距離。普通に歩いて10分だった。途中、国立大学や他高校もあって、正に文教地区にふさわしかった。

 そんな恵まれた環境にあった我が高校は男子高。ヤンチャな連中が多く、黒い学ランをだらしなく着て、誇り高い(?)文教地区を闊歩した。

 文教地区とあって、色々と街の規制があったようだ。現在は知らないが、当時は出店にも規制がかかり、いわゆる遊興関連の出店は認められなかったと聞いた。「学生には必要ない」ということだったのか?それでも抜け道はあったようで、いつの間にか喫茶店ができたり、ビリヤード店ができたりした。近くには大学があったのだから、当然の流れと言える。

 だが高校生である我々は、そんな場所には出入りできない。校則手帳にも厳重注意事項の一つとして罰則が設けられていた。

 が、大人の世界を一刻も早く覗きたい連中がいて、中にはビリヤードに夢中になり、やがて学校に知られてしまった。退学とまではいかなかったものの、何日間の登校禁止処分を受けた。今じゃ、高校生はおろか、中学生までが繁華街をうろつき、カラオケ店やゲームセンターに入り浸っている現状からすると、なんて純情な時代だったろう(笑)。

 飲み会でそんな話題が出たら、「いやー、実は俺もバレたんだ」と白状する者が二人もいて、ビックリした。

 勉強ばかりする奴と思っていたが、意外な一面を知り、親近感を覚えた(笑)。
 
posted by Boo! at 22:26| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月15日

物置

 モノが増え続けると、やがて置き場所に困ることになる。押入れ、収納棚、家具の引き出しなどに取り敢えず置くことが多い。だが、この「取り敢えず」がくせ者で、その内、何をどこにしまったか分からなくなる。
すぐに探し出せないと、面倒になり、再び同じモノを買ってしまうことも珍しくない。それどころか、あることさえ忘れてしまう。こうして無駄なモノが増えていく(悲)。

 きちんと整理ができるか苦手かは、どうも持って生まれた性格的なもののような気がしてならない。私の母も得意とは言えなかった。そのくせ、「だらしない。片付けなさい」と口やかましく言われたから、反発して「お袋に似たんだ」と悪たれついた(笑)。 

 友人の中には整理魔みたいな奴がいる。思い出すと、彼らは子供時分から整理が得意だった。意識せずとも、自然に整理・整頓していた。いつ遊びに行っても部屋の中は整然としており、私の部屋とは雲泥の差だった。

 例えば、話し中に何かが必要になると、躊躇なく特定の場所から見つけ出す。だらしのない私は感心してしまう。そして、用が済むとさっさと先程出したモノをすぐ元の場所に戻す。「出したらすぐに元に戻す」が整頓のコツのようだ。私だったら、友人が帰るまでそのままだ。

 引き出しの中も綺麗に整理されていた。探しやすいように、分類も見事だった。「なるほど、このようにすれば良いのか」と感心、反省はするけど、肝心の実行力が伴わない(笑)。

 負け惜しみを言うと、余りにも整理の行き届いた部屋は、生活感に欠けると感じる。ちょうどモデルルームみたいなものだ。すっきりはしているけど、私などはすぐに落ち着かなくなる。だから、生活感を出すために、敢えて整理しない、とも言える・・・(笑)。

 室内をいくら散らかしても、外からは見えないから誤魔化せる。しかし、屋外に出している色々なモノは、道路からでも目に入る。掃除道具、園芸用の鉢、肥料や土の入った袋、脚立、それに夏冬交換タイヤなどなど・・・見苦しいとも言える。

 そこで物置を購入することにした。庭に出ていたモノが全て入る大きさだ。最初は「安いもので十分だ」と思っていた。しかし色々と見比べると、やはりちゃんとしたメーカー品はデザインが良いし、使い勝手にも優れている。妻も「これがいい」と気に入ったので、決めた。当初予算の倍以上になってしまった(悲)。

 たかが物置と言えど、阿羅漢さんの家より立派に見える(笑)。交換する?
posted by Boo! at 22:05| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

控えよ!

 年末から正月休みに入り、今日が仕事始めという方も多いかもしれません。長い休みに飽き飽きした方もいるでしょう。毎日あちらこちらの寺や神社に初詣という訳にもいかないですしね。私もその一人ですが・・・。
 
 しかし、時間を持て余すくらいのんびりと休むことも、時には必要なことかも知れない。人間(特に日本人)はせわしない動物だから、何もせずじっとすることは悪いことのように自分を追い詰めるきらいがないでもない。貧乏性と言う奴だろうか?

 でも何も考えず、「ボー」とすることだって大切だ。と言っても、阿羅漢さんやたぬきさんのように、生まれた瞬間から今日まで思考ゼロのまま生きてきた方もいる。赤ん坊が生まれる時は、「オギャー」と声を出す。しかしこのお二方は、「ボー」と発声しながら生まれたそうだから、筋金入りだ(笑)。

 よく釣り人が日がな一日、糸を垂らし、喰いつく魚を待つ。いつ引っかかるか分からないのに、飽きもせず、じっと目を凝らし、「浮き」の少しの変化も見逃さない。何時間であろうと、不動の姿勢で待つ。まるで仏像のようだ。釣りの興味などない私には、「よく退屈しないもんだ」と呆れる。

 玄人はだしの友人に、釣りの何が面白いのか、訊いたことがある。「釣れても、釣れなくとも良い。ひたすら待つ。これが無我の境地に至る。俗世界に浸りきったお前には分かるまい」と偉そうにホザいたので、「バカ言え。金と女ばかり追いかけるお前の言うことか!」と言ってやった。ま、人間、そう簡単に悟れるものではないはずだ。

 折角の正月休みだったから楽器の練習に励めたはずだが、そうは問屋が卸さない(笑)。むしろ、「いつでも出来る」とばかり、目の前の正月料理やお酒にウツツを抜かし、「飲もう」と友人から誘われれば、いそいそと出かけては何時間も居酒屋で盛り上がった。
 
 やっと、「いつまでも緩んでいてはマズい」と多少は反省し、二日前に今年初めてスチールギターの前に座った。
 
 バーとピックを出そうとしたが、いつもの場所に見当たらない。あちこちひっくり返したものの出てこない。どうやら年末の大掃除で妻が勝手に片付けたらしい。「楽器周辺は俺の聖地だ。勝手に動かすべからず」と、あれほど伝えたはずなのに…(涙)。呼ぼうにも、「今日はテニス」と出かけてしまっていない。それならと、練習から楽器手入れに方向転換した。 

 しばらく手入れしなかったスチールギターは、汚れまくっていた(悲)。心を入れ替え、ついでに弦も張り替え、ピカピカ(?)に磨いた。「ウーム、何と綺麗になったことか。清々しい」と、己の清掃技術に感心した。こんなに綺麗になっては、何だか触るのも惜しく、「汚さぬよう、練習を控え、今暫くはオブジェ代わりに飾っておこう」と変節した(笑)。

 と言っても、控えっ放しだったか…(恥)。
posted by Boo! at 22:54| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

あけましておめでとうございます

 新しい年を迎えました。しかし、我々の世代になると、新しい年を迎える度に古くなります(悲)。嫌だねー!

 元日はまず寝坊からです。普段ゆっくり寝られないのですから、三が日くらいは良いでしょう。

 念入りに(?)顔を洗い、阿羅漢さんと違って豊富な髪の毛を整え、階下に降りた。既にテーブルの上には豪華な正月料理が用意されていた…と思いきや、「遅い!もうお腹が空いたよ。早く料理を並べて!」と命令され、冷蔵庫からせっせと取り出してテーブルに運んだ。

 「正月早々からこき使われるとは」と、早くも今年の行く末が見えてきた(悲)。

 料理が揃った所で「乾杯!」。妻の手に目をやると、グラスを持った右手を少し上に持ち上げている。しかし左手は前に差し出していた。「何だ、その左手は?」と聞くと、「おとしだまでーす!」と抜かした。

 「いい年をして、お年玉じゃネーだろ」と言いたかったが、ここで渡さないと地獄の2018年になるから、渋々100万円ほど渡した。ま、私にはハシタ金ですけどね(涙)。

 その後は近くの神社三か所で初詣。一つは凄く並んでいたが、他は大したことなかった。古い御札や御守りを返納し、新しいものを買った。

 全然信心深くない私だけど、子供時代からの習慣のせいか、これらを一応済ませてしまわないと落ち着かない。神社巡りの後は、駅近くのカフェでコーヒーと軽い食事を取った。

 夕方には義妹夫婦が来宅予定なので早々に戻る。酒盛りとなるでしょう。酔っぱらうと書けなくなるので、いま必死に書いている次第です(笑)。

 明日は、電車で一時間ほどの有名神社に4人で行くので、今夜は我が家に泊まるはずだ。

 皆さんもそれぞれの思いを持ちながらお正月を迎えられたことでしょう。何も考えない方もいるでしょうけど(笑)。

 何を求める訳ではありませんが、とにかく平和であって欲しい。地球全体が不穏な空気に覆われているようで、今一つ浮かれた正月気分になれません。

 さて、当ブログも12年目に入ります。最近は投稿ペースが落ちていますし、いつかペンを置く日が来るでしょう。自然消滅するのか、ある日突然やめてしまうのか、それともしぶとくあと3年5年続くのか分かりませんが、「書ける内が花」と自分に言い聞かせ、今しばらく続けてみます。駄文にお付き合いください。

 よい年にしましょうね。
posted by Boo! at 13:31| 東京 ☁| Comment(8) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

御礼!

 今年も1年間お付き合い頂き、有難うございました。
 
 何とか書き続けることが出来ましたのも、ひとえに私一人の努力によるもので、決して阿羅漢さんやたぬきさんののお陰ではありません(笑)。

 一日も休まず書き続ける、週一或いは月一のペース、中には半年に1回と、人それぞれの書き方があるようです。私もかつては月に15~20本ほど書いた時期がありました。しかし段々ペースが落ち、今では5,6本がやっとの有様です。「書くことがなかったら、無理してまで書くまい」と、途中から考え方が変わったこともあります。

 ブログは一応日記の延長ということになってますが、「公開」して書くからには、やはりある程度の線引き、モラルなどが必要と考えます。余りにもプライバシーに踏み込んだ記事を見つけると、「無防備だなあ」と心配になるものです。

 私は「公開」と「非公開」を使い分けています。「非公開」はプライベートな内容に徹しており、自分だけが読む、ある意味本当の日記になっています。何かのトラブルで「公開記事」が消えても特に困りはしませんが、「非公開記事」は大切ですから、しっかりバックアップを取っています。一種忘れてはいけない大事なメモ記録にもなっているのです。

 ブログで気になるのは、以前にも書いた記憶がありますが、写真の掲載です。確かに見栄えが良くなるし、楽しくもなります。でも余計なお世話ですが、十分気を配って載せて欲しいと思ってしまいます。

 最近はスマホで撮った写真を載せることがほとんどでしょう。ぱっと撮ってぱっと載せることができますから、便利になりました。しかし待って欲しい。

 スマホにはGPS機能が当然のようについてます。撮った画像には、日付は勿論、場所まで特定できる情報が記録されることはご存知でしょう。確かにこれは便利で、旅行写真を整理する時などは重宝するものです。

 でも、誰でも閲覧できるブログに載せる場合は細心の注意が必要でしょう。特に自宅や友人・知人宅で撮った写真を載せる場合は、記録された情報(Exif)を削除してからにしましょう。スマホだけでなく、最近のデジカメも同様です。

 嬉しそうな家族写真をアップしたブログが目に入ると、「大丈夫かい!」と思ってしまいます。幸せなショットを沢山の人に見てほしい気持ちはわかるのですが・・・。やはり、関係者のみの閲覧にしたほうが無難だと考えます。

 悪知恵の働く奴は、ちょっとした情報からでも近づいてくるものです。神経質のようですが、このくらい注意して丁度良いのです。

 当ブログに写真が少ないのは、以上の理由でもあるのです。見せたいような写真がないことが一番か…(悲)。

 さて、一年を振り返り、「総括」でもしないといけないのですが、余計なアドバイスに終始してしまいました。ま、これも「総括」の一つです(笑)。

 来年はさらに細々とした記事になるでしょう。適当にお付き合いください。と同時に、来年こそはオフ会を実現したいものです。

 最後に、今年も沢山のコメントをいただきました。一つのコメントは記事10くらいに相当するもので、大きな力を貰いました。中には、私のパワーを盗み取る怪しからぬ者がいたようですけど・・・。

 では良い年をお迎えください。
posted by Boo! at 23:36| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月20日

妻のお叱り!

 今、インフルエンザが猛威を振るっているらしい。

 一旦かかると本当に苦しいから、うがい、手洗いなどマメに実行しましょう。用心に越したことはありません。

 2,3年前だったか、経験したこともないような苦しい症状に見舞われたことがあった。私の場合、体調がおかしくなるとすぐに熱が出る。ところがこの時はあまり熱が出ることもなかった。そのため、喉が痛み始めても油断してしまい、「2,3日で治るだろう」と自己診断してしまった。単なる風邪だと思ったのだ。 

 しかし2,3日どころか、日を追うごとに痛みが激しくなり、食べ物を飲み込むことがつらくなった。いよいよひどくなり、遂には、唾、水さえも飲み込めなくなった。「ゴックン」ができないのだ。「このまま進んだら窒息するのではないか。これはただ事ではない」と、近くの病院に駆け込んだ。

 医者は、「おそらくインフルエンザでしょう」と言いながら、綿棒みたいなものを用意した。それを鼻の奥に突っ込んで粘液を採取し、検査するというのだ。「えー、そうですか?でも、熱は出てないようですし、扁桃腺かなと 思いましたが?」というと、「いろいろなパターンがあります」と言い放ってくれた。

 結果は医者の見立て通り、インフルエンザだった。「これ以上放置したら、切開手術の必要があったかもしれません」と脅された。確かに何も飲み込めなくなったら、命にかかわることだから、危ない所だったのだ。

 さて、数日前から喉が痛み始めた。くしゃみも出始め、咳も出た。前回のインフルエンザが頭をよぎった。しかし高熱症状は感じないし、喉も痛みはあるものの大したことない。普通に食べることもできた。

 懲りずに、今回も「これは間違いなく風邪だ」と自己診断した(笑)。少々身に覚えもあったからだ。

 最近実に厳しい寒さに見舞われているけど、それにも負けず(?)ランニングを続けている。どんなに寒くても、走り終われば汗びっしょりだ。しかしすぐに汗を拭きとり、体を冷やさないようにしないといけない。だがたまたまそれをサボって、帰宅してしまった。頭も汗で濡れているから、すぐに冷たくなるのにだ。

 案の定、翌日から喉の痛みが出始めたというわけだ。やはり、やるべきことはちゃんとやらないといけないと反省したところで、遅かりしだった(悲)。

 私の見立て通り(?)、インフルエンザでなかったことは幸いだった。3日間グスグスしていたが、4日目の今日はすっかり治り、元気を回復した。調子に乗って、「もう走るかな」と妻に伝えたら、「何をバカなことをいってるの!歳を考えなさい」と叱られてしまった。

 皆様もお気をつけください。
posted by Boo! at 22:22| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

辛味ならぬ「からみ」?

 暮れも押し迫ってくると何かと気ぜわしくなるものです。

と言っても、特別何かをやる訳でもない。妻は「大掃除しなきゃ」と念仏のようにブツブツつぶやいているけど、行動している姿をまだ見たことがない(笑)。

 「ゴミの一つや二つあろうと、死ぬわけじゃないよ」と言うと、「一つ二つではない。無数にある」と反論する。「ウーム、無数か…」と感心する私。感心する場合じゃないか。

 しかしこの世の中、ホコリの無い場所などない。無いと思ったって、それは目に見えないだけだ。街なかに出れば、ホコリや雑菌の中を歩くようなものだ。

 特にたぬきさん宅周辺に行ってごらんなさい。ゴミだらけ、菌だらけで視界不良だ。もっともたぬきさん自身が雑菌の主だから、免疫力がある(笑)。そう言えば、たぬきスタジオでオフ会をやると、皆呼吸困難になったなあ。

 私的には、部屋を綺麗にするより、楽器でも磨いたほうが良いなあ。その前に腕を磨くべきか…(悲)。

 最近とんと練習から遠ざかっているのに、楽器周辺の散らばり様はどうだろう。特にシールド、ケーブルが何本もグチャグチャ絡み合い、「このケーブルはどこに接続されてるんだ?」と、すぐには判らない。だからいざ練習しようとしても音が出ないと、一々配線を確認することになる。

 お互いの線が複雑に絡み、所々がコブ状になっている。それを一本一本ほぐし、端から端まで指でなぞりながら辿っていく。すると接続箇所が判明する。「おー、そうか、このケーブルはMTRのNo.3トラックだったか」と、真相究明を果たした私は感動する…それほどでもない?

恋人同士、新婚時代の二人は、いつも絡まっていたいだろうが(羨ましいじゃねーか!)、余りにも長い歴史を刻んだ古い夫婦は、お互い離れていたいものだ(悲)。

 阿羅漢さんなどは良い見本だ。奥さんは立派な住宅でふんぞり返り、ご自分は庭隅にあるこ汚い馬小屋で寝起きしている、まるで聖徳太子だ。立派さが違うけど(笑)。
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2017年12月13日

突然閉鎖!

 こんなタイトルだと、「ブログを閉めるのか?」と誤解されそう(笑)。それでもいいけど・・・?

 先日、伯父(母方)の三十七回忌があった。「もうそんなに経つのか…」が実感だ。

 この伯父は今年亡くなった従兄の父親にあたるが、大変優れた方で、やり手でもあった。母のすぐ上である姉(伯母)と結婚し、戦前に信州から上京した。相当に苦労したはずだが、特殊な技術を修得し、やがて品川区に小さな工場(こうば)を建て、起業した。

 技術というのは塗装で、それもいわゆる家や車などを対象にするのではなく、メーカーの部品製造過程における金属の焼付塗装だ。そのため精密な技術がないと対応できない。もの凄く几帳面な伯父だったから向いていた。

 起業した時、伯父と二人の弟、それに伯父のいとこの計4人で始めた。当初は大戦もあり、国策により協力を求められ、武器製造にも関わったと聞いた。

 戦後しばらくはかなり苦労したが、やがて朝鮮戦争特需により大きく伸びる土台ができた。さらに東京オリンピックも会社にとっては良い方向に向いた。

 技術者も毎年採用し、やがて50人を超える技術者集団になった。「他では真似できない技術」をモットーに難しい仕事を引き受けては評価を高めて行った。当時の通産省(今の経済産業省)からは「通産大臣賞」を毎年のように受賞したほどだ。

 私が大学生の頃、伯父からは何度も「卒業したら俺の所で働かんか?いずれ後を継ぐ息子の片腕になって欲しい」と頼まれたことを思い出す。もし受け入れていたら、私の人生も変わったものになったかもしれない。

 しかし当時の会社はまだまだ小さく、それに皆汚らしい姿で働いていた(塗料を扱うから当然だ)。まったく興味、関心も起きなかった。

 やがて36年前に亡くなると、長男(従兄)が引き継いだ。従兄は大学卒業と同時に父親の元で働き、将来の社長になるべく、一生懸命働いた。しかし従兄は技術修得には関心がなかったようで、事務的な仕事ばかりをした。だから伯父亡き後の会社経営に私は懸念を持ったものだ。

 技術で信用を得た会社だ。社長と言えど、やはり技術に明るくないと、相手からの信用度が下がりやすい。働いている技術者からも舐められる恐れがある。

 それでもしばらくは、伯父の弟たちが社長代行のように会社を引っ張って行ったから順調に推移した。だがその弟たちも高齢になり、辞めたり、亡くなった。

 すると技術者が一人辞め二人辞める事態になった。従兄も辛かったに違いない。社長になったものの技術が無いことはやはり説得力を欠く。技術者たちとの関係にも頭を悩ませていたに違いないと推測する。

 そして今年亡くなった頃には、15人まで減ってしまった。厳しいことを言えば、従兄はお坊ちゃま育ち、苦労もなく社長になった。裕福な生活しか知らず育ったお人よしでもあったけど、どうしても我がままになりやすい。私から見ても、リーダーシップに欠けていた。

 従兄亡き後は長男が継いだ。しかし技術者たちはみな年長者だ。上から目線のような態度をとるし、不平不満も言うようになってきた。それに対して言いたいことも言えない長男も親父以上に悩んだろうと思う(母親の嘆きを何度も聞いたから)。

 幸い、信用力はまだあったから、仕事の依頼が切れることはなかったらしい。だがいかんせん、対応できる技術者の数が少ない。しかたなく同業他社に回してしのいだ。「技術者募集」をかけても、2,3年間、一人も来なかったそうだ。

 法事の席で長男が突然切り出した。「実はこの10月に会社閉鎖しました」と言い、「おじさん(私のこと)に相談するべきだったのですが、母とよく話し合って結論を出しました」

 ビックリした。従兄が亡くなって僅か4ヶ月後だ。

 伯父が築き上げた会社、色々な歴史が刻まれた会社、私にも特別な思いがある会社だ。残念としか言いようがないが、これも時代の流れ、受け入れるしかなかった。
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2017年12月10日

スマホ

 遅まきながら私も遂にガラケーからスマホに替えました。

 ガラケーにはガラケーの良さがある。電話やメールに特化しているので使いやすいし、サイズも手に馴染み、扱いやすい。

 世の中がスマホ一辺倒になるにつれ、天邪鬼である私は「フン!」とばかり、ガラケーに固執した。ネットを閲覧したければPCやタブレットで十分だからだ。

 普段はガラケーとタブレット持参で外出するので、スマホに替えたい気持ちが余り起きなかった。

 しかし契約しているガラケーの更新(12月)が近づくにつれ、さすがにこれ以上の継続は返上することにした。案の定、通信会社からは連日のようにスマホ契約の勧誘メールが届いた。最近格安スマホに流れる顧客が増えているので、なんとか引き留めたいのだろう。

 考えるに、これまでのスマホ利用料金が高すぎたのだ。三大キャリアとしての強い立場に安住していた感がある。三社が申し合わせたように横並びの料金を設定するのだから、競争が生まれるはずもない。ユーザーにとってはなんのメリットもない。

 さすがに危機感を抱いたか、最近は格安スマホに迫る料金体系を打ち出してきた。しかし中身をよく吟味するとまだまだだ。問題は安いサービス期間が切れた後だ。また、料金だけ安くても、データ通信量が少なすぎる。自宅がWi-Fi環境にあれば、なんとかなるかもしれないが…。

 あれこれ調べ、結局、格安スマホにした(笑)。どうしても使いたい機種があったからだ。

 Zenfone3_5.5と言う端末を2台購入し(妻用と)、最も安いコース契約にした。基本は1GBだが、2年間は倍の2GB使える。少ないようだが気にならない。

 というのは、購入した機種はsimカードが2枚同時に使える。この機能が選ぶ理由だった。タブレットで使用しているsimカードをスマホに差し込んでやれば、sim1の2GB、sim2は8GBとなり、十分すぎる。8GBといっても3枚シェアなので、これまではsim3枚をタブレット2台とノートPCに使ってきた。だがこれからは、スマホ用にsim*2枚、3枚目はモバイルルーター用に使用する。こうすればタブレットとノートPCが外でも使える。

 以上、妻のスマホ利用料金と合わせ、全部で月5,500円ほど。安いですよね、2台分ですから。しかしサービス期間が終わって2年目からは基本料金が上がるので7.500円くらいになる。それでも電話10分間無料だし、むしろガラケー時代よりも安くなった(笑)。
posted by Boo! at 13:35| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

はや、12月!

 いやいや参りますね。もう12月ですよ。

 「忙しい毎日だ」、或いは「暇で時間を持て余す」・・・どちらであろうと、過ぎてしまえばあっという間です。子供時代は30年後、50年後のことなど、想像もできなかった。「永遠の先」のような気さえしたものだ。

 母が70代に入ると、口癖のように「年は取りたくないねえ」とボヤいていたものだが、実感としてその気持ちがよく分かるようになった今日この頃であります(悲)。

 「残された時間を有効に使うべし」と思っても、意志薄弱な私ですからそれも難しい。ま、あれこれ考えても大方は無駄な抵抗になるので、もうその日暮らしの路線で行くか…(笑)。

 人生のケジメとして、「身の回りの無駄なモノを片付け、処分し、スッキリさせろ」とはよく言われることだ。本人のためというよりも、残される家族のためらしい。

 つまり、「断捨離」の勧めだ。片付けプロと称するにわか(?)評論家が次々に現れては指南する。こんなことで金儲けができるのなら良い商売だなと意地悪く思ってしまう。

 ハッキリ言って、余計なお世話だ(笑)。

 確かに自分にあてはめても、要らぬモノばかりに囲まれている。と言っても他人から見た場合である。私には決して不要ではない。

 部屋には溢れるばかりの本、大量のLPレコードやCD、カセットテープがあるし、他にも、ほとんど着なくなった洋服・衣類がタンスにギッシリだ。いやこれでも大分処分した。数百本あったビデオテープやオープンテープはデジタル化後、始末した。本も、雑誌類は処分した。

 しかし焼け石に水と言うのか、処分して空いたスペースには別のモノが収まるから、全体としてはちっとも片付いた気がしない(悲)。

 最近私は、「断捨離」呼びかけにはむしろ反感を覚えているほどだ。大ミエを切れば、「モノに囲まれて何が悪い」だ。「要る要らぬ」「使う使わない」だけの線引きで、そう簡単に捨てられるかってんだ!

 モノには、時間を経てきたからこその色々な思いが染み込んでいる。普段は役立たずであっても、眺めていると落ち着いたり、思い出したりすることだってあるのではないか?

 世の風潮に押され、「捨てなきゃ」の観念で本当は捨てたくないモノまで捨てて、果たして幸せな気分になれるのか…疑問だ。

 断捨離した後の空間ばかりが目立つ部屋、本棚があっても本がない、思い出の詰まったアルバムがない、プレーヤーはあってもレコードやCDは処分してしまった…。

 モノのない空間で生活することが本当に素晴らしいことなのか?モデルルームのような生活感のない空間なんて、私には我慢できない。

 聴かなくても、読まなくても、或いは、お飾りになってしまった洒落た食器類、額縁に入った下手な絵etc.これらがいつも身近にあることで、心が癒やされることだってある。

 片付け評論家の理想論に振り回されることはない。


 とまあ、以上が最近の考えです。ですから、断捨離に使う時間は捨てました。そんなことに時間を浪費するほうが、よほど勿体ない。

 断捨離を断捨離しましょう。


 何だか、断捨離できない言い訳のようだなあ(笑)。
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2017年11月18日

高齢者講習?

 皆さんの中にはすでに体験済みという方もおられるでしょう。

 先日、「高齢者講習のお知らせ」なる通知書が届いた。「え!講習?」と、何だか腑に落ちない。確か75歳以上になると受講義務があるとは承知していた。だが、私はまだ若い(笑)。75まではまだまだ先のことだ。だから、気にもしていなかった。

 来年4月に免許証の更新を迎える。しかし、更新期間が満了する日における年齢が70歳以上の者は、高齢者講習を受ける必要があると書かれてあった。対象は70〜74歳で、しかも、この講習を受けないと、更新の手続きができないとあった。受けるしかないらしい。

 講習は教習所か免許センターで受けるようにと、一覧が掲載されていた。半年前から受講できるそうだ。早めに手続きしよう。

 75歳以上になると厳しい講習になるようだが、今回の講習は単に受ければ良いだけで、合格、不合格の判定はない。しかし、運転実技はあるというから、何だか緊張しそう(笑)。昔の教習所通いを思い出しそうだなあ。

 そう言えば、ペーパードライバーという存在があった。免許証を取得したものの、全くか、ほとんど運転しない者のことだ。私から言わせれば、免許証など不要、無駄としか思えない。義妹がまさにそうなのだけど、本人曰く、「身分証明書代わりになるから」という理由らしい。運転ができなくても、これまでは視力検査だけで更新できたけど、これからはそういう訳にはいかなくなるだろう。やがて運転テストが課せられる年齢になったら、彼女はお手上げだ。

 本人もそこは良く自覚しているようで、「次回は更新しないで、返納する」そうだ。私も、「それが良い」と大賛成した。
posted by Boo! at 23:42| 東京 ☀| Comment(13) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

旧交を温める

 つい先日、大学時代の仲間と食事会を開いた。

 12名集まったが、以前多い時は20名を超えたこともあった。しかし寄る年波には勝てず(?)、体調を崩したり、亡くなったりで、段々少なくなっている。それに地方在住もいるから、上京も難しくなっているようだ。

 我々は同じ学部出身で、クラスを共にした仲間だ。普通、学生時代のクラスメイトと集まるのは、高校までだと思う。大学はほとんどないのでは?私と同じ大学でありながら、妻は「そんなの聞いたこともない」と言う。

 大学の場合は、サークルやゼミ仲間と付き合う方が多いから、卒業してしまうと、クラス仲間のことなど忘れてしまいがちだ。

 しかしどう言うわけか、我がクラスは良くまとまっていて、仲も良かった。50数名中8名ほどが女子だった。このバランスも良かったのかも知れない。

 ちゃらんぽらんな男子と違って、彼女たちは真面目だった。しっかり講義を聞き、ノートにも漏らさず書き込む。高校時代からの延長で、まったく勉強をしない私にとっては、彼女たちは救いの神だった。前期・後期の試験が近づくと、拝み倒して彼女たちからノートを借り、近くの文房具屋で青コピーを取った。お礼はコーヒー一杯(笑)。

 おかげで何とか進級できた。今でも「**君が卒業できたのは、私たちのお陰よね」と、恩を着せられる。全くその通りだし、反論もできないから、「はい、はい」と頷くしかない。

 今回も4名の女子が参加した。8名中だから高い出席率だ。

 彼女たちは皆おしゃべりだ。そのため、つい我々もつられて話に夢中になる。学生時代の思い出話はもちろん、最近は、結婚しない子供の悩み(これは深刻のようだ)、旦那の入院、高齢両親の介護の話題が多い。

 可愛らしかった彼女たちも「おばさん」を通り越して、「おばあさん」ぽくなってきた(悲)。ひとのことなど言えないか・・・(笑)

 今回が12,3回目の食事会だけど、益々結束が強くなったような気がする。
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2017年11月10日

やはり…。

 タイ旅行中の日本人観光客4人が交通事故で亡くなったニュースが報じられた。タイ入りして早々の事故遭遇だから、一体何のために出かけたのか…お気の毒、不運としか言いようがない。

 記事によれば、観光客を乗せたワンボックスカーが、左折しようとしていた前の車に猛スピードで追突、炎上したらしい。原因は居眠り運転によるものらしいが、本当の所はどうなのだろう?

 私にはなんだか、「やはり…」の思いがしてしようがないからだ。

 大分前になるけど、約3週間近くかけて東南アジア各国を周った経験がある。勿論タイにも滞在した。たまたまタイ人の知人がいたので、滅多に行けないような場所まで案内してくれた。彼の運転は丁寧で、全く安心して観光できた。

 タイからマレーシアへの移動はタクシーにした。タクシーといっても乗り合いが当たり前で、行先が共通する乗客が乗車するまで発車しなかった。この時は小さな子供を連れた若い母親だった。不安そうな目でこちらを見ていたが、我々だって不安だった(笑)。

 言葉は通じなかったが、妻が子供に身振り手振りで愛想を振りまいていたら、すっかり懐かれてしまい、母親はニコニコしっぱなしだった。今でも、子供の扱いにかけては天才的だと思うほどだ。その才能を私に向けて欲しい(悲)。

 車内の雰囲気は実に良かったが、運転が気になってしょうがない。とにかく飛ばすのだ。信号はほとんどなく、自分優先で走る。交差点が近づいても絶対に減速しない。あわやぶつかりそうにもなる。途中で母子が降りると更にスピードをあげた。怖いので、スピードメーターに目をやると、故障したのか針は止まったままだ。「おいおい、勘弁してくれ」と声を出したが、通じる訳がない。

 こんなに怖い思いをしたので、「タクシーは懲りごり」と、マレーシアからシンガポールへの移動は高速バスにした。バスならそれなりの運転をしてくれるだろうとの期待からだ。

 高速バスと言えば、日本のように高速道路を走るバスと思うかもしれない。違った。

 一般道を高速で走るバスのことらしい(笑)。余り広くもない二車線、しかも舗装も十分ではない道路を、土埃を舞い上げながら猛スピードで走る。タクシーも怖かったが、その比ではない。

 タクシーなら、対向車とすれ違っても余裕があるけど、バスは車幅がある。対向車が同じバスやトラックだと、接触するのではと思うくらいギリギリだ。すれ違うと、お互いの風圧で車体が揺れた。

 運転手はいかにも、「どうだ、俺の運転は上手いだろう」の態度が見え見えだった。困ったことに、運転手の後ろに座っていた助手にやたらと話しかける。猛スピードのまま、顔を後ろに向けながら話すから気が気でない。「おい、前を見て運転しろ」と怒鳴りたかった。

 道路の端を歩く人や自転車に乗っている者がいても、そんなことにはお構いなし、蹴散らすように走り抜ける。現地の人達にはそれが当たり前なのだろうか。

 緊張の連続で、手は油汗でびっしょりになった。やっと到着した時は、力が抜けるようだった。思い返しても、よく無事だったものだ。

 総じて、あちらの運転は荒っぽい。私が行った頃とは大分改善されてるかもしれないが、今回の痛ましい事故で、当時の恐怖運転を思いだしてしまった。
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2017年11月07日

明日は・・・。

 妻が珍しく風邪をひいた(鬼の攪乱か)。

 数日前から軽い咳が出始め、声もかすれるようになった。「ハスキーな声で、その方がいいじゃん」「それに、お喋りなお前が口数少なくなり、私の耳も休める」と言うと、「私が喋らなかったら、この家は無人と同じよ」などと、出ない声を振り絞った。

 ま、確かにそうだ。

 妻と私では、9:1の割合で彼女の方が圧倒的に話す。「類は友を呼ぶ」と言うのか、彼女の友人達は例外なくお喋りだ。時々我家に集まると、まあその話し声の賑やかなこと。私も最初の30分、1時間は付き合うけど、やがて付き合いきれなくなり、別室に逃げ込む。

 私が居ようと居まいとお構いなく、彼女たちのお喋りは止まらない。お互いの話にかぶせるように割り込む。話の切れ目を待っていられないのか?これが仕事の世界だったら、「あいつは人の話を聞かぬ奴」という烙印を押されるだろう。

 とは言え、家の中は賑やかな方がよい。

 子供時代、人一倍お喋り好きだった母は、常に話の中心にいた。人を呼ぶことが大好きで、何かと理由をつけては親類、友人・知人を招待した。

 全員大きな丸い座卓を囲むように座り、楽しそうに話す母の声が響いた。大人たちの話など面白くない私は、やがていつの間にか寝てしまうのが常だった。

 対照的に父は無口だったから、母のそんな振る舞いを果たして楽しんでいたのかどうか…?

 明日は母の七回忌法要だが、あの世でも父を放っぽり出してお喋りに夢中になっているのかも。

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2017年11月01日

はや、11月!

 天候不順が続いていたが、ここへ来てやっと秋らしい爽やかなお天気になった。日本は四季のハッキリした国だから、夏は夏らしく、秋は秋らしくあって欲しい。

 「実りの秋」とも言う。色々な果物が店先に並び、つい手が出そうになる。頂くことが多いので、時には同じものが重なり、食べきれないこともある。その場合は、ご近所や義妹にお裾分けする。

 今の時期、やはり新米でしょう。秋田の亡き従兄が長年に亘って毎年送ってくれたことを思い出す。一昨年の秋に送ってくれた新米が最後になってしまった。

 「秋田の新米も遂に途切れてしまうなあ」と覚悟したら、なんと昨年の秋に私と同い年のいとこから送られて来た。驚くと同時に「どうして?」と理由を訊いてしまった。

 生前、従兄から「俺の後は、お前が送ってやれ」と言われていたそうだ。その約束をしっかり果たしてくれた訳だけど、いとこのその律儀さにも頭が下がる。

 そして今年もつい先日、新米が届いた。昨年限りと思っていたし、毎年送る理由もないので、お礼の電話をしつつ、「去年で十分だったし、もう気を遣わないで」と恐縮すると、「なあに、一年に一回のことだ」と言ってくれた。

 親類付き合いは難しく面倒な所もあるけど、良好な関係を維持できているのは幸いだ。

 先月は色々な集まりが多く、休みの日曜日は全て潰れてしまった。今月も似たようなもので、法事が二つ、大学時代の学部仲間と食事会、やはり大学のサークル仲間と飲み会、ちょっと早いけど、月末には高校の仲間有志と忘年会、などがある。

 法事の一つは母の七回忌だ。早いものだが、「東日本大震災」と同じ年に亡くなったので忘れない。

 11〜12月はどうしても行事が多くなりますね。インフルエンザが流行りそうですから、体調管理怠りなく過ごしましょう。

posted by Boo! at 22:16| 東京 ☁| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする