2016年06月10日

熊に注意!


 最近熊の出没ニュースが多い。人間が襲われて大けがしたり、最悪の場合は殺されることもある。

 冬眠から覚めた熊が食べ物を求めて歩き回る。昔は山の中で充分な食べ物が採れたから人里に降りてくることはなかった。しかし人間による自然破壊や乱開発した結果、食用である木の実や山菜が激減し、山を降りてくることが多くなっているのだろう。それも人家近くどころか、いつだったか家の中に入って食べ物を漁っていたニュースもあって驚いたものだ

 これは熊に限ったことではなく、猿や鹿なども同じだ。

 かつて、「マタギ」という職業があった。今や死語かもしれない。熊や鹿を求めて山に入り、鉄砲で仕留める。高値で取り引きされる熊胆や毛皮、角が貴重な現金収入になったそうだ。しかし、なかなか出逢うことはないから、何日もかけて追い求める大変な仕事だったのだ。現在だったら、熊のほうから近づいてくるから、取り放題かもしれない(笑)。

 熊と言えば思い出した。一度書いたような気もするけど、悪しからず。先月亡くなった秋田の従兄の話だ。従兄は毎年春と秋、山菜や茸採りをした。楽しみだったのだ。ある年も山菜採りに山奥に入った。地元人間だから、山は熟知している。従兄しか知らない秘密のような場所が最高のポイントだとよく自慢していた。と言うことは、野生動物にとっても最高の場所だ。

 籠を背中に背負い、採った山菜を籠に放り込む。夢中になって続けていると、籠は結構な重さになる。「それにしても、嫌に重いなあ」と、異変を感じた。何気なく後ろを振り返ると、なんと熊が籠に手を乗せていた。仰天した従兄は動くこともできず、ひたすらじっとした。熊は籠に入った山菜を食べ尽くすとゆっくり去ったそうだが、その間、「いつ襲われるか、生きた心地しなかった」と語った。そりゃそうだ(笑)。それにしても、従兄の冷静な行動は素晴らしいと思う。

 実は従兄と熊の遭遇はこれだけではない。その後もあった。二回目は茸採りに向かう途中に出くわした。道路前方を横切る2頭の母子熊だったそうだ。子連れの母熊は神経質なので、とにかく刺激しないように通り過ぎるのを待った。ここでも冷静だ。

 しかし最近のように、熊の出没が当たり前になってくると、うっかりハイキングもできなくなる。イイヴィさん、気をつけてね?

 私もつい最近、熊に会った。従兄の葬儀で秋田に行った時だ。秋田駅改札口で年老いた熊が一頭、私を待ち構えていたのだ。あー、怖かった。
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2016年06月01日

はや、6月!

 6月は雨の月、という印象が強い。梅雨の時期と重なるからでしょう。

 沖縄は先月梅雨入りしたそうです。通常、沖縄から3,4週間ほど遅れて関東も梅雨入りしますから、今月10日前後に「梅雨入り宣言」が出るのではと読んでいます。どうでもいいですけどね(笑)。

 雨も、降らないと困るけど、降りすぎても困る。昨年もあちこちで水害被害が出た。日本は「災害の国」と言われる。近年、その被害が益々大きくなっているように思う。これも「地球温暖化」が原因なのだろうか?といっても、その原因だって人間が作り出したものだ。自然からのしっぺ返しと理解した方がよい。

 しっぺ返しと言えば、人間の世界にもよくある話だ。

 身近なところで、例えばたぬきさんだ。若い女性にちょっかいを出し、顔がひん曲がるほどの平手打ちを食った。お蔭で、却って正常近くに矯正されたそうだ。それは良かったけど、根性は曲がったままだ(笑)。

 阿羅漢さんも大変だった。修理で預かったマーチン製ウクレレから勝手に部品取りし、価値のないジャンク・ウクレレに生まれ変わらせた。怒った注文主から損害賠償を請求され、ん十万も支払ったそうだ。ま、天罰でしょう。

 この救いのないお二人に比べて、紳士あたごウクレレさんを見よ。奥さんを愛し、子供を愛し、ついでに金も愛す。実に愛に囲まれた人生を歩んでいる。本当のところは知らないけど・・・。

 特に書きはしませんでしたが、先月は色々な予定が重なり、休みの日曜日がすべてつぶれた。大事な予定だけでなく、どうでもいいような予定もあった。今月も、日曜日が3回つぶれそうだ。どこかで代休でも取らないと、体が参りそうだ。

 私の年齢になると、段々と交際範囲が狭くなる。自分でその範囲を制限することもある。しかしできるだけ友人・知人との付き合いは維持したいと考えているので、少々面倒と思っても、頑張って出ることにしている。ただし、仕事上の付き合いは、どんどん減らす方向にある。いずれリタイヤすれば、そんな付き合いは自然消滅するに決まっているから、大して重きを置いていない。

 オフ会だって、私にとっては大切な付き合いだ。できるだけ長く、お付き合い願いたいものです。時々、きついことを書いても、それは愛情の裏返しと思っていただければ、これ幸いであります(笑)。
posted by Boo! at 23:27| 東京 ☁| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月23日

こんな場所で?

 昨日、小学校のクラス会があった。ここ何年かは毎年のように開かれる。

 いつの間にか、我々も凄い年齢になってしまったが、皆元気に参加してくれる。いや凄いのは先生だ。もう90歳を超えているが、出席率99%だ。かくしゃくとしており、姿勢も良い。杖も持たず、しっかりとした足取りで歩く。

 「腰や膝が痛い」だの、「歩くと疲れる」などと弱音を吐く級友もいるので、「先生を見習え!」と発破をかけたくなる。頭もまだまだ明晰で、一言挨拶をお願いすれば、淀みなく、滔々とお話になる。

 とはいえ、かなりなご高齢だ。元気でいられる時間が少なくなっている。それもあって、「先生が元気なうちに」と、毎年開いている。

 毎年集まると、出てくる話題はほぼ同じだ(笑)。以前は、親の介護・世話や死去の話が中心だったが、ここへ来て、自分や連れ合いの健康問題が切実になってきた。実際、今回参加した者の内、手術したものが3名、骨折が1名、連れ合いの入院・手術が2名だ。さすがに「親が元気」というケースはない。生きていれば若くても95歳以上だから、当然という気もする。それでも2名の親は施設の世話になっているらしい。いずれも100歳を超える。ここにも長寿社会日本の姿が垣間見える。

 当然と言えば当然だけど、仲間から集めた会費の中から先生の分も支払いに充てる。この先生の好かれるところは、これを当たり前とした態度を取らないことだ。会場に現れると必ず、「これは私の分です」と言いながら、ポケットから祝儀袋を出す。勿論我々は受け取らないが、「いつも負担をかけて申し訳ないから」と言って恐縮してくれる。ちょっとしたことだけど、これは大事なことだと痛感する。どこかの知事とはえらい違いだ。

 さて、クラス会に向かう途中、思いがけない光景が目に入った。

 会場はJR中央線駅近くだった。この駅には普通電車しか止まらない。そこで途中の駅で快速から乗り換える必要がある。一旦ホームに降り、電車を待った。するとどこからか綺麗な音楽が流れてきた。駅設置のSPではない。間違いなく、ハワイアン音楽だ。思わず音の方向に目をやった。するとホームの一部分だけに人が集まっている。近づくと、皆、ホーム上から線路越しに外を眺めている。

 私もそちらを向くと、なんとフラを踊っているではないか。数人づつのチームが入れ替わり立ち代わり、踊っている。駅から出ると広場になっていて、線路沿いまで広がっている。だからホームからでも良く見えた。日曜日だし、フラのイベントを催していたのだろう。広場には結構な人数が集まっていて、熱心に踊りに見入っていた。私もつい見続けてしまい、次の電車をやり過ごしてしまった(笑)。

 やはりフラは明るい太陽の下が似合う。

 フラ_荻窪駅ホームから.JPG
 (線路際のフェンスが邪魔ですが、最適なポイントありませんでした)
 
posted by Boo! at 22:24| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月19日

物入り・・・。

 我家は2000年に新築したので、もう16年になる。ついこの間まで「まだ新しい」と思っていたのに、最近は色々な所が傷み始めたし、外壁や室内壁も色あせてきたと感じる。

 特に水回りの傷みが目立つので、2年ほど前にビルトイン・タイプのガスレンジ交換、蛇口の取り換え、それに洗面所の化粧台も新しくした。同時に和室の畳や襖、障子紙を貼り換えてもらった。これだけでもかなり快適になった。所が、二つあるトイレの一つが調子悪く、便器ごと取り換える必要がある。しかし使えないわけではないので、ついそのままにしている。もう一つが使えることもある。しかし最近のトイレは昔と比べ、随分進歩している。今使っているトイレだって、そう悪くはないが、だいぶ古いデザインに見える。ここは思い切って最新のトイレに取り換えたい。

 つい最近、玄関ドアが不調になった。ちゃんと閉まらなかったり、異音も発生する。普通より大きくて重いので、部品にかかる負担が大きいのだろう。開閉の調節くらい自分で直せると思って挑戦した。しかし調節ネジが多く、素人の手には負えなかった。メーカーのサービスマンに来てもらったけど、結構時間がかかっていたから、やはり難しい調節なのだろう。ドアノブも大分傷がつき、光沢も無くなった。これも取り換えてもらうことにして、現在部品入荷待ちだ。

 実はいま一番頭をひねっているのは、浴室工事と屋根、外壁の塗装工事だ。どちらも大きな出費になりそうで、頭が痛い。浴室工事はガス給湯器交換工事も含まれるから、大掛かりだ。浴室はシステムバスなので、そっくり交換になるのだろうが、現在の寸法に合ったものでなければいけない。これからデザインや色を含めて検討する予定だ。

 外壁も大分汚れてきた。建てた当時、メーカーは「塗り替える必要ありません」と言っていたけど、やはり汚れてくるから綺麗にしたい。問題は業者選びだ。ひっきりなしにチラシが入ってくるし、電話もくる。敵も「ここは塗り替えだ」と、狙いを定めているのだろう(笑)。どこも「安さ」を前面に出す。でも低料金には必ず理由があるものだ。低品質の塗料を使われたり、未熟な作業員に来てもらっては、安いどころかかえって高くつく。無難なところで、メーカー系列の業者に頼むことになるのだろう。3、4社に見積もりを出させ、比較検討するつもりだ。

 これが最後の大きなリフォームになるだろうから、納得いくまで検討しよう。多少予算がオーバーしても、秋田の大富豪「阿羅漢さん」がいるし、都内の中富豪「たぬきさん」もいる。このお二人に500万円づつ提供してもらえば、私の財布から出さなくて済む。なかなか良い考えだ(笑)。

 ほれ、キリスト様も仰っています。「汝の隣人を愛せよ」とね・・・。

 
posted by Boo! at 22:45| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

阿羅漢さんと・・・。

  今週11日から秋田に行っておりました。残念で悲しいのですが、秋田の従兄が亡くなったのです。

 3年ほど前に白血病と診断され、治療に専念してきた。その介あってか、仕事に復帰できるまで快復、元気になった。しかし昨年後半から入退院を繰り返すようになり、心配していた。時々電話すると「疲れやすくなったけど、心配するな」と、強がりを言っていた。忘れずに新米も送ってくれた。「俺が元気なうちに、秋田に来いよ」と再三誘われてもいた。その都度、「必ず行きます」と答えたのに、約束を果たせなかったことが悔やまれる。

 12日が葬儀・告別式だったが、朝9時半開始ではどうやっても間に合わない。そこで前日に出発することにし、秋田駅近くのホテルを予約した。秋田市にはあの阿羅漢さんが住んでいる。そのため、空気が汚れているはずと思ったけど、連絡してみた。すると涙を流さんばかりに「楽しみにします」と喜んでいた。

 午後一時過ぎ、秋田駅に到着すると、改札口でキョロキョロしている人物がいる。まぎれもなく阿羅漢さんだ。思わず「老けたなあ」と同情した。腰は曲り、杖を突き、立っているのがやっと状態。しかし若い女の子が通ると、よろよろしながらその後を附いていこうとする。相変わらず悪癖が直ってない。

 「そこの爺さん!」と呼びかけると、慌てて私の方を向き、こちらにやってきた。「おー、Boo!さん!」と今にも抱き付こうとする。「爺さんに興味はない。しっ、しっ!」と思わず追い払おうとしそうになった。

 朝も早かったので腹が空いていた。地元の方なのだから適当な良いお店を知っているだろうと期待した。駅を出るとあいにくの雨。「車を持ってきますので、ここで待っていてください」と(短い脚で)走って行った。
 
 「見栄っ張りだから、きっとベンツかBMWだ。まさか国産車、それも軽自動車ではないはず」と想像した。待つこと5分、やってきた。おお、私の予想を裏切る軽自ではないか!VIPである私に対する態度とは思えない。

 「ま、いいか。その代り豪華なフルコースをご馳走してくれるのだろう」と、期待の向きを変えた。

 走り出したものの、なかなかお店が見つからない。30分以上走っても見つからず、その内、同じ道路をぐるぐる走っているような気がした(笑)。「僕、あまりそういうお店知らないんです」と泣きを言ってきた。やがて、どこかを思い出したのか、大きな駐車場に入った。いろんなテナントが入っている大型施設だ。その中の一軒に決め、やっと食事にありついた。フルコースを期待したけど、5品ほどの中華セットメニューだ。まずまず美味しく頂けた。フルコースの場合は彼に払ってもらおうと思ったけど(高いから)、そうでない場合は私が払おうと太っ腹を示し、財布を出そうとした。所が敵もさる者、「いや、私が・・・」と言いながら、払われてしまった。残念・・・(笑)。
 
 食事の後はゆっくりとコーヒーでも飲むつもりだった。所が「ここから近いので、私の家に来てください」と誘う。なんでも奥さんが私の来訪を熱望しているとのこと。「それなら仕方ない。彼女の夢を叶えてやろう」と美しい根性を出し、阿羅漢邸に向かった。

 「軽自動車で来たから、家も軽い家なんだろうな」「豪邸などとよくほざくけど、誇張にちがいない」と確信した。

 住宅街に入った。どこも大きくて立派な家ばかりだ。「こういう所は縁がないはずだ。通り過ぎてどこか貧民街に入るのだろうな」と、彼の現在置かれた状況を哀れんだ。

 ある家の前に停まった。道路に面した庭には美しい花が咲き誇り、エントランスは洒落たレンガだ。家はモダンでかつ重厚感がある。軽い家ではない。「ここの家の方になにか用があるのだな?」と判断した。だが図々しくもそこのガレージに車を入れようとする。「無断で入れるとは、相当に親しい間柄か」と、この家の住人との関係を推理した。そしてさっさと玄関を開け、中に入っていく。

 唖然としていると、中から「どうぞ入ってください」と大声で叫ぶ。「え、まさか彼の家ではなかろう?こんな立派な家に住めるわけない。今日だけレンタルしたのかも・・・」と、あくまでも信用しない(笑)。

 恐る恐る上がりこむと、なんとウクレレ、スチールギター、ギター等がいくつも並んでいる。どうも彼の家のようだ。「彼には似合わない立派な家だなあ」と感心した。「ローンは払えるのかな?」「怪しい金でなければいいが・・・」とかえって心配になってきた。

 しばしハワイアンCDを聴き、製作中のスチールギターに触れ、楽しい音楽談義をした。やがて奥さんが帰宅。私の顔を見た途端、感激の涙を流した。「お気持ちだけで結構です」と目で合図した。こちらの意思が通じただろうか?でも目がおびえていたようだから、きっと阿羅漢さんが睨んでいたのだろう。可哀そうに。

 結局6時ころまでお邪魔し、再び秋田駅まで戻った。すぐ近くに予約したホテルがあるので、そこまで送ってもらった。

 思いがけず阿羅漢さんや奥さんに会うことができた。よほどの用事でもなければ遠い秋田には来れない。今回は従兄が亡くなったことで、急遽秋田に向かった。良いような悪いようなだけど、良いチャンスを貰ったと考えたい。本当にご厄介をかけてしまいました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。

 翌日は葬式・告別式だ。秋田市内には従姉も住んでいる。亡くなった従兄の妹だ。電話をし、翌日の予定を訊いた。すると旦那運転の車で実家のある角館に向かうと言う。「一緒に乗って行け」と誘われたので、翌朝、ホテル前で落ち合うことにした。

 今までの経験上、かなり長い一日になるはずだ。式が終わったらすぐに帰京する予定だけど、もしかすると延々と宴席が続く恐れもある。そのため、新幹線往復乗車券は購入したものの、時間指定の特急券購入は見合わせた。泊まることもあり得るからだ。

 という訳で、ブログ更新が滞りました。秋田での話は今回限りかもしれませんし、続きがあるかもしれません。どっちに転んでもいいような文面にしました(笑)。
posted by Boo! at 23:34| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月01日

はや、5月!

 ゴールデン・ウィーク真っ只中です。10連休なんていうサラリーマンも珍しくないらしい。羨ましいようで、それほど羨ましくもない。因みに、私はカレンダー通りです。

 どこに出かけても、人、人、人・・・だろうし、車、車、車・・・で大混雑だ。商売人はこの時とばかり、通常よりも高い金を取ろうとする。ホテル・旅館などが良い例だ。挙句に、中国人をはじめとして、海外からの観光客が押し寄せるから、宿を予約するのも難しいらしい。「爆買い」ばかりに期待したり、ツアー客優先が行き過ぎると、そのうちしっぺ返しを喰らうと言いたい。

 ツアーも全部が悪いとは云わないけど、旅の醍醐味はやはり自分で計画を練り、マイ・ペースで旅することでしょう。ただグルグルと名所を周ることだけが旅ではない。気に入った場所があれば、そこに何日間か滞在するのも贅沢な旅になる。むしろこのような旅のほうが好きだ。

 仕事を卒業したら、半月、一ヵ月くらいの長旅をしたいと思い続けているが、中々実現しない。まだ体力があるうちに旅しないと、楽しさが半減してしまう。体力、食欲、脚力があってこそ、旅が楽しめる。仕事をリタイヤして、「さあ、旅だ」と意気込んだ早々、病に倒れては泣くに泣けない。私の周辺にもそんな知人が何人かいる。

 1泊や2泊程度の小旅行なら、一年になんどかは出かけている。でもこんな程度では旅とも思えない。ゆっくり、気ままにとなったら、やはり1週間は時間を取りたい。

 かつて、アメリカを縦断(横断?)したり、ヨーロッパ諸国を周ったことがあった。どちらもたっぷり1か月間かけて、妻と2人で旅した。危ない目にも遭ったけど、充分堪能できた。また、スリランカにも3週間ほど滞在したことがあった。島国だからそんな長期間も必要なかったが、この国の「自然と人々」の素朴さに惹かれてしまった。

 数えてみると色々な国を旅している。カテゴリー「旅行記」に一つ、二つ、書き加えたいと思っているものの、書きだすと間違いなく長くなる(笑)と考えると、つい億劫になってしまう。しかもその記憶が段々薄れてきているし・・・(悲)。

 「いま、どこに行きたいか」と訊かれたら、オーストラリアか東欧(特にポーランド)でしょうか。どちらにも知人がいるので、必ず行きたいと願っている。かつては中南米にも行きたかったけど、現在の政情不安では、ちょっと引いてしまう。

 さて、九州の地震がまだ収まらない。倒壊家屋も多く、益々苦境に追い詰められているようだ。阪神、東北、今回の九州と、日本で起きる地震災害は激甚だ。怖いからといって日本を脱出することもできないから、せめて普段から充分な対策をとるしかない。特に自宅の耐震補強は必要だ。我が家は2000年に建て替えたので、一応、基準をクリアしているはずだ。当時、業者は「関東大震災級でも大丈夫です」と自慢していたけど、こればかりは起きてみないと分からないから、半分信頼して、半分は万が一を疑っている。

 一刻も早く安全宣言が出されることを祈ります。

 
posted by Boo! at 10:50| 東京 🌀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

心機一転?

 10年続いたブログも、過ぎてしまえばあっという間。しかし、その「あっという間」が間違いなく10歳年を取った証拠でもあるから、複雑な気分だ。

 さてこれからの5年、10年、いかに生きていくべきか、いよいよ真剣に考えざるを得ない。と言いながら、実は何も考えずに時をつぶしていくに違いない。今までそのように生きて来たのだから、急には変わらないはずだ。それでも多少の心構えとして、実りある方向を目指したい。

 私にとって実りある方向とは何だろう?沢山ありそうだ。

 楽器が上手くなりたいは当然だし、有り余る金(?)を使い切りたい、1年の半分を旅行したい、軽自動車からベンツへ、現在一人しかいない妻を三人にしたい・・・続く。いずれも実現可能な点が嬉しいな・・・て、どこが?


 スチールギターも最近はすっかり練習不足だ、ま、これ以上上手くなりようがないレベルに到達していることもある。嘘つけ?

 所が先日、paulさんの演奏映像を観て、「これはまずい!」と思った。私が油断していたら(?)、いつの間にか先を行っているではないか。「潜航艇岩風」ならぬ、「先行艇ポール」だ(この文章が分かる方は、かなりなお年寄り限定です(笑))。「勝手に先に行くな!待ちやがれ!」と止めようとしても、振り向きもせず先を行く彼。こんなにも他者に対していたわりのない方とは思わなかった。

 きっと、家庭でもそうに違いない。たまに奥さんと出かけても、さっさと一人で先を歩くのでしょう。いずれ、三行半を突きつけられること間違いない。ザマミロ!

 対して、あたごさんをご覧なさい。あたごさんの行くところ常に奥さんありだ。まるでガードするように付き添っている。美しい夫婦愛だ。たぬきさん夫妻ではあり得ない。

 でもあたごさんの写真をよく見ると、奥さんの手には「剣山」らしきものが・・・。どうやらあたごさんのお尻下に置くと読んだ。そうか、美しい夫妻と思ったのは私の早とちりで、じつはドロドロした関係なのかも?

 話を作るな?

posted by Boo! at 22:44| 東京 ☀| Comment(3) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

満10周年!

 九州の大地震がまだ収まらず、なんともやりきれない気分が続いています。一日も早く終息して欲しいものですが、自然が相手ではどうにもなりません。

 日本列島全体が重苦しい空気の中で、一個人のブログについて書くのも気が引けますが、私にとっては大きな節目になりますので書かせていただきます。

 当ブログを開設したのは2006年4月20日でしたから、本日で満10周年になります。「おめでたい」のか「どうでもいい」のか、よく分かりませんが、ともかく大きな節目を迎えた訳です。ほんの軽い気持ちで始めたブログですが、「よく続いたなあ」が本音でしょうか。「熱しやすく冷めやすい」が私の得意技ですから、「2,3年も続けば上出来だ」と思っていたくらいです。

 「ためになる」ことはほとんど書かず(書けず?)、むしろ皆さんから寄せられるコメントに教えられることが多く、感謝しております。いや、全員にではありません。ほんの一部の方だけですから誤解なきように(笑)・・・と断っておかないと、たねきさんや阿羅漢さん
などはすぐに鼻を高くするでしょう。


 どうして10年も続いたか、自分なりに分析すると、やはり無理しなかったことに尽きるようです。「毎日書く」「ブログタイトルに添う中身に」といった考えに固執しなかった事です。毎日書くのは、結構なプレッシャーです。話題なんてそうあるものではないし、時間のない日もあります。また、1日の行動を毎日書くことは、まるで私生活を曝け出すようですから、これは絶対に避けています。そこまで書く必要はないと考えます。もし書くのであれば、非公開にするでしょう。

 タイトルに添ってスチールギターの話題を書くべきかも知れません。しかし、なにしろ底が浅いので(悲)、すぐにネタ切れです。途中から「書ける時に書けばいいや」と諦めました。むしろ、皆さんの方が豊富な情報をお持ちですしね。

 ブログを始めて最初の1年ほどは、月に30〜40本書いた記憶があります。短文だったこともありますが、やはり無理していたのでしょう。それが今や月6〜7本に激減、「ちょっと少ないか?」と思わないでもありませんが、現在の私には丁度良いようです。「無理しない」というスタンスにも添っています。

 やがて月1本になるかも知れません。そしてゼロになる時がくるのでしょう。いつの日かの自然消滅を目指して(笑)、11年目に突入です。もうしばらくの間、お付き合いください。
posted by Boo! at 21:52| 東京 ☔| Comment(35) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

地震

 九州熊本で大変強い地震が起きましたね。

 TVニュースを観ていたら、「震度7」という文字が流れ、「震度7!これは大変だ。被害が心配だ」と、真っ先に懸念した。いくら地震国日本であっても、「震度7」という揺れは滅多にない。あの東北大震災以来ではないか?

 案の定、時間が経つにつれ被害の大きさが明らかになっている。地域の方々の不安は如何ばかりか、と察する。東北大地震の記憶が段々薄れつつあったが、今回の地震で悪夢が再来したかのようだ。

 遠く離れた我々は無事を祈るしかないけど、しかし、他人事ではない。いつ天災に見舞われるか誰にも分からないからだ。

 確か熊本地震が発生する直前、関東でも地震があった。下からドンと突き上げるような小さい揺れだった。短かったので、大型トラックでも通行した振動かと思った。しばらくすると、TVニュースで「震源地は東京23区」と報じた。「23区とは珍しいな」と思ったが、これがもし震度6や7だったら、大惨事になるところだ。

 妻に、「嫌な揺れだったね」と言うと、「え、地震なんかあった?」と、能天気だ。そうなのだ。夜中に少しでも揺れを感じると、私はすぐに気が付き、起きてしまう。しかし妻は、何事もないように「スースー・・・」と、いや「ガーガー」と爆睡しているのが常だ。「全くお気楽な奴だ」とあきれ、「こういう奴が長生きするんだろうなあ」と彼女の布団をかけなおし、一人淋しく自分の布団に入りなおす(悲)。

 「備えあれば憂いなし」と言います。皆さんはなにか地震対策をしていますか?自慢じゃありませんが、私は全くノータッチです(笑)。
posted by Boo! at 22:48| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

神も仏も・・・?

 親しくしている知人に孫ができた。初孫だ。長男と付きあっていた彼女が妊娠した為、バタバタと慌てて結婚させたが、ま、世間ではよくある話だ。

 長男は大変素直な青年で、我々も好感を持っていた。知人は「しょうがない奴だよ」と、渋い表情していたけど、どこか嬉しそうでもあった。結婚直前、長男が報告の挨拶にきた。私が冷やかしながら「おめでとう」と言うと、「いやー、できちゃったもんですから」と、照れ臭そうに言い訳した。でも、顔は喜びに溢れていた。

 「ハワイで式を挙げます」と言ったので、驚いて「おなかの子供は大丈夫なの?」と心配すると、「医者から許可もらいました」「それと、ハワイは彼女の希望なんです」とも言った。私は、「もう彼女のいいなりか・・・。尻に敷かれるなあ」と、彼の将来を予想した(笑)。

 そして先月、「赤ちゃんが生まれた」と、知人から連絡が入った。私もホッとして一緒に喜んだ。所が一週間後、「実は生まれたものの、脳に障害があることが分かり、ほとんど反応がない。最悪生きられないか、生きても障害者になりそうだ」と鎮痛な声で明かした。妊娠中は異状がなかったらしい。ただ、出産時、中々出てこず、相当な難産だったので、恐らくそれがなにかしら脳にダメージを与えたのではないかと考えられるそうだ。一瞬、「それって、もしかして医療ミスでは?」と頭をよぎった。しかし、「余計な事は言うまい」と、黙って彼の説明を聞き続けた。

 折角孫誕生を喜んでいた彼の胸中を思うと、かける言葉が見つからない。私もお祝いを持って、赤ちゃんを見に行く心つもりだったので、どうしたものかと悩んでいる。それ以上に若い二人が心配だ。いきなり大きな試練を与えられ、果たして頑張っていけるのだろうか・・・。神様も罪なことをする。
posted by Boo! at 22:33| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

大量の…。

 所有していたレコードのデジタル化が遂に完全終了、やれやれとホッとしたのも束の間、知人から大量のCDを頂いてしまった。その数500枚以上ありそうだ。以前から、「もらってくれないか?」と、打診されていた。

 彼が言うには、「PCに保存したのでもういらない。廃棄も考えたが、それはやはり抵抗がある。お前が引き取ってくれたら有り難い」と・・・。嬉しい申し出だけど、私の好みとかけ離れたCDでは貰っても意味がない。そこで、どんなCDを持っているのか、期待と不安を抱きながら、訪問した。

 大型CD専用ラックに上段から最下段までギッシリと収納されていた。ざっと計算して、500枚前後はありそうだ。「せっかくここまで集めたのになあ」と思いながら、ジャケットの背ラベルに印刷されたアルバム名を確認した。

 すると嬉しいことに、ジャズ関連が半分以上あった。クラシックも結構ある。ハワイアンも100枚くらいあったか・・・。他は正直言って私の関心外だ。しかし、関心がないからと言って、それだけ引き取らないという訳にはいかない。彼も、全部引き取って欲しいから連絡をくれたはずだ。

 結局全部いただくことにして、さて、この大量のCDをどのように運ぶかだ。ケースに入れたままでは重くなるし、ダンボール箱も数個は必要になる。

 そこで、「ケースからCDのみ抜き取って引き取ってもいいか?」と訊くと、「どのようにしてもかまわない」との返事。

 彼と二人で、プラチック・ケースからCDとジャケットを外し、ダンボール箱に放り込む作業を始めた。裏ジャケットを取り出すのが面倒で、少々力を入れて裏面を開かねばならない。段々、指が痛くなってしまった。それでも、数が進むにつれて作業も慣れ、数時間で終わった。しかも全部がひと箱に収まった。軽くもなり、非力な私でさえ持つことができる。

CD群.JPG

 空になったプラスチック・ケースは大きなビニール袋に入れたが、5袋にもなったから、いかにがさばるかだ。これらは不用品ゴミとして処分してもらう。

 帰途、コンビニ店に寄り、我が家宛てに送った。

 再びPCに保存する作業になるが、長期間にわたるレコードの保存作業に飽きてしまったので、しばらく時を置いてから始めよう。

 
posted by Boo! at 22:29| 東京 ☔| Comment(5) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月01日

はや、4月!

 桜がほぼ満開になり、お花見には絶好だ。咲き始めが早かったので、3月末には散ってしまうのではと心配したけど、丁度良い時期になった。しかし今日は花冷えなのか、寒かった。

 桜に浮かれるのは日本だけかと思いそうだけど、そんなことはない。 アメリカやカナダでも日本と同じようにお祭り騒ぎするようだ。日本から移植した桜なのだろう。移植した桜が外国でも受け容れられ、我々と同じように盛り上がってくれると嬉しいものだ。
  
 自然の美しさに対しては余計なことを考えず、ただ純粋に感動すればよいと思うのだけど、最近、「桜は我国で生まれたものだ」と、ことさらに主張するどこかの国もあるから厭になる。「ハイ、ハイ、だから?」と言いたくなる。「日本原産」であろうと、「**国原産」であろうと、一向に構わない。そんなことは、研究者に任せれば良いことで、我々には知っちゃこっちゃない!

 第一、どこの国にも桜があったっておかしくない。条件が合えば充分育つはずだ。しかし日本のように全国隅々まで桜が咲き誇るというのは珍しいかもしれない。桜の好きな日本人があちこちに植えたからだろう。これは桜を格別愛するという国民性が大きい。

 いくら「桜は我国のものだ」と主張しても、桜を育て、愛でるという文化と土壌がなければ、それは単に桜の木が植わっているだけの話だ。世界中から桜を観に訪れる観光客があまりにも多いので面白くないのかもしれないが、ウダウダといちゃもんをつける前に、自然を愛する文化を育てろと言いたい。

 新年度に入って早々、文句を言ってます(笑)。

 さて、いよいよこれから春本番だ。暖かくなります。

 暖かくなると、人間、動きが積極的になります。気持ちも外に向かうし、前向きな気持ちにもなります。ならない方もいますが(約2名)。

 楽器の練習も、寒いより暖かい方が良いに決まってます。手、指先が冷たいと、どうしても動きが鈍くなるのでウォーミング・アップにも時間がかかる。それが今や、ウォーミングの必要もない。いきなり音出しをしても、絶好調だ(レベルの低い所で)。

 この間、久しぶりにベースを1時間トレーニングしたら、汗が出てきた(冷や汗?)。汗をかくと、やはりビールでしょう。汗の後の1杯は美味しい。お蔭で、ランニング後のビール、練習後のビールと、2回も飲めることになった。まるでビールを飲みたいために練習するようだ(笑)。

 たぬきさんや阿羅漢さんは、練習に関係なく「酒浸り」ですから、私の高尚な動機とはえらい違いだ。
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2016年03月30日

「旅は道づれ、アロハ・ハワイ」

 私はまあまあ読書好きな部類に入ると思う。若い時に比べるとだいぶ読書量とスピードが落ちているとはいえ、平均すれば1週間に1,2冊は読んでいる。ほとんど文庫本だ。

 小さい文字が苦手になっているので、できれば単行本のように少しでも大きい文字で読みたい。しかし持ち歩くにはがさばって重いから、やはり文庫本になる。

 読むジャンルはとくに決まってない。手に取って面白そうと思えば読んでみる。裏切られることもあれば、予想外の面白さだったりする。自分が感激、感銘、感動を受けた本はすべてここに紹介したいくらいだけど、そうもいかない。

 当ブログ読者にはハワイアン好きな方が多いので、それにまつわる本を一冊紹介したい。ハワイについてなにか知りたい、学びたいと思えば、普通は歴史本、紀行文、有名人による体験本や旅案内本などを参考にする。歴史本は大変参考になるとは思うけど、どうしても硬い文章だし、面白味に欠ける。しかし、これは資料でもあるから致し方ない。歴史本以外は正直言って物足りないし、内容が浅い。ハワイの表面的な部分だけを書いている気がする。

 私としてはハワイの歴史を教えてもらいながら、かつ、ハワイの日常を掘り下げた内容の本を読みたい。歴史も大切だけどハワイに住む人々の素顔ものぞきたいからだ。

 そんな希望を満たしてくれるのが、今回紹介する「旅は道づれ、アロハ・ハワイ」です。

 著者は高峰秀子と松山善三で、お二人の共著だ。勿論どなたもご存じの女優と監督であり、ご夫婦だ。およそハワイとは結びつかないお二人による著作というのが面白い。

 お読みになれば分かることだから、あまり細かくは触れませんが、そんじょそこらの紹介本とは一味も二味も違う。

 お二人は映画の仕事で何度かハワイを訪れているうちに、すっかり魅せられてしまう。年に何度も行き来するくらいなら、「いっそのことハワイに住んでしまえ」ということになり、本当に実現させてしまう。そしてなんと10年間にもわたるハワイ生活が始まる。

 その10年間の暮らしから見たハワイの姿が生き生きと描かれ、読む者を飽きさせない。

 共著とあったので、お二人の対談形式で書かれたのかと思った。そうではなくて、時間も場所も別々に書いたらしい。松山さんは学究肌らしく、それこそハワイの起源から調べ尽くし、まるで研究者のように詳しく書く。一方で高峰さんはハワイの日常を淡々と綴る。その目は醒めており、鋭い。このお二人のバランスが絶妙だ。

 高峰さんは子供から映画界に入り、名子役として超売れっ子だった。名子役でも大体はそこまでで、大人になるにつれ忘れ去られることが多い。しかしその後も大スターまで登りつめた。世間から見たら羨ましい一生だけど、実は大変な家庭環境だったようで、それについては、自伝「わたしの渡世日記」に詳しい。これは是非読んでほしい作品だ。

 ハチャメチャな母親(実母ではない)との葛藤は凄まじいし、あまりにも可愛い高峰さんを気に入ったあの東海林太郎が養子縁組を希望したなんていうくだりは、奇想すぎてあきれるくらいだ。

 到底まともとは思えない育ち方をして、どうしてこんなにも賢く、感性豊かで、世の中を冷静に観察できるのだろうと感心してしまう。それにも増して文章の素晴らしさだ。学校教育すらまともに受けさせてもらえなかったのに、そんな影響は全く感じない。

 他にも何冊か著書があるけど、今回はこの2冊をお薦めします。

posted by Boo! at 21:37| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

遅ればせながらの・・・?

 先日、古い仲間と私の4人で飲み会をやった。3月も後半、それも桜が満開を迎えようとしているのに、「新年会」という名目だ(笑)。 

 年末の忘年会が流れ、正月に予定していた本当の新年会も流れ、延び延びになってしまった。とっくにリタイアしていてもおかしくない年齢だけど、全員現役として頑張っている。そのため都合をつけることが難しい。

 私以外、いわゆる音楽業界に身を置いている。ジャズ奏者が2人、PAミキサー、普通の人(私だ)。ジャズ奏者はサックスとトランペットだ。彼らは現在の日本のジャズ界ではトップクラスに位置している。ミキサーも、その世界では実力者であり、一流のミュージシャンから依頼される音作りのプロだ。ルックスは悪いけど、耳は良いようだ(笑)。

 今でこそ良い仕事をしているけど、若いころは皆大変な生活を送っていた。この世界、実力があってもチャンスに恵まれなければ浮上することができない。また、チャンスを貰ってもそれを次のジャンプにつなげられなければ、意味がない。大変な世界だ。

 たとえばサックス奏者のA君は、20代の時、そこそこ有名なフルバンドでリードを取っていた。テレビの音楽番組やバラエティのバックバンドでよく出演した。しかしバンド・リーダーと反りが合わず(音楽的に)、脱退した。その時、彼の妻は身ごもっていたので、「悔しいけど、我慢して続けるべきか・・・」と、相当悩んだらしい。しかも、次の仕事の当てもなかった。やめたら途端に無収入になる。

 だが「プライドを捨ててまで続けたくない」の強い思いで、脱退した。

 所が面白いことに、ここから彼の未来が開いていくのだ。彼の実力を知る音楽仲間がいろんな方面に声をかけ、仕事のチャンスを与える。やがて一流プレーヤーの間にも彼の存在が知られるようになる。何しろ一度共演すれば、彼のずば抜けた力量が分かる。譜面は強いし、アドリブは一級品、音色も良いから、演奏会、ライブ、レコーディングへと仕事の幅が広がる。その内、海外から日本公演にくる大物歌手のバックまで務めるようになった。

 後に彼は、「あの時辞めてよかった。もし、いやいや続けていたらその後のチャンスはなかったと思う」とよく振り返った。「あの時だって、それほど悪いギャラとは思ってなかったけど、やめてからのギャラは比較にならないほど高額で、安く雇われたんだなあと気が付いたよ」

 一ヵ月分のギャラとしてもらっていた額とほぼ同額のギャラを、一回の仕事でもらうようになったからだ。

 現在の彼は体力、年齢と相談しながら、良い仕事だけ選んで演奏している。自宅に完全防音のスタジオを備え、その中で何時間も練習することが幸せだそうだ。仕事に追われ、練習を疎かにするとてきめんに音色が荒れるらしい。

 「やはり本物のプロは心構えが違う」と、わが身の怠惰な練習態度を反省した(恥)。
                                                    
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2016年03月15日

釘を刺す!

 確定申告の煩雑さから解放され、今や実に晴れ晴れとした爽やかな春のような気分であります。

 あ、そういえば、自宅近くの川沿いの桜並木ですが、今日通りかかったら、なんと開花している桜が何本かあり驚いた。勿論満開ではなく、まだつぼみに近い状態です。でも、随分早いと思う。この調子だと、来週は見ごろを迎えるかもしれません。

 今年の確定申告はいつもの所得税申告に加えて、譲渡益の申告(分離課税)も必要になり、少々頭を悩ました。なにしろ古い物件だから、当時の売買契約書、領収書など、出てくるはずがない、とほぼあきらめていた。それが、お袋の「何でも取っておく」性格が幸いして、無事用意できた。これが出る、出ないでは大違いなのだ。

 それでも素人による申告だ。どこかに間違い、勘違いがあるかもしれない。自分で計算して出した金額を4月半ばに支払うことになっているけど、これは一種の仮払いになるかもと覚悟している。数か月後に「あと**万円不足です」と修正申告を求められかもしれないからだ。別に誤魔化している訳ではないので、そのような指摘があれば潔く支払うつもりだ。「申告」が「深刻」にならないことを祈るばかりだ(笑)。

 とにかく頭の中から、一つ苦痛が取れただけで気分が変わるから不思議なものだ。気持ちが前向きになり、「さあ、明日からスチールギターの練習だ」と意気込んだ。練習どころでなかったから、すっかり楽器から遠ざかっていた。

 そんなことなら、「明日から」と言わず、今日、今からでも練習すべきなのだが、そこが人間の弱い所だ(私だけか?)。「明日」を迎えても依然としてやらないし、「明日」の「明日」でも同じ状況だ。結局、未だ練習ゼロです(キッパリ!)。

 どうも昔から、目の前に「目標」や「目的」が現れないと、腰を上げない性分だ。「火事場のバカ力」を発揮するタイプらしい・・・でもないか(笑)。つまりは練習をサボる言い訳なんて、あるようで、無いようなものだ。

 そのような目的探しを検討していたら、都合のよいことに友人からカラオケ作りを頼まれた。彼は、ウクレレ教室で教えている昔からの友人だ。以前にも頼まれたことがある。ウクレレばかりでメロディ楽器がないため、練習も飽きやすいそうで、スチールギターを入れたカラオケが欲しいと言うことだ。

 今回はとりあえず2曲のみ。知っている曲なので、なんとかなるだろうと思い、承諾した。ギャラは「ある時払い」ならぬ、「お酒をご馳走する」で誤魔化された。もっとも金を取れるような演奏ではないから、いいんだけど・・・(悲)。

 「できるだけ早く欲しい」とも言われた。「バーロー、スチールギターはそう簡単にはいかんのだ」と釘を刺しておいた。どうもお気楽に考えているようで、スチールギターの難しさが分かってない。

 さ、真面目に練習しないと!


 
posted by Boo! at 23:36| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

3.11

 3.11と言えば、やはりあの東日本大震災が浮かぶ。記憶もまだ生々しい。

 今日で丸5年だけど、ついこの間の出来事のようだ。正直、私が生きている間にこのような大震災がやってくるとは思わなかった。どこか心の中で「来てほしくない」という気持ちがあり、「まだ来ないだろう」と勝手な思いこみもあった。

 両親からは関東大震災の話を何度か聞かされた憶えがあるし、空襲で逃げ回った体験談もよく聞いた。相当辛い目に遭った体験を子供にも伝えたかったのだろう。でも正直言って、直接体験したことのない私には、漠然とした気持ちしか持てず、「大変だったね」と相槌を打つくらいが関の山だった。やはり体験者同士でないと、深い所では共有できないのではないか?

 だが東日本大震災は違った。まさに大地震の恐怖を実感したからだ。その前にも、大きな地震は何回か経験している。特に新潟地震には驚いたものだ。丁度授業中で、教室内が騒然となった。教室から飛び出す者も何人かいた。デマも飛び、「佐渡島が沈んだらしい」とニセ情報が入り、「これはとんでもないぞ」と不安になった。それでも、震源地である新潟では大きな被害が出たけど、幸いに関東ではそれほどでもなかった。

 しかし東北の地震は新潟の比ではなかった。

 皆さんもそれぞれの記憶をお持ちでしょうし、毎年同じようなことを書くことには気が引けますが、私の記憶として忘れないように、少し書き留めておきたいので、お許しを。

 さて5年前の3月11日。この日は知人宅にいた。

 最初の揺れが来た時、「あ、地震だ」と身構えた。しかしいつものように「すぐ収まるだろう」とタカをくくった。予想通り、一旦揺れが小さくなった。ホッとした次の瞬間、こんどは1回目を上回るとてつもない揺れが来た。建物がきしむ音、ガラス窓が割れるかと思うような激しい振動、壁にかけられた額縁が落ちそうになる。「ひょっとすると建物がつぶれるかも」と恐ろしくなった。

 この家の前には大きな広場と駐車場があった。「危険だから外に逃げましょう」と声をかけ、飛び出した。玄関までは遠いので、居間の窓を開け、下にあったサンダルをつっかけて外に出た。

 広場に立っていても、地面から伝わる大きな揺れは尋常ではなく、体もちゃんと立ってられないほどだった。恐怖を煽ったのは、駐車場の車だ。10台ほど置かれていたが、揺れるたびに一斉にギーギーと音を出し、タイアが地上から浮き上がるようにバウンドしていた。サイドブレーキが外れて、動き出すのではないかと心配になった。

 周囲の家々を見回すと、電線が大きく振られている。やがて各家から住民たちがバラバラと逃げ出してきた。我々の場所に集まってきて、不安そうに空を見上げていた。

 それにしても長い揺れだった。「いつまで揺れるのか」とその果てしなく続く揺れに「これがもしかすると心配されていた関東大震災到来なのかも・・・」と思った。

 長い長い揺れがやっと収まると自宅にいる妻が心配になり、電話した。しかしつながらない。メールもダメで、益々心配になった。逃げてきた周辺の住民たちも携帯電話を握りしめ、一生懸命家族に連絡を取っていた。しかし、口々に「つながらないねえ」と不安そうな目をしていた。

 一段落し、すぐにラジオやテレビのニュースを聞いた。震源地が東北と知り、驚いた。「あの揺れで、遠い東北が震源地とは・・・。ということは東北はどうなったのだろう」と新たな心配が生まれた。ところが私の心配など及びもつかないとんでもない災害になっていく。

 早々に切り上げ、帰宅を急いだ。所が道路は大渋滞。普段は20分程度の距離なのに、2時間以上もかかった。停電で信号のほとんどが機能しなかったので、大混乱になってしまったのだ。それでもなんとか無事に辿り着いた。青ざめた顔で出てきた妻の顔は引きつっていた。怖くてテーブルの下にもぐり続けたそうだ。「ほー、怖いもの知らずのお前がねえ」とは云えなかった。そんな冗談を言ってる場合ではなかった。

 だが本当の恐ろしさはこの後に起こる。津波や原発事故だ。もうこれ以上は書かない。

 政治家たちは勇ましい言葉、きれいごと発言を繰り返すが、肝心の復旧、復興は遅々として進んでいないように映る。勿論場所によっては進んでいる。しかしそのような場所だけを強調して、いかにも「順調」というのは、ずるいし、いささか無神経ではないか?依然として仮設住宅や別の場所での生活を余儀なくされている方がまだ10万人以上いるのだ。

 加えて、原発事故の解決もまだできてない状況にも関わらず、再稼働を進めようとする国の政策、一部の市町村リーダーや業界、一体どこに目を向けているのだろう。

 国を亡ぼすつもりだろうか?
posted by Boo! at 22:14| 東京 ☔| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

もてる?

 コーヒー・ショップに入った時のこと。

 私がこのような場所に行くのは、本を読んだり仕事の打ち合わせなどが目的で、コーヒーが飲みたくて入ることはそんなにはない(好きではあるけど)。他には、友人・知人と待ち合わせるときによく利用する。

 席につくと、隣のテーブルには先客である女性が座っていた。40歳前後と思われる。すでにコーヒーは飲み終えたようで、カップの周囲には空になったミルクや砂糖の袋などが無造作に置かれていた。それらがいくつもあり、「一杯のコーヒーにそんなに入れるのか?第一、甘すぎるだろう!糖尿病になるぞ!」と、余計な心配をしてしまった。

 彼女は何をするわけでもなく、手持ちぶさたそうに自分の手を眺めたり、じっとテーブル上を見つめていた。「そんなにヒマだったら、本でも読め」と言いたかった(笑)。やがて立ち上がったので、店を出るのかと思った。しかしそうではなく、トイレの方に向かった。ここまでは大して気にならなかった。

 所が、トイレ入り口付近まで行くと、そこで立ち止り、体の向きを変え、店内を見回し始めた。てっきり、トイレが塞がっていたために待つのだろうと思った。数分そのまま立ち続け、再び席に戻ってきた。そして先ほどと同じように、テーブル上を見つめ、自分の手を眺める。と思ったら、5分も経たぬうちにまたもやトイレの方に向かう。

 その後も何回も同じパターンを繰り返すので、イライラしてきた。「なんだ、この女。おかしいぞ!」と、その不審な行動に気が散ってしまい、読書に専念できない。「もう出よう」と、席を立った。

 すると彼女は私の方に向き、「こんにちは」と声をかけてきたのだ。「こんにちは」と言われたって、「わたしゃ、あんたなんか知らんよ」だ。ま、例えですが、これが20代の若い美女だったら、「ハイハイ、なんでございましょう?」と、即、好意的に反応する。せめて、あの今となってはお懐かしい「蘭子さん」クラスでも許す(失礼な?)。ついでに、「もう一杯コーヒー如何ですか?私のオゴリです」とでも言うかも。

 でもあれだけおかしな行動を見てしまった後では、迂闊な反応はできない。ましてや、変な事件があまりにも多い昨今だし・・・。それでもほんの軽く会釈を返し、さっさと店を出た。追いかけてくるかと心配(?)したけど、大丈夫だった(笑)。

 数日して知人女性にこの顛末を話すと、「あ、その人知っている」と言うではないか。そして「私の仲間内でもよく話題になる」ともいう。なんでも毎日のように同じ店に現れ、私が見たような行動を繰り返しているというのだ。「多分、たぬきさんや阿羅漢さんのように、精神的におかしいのよ」には、「なるほど」と妙に納得した(笑)。

 そうか、「私があまりにも二枚目だから、声をかけてきた」と思ったんだがなあ・・・。
posted by Boo! at 21:43| 東京 🌁| Comment(5) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

はや、3月!

 今月は苦楽(?)入り混じった予定が続く。

 全部披露してもいいのだけど、皆さんにはなんの関係もないこと。あ、一つ例外があった。

 それは、あの、あの悪名高きMATTさんが帰国するそうだ。だれも「帰ってこい!」なんて言わないのに、歳も歳だし、日本で「有終の美」を飾りたいらしい。関係者の皆さん、特別な歓迎会なんか必要ありませんからね。「苦」の代表的な予定と言えるでしょう。

 私にとって今月最大の「苦」は、やはり確定申告でしょうか。といってもほぼ計算は終わっている。あとは細かい点を修正するだけだ。毎年のことだけど、気の重くなる作業だ。

 所が今年は、不動産売却に伴う申告が加わった。約20年前に亡くなった父から相続した土地・家屋だ。以来そのまま名義も変えず、半ば放置していた。それでも父なき後、5,6年間は母が住み、頑張って家を守っていた。しかしやがて認知症が進み、施設のお世話を受けるために家を出た。

 空き家状態になったけど、我々が移り住む気は全くなかった。現在の場所に30年以上暮らしており、環境も気に入っているからだ。それでも月に1,2回は部屋の空気を入れ替えたり、庭の雑草取りのために通った。周辺の方々にできるだけ迷惑をかけたくなかった。

 やがて母が亡くなると、いよいよ実家の処分が目の前の課題として迫ってきた。空き家対策が社会問題化してきたし、この4月からは固定資産税が上がる。このまま空き家状態を続けても無意味だし、無駄な経費もかかる。売却処分を決心した。

 しかし本心は、「果たして売れるのか?」ということだった。なにしろ古いし、23区内とはいえ、あまり立地条件はよくない。一番のネックは建て替えが難しいということだ。道路と**メートル以上接地する必要があるとか、いろんな建て替え条件に当てはまらないからだ。

 急ぐわけではないので、「1年位で売れればいいや」という考えで、大手不動産会社に依頼した。所が担当した営業マンが中々のやり手で、たった3ヶ月で売買契約に至った。買い手は業者で、驚いたことに2棟の建売住宅にするという。建て替えできないはずなのに、こういう所は大手不動産だ。役所とのパイプが太いのだろう。いろんな方策をとって、許可をとったようだ。

 そして昨年1月末に引き渡し、やっと重荷から解放された。しかし、不動産を譲渡したということで、売却益を申告しなければならない。売却全額が自分のものになるなら良いけど、そうはいかない。面倒くさい計算が待っていた。

 申告額をより少なくするには、経費をできるだけ多く算出することだ。仲介手数料とか印紙税、名義変更登録費用などだ。しかしこれらはたかが知れている。やはり大きいのは、不動産を取得した費用だ。所が相続した不動産の場合、これが一番難しいのだ。というのは、買い取り金額を記した領収書提出が条件だからだ。

 だが、30年、40年も昔の領収書といっても、両親が購入したのだ。そんな古い領収書なんかどこにあるか分からないのが普通でしょう。営業マンも「ほとんどの方が用意できません」と言っていた。

 では取得費はゼロになるのか、というとそうではない。最低限の救いがある。売却額の5%を取得費として控除できるのだ。これ、良さそうだけど、とんでもない。例えば、2000万円で売れたとすると、その5%だから、わずかに100万円が取得費ということだ。30年前だって、100万円で買える物件なんてないでしょう。これがもし800万円の領収書が出てくれば、税額が大幅に減る。1000万だったら、200万円の節税ができるから大きい。

 営業マンは「ですから、必死になって領収書や売買契約書などを探してください」とアドバイスしてくれた。

 そうとなったらもう真剣だ(笑)。引き渡す前に、「とりあえず持ち出そう」と、手紙類、書類、写真等々の入った数個の段ボール箱を我が家に運んでいたので、それらをぶちまけ、一つひとつ丹念に調べた。

 するとなんと努力の甲斐あり、関連の書類が出てきたのだ。これには驚いたと同時に、捨てずに何でも取っておくお袋の性格が、今度ばかりは吉と出た。

 これで安心して申告できることになった。領収書が出てきたお蔭で、**百万円くらい節税できそうだから、スチールギターの弦でも買うか(笑)!

 皆さんも、将来、私のように親から相続した不動産を売却処分することがあるかもしれません。領収書や売買契約書を確保しておくこと、を頭の隅に置いておくことをお勧めします。
posted by Boo! at 22:46| 東京 ☀| Comment(6) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月25日

他人事ではない!

 都内に住む妻の従姉が認知症らしい。彼女の長男から届いた今年の年賀状にちらっと書いてあった。びっくりした妻はすぐに電話をし、様子を聞いた。

 3年ほど前からおかしな行動が出始めたということだ。旦那と二人で下町に小料理屋を開いている。従姉はまことに働き者だ。田舎料理を得意とし、しかも、損得考えずボリューム満点で提供するから、周辺の労働者にとっては貴重な店でもある。旦那の方は、掃除、料理運び、客の話し相手に徹している。

 小さな体で良くもそんなに働くスタミナがあるもんだと、あきれることもある。昼の定食も出していたので、朝起きたらすぐに店に向かう。と言っても車で1時間はかかる。夕方からは夜の準備に入り、店を閉めるのはいつも12時を過ぎる。家には寝に帰るだけだ。

 たまに我が家に来ることがあった。疲れた表情も見せず、大きな声で笑い転げる。そんな従姉に接していると、こちらが力を貰うようだ。とても80歳近くとは思えない元気さだ。私が、「もうあまり無理せず、ゆっくりしたら?」と言うと、「全然平気。働いているほうがいいもの」と笑い飛ばす。

 こまめに働き、よく笑い、人との付き合いも良い彼女に限って、「認知症」なんて無縁だと思っていた。普通、認知症になりやすいタイプとしては、やはり、たぬきさんや阿羅漢さんでしょう(笑)。

 2年ほど前に会ったきりだが、その時はまったく気が付かなかった。普通に会話をしていたからだ。しかし実は、その1年前からおかしな行動があったそうだ。

 異常に気が付いたのは、やはり旦那だ。銀行でお金を引き出そうとして、暗証番号を入力した。しかしどうしても思い出せず、結局3回ミスしたためにカードが使えなくなり、再発行。その時は、「バカだなあ。ど忘れしやがって!」と、旦那は笑って済ませた。その後しばらくは正常に戻り、お金の引き出しもできるようになった。

 所がその内、「駅まで買い物に行ってくる」と出かけたまま、中々帰ってこない。旦那はまだ認知症を疑っていないから、そのまま待ち続けた。すると警察署から、「家に帰る道がわからないそうです」と電話があった。さすがに旦那も、「これはただ事ではない」と気が付いた。

 それからは従姉の行動に注意を払うと、いろいろと出てきた。できるだけ用をさせようと、「お湯を沸かして」と頼む。するとある時は魔法瓶をそのままガス台に乗せる。「お皿だして」と言えば、戸棚の前で立ち続ける。

 あれほど働き者だったのに、全く動かなくなった。お店は閉められないので、旦那が料理を作るようになった。しかし従姉のようには作れないので、メニューを減らし、お客には事情を話して了解してもらっているそうだ。家に一人置けないので、必ず従姉を車に乗せ、店で客の話相手をしてもらっている。不思議なことに、話は普通のごとくできるのだ。

 病院で検査してもらったところ、「認知症」と診断された。まだ軽いほうらしいけど、間違いなく進行するので、これからの旦那は大変だ。

 すっかり落ち込んだ妻は、「まさか**ちゃんが」と悲しんでいる。

 そこですかさず、「だろう?これまでのようにこの俺を使いすぎると、ぼけ老人になってやるぞ!」と言うと、「なに言ってるの!もうボケてるわよ」と言いやがった。口の減らない女だ。
posted by Boo! at 22:39| 東京 ☁| Comment(5) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

新しけりゃ、いいのか!(挑戦的?)

 世の中、スマホだ、タブレットだと騒いでいる・・・みたい。

 数年前まで主流だった「携帯電話機」もすっかり影が薄くなり、「ガラケー」などと言われている。どうも時代遅れの代物と揶揄される存在になっている。まったく失礼な話だ。

 「ガラケー」のどこが悪い?良い所ばかりだぞ!

 通話するにも、大きさが丁度良いから、耳に当てても違和感がない。ちょっと大きめのスマホで通話している奴をみると、頭半分がスマホで隠れている(そうでもない?)。タブレットになったら、画面に顔を突っ込んでいるかのようだ。ガラケーにしろ、ガラケーに・・・。

 ガラケーの文字入力は楽だ。左手の親指一本だけで難なく打てる。しかも、右手が手ぶらになるので、入力しながら他の作業ができる。これをステレオ・ワーキングと言う。私の命名です。

 こんなことがスマホではできまい。ざまあみろ!スマホ利用者を見てると、左手で本体を持ち、右手で不器用そうにちょんちょんやっている。両手を使うから、ガラケーのように余った方の手で別の作業ができない。つまり、ガラケーの倍も時間を無駄にしていることになる(?)。これこそ、ガラケーならぬ、「ガラスマ」と呼ぶべきではないか?

 私は未だかたくなにガラケーを使っている。これからも使い続けるに違いない。しかし、ガラケー利用者が、言われるほど減っているのだろうか?ガラケー研究者の第一人者(自称)と言われている私が調べてみた。

 するとまだまだ、私同様愛用者が多いことが分かった。50%近くがガラケー人口というから意外な事実だ。つまり、日本人の半分近くは賢いと言うことだ。阿羅漢さん、たぬきさん、paulさんのように、すぐに新しいものに飛びつく方たちは、この賢い範疇から外れるということだ。このようなどうでもよい連中が将来の日本を滅ぼすことは歴史が証明している。

 近くのPCショップに行き、新しく組み立てる予定のPCパーツを物色した。候補がほぼ決まり、ついでに「スマホ」と「タブレット」コーナーに移動した。この店は常に使える状態にして商品を置いている。数人が手に取り、いじくり回していた。

 スマホには関心がないので、タブレットの幾つかにふれた。ま、「どんなものか」という程度の冷やかしみたいなもんです。

 別に所有してなくても、タブレット操作は簡単だ。最初からベテランのように使えるのは、やはり私の才能だろうか?耳慣れぬ「タップ」という操作もお茶の子さいさい。PCマウスのクリックの代用と思えばいいからだ。

 それにしても、画面がやたらに色鮮やかで、美しい。文字もクッキリとして読みやすいし、文字拡大も簡単だ。面白くなった私は、片っ端からアプリを立ち上げ、タブレットの追求に集中した。

 するとこれは大変便利なものであることが分かってきた(遅い?)。使いようによっては、ノートPC代わりにもなりそうだ。ネットやメール程度のことなら、なにも重いノートPCを持ち歩かなくても良い。何よりも携帯性に優れている。

 しばし頭をめぐらせ、「そうだ、ガラケーを通話専用にし、タブレットはネット関連と使い分ければいいかも・・・」と結論付けた。

 そしていつの間にか、本当にいつの間にか、2台のタブレットを持ち、レジに並んでいた(笑)。2台というのは、1台が妻用だからです。私一人が所有すると、嫉妬するのです(悲)。

 今のところ、Wi-Fiのみで使っているけど、SIMカードを装着すれば、どこでも使える。

 うーむ、やはり新しいけりゃいいのですね・・・て、タイトルと違ったいい加減なこと書くな?

 
 
posted by Boo! at 22:25| 東京 ☀| Comment(13) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする