2016年12月16日

悪夢は忘れたころに・・・?

 先月の雪には驚いた。まさか11月に降るとは思わなかったので、雪情報が出ていたにもかかわらず、冬用タイヤに替えなかった。

 幸い、ノーマルタイヤでも無事に運転できたけど、「これは早目に替えたほうがいいな」と思い立ち、近くのタイヤショップに寄った。どこでも良いのだけど、ここで購入したからだ。

 所が、応対した店員が申し訳なさそうに「年内は予約で埋まっていて、早くても来年1月中旬以降になります」と言うではないか。驚いた。考えることは誰しも同じで、11月の早い雪で慌てて申し込んだ者が一気に増えたようだ。

 恐らく他の店でも同じ状況だろうと諦め、帰途についた。途中ランニングのため公園に寄ることにした。駐車場近くまで来ると、なんとなくハンドルが重く感じる。ともかく駐車場に入り、車から降り、車体を眺めると、明らかに傾いている。「まさか…」と思いながらタイヤに目をやると、左側後輪がペシャンコになっていた(悲)。「さっきの店でパンクしてれば、修理してくれたのに」と恨めしかった。

 「こうなったら仕方ない。昔取った杵柄だ。タイヤの一つや二つ、なんとかなる」と自信に満ち溢れながら(?)工具を出し、スペアタイヤを用意した。

 まずナットを緩めようと、レンチを差し込み、回そうとした。非力な私だが、こういう時はバカ力を発揮する。渾身の力を込め、レンチに力を入れた。が、ビクともしない。両手でにぎり、全身に力を込める。もう「痔」になりそうだ。腹立ちまぎれに足をかけ、体重を乗せるように上から力を入れた。しかし、全く歯が立たない(涙)。

 「それにしても、なんでこんなに固く締めるんだ」と、取り付けた業者に憎しみを覚えた。大の男が交換できないほどナットを締められたら、パンクが怖くて遠出などできなくなる。マニュアルにも「締め付け過ぎないように」と、注意書きがあるほどだ。「もうあの店には頼まん」と思った。

 「さてどうしたものか…」と途方に暮れたが、JAF会員であることを思い出した。何十年も年会費を払い続けてきたが、数えるほどしか利用したことがない。バッテリー上がりが2回、エンジン故障1回あった程度だ。

 「こういう時のJAFだ」と携帯を取り、連絡した。長時間待たされるかと覚悟したが、40分ほどで駆け付けてくれた。

 プロ御用達の電動工具であっさりとナットを緩めた。そして手際よく交換した。「ちょっとキツかったようですね」と同情してくれた。会員だからとは言え、無料で済んだことは有難い。

 3日後、12ヶ月点検でディーラーに持ち込んだ。冬用タイヤ交換も一緒にやってくれるというのでちょっと早目に出したのだ。こんなことなら、最初からディーラーに頼めば良かった。

 しかし、パンクも久しぶりだったなあ。後でタイヤの溝を確認したら、釘ではなく、長ネジがしっかりと突き刺さっていた。来春ノーマルに戻すときは新品タイヤにすることにしたので、パンク修理は依頼しなかった。
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2016年12月10日

結婚、されど結婚!

 本日は我々夫婦の結婚記念日です。もう計算できないほどの年数が経ちました(悲)。しかし、女房というのはよく憶えているもので、「何回目だっけ?」と言おうものなら、「45回でしょう」とすぐ返ってくる。

 ま、よく続いたものだと感心する。全ては私一人の努力だ。艱難辛苦に堪えてきたからこそ、今がある。だから彼女には「感謝せよ」「おかずを1品増やせ」と言いたい所だ。しかし向こうも同じように思っているに違いない(笑)。

 結婚前の付き合いが約5年だから、結婚期間の45年を加えると50年、なんと半世紀も付き合ってきたことになる。元々は赤の他人だったのに、こうして長い年月を共に過ごしてきたことは不思議としか言いようがない。相性が良かったのか・・・?

 男同士でもそうだけど、相性の良し悪しは第一印象で決まることもあるし、何回か付き合っているうちに相手の良さが理解でき,付き合いが深まることもある。それも相性が良かったと言えるでしょう。これは理屈ではない。

 かつて、親の選んだ相手と結婚することが当たり前の時代があった。ひどい場合は有無も言わせず、強引に結婚させたケースもあったらしいから今じゃ考えられない。大体泣くのは女性だったでしょう。阿羅漢さんの奥さんなんて、最初「熊と結婚させられた」と日夜泣いたそうだ。

 それにしても、当人の知らぬうちに親と仲人だけの話し合いで決め、結婚式で初めて相手の顔を見るなんて、洒落にもならない。強い今の女性だったら、「ふざけんな!」とばかり、新郎を蹴飛ばして逃げ出すに違いない。

 でも、そのような結婚でも平和な家庭を築き、最後まで添い遂げる夫婦も存在したのだから、たまたま相性が良かったのかもしれない。逆に、熱愛の末に結婚しても、さっさと別れるカップルも多い。結婚というのは恋愛とは違うようだ。一時の勢いだけで結婚してもうまくいかないということだろうか?

 かつて、大学の後輩女子に驚いたことがある。「結婚します」と我々夫婦に招待状が届いた。喜んで出席の返事を出した。別の後輩からは「盛大な結婚披露宴になるようです」と聞いており、「派手好きな**ちゃんらしいや」と楽しみにした。

 所が、式の1週間前に「結婚やめました」と連絡がきた。驚いた我々は「えー!あと1週間だよ」「一体、どうしたの?」と問うた。「前から少し気になっていたのだけど、それがどんどん大きくなってきて、我慢できなくなった」「結婚すればなんとかなるかもと思ったけど、長い先のことを考えると・・・」と半分泣きながら事情を話した。

 聞けば、200名近くの方々に招待状を送ったそうだから、その事後処理には相当なエネルギーとお金を費やしただろうと思う。我々だって、あまりにもドタバタしたキャンセルで、くそ迷惑なやつだと呆れたくらいだ。

 それにしてもよく思い切ったことをしたもんだ。相手の心中を思うと同情したくなるが、しかし、一人だけが悪いということはない。二人でちゃんとした話し合いができなかったのだから、どっちもどっちだ。一番驚き、ショックを受けたのは双方の両親、仲人だろうし、相手である彼の会社での立場も微妙になったに違いない。

 だが考えてみると、結婚して離婚するよりも、結婚前に別れたほうがはるかに良い。周囲には迷惑をかけることになるけど、それはその時だけのことだ。一度しかない人生、多少の犠牲を払っても、自分で納得できる結論を出したほうがよい。

 その2年後、彼女は新しい相手を見つけ、無事結婚した。離婚ではなかったから、初婚になる(笑)。考え方も堅実に変わったか、60名程度の出席者に抑え、こじんまりと、ほのぼのとした好い披露宴になった。現在でも仲良くしているから、あの時の決断は彼女にとっては正解だったようだ。

 さて、5年後の我々は50周年を迎える。金婚式だ。一人だけ元気でもダメだから、なかなか大変な数字だと思う。両親は達成できなかったし、義父母も叶わなかった。その点、あたごウクレレさんご夫妻はすごい。仲の良いことはピカ一だ。金婚式はとっくに過ぎ、もうすぐダイヤモンド婚式を迎えるそうだ。つまり60年ということだ。すごいなあ。なに、まだそんなに経ってない?
posted by Boo! at 22:05| 東京 ☀| Comment(8) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

おすすめ?

 昨日はヤボ用があり、都内まで出かけた。普段から都内まで出かけることは多いので、別に珍しくもない。ただ、都内と言っても都会のど真ん中、官公庁が集中する周辺だ。しかも昨日は日曜日、官公庁は一斉に休みとあって、普段とは様子が違う。いつになく新鮮な印象を受けた。

 地下鉄を降り、皇居のお堀端を歩き、お目当てのビルに向かう。警視庁、国会議事堂が目に入る。さらに外務省、財務省と続き、阿羅漢さんやたぬきさんにはお馴染みの地方裁判所が現れる。お二人は被告人という立場でよく出入りするのだ。門番も思わず敬礼するそうだ。悪い人間もそこまでビビらせれば大したものだ…どこが?

 本当に官公庁ばかりだ。ちょっと感激したのは、国会議事堂の姿だった。綺麗な街並みに映え、静かに美しく佇んでいた。存在感もある。この様に上品な建物の中で議論を繰り広げる国会議員たちは上品なのだろうか?議事堂に入る資格のない者が多いような気がする。

 紅葉はとっくに終わったはずだが、議事堂周辺の銀杏並木が美しい黄色に染まっていた。思わずデジカメならぬ、タブレットで撮った。

国会議事堂.jpg

 それにしても、この界隈の静けさはどうだろう。人通りはほとんどなく、10分歩いて2人しかすれ違わなかった。1人は外国人らしい男性のジョギング中だった。

 車の往来も平日に比べると極端に少ない。何だか日本ではないような錯覚さえ覚える。しかし、所々にパトカーや白バイが待機していて、目を光らせていた。場所が場所だから仕方ないが、これだけが無粋だ。

 突然サイレンが鳴り、1台の車を追跡した。これが2回あった。少しでも不審とみれば追いかけるようだ。阿羅漢さんだったら追いかけられっ放しだ。一緒でなくて良かった(笑)。

 やがて大きなビルに入った。30何階だから超高層ビルだ。会場に入ると、窓越に周辺ビル街の景色がパノラマで飛び込んできた。挨拶もそこそこに、窓まで寄り、見惚れた。東京は雑然としているようだけど、こうして上から眺めると捨てたものではない。機能的な美しさだ。先程見た議事堂が眼下にある。ここでもシャッターを押した。

議事堂周辺.jpg

 なまじ変な場所に行くよりも、たまに官公庁街を歩くのも悪くないなと思った。奥さんとご一緒も良し、浮気相手でも良し(いればですけどね)です。
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2016年12月01日

はや、12月!

 まさに「光陰矢のごとし」です。ついこの間新年を迎えたと思っていたのに・・・。

 一年を振り返ることは意味のあることなのでしょうが、私に限っては、無意味にダラダラとした一年を過ごしてきたので、敢えて避ける(笑)。

 最近気になることがある。それは高齢ドライバーによる事故報道のあり方だ。自分が高齢者の範疇に入るから余計に感じるのかもしれない。連日のように新聞やTVニュースで報道されるので、他人事ではない。

 しかしこれら報道は果たして公正なのだろうか?勿論事実に基づいて報道しているとは思うけど、こと更高齢者のみを取り上げている印象が強く、まるで高齢者ばかりが事故を起こすかのようだ。すると当然ながら世間は、「高齢ドライバーをなんとかしろ」となる。その論調は益々高くなっている。

 確かに、年を取れば体のあちこちが衰えるし、反射神経も鈍ることは否定しない。しかし、個人差というのがある。**歳になったからと言って、一斉におかしくなるなんてことはない。

 運転は、若いから事故を起こさない、年寄りは起こす、などと単純に論じることはできない。しかし報道は、「高齢ドライバー=危険」一色だ。私はこれを偏向報道と言いたい。具体的数字を示し、「なるほど」と思わせる報道をしてもらいたい。例えば、警察庁が公表している交通事故の統計がある。

 年度毎に、世代別の事故数をグラフ化している。それによれば、交通事故全体に占める割合の最も高い世代は20才前後の若者となっている。問題の高齢者世代はずっと下の位置だ(2011年度)。若者のほうが余程危険ということになる。だがこれをもって、「若者に運転させるな」の風潮にはならない。つい先日も、20代のドライバーが高速道路を逆走して事故を起こした。これがもし高齢者だったら「それ見たことか」と大きく報道したに違いない。不公平だ。逆走は高齢者の専売特許のようだが、そんなことはない。一瞬勘違いすることは誰にも起こりうる。むしろ、逆走を防止する手立てを考えたほうが良い。

 運転する者は、年齢に関係なく、誰もが危険と隣り合わせだ。それを自覚して運転するべきだ。高齢者ばかりに白い目を向けるのではなく、ドライバー全体の問題と捉えて欲しい。

 とは言うものの、私だっていつまでも運転しようとは考えてはいない。ちょっとでも自信が無くなったら、やめるつもりだ。今の所自信に溢れ、モタモタと前を走る車がいると「おらおら、邪魔だ」とばかりを煽りまくるし、信号が赤でも無視する。一般道路を平均100km、高速道路は150km以上で走ることを旨としている…オイオイ。
posted by Boo! at 21:54| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

大雪

 いやいやいやいやいやいや、いや・・・・・・・・・・・しつっこい?まさかの大雪でした。

 「雪の予報」が出ていたとは言え、まだ11月です。普通は早くて12月下旬、下手すれば最近は1月過ぎにならないと降らない。予報はどうせ外れるか、降ってもパラパラ、大したことないだろうと舐めていた。

 ところが朝起きて、外を見たら小雪がちらついていた。積もるほどではなく、道路も濡れていた程度だった。まだ冬用タイヤに交換してなかったので心配したが、「この程度なら大丈夫だ」と安心した。

 所がその2時間後、出かけようと玄関を開けたら、本格的な降りになっていて、車の屋根、フロントガラスには数センチ程度の雪が積もっていた。道路はシャーベット状態だ。柄のついたブラシで車の雪を払った。「こんなに降るなら、昨日のうちにタイヤ交換するんだった」と後悔した。

 スリップして事故でも起こしたら最悪だから、慎重運転を心がけ、車を走らせた。しかしかなり湿った雪のせいか、道路はべちゃべちゃで、ノーマルタイヤには助かった。

 「暖冬だ」と騒ぎ、昔の冬の寒さを懐かしんだ(?)私としては、この大雪はまさかの出来事だ。11月の初雪としては54年ぶりというし、11月の積雪は観測史上初らしい。人間長く生きると、こういう珍しいことに遭遇する。そういえば、54年前というと、私が生まれた年だったような・・・?

 2年前の2月だったか、2週続けて大雪が降ったことがあった。記憶にもないほどよく積もったが、そのために雪による被害が多く出た。私の住む町周辺でも雪の重さで車庫の屋根がつぶれたお宅が多かった。我が家も屋根に設置している太陽光パネルに積もった雪が一気に滑り落ち、雨樋が一部破損した。パネル面はガラス状だから、滑りやすい。

 東北も大変だろうな。特に阿羅漢さんの家はすっかり雪で隠れてしまい、雪穴から出入りしているそうだ。クマでも出てきたかと、近隣の住民を驚かせているから迷惑な話だ。いっそのこと、そのまま冬眠すればいいのに・・・(笑)。
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2016年11月22日

いい加減にせんかい!

 今朝の地震には驚いた。まだ6時前だったが、起こされてしまった。ちょっと位の揺れでは起きぬ愚妻(最近、美人妻から格下げ)も飛び起きた。

 長い時間揺れた。そして思い出した。あの東日本大震災で経験した揺れとよく似ていたからだ。すぐにラジオをつけ、NHKの緊急速報に耳を傾けた。「震源地は福島県沖、震度5弱、マグニチュードは7.3」と、繰り返し流れてきた。そして「津波の恐れがあります。至急高台に避難してください。落ち着いて行動してください」と、何度もアナウンスしていた。アナウンサーの声に混じって、バックからは例の緊急警報音が鳴り響いていたが、あれは嫌な音だ。さらにアナウンサーの声が甲高く、余計に不安を駆り立てる。こういう時こそ、ゆっくりと落ち着いた声で呼びかけるべきだ。

 それにしても、M7.3とは大きい(その後7.4に訂正された)。今年起きた熊本地震より大きい。真っ先に津波を心配した。しかし、発生はしたものの大事に至らなくて良かった。5年前の大津波の記憶がまだ生々しい。恐らく現地の方々は、当時の恐怖が蘇り、すぐに避難行動を起こしたに違いないが、お気の毒だ。

 「地震国日本」に住む我々は、覚悟しているとは言え、「いい加減にせよ」と、自然を恨みたくなる。

 以前の記事で、「11月なのに、暖かい」などど書きましたが、「明後日はもしかしたら雪が降るかも」という予報が出てます。まだ楽観していて、冬用タイヤに交換してない。ま、必要になるような大雪にはならないでしょうが、このようなロクでもない予報は当たるかもしれないからなあ(笑)。
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2016年11月20日

おつきあい

 そろそろお歳暮や年賀状の準備にかかる時期になってきました。

 最近はお中元やお歳暮を贈る習慣が薄れているそうだ。それも相当な落ち込みで、デパートなどはピーク時に比べると三割の売上とか…最近の新聞記事にあった。

 昔と違って、公務員は民間業者から受け取ってはいけないし、学校の先生は父兄から受け取らない、会社だって、かつては上司に贈るのが当たり前の時代があったけど、現在そんなことを認めるような会社は時代遅れだ。当然とも言える。贈る贈らないで、出世に響くなんてどうかしている。しかし人間は弱いものだから、少しでも上司の心証を良くしたい気持ちは分かる。全体から見れば、虚礼廃止の傾向に進んでいるのだろう。

 人間は弱い一方で、卑しい部分も持ちあわせている。立場が変わり、偉くなったと勘違いすると、相手に期待する人間がいるのも事実だ。「タカリ」の根性だ。だから汚職なんて無くならない。いくら偉くなろうが、卑しい根性のままだと尊敬はされない。どこかの知事もそうだったような…。

 本当に贈りたい相手に絞って贈るのが本来の在り方でしょう。少なくとも私はそのように心がけている。

 贈るのはなにもお中元やお歳暮でなくてもよい。美味しい季節ものを頂くと嬉しいものだ。今年亡くなった秋田の従兄は毎年欠かさず新米を送ってくれたし、信州からは二十世紀梨が届いた。だが、「今年は秋田からの新米はない」と諦めていたのに、思いがけず別の従兄から届いた。

 二十世紀梨も昨年が最後になった。従兄が難病にかかり、栽培を断念したからだ。最高に美味しかったので残念だけど、致し方ない。散々お世話になったので、こちらからのお歳暮は続けたい。

 今年はどういう訳か、ミカンをよく頂く。豊作なのだろうか?静岡や広島の知人からダンボール一箱分届いた。さらにご近所の方二人から、「我家のミカンです」と、沢山頂いた。「あり余ってます」とも言えないので、笑顔で受け取った(笑)。

 贈ったり贈られたりはそんなに悪い習慣ではない。人間関係の潤滑油的役目もある。義理だけのやり取りするから負担に感じるのだ。

 そう言えば、母がその義理だけの付き合いにがんじがらめだった。「なんでそんな人にまで?」と、私には理解できなかったものだ。普段ほとんど付き合いのない方にまで贈るからだ。当然ながら相手からお返しが届く。するとお返しがあったからと、来年また贈る。引き出しの中には送った伝票が束になっていた。

 「相手は有難迷惑と感じているかも知れないんだから、ほどほどにしないと」と嫌味を言っても無視してくれた(笑)。それが証拠に、母が施設に入り、贈ることができなくなると、パタッと相手からもこなくなった。「ご機嫌伺い」の連絡すらなかった。ゲンキンというのか・・・。変わらず届いたのは、本当に母のことを気遣った近い親類であり、親しい友人からだった。





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2016年11月05日

秋のような、冬のような?

 東北の方は今が紅葉の見頃なのでしょうか?

 こちら関東圏、というか首都圏はまだのような気がする。ランニングする近くの公園の木々もちらほらと色づいているけど、余りパッとしない。くすんだ色で、鮮やかさがない。いつまでも暖かい陽気が続き、一気に気温が下がらないことが原因かと思う。

 11月というと昔は大変寒かった記憶がある。大学の文化祭は毎年11月初めだった。構内にあるちょっと小高い場所に臨時ステージを作り、音楽サークルの仲間が交代で演奏を繰り広げた。私のグループも勿論参加した。

 天気が良く穏やかな日であれぱ、実に気持ちよく演奏できたが、気温がグッと下がり、冷たい北風が吹くと震え上がり、演奏どころではなかった。とにかく手がかじかんでしまうので、下手な演奏が更にひどくなった(涙)。場所を変えて教室内で演奏するとホッとした。

 そういえば当時のこの文化祭模様が週刊朝日に取り上げられ、グラビア写真になった。1ページ大の写真で、しかも私のグループだったから、仲間と興奮した。まだ保管してあるけど、今見ると気恥ずかしい(笑)。

 最近は霜も余り降りなくなった。昨冬の初霜は確か今年1月ではなかったかな?かつては11月になれば、霜で車が白くなることは普通だった。やはり、温暖化の影響なのだろう。

 着るものにも迷う。「暑さ」と「寒さ」がはっきりしていれば良いけど、今のように、秋だか冬だかわからないような陽気は困る。出がけに天気も良く暖かいと、つい薄着で出てしまう。しかし帰る頃には気温が下がり、震えながら帰途につくこともあるし、逆に厚着で出たら、昼間は汗だくになったりするから、風邪を引きそうだ。車を運転すれば、一日の内にクーラーとヒーターを使い分けることも珍しくない。一日で夏と冬がやってくるようなものだ。

 こんな陽気では体調管理も大変ですから、皆さんも充分お気をつけ下さい。来週から本格的な寒さがやってくるそうです。

 明日日曜日は、知人のバンドでベースを頼まれた。泥縄だけど(いつものことで)、これからインスタント練習です(笑)。

posted by Boo! at 22:11| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

はや、11月!

 もう11月です。あと2ヶ月で来年になってしまいます。毎年同じことを書くようですが、月日の過ぎるこの速さは、「何とかならんか!」と思ってしまいます。

 気持ちの上では若い頃と余り変わらないようですが、しかし、確実に年を取り、体力も少しづつ落ち、記憶力の低下も自覚するこの頃です(悲)。変わらないのは依然として「美男子」であること、増え続ける財産でしょうか…バカを言ってるんじゃねえ?(笑)。

 友人の中にも、「あそこが痛い、ここが痛い」「ヒマだ、やることない」「俺がいると女房は外に出て行く」と、一人嘆く者がいる。「もっと前向きになれ」と言っても、「前を向いても後を振り返っても、俺は孤独だ」などと、こちらに同情を求める。知ったことか!

 ま、(精神的に)豊かな老後を送れるか、淋しい老後になるかは、我々世代にとっては一大テーマだ。しかしそれも本人次第でしょう。自分から行動しないことには、なにも変わらないものだ。

 遠く遡れば、子供時代から始まると思う。子供同士、遊びを通して他人との付き合い方を学ぶ。中、高、大学、そして社会人になり、付き合い方が変化しても基本的には同じでしょう。この一連の流れの中で上手く適応できないと、後々苦労することになるような気がする。こうして培った一種の人脈が老後に生きてくるのではと考える。仲間と集まってもゲーム機やスマホばかりに夢中になっている今の若者には危惧を覚えるけど・・・余計なお世話か(笑)。

 さて今月は、月初めから人と会う機会が多い。小学生時代の旧友から、「良い店を見つけたから飲もう」と誘われた。「他に誰か呼ぶの?」と聞くと、「我々だけ」と言う。子供時分はそれほど親しくしてなかったけど、クラス会を重ねている内に気心が通じ、時々飲むようになった。

 大学の学部で同クラスだった仲間との食事会もある。これは毎年で、すっかり私が万年幹事になってしまった。今回は12名の参加者だ。内、4名は女性だ。毎年会場を探すのも面倒になり、ここ3年は都内のホテル内レストランに決めている。

 高校もある。こちらは定例みたいなもので、隔月の第二金曜日と決めている。会場である店を固定しているので(亡くなった同級生の息子が引き継いだ)、事前の連絡は一切無しだ。「来たければ勝手に来い」というスタンス。だから参加者人数の波が大きい。毎回顔を出す者がいれば、1,2年に1回という奴もいる。これはこれで、自然体で良いと思う。

 更に高校創立70周年を記念する祝典に出席する予定だ。担任だった先生も顔を出すと聞いたので、無性に会いたくなった。当時の教師達のほとんどが亡くなり、担任の他に二人しかいない。恐らく担任に会えるのも、これが最後になるかもしれない。

 他には、義母の七回忌がある。身内だけで集まるから、7,8人か…。「もう七回忌か」と驚いてしまうが、来年は私の母が七回忌だ。そして次の年が父の二十三回忌なので、法要が3年続くことになる。

 残された者の務めとは言え、何やかや、追われる。
posted by Boo! at 22:27| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

思いもよらぬ・・・。

 新米の季節になりました。米屋の前を通ると、「新米入荷」の旗が立っている。新潟産、秋田産、宮城産・・・と、各県ご自慢の新米だ。

 毎日、毎日、口に入れるお米だけど、新米だけはやはり格別の味がする。香り、ねばり、甘さ、ふっくら感などが全然違う。

 何回か書いたことがありますが、毎年必ず秋田の従兄から新米が送られてきた。もう20年以上続いただろうか。しかも妻の両親の田舎である新潟からも届いたので、米を買う必要がなかった。幸せというのか、贅沢というのか、ありがたい贈り物だった。

 しかし義母が6年前に亡くなると(義父は40年以上前に亡くなった)、それを境に新潟からは新米が届かなくなった。義母との付き合いの延長で送ってくれたようなものだから、「もういいだろう」と思ったのかもしれない。妻に、「お前が薄情な付き合い方するから、向こうもやめたに違いない」というと、「そんなことない。冠婚葬祭があれば、ちゃんとご祝儀や香典を送っている」と口をトンガらがして反論した。「いや、そういう付き合いではないのだ」と言っても、よくわかっていないようだ(悲)。

 秋田からの新米だけになってしまったが、30kgも送ってくれるので、小食の我々には1年持ってしまう。その代り長期間保存できるように、玄米で送ってもらった。食べるたびに精米するから、いつまでも美味しくいただける。

 今年5月、従兄が亡くなった。そのため、昨年送ってくれた新米が従兄からの最後のプレゼントになってしまった。今年も新米の季節が近づくにつれ、「今年は届かないのかあ」とがっかりし、改めて、従兄の長年にわたる気配りに感謝した。

 その最後のお米もいよいよ底をつき始め、何十年ぶりかでコメを買う必要が出てきた。なにしろ米屋と縁のない暮らしをしてきたので、どこで買うか困った。スーパーに行けば、各産地の新米が並べられている。「スーパーのコメはあまり美味しくないよ」と言う人もいて、さらに悩ませてくれる。「ちゃんとしたスーパーならそんなことはないはず」と思い、2kgか3kg程度で良いから、とりあえず少量購入してみようということになった。

 「明日(本日のこと)は休みだから、一緒に買いに行くか」と、夕食を食べながら妻に訊いた。「そうだね」と同意したその時、「ピンポン!」

 チャイムの音だ。妻が応答する。「ゆうパックです」の声が聞こえた。「ん?誰からだろう?」

 妻が玄関ドアを開けた。その途端、「キャー!」と叫んだ。「何事だ」と思わず腰を上げた。最近、宅配便を装った強盗被害が増えていると聞いたことがある。「ノヤロー!」と、1億円もする豪華な金庫から拳銃二丁を取り出し「パンパン・・・」て、何をいってるんだか。

 妻がドアを開いて押さえていると、中年のおっさんがよろよろと大きな袋を担ぎながら中に入り、三和土にドサッと置いた。妻が再び喚く。「新米よ、新米よ」。なんだか「ナンマイダ、ナンマイダ」と聞こえた(笑)。

 そう、置かれた袋はまさしくコメの入った見覚えのある紙袋だ。興奮する手で、受取証にハンコを押した。「亡くなった従兄からはあり得ないし、今更新潟のコメが復活するわけない」。だが、ほかに思い当たらない。

 袋に貼られた送り状の文字を確認した。「秋田県・・・」とある。「えー、そんな馬鹿な」と名前を確認すると、なんと、従兄はいとこ、別の従兄の名前Bだ。亡くなった従兄の隣に住んでいる。隣といっても田舎のことだから、100mほど離れているけど。

 「それにしても、なんでBが・・・」と解せない。勿論この従兄Bとも大変仲が良い。一つ学年が上だけど、子供の時から同級生のように親しかった。ほかにもたくさんの従兄弟や従姉妹がいるけど、盆暮れのやり取りは亡くなった従兄とだけで、他とはあっさりとした付き合いに留めてきた。

 いままで一度も何かを送ったり送られたりがなかったから、お礼の電話のついでに訊いてみた。「いや、**さん(亡くなった従兄の名)から、毎年そちらに新米を送っていることを聞いていた。で、体が弱くなってきたとき、自分が亡くなった後はお前が送れと言われていたんだ」という。「最後の最後まで、そこまで考えていたのか・・・」と、話を聞きながら、涙が潤んできた。

 「そうか、だから玄米で送ってくれたんだ」と納得した。従兄から「玄米で送れ」と言われたのだろう。

 今年の秋田新米はなかったはずだった。それがこんな形で、また送られてきた。「**さんのお米も美味しかっただろうけど、今度は俺っちのコメを食べみてくれ」

 「ありがたく頂戴します」と何度もお礼をいい、電話を切った。
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2016年10月22日

地震

 鳥取で大きな地震がありましたね。幸い、死者は出てないようですが、これから詳しい被害状況が判明するのでしょう。少し前には大被害が出た熊本地震があったし、日本は本当に地震国だと再認識させられる。

 まだ記憶にも生々しいあの東北大震災が5年前。首都圏でも激しく揺れた。確か震度5弱とか5強だった。余りの揺れに、「関東大震災の再来か」と思ったものだ。今回の鳥取は震度6弱というから、我々が味わった以上の恐怖だったろうことは、容易に想像がつく。

 「普段から地震に備えよ」と良く言われる。しかし地震は、いつ、どこで起きるか分からないから、「備えようがないではないか」と反論もしたくなる。

 自宅の耐震性を高めたり、家具が倒れないように、あるいは棚から物が落ちないように対策しても、「これで万全だ、安心だ」とは言い切れない。

 例えば私の場合、一日の半分以上は外出している。車の運転だったり、電車、地下鉄、バスの利用、街中での歩き移動と、言ってみれば常に地震の危険と隣り合わせの状況にいることが多い。外出中に大地震に遭遇したら逃げようがないし、大混乱に巻き込まれること、必至だ。それは東北大震災での首都圏パニックが証明した。

 地下鉄に乗っていると、時々「もし走行中に大地震が起き、上から土砂が崩れ落ちたら完全アウトだろう」と不安になることもある。地下鉄でなくても、地下街を歩くと同じような不安心理になる。ビル街を歩けば、上からガラスや壁が落ちてくるかもしれないし、つまりは「日本は地震国」といいながら、安全に対する意識がまだまだ官民欠けているように思う。

 個人個人の家屋の耐震強化は勿論大切なことだけど、それ以上に街中の危険因子を減らして欲しいものだ。デザインばかり重視して安全が疎かになってないか、インフラは大丈夫か、足元から見直す必要があるのでは?

 因みに、我が自宅は耐震性に優れ、デザインも超1級、住む人間はハイソ、と近所では評判だ。大地震で周囲が全滅しても我が家だけはビクともしない、と噂されている。いやうわさです、噂。

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2016年10月09日

ただ今戻りました(笑)。

 しばらく更新しませんでした。「前回はいつ書いたかな?」と確認したら何と10日も前。こんなに空いたのは初めてかもしれません。もっとも私が書こうと書くまいと、世の中の流れにいささかの変化もありません。

 実は、ちょっと思い立って信州に行っていたのです。タブレット持参で行きましたから、向こうでも投稿しようと思えばできたのですが、そこまで熱心ではないし、むしろ頭の中から「ブログ」の文字を追い出したほどです。

 最近叔母の元気のなさが気にかかり、無性に会いたくなったのです。母の弟(叔父)の連れ合いになる。

 叔母は若い時から超元気で超馬力のある方で、体格も立派。ヒョロヒョロとした叔父なんかぶっ飛ばされそうだった。しかし面倒見がよく、いつ行っても最大のもてなしをしてくれた。人が集まれば常に周囲に気を配り、一人息子(私と同い年)がボーとしていると、尻を叩いて注意を促す。

 10人以上の姉妹兄弟の中の黒一点で育った叔父は、はっきり言って我儘タイプ。ま、当然かも知れない。姉妹にとってはただ一人の男子だから、そりゃもう大変な扱いだったそうだ。入れ替わり立ち替わりで、なにからなにまで身の回りのことをやってくれたので、それが当然のようになってしまったのだろう。

 そんな叔父と結婚した叔母は大変だったと思う。叔父は家の中では一切何もしなかった(叔母の話)。手を伸ばせば届く物でも、わざわざ叔母に取らせる。「新聞だ」「お茶だ」と、まるで女中さん扱いだ。今の時代に結婚したら、即離婚でしょう。しかし、家では動かないけど、仕事だけは人一倍働いた。そして、一歩外に出ると大変身する。人の集まる所、どこにでも出かける。そして座を盛り上げるのだ。話も出ず、白けた雰囲気を感じると、突然立ち上がり、唄いだす。時には、ハーモニカも吹く。まだ元気で体力があったころは、ハーモニカ、ギター、それにカラオケ装置を持参し、独り舞台。もう叔父の独壇場となる。新聞の地方版にも紹介されたくらいだから、地元では有名人だ(笑)。

 叔母も外での叔父を知っているので、家での我儘が許せるようだ。傍から見ても、仲の良い夫婦だった。

 3年ほど前に叔父は亡くなったが、最後まで付きっきりで世話をした。しかしその後は気が抜けてしまったのか体調を崩し、膝や股関節を痛め、入院・手術を繰り返すようになった。あんなに頑丈な叔母だったのになあ、と寂しい思いだ。最近は歩行困難になり、外出はできない。それでも一人息子のために、三食の食事を作っているから、頭が下がる。勿論、食料品の買い出しは息子だ。

 訪問すると思いがけなかったのか、横になりながら手を差し伸べ、握手を求めてきた。目には涙。こちらも言葉が詰まってしまった。そして必死になって台所に向かおうとする。あの目一杯にもてなしをした頃の叔母を思い出し、慌てて止めた。息子がボーとしているから(笑)、なんとか自分で、の思いなのだろう。

 すると息子に「**!寿司を頼め」と命令する。ボーとした息子はバネ人形のように立ち上がり、どこかに電話をかけていた。体は弱っても、相変わらず息子を仕切る。

 耳も遠くなり、かなり大きい声で話さないと通じない。声にも力がなく、叔母とは思えない。

 「泊まっていけ」と何度も言ってくれたけど、こんな状況で泊まっては迷惑をかけるだけだ。「隣村のいとこの家に泊まるから」と断った。

 人間いつまでも元気でいたいけど、必ず弱る時がくるのだと痛感させられた信州でした。
posted by Boo! at 23:57| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月01日

はや、10月!

 雨の多い9月でした。まさに、「September In The Rain」です。ちなみにこの曲は、G.シアリングの演奏が最も有名ですが、私も一番好きです。 

 妻は空を見上げながら、「今日もテニスができない」と文句を言う。「そりゃそうさ。お前は雨女なんだから」と言えば、「あんたこそ雨男よ」と、矛先を私に向ける。あー言えば、こー言うタイプだから、反論を控える(涙)。

 10月ともなれば、秋らしい爽やかな好天が続くと期待したいけど、「秋雨」とか「秋霖」の天気用語があるくらいだから、どうなりますか…。

 今月は知人が美術展に出品するので、都合のつく日に出かける。芸術家集団による年一度の発表の場だ。「平面・立体アート」とう部門だそうだ。

自由美術.jpg


 元々知人は彫刻家としてスタートした。金属をつかった彫刻なので、体力的肉体的に大変な作業だった。作品が大きくなると、トラックに積んで運んだ。一般には余り知られてないけど、他県の何ヶ所かにモニュメントや銅像を設置した。観光地の有名な橋にもあるから知らずに観ている方もいるでしょう。それが縁で、観光名誉大使に任命された。

 その後は体力の限界を考え、木材を使う彫刻に移った。といっても抽象的な作品が多く、この世界に疎い私には理解が及ばない。特に美術展に出す作品は、実験的な要素が強く反映されるのか、益々理解不能だ(悲)。知ったかぶった感想も言えないので、正直に「どういう意図の作品なの?」と訊くことにしている。

 施設に入った従兄にも面会に行きたい。「精神状態が落ち着いたら」と言われているので、まだ控えている。従兄の連れ合いが近々行くらしいので、その様子次第になる。恐らく、自宅に帰ることはもうないだろうと考えると、複雑な気持ちだ。

 ウクレレ教室を運営している学生時代の友人から、「今年も発表会でスチールを弾いて」と頼まれた。余り気乗りしない。なにしろ人前でスチールを弾くのは、この発表会と例のオフ会のみで、1年に2回ぽっちだ。

 生徒さんたちは初級から中級程度の力だ。余り難しいコード進行は弾けない。そのため生徒が弾ける曲に合わせることになる。誰でも知っている曲ばかりになるが、かえってこれが私にはプレッシャーだ。誤魔化しが利かないからだ。曲数も多い。

 「生徒も凄く楽しみにしてるよ」と言われれば、無下に断れない。これから少し練習しないと…。

posted by Boo! at 22:34| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

植木屋さん

 この間の日曜日、植木屋さんが我が豪邸の庭木を剪定してくれた。昨年も今頃だったから一年ぶりだ。
 
 一年も経つと結構枝が伸び、葉も繁る。姿、形が乱れ、少々見苦しい。まるで阿羅漢さんを前にしているようだ。

 最初は9月上旬を予定していた。しかし、雨が続き、一度は中止、延期の末にやっと来てくれた。

 事前に「朝7時から作業します」と連絡があった。「さすがに職人は早いなあ」と感心したものの、よく考えたら当自治会では8時前の工事(道路や新築工事など)は禁止されている。他にも、音を出す恐れのある作業も同様だ。夕方も午後6時過ぎたら禁止にしている。

 これは各世帯、生活パターンが違うので、ごく一般的な活動時間帯を考慮して取り決めた。中には夜勤明けや深夜労働をしている方もいるかもしれないが、そこまで配慮したら工事など出来なくなる。

 そういう事情を話し、8時からにお願いした。

 親方と多分息子であろう二人が来たが、職人のテキパキとした仕事ぶりは気持ちが良い。親方は高齢なので専ら低い木、若い職人は高い木、と分担しながら剪定する。無駄口も叩かず、黙々と手を動かしていた。

 昼前に休憩を取ってもらい、茶菓を出した。妻が余りにも美人なので、茶碗を持つ職人のごつい手が震えていた。「馬鹿だなあ。私なんか、一年365日見続けてるから何ともないぞ!」と自慢する所だった(笑)。

 玄関脇に植えてある一本が最近弱ってきた。下半分が枯れ始めてもいる。親方に相談すると、「これは繁りやすく、自分の葉で蒸れてしまって弱るんです。特に建物の近くは風通しがよくないし・・・」と言う。普通は3,4年で駄目になることが多いそうだが、「もう10年近くになる」と言うと、「それは珍しい。やはり豪庭だからでしょう」と言われ、納得した(笑)。

 枯れると見栄えも悪くなるから、新しい木を植えてもらうことにした。親方お薦めの「香港エンシス」という木にした。最近人気があるそうだ。白いハナミズキのような花が咲き、赤い実をつけるらしい。

 そういえば以前、アメリカハナミズキを植えていた。妻が好きなので選んだ。毎年綺麗な花が咲き、道行く人の目も楽しませた。しかしある年、私が枝を切り過ぎてしまい、枯らしてしまった。再びこれにしようかと相談すると、親方は「枝が大きく張るので、お宅さまのご立派な建物を傷めます」というアドバイス。諦めた。

 午後3時頃に作業は終了。切り落とした枝や葉を片付け、ハシゴや脚立を車に積み込む。「では新しい木が入荷したら、植えに来ます」と言いながら引き上げて行った。

 さっぱりした庭を眺めると、何となく気持ちが落ち着くなあ。
posted by Boo! at 22:10| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月21日

おしゃべり

 おしゃべりには楽しいものと不愉快なものがある。

 気のおけない仲間や友人たち、或いは家族や親しい親類同士とのおしゃべりは楽しいし、共通の趣味や関心事が話題になると時間を忘れるほどおしゃべりが続く。しかし一方で、他人の悪口、不平不満は聞くに耐えないし、相手の話を聞かず、自分のことばかりしゃべるタイプは嫌われるものだ。

 妻の仲間にはおしゃべりの達人(?)が多い。もっとも、妻も彼女たちに負けないほどの実力者だ(笑)。学生時代の仲間、旧職場の同僚、テニス仲間などが、それぞれ年に数回我家に集まる。時には私も一緒になって話に参加する。しかし、初めの内はなんとか相手できるが、途中から彼女たち共通の話題に移ったら、とてもついて行けない。次から次に話が続き、途切れることがない。もうエンドレス状態だ。お茶を飲み、ボリボリと煎餅などをかじりながら、盛り上がっていく。一人男の私は何となく居心地が悪くなり、コソコソと隣の部屋に避難する(俺の家なのに…)。すると邪魔者がいなくなって安心するのか、さらにボルテージが上がる。

 時々思い出したように、「あら、ご主人は?」「一緒に話すればいいのに…」。そして、「**さん、こちらにいらっしゃいョ」などと呼びかける。「うるせー、ぺちゃくちゃしゃべりやがって」と思いながらも、「ハイハイ」と言いながら、愛想よく席に戻る(笑)。

 大きな声でしゃべる彼女たちだが、これが外出先、例えばレストラン、公共的な場所だったらヒンシュクものだろう。外部と遮断された家の中だから許されるし、不快にもならない。

 この間、レストランでランチをとっていたら、4人のおばさんグループが隣の席に座った。「まずいな」と警戒した。この手のグループはやかましいからだ。

 おばさんたちが食べている間はまだ良かった。一段落し、お茶になるとおしゃべりが始まった。そして声がどんどん大きくなる。諦めて、「さっさと出よう」と決めた。逃げるが勝ち?

 突然、誰かが「ウク…」と発したように聴こえた。「ん、ウクレレと言ったような?」

 思わず聞き耳を立てた。「ウクレレ、中々うまくならないねえ」とこぼし始めたのだ。すると他の仲間も同調するように、「もっと易しいと思っていたのに」

 舐めるんじやねー!と叫ぶ所だった(笑)。

 どうやらウクレレ・サークルに通う仲間のようだ。「F7とかDが上手く押さえられない。」「私も!指がつりそうになるわ」と言うと、ど〜っと、爆笑。

 早々に席を立とうと思っていた私は、思わず頬が緩み、再び座り直した。チラッと目をやると、たしかにウクレレらしきケースが見えた。
 
 いつもだったら、イライラして食事も不味くなるのだけど、自分に関心のある話題と分かると、全く気にならなくなるから、不思議なものだ。

 おしゃべりそのものが悪い訳ではない。周囲に配慮しない、無神経なおしゃべりが困るだけだ。
posted by Boo! at 23:12| 東京 ☀| Comment(18) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月17日

変われば変わるもの

 先日、親類の娘がひょっこりと遊びに来た。4,5年ぶりかもしれない。

 妻の従兄の娘にあたる。義母がまだ元気だったころ、新年会で毎年義母宅に集まったものだが、彼女も両親と一緒にやってきた。当初はまだ5,6歳だった。今回訪ねてきた彼女はすっかり大人の女性になっていたが、幼かった頃からの彼女を知る私には色々な思いがある。

 子供時代の彼女はかなり変わった子だった。人見知りするというのか、家族以外の者と口を利かない。子供にとっては大人が苦手だし、煙たい存在だ。それにしても度が過ぎていた。「自閉症ではないか」と疑ったほどだ。

 私がまだ若くて金もないのに(今も?)、お年玉を渡すと、「ありがとう」も言わない。わずかに頭を下げるだけだ。「可愛くねーなあ」とむかつき、思わず「やめた。返せ!」と言いたかった(笑)。

 みんなでワイワイ大騒ぎし盛り上がってきても、一人白けていた。妻がご機嫌をとるように話しかけるが、ニコリともしない。一方で、子供におべんちゃらなど一切しない主義の私は、「なんだ、このガキは」と不愉快になることもあった。

 それでも楽しいお正月だから、他の子供も交え、トランプ遊びを始める。彼女もイヤイヤな態度ながら参加する。

 我々夫婦は子供が相手でも容赦しない。勝負事に遠慮はいらない。いつも断トツで勝った(笑)。こうなると普通、子供は不貞腐れてくるが、知っちゃこっちゃない。だが彼女は逆に「クソ!」とばかり、歯を食いしばる。そんな彼女の表情見ると益々叩きのめしたくなる(笑)。義母が時々、「たまには負けなさいよ」といっても、「ヤダ!」とばかりむきになって相手した。

 たまに彼女が勝つとやはり嬉しいらしく、手を叩いて喜ぶ。やがて彼女の反応が大きく変わって行く。こちらの言う事に大きな声で笑い、はしゃぎ出す。あの最初の無愛想はどこに行ったかと思うほどだ。

 所が、翌年の新年会では相変わらずの無愛想になるから、理解に苦しむ子供だった。とにかく話ができるまで時間がかかったが、高校生までそんな子供だった。

 やがて短大に進んだ。しかし卒業する半年前、突然「看護師になりたい」と言い出した。両親は勿論驚いた。短大では文学部だったからだ。「やっと卒業して社会人になる」と安心したのも束の間だった。

 「家計の負担をできるだけ少なくするために公立の学校を受ける。浪人はしない」と約束し、猛勉強を始めた。そして見事一発で合格したから、私も見直してしまった。

 4年間通い、国家試験に合格し、看護師の資格を手に入れた。卒業してまず国立系の病院で働き始めた。10年ほど頑張ったが、結婚を機に退職。子供二人を授かり、子育てに専念した。子育てから開放されると再び看護師として働き始めた。こんどは自宅近くの民間病院らしい。

 ひさしぶりにやって来た彼女は、明朗快活、よくしゃべる。あの子供時代は何だったのかと思うほどだ。病院で患者と接することによって人間性が鍛えられたのかも、と思ってしまう。すっかりたくましいお母さんに変身したのだ。

 それにしても、突然看護師を目指した動機は何だったのだろう。大きい出来事があったに違いないと読んでるけど、まだ聞きづらい。

 「**ちゃんが看護師になったから、頼りになるなあ。将来頼むよ」と言うと、「ヤダー、まだ早いですよ」

 ウーム、そんなに早くないけどなあ…。とりあえず、MATTさんとたぬきさん、阿羅漢さんを送りこむか…。いや、「不良老人はお断り」とも言っていたから無理か・・・。
posted by Boo! at 23:06| 東京 ☀| Comment(6) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

発見?

 そろそろ涼しくなって欲しいのに、残暑の厳しい毎日です。コンクリートジャングルの東京だから、いつまでも暑いのだろうと思いがちだが、地方でも変わらず暑いようだ。

 特に、涼しい地域であるはずの東北地方でさえ暑い。今頃は秋風が吹き、朝晩は肌寒いと想像しがちだ。所が、テレビの全国天気ニュースが流れると、東京や西日本に負けないような高い気温が表示され、その意外性に驚いてしまう。中でも秋田県がいつも一番高いことに気づく。恐らく原因は阿羅漢さんだろう。行く所、必ず火を巻き起こすからだ。別名「炎の人」と呼ぶ。いえ、有名なゴッホではありません。正しくは「火の車状態の人」です。

 それにしても、今や日本は熱帯地域と言える。気温が高いだけでなく、湿度も高いから不快感が増す。

 かつてアメリカのラスベガスに寄った折、降り立った空港から一歩外に出た時の暑さは忘れられない。暑いというより、熱いと言った方が適切だ。 焼けた鉄板の上に立ったようだった。命の危険すら感じて、早々に空港内に戻った。 元々ラスベガスは砂漠地帯に作った町だから、本来は人間の住むような場所ではない。

 「こんな暑さは日本ではあり得ない」と思ったものだが、最近の日本はそうとも言えなくなっている。やがては、日本列島全体が砂漠になったりして?

 しかし暑さにもめげず、庭の草取りをした。と言っても真っ昼間は避け、夕方から始めるから一度では終らない。今回が三度目で、やっと全ての作業を終えた。最初は人目につきやすい玄関付近から始め、南庭、東から北側へぐるっとひと回りするように段取りした。今回は北側、家の裏庭だ。あまり陽の当たらぬ北側だから、草も少ないと思いがちだが、そんなことはない。しっかりと根が張り、手を焼く。

 作業途中、何かの音に気づいた。水滴が落ちるような音だ。この間の大雨からは日が経っているから、雨樋からとは思えない。それでも確認の為、上を見上げた。やはり異常は見つからない。音の間隔はゆっくりで、10秒に一回程度だ。家の裏側には、電気メーターやガスメーター、ガス給湯器、各配管などが集中している。

 耳を凝らした。給湯器に近寄り、下を見た。なんと少し濡れている。そして給湯器の内側から僅かな水滴が落ちてくるのを確認した。

 「これはまずい!」と、即、ガスのサービスセンターに連絡した。直ぐに来て欲しかったが、予定が一杯で、今週末まで待つことになった。ガス漏れではないから、心配ないとは思うが・・・。草取りをサボっていたら、水漏れに気が付かず、ひどいことになる可能性があったから、草取りも無駄ではなかったというべきか・・・?皆さんもたまには給湯器を点検したほうがいいかもしれませんよ。

 ま、我家も建替えてから16年、「そろそろリホームしないと・・・」と検討中だった。和室やキッチンの模様替えは済んだものの、屋根、外壁の塗装、バスルームやトイレの改修などはまだ手つかずだ。一度は業者に見積もってもらったが、いま一つ信頼感に欠け、別の業者に見積もり依頼中だ。
posted by Boo! at 22:05| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

はや、9月!

 もう9月です。早いですねえ。まだ残暑が続くのでしょうが、しかし何となく秋の気配を感じるこの頃です。

 ランニングで近くの公園に行くとセミの鳴き声がうるさいほどで、まるで最後の気力を振り絞って鳴いているかのようだ。また当自治会専用の小さな公園がある。そこに欅の大木があって、枝が大きく広がり、葉も旺盛に繁っている。最近その木に凄い数の鳥が集まるようになり、鳴き声のうるさいことと言ったら…。そして一定の時間が過ぎると一斉にどこかに飛び立つ。余りにも喧しいので、一度木の下まで行って見上げた。そうしたら、無数とも言えるおびただしい数の鳥が枝という枝に止まっていた。これは日本の鳥だろうか?外来鳥のような気がする。以前、東南アジアを旅行したとき、こんな光景をよく見た。鳥だけでなく、こうもりの大群もすごかった。

 新しく組み立てたPCは快調だ。イライラすることが無くなった。やはり10年間の進歩は大きい。起動までの時間は10秒足らず、あっという間だ。以前は1分以上待ったものだ。音源の変換も速く、見る見る処理していくのは気持ちいい。これはCPUコアが4つであることが大きい。つまり4つの作業を同時にこなせるから速いわけだ。メモリーは16GB(8GB*2)もあるので余裕だ。というか、こんなには必要なかった。8GBで充分だ。しかし、価格的に大差なかったので、16にした。大は小を兼ねると言うし…。使い切れないメモリーが余ったままでは勿体ないと思い、有効利用することにした。

 メモリーの一部をRAMDISKにするのだ。RAMDISKとして使えるようにするには、設定が必要だ。便利なフリーソフトがいくつかあるので、それをインストールして設定した。出来れば4GBくらい使えるようにしたい所だけど、フリーのためか、1GB(1023MBまで)しか設定できない。しかし一時作業用として使う目的だから、これでも不足はない。設定すると、RAMDISK用のドライブが作られるので、あとはそこに必要なファイルを入れて、作業すれば良い。例えば、音源ファイルを入れて編集したり、mp3に変換したりの作業をテキパキと処理できる。また、スキャナー使用時も快適だ。スキャンしたファイルの保存場所をRAMDISKにしてやると使い勝手が良い。勿論、編集し終えたファイルは然るべきフォルダに移してやる。これを忘れてPCをシャットダウンするとデータが消えてしまう。しかし最近は消えないRAMDISKも出ているようだから、そのうち入れ替えてみるか・・・。皆さんも、もしメモリーに余裕があるのでしたら(4GB以下ではきついかも)、こんな有効利用を検討されたらいかが?

 これから、涼しくなり凌ぎやすくなるでしょう。するとかえって夏の疲れが一気に出てくることも考えられます。油断せず、体調管理しましょう。きぃばつさんの怪我、たぬきさんの痛風、お二方の快復を祈ります。
posted by Boo! at 22:47| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

オフ会間近!

 昨日、関東に台風が上陸した。夜中ころから風雨が強まり、朝起きて雨戸シャッターを開けると横なぐりの雨だった。

 それなのに仕事に出る私はなんて働き者だろう。ん?誰でもそう? 刻々と伝わる台風情報で、自宅周辺市町村での被害が頻繁に報道され、「え、あんな場所が?」と驚いた。川の氾濫、道路冠水や陥没、床上床下浸水…。普段、このような災害とは縁がないような地域だから驚いたのだ。

 1時間に100mm以上も降ったらしいが、こんな数字、どこか地方の話だと思っていた。やはり自然災害はどこにでも起こるということか?幸い、私の住む地域は高台にあるので水による災害の心配はまずない。

 皆さんのお住い地域は大丈夫でしたか?ま、たぬきさん宅以外は問題ないでしょうけど。

 さて、今週木曜日、オフ会が予定されている。毎年集まっているが、今回は参加者が少々すくない。あたごウクレレさんは他の予定が入っていてだめらしい。また、阿羅漢さん、JGさん、イィヴィさん達が不参加だ。この方たち「高齢者トリオ」と呼ばれ、足腰が弱り、歩くのも大変らしい。なに、イィヴィさんはまだ若い?いやいや、50を過ぎたら、60も70も変わりゃせんです(笑)。ま、秋田や沖縄からではそう気楽には来れないでしょうけど・・・。

 最近はたぬきさんのスタジオに集まる。時間に縛られず、ゆっくり楽しめるのは大変ありがたい。全員楽器の持ち替え可能なので、オフ会メンバーだけで伴奏を付けられる。それに、帰り際にはたぬきさんから薄謝が出るので有り難い。毎日オフ会でもよいくらいだ(笑)。


 そんなことよりも、最近はすっかり練習不足に陥っているので、恥さらしになりそうだ(悲)。そこで今回はpaulさんのバックアップに徹するか、なんてことも考えている。なんでも9月にHSGA主催のコンベンションに参加、スチールGtの腕を披露するらしいので、その予行演習に協力するには良いタイミングだからだ。我々の厳しい伴奏に耐えられれぱ、本番では楽勝でしょう。

 追記:JGさんから不参加お詫びのメールが届いた。数年前、母親介護のために東京から沖縄に戻った。現在でも介護を続けているそうだが、かなり弱ってきており、覚悟の日々らしい。毎日のように施設に通い、食事を口に入れてやるそうだけど、「えらいなあ」と感心してしまう。いずれ落ち着いたら、またオフ会に参加してもらいたい。
posted by Boo! at 22:32| 東京 ☀| Comment(6) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

後輩の魂胆

 大学の後輩が先日我家に来た。

 以前は毎月1、2回通って来て、私の伴奏(ukl)をしたり、私が彼のボーカル練習に付き合った。リズムがukl一本では余りにも淋しいので、やがてカラオケ伴奏を作った。カラオケに合わせて2人で練習を重ね、CD一枚分程度の曲数になった。といっても、彼の唄いたい曲を中心にしたから、スチール演奏ものは少ない。

 「記念に、CDに残したい」と言い出した。余り気が進まなかったけど、当時入院していた彼の兄さんの希望であり、「励ましたいから」ともいう。しかし、我々の唄や演奏が兄さんの力づけになるとは到底思えない。むしろ、症状を悪化させる可能性大だ(笑)。

 「兄さん以外には聴かせるなよ」と念を押し、半年ほどかけてCD制作に専念した。練習とは違って、「いざ、録音!」となると、意識が空回りしたり、変な所に力が入って思うような出来にならない(悲)。何度も録り直しを繰り返したので、半年もかかってしまったのだ。

 あまり良い出来とはいえず、とても兄さんに聴かせる内容ではなかった。しかしもたもたしていると、兄さんの最後までに完成しないかもしれない。「こんなもんで勘弁して」と言いつつ、「聴かせるのは兄さんだけだぞ」と、再び念を押して渡した。

 それから何か月かして、兄さんは亡くなった。「兄貴は毎日ベッドであのCDを聴いてました。ありがとうございました」と、後輩は感謝してくれた。「あんなものでも喜んでくれたなら、良かった」と、なんだか嬉しかった。

 「もう少し何とかしたかったけど、現在の力量はあの程度だし・・・」というと、「いえ、兄貴は感心してました」と言ってくれた。ま、冗談、お世辞でも、褒めてくれればすぐその気になる私は、「おー、そうか、やはりねえ」と、鼻を高くした(笑)。

 その後しばらくして大学の先輩から電話がきた。滅多に電話など寄こさないから「何事だ?」と警戒した。「お前、最近またスチールギターを始めたのか?」と開口一番に言った。私は空とぼけて、「えー?私がですか?誰かの間違いでは?」と白を切った。

 先輩がリタイヤ後、バンドを組み活動していることは知っていた。何年か前まではよく連絡がきて、「スチールギターやってくれない?」と頼まれた。「いえ、もう何十年も触っていませんから弾けません」「じゃ、ベースは?」「楽器もないし、あんな重い物持ちたくもありません。それに美しい指が台無しになります」と、その都度断った。その内あきらめたらしく(笑)、そのような電話は来なくなった。

 いつまでもとぼけていると「だって、お前と**(後輩の名前)で作ったCDを聴いたぞ」と 言うではないか。

 「あのアホめ!よりによって先輩に聴かせるとは」と腹が立った。あれだけ念を押したのに、いとも簡単に約束を破ってくれた。

 もっとも、世間というのは「ここだけの話だ。他言無用だ」が通じないのが相場だ。それなのに、後輩を信じた私がバカだった(悲)。

 久しぶりに我が家に来た後輩の魂胆が分かった。「もう一枚CDを作りましょうよ」とぬけぬけと言いおった。

 悪い思い出が蘇り、「ふん、知るか!」と、スルーした。
posted by Boo! at 23:17| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする