2016年04月01日

はや、4月!

 桜がほぼ満開になり、お花見には絶好だ。咲き始めが早かったので、3月末には散ってしまうのではと心配したけど、丁度良い時期になった。しかし今日は花冷えなのか、寒かった。

 桜に浮かれるのは日本だけかと思いそうだけど、そんなことはない。 アメリカやカナダでも日本と同じようにお祭り騒ぎするようだ。日本から移植した桜なのだろう。移植した桜が外国でも受け容れられ、我々と同じように盛り上がってくれると嬉しいものだ。
  
 自然の美しさに対しては余計なことを考えず、ただ純粋に感動すればよいと思うのだけど、最近、「桜は我国で生まれたものだ」と、ことさらに主張するどこかの国もあるから厭になる。「ハイ、ハイ、だから?」と言いたくなる。「日本原産」であろうと、「**国原産」であろうと、一向に構わない。そんなことは、研究者に任せれば良いことで、我々には知っちゃこっちゃない!

 第一、どこの国にも桜があったっておかしくない。条件が合えば充分育つはずだ。しかし日本のように全国隅々まで桜が咲き誇るというのは珍しいかもしれない。桜の好きな日本人があちこちに植えたからだろう。これは桜を格別愛するという国民性が大きい。

 いくら「桜は我国のものだ」と主張しても、桜を育て、愛でるという文化と土壌がなければ、それは単に桜の木が植わっているだけの話だ。世界中から桜を観に訪れる観光客があまりにも多いので面白くないのかもしれないが、ウダウダといちゃもんをつける前に、自然を愛する文化を育てろと言いたい。

 新年度に入って早々、文句を言ってます(笑)。

 さて、いよいよこれから春本番だ。暖かくなります。

 暖かくなると、人間、動きが積極的になります。気持ちも外に向かうし、前向きな気持ちにもなります。ならない方もいますが(約2名)。

 楽器の練習も、寒いより暖かい方が良いに決まってます。手、指先が冷たいと、どうしても動きが鈍くなるのでウォーミング・アップにも時間がかかる。それが今や、ウォーミングの必要もない。いきなり音出しをしても、絶好調だ(レベルの低い所で)。

 この間、久しぶりにベースを1時間トレーニングしたら、汗が出てきた(冷や汗?)。汗をかくと、やはりビールでしょう。汗の後の1杯は美味しい。お蔭で、ランニング後のビール、練習後のビールと、2回も飲めることになった。まるでビールを飲みたいために練習するようだ(笑)。

 たぬきさんや阿羅漢さんは、練習に関係なく「酒浸り」ですから、私の高尚な動機とはえらい違いだ。
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2016年03月30日

「旅は道づれ、アロハ・ハワイ」

 私はまあまあ読書好きな部類に入ると思う。若い時に比べるとだいぶ読書量とスピードが落ちているとはいえ、平均すれば1週間に1,2冊は読んでいる。ほとんど文庫本だ。

 小さい文字が苦手になっているので、できれば単行本のように少しでも大きい文字で読みたい。しかし持ち歩くにはがさばって重いから、やはり文庫本になる。

 読むジャンルはとくに決まってない。手に取って面白そうと思えば読んでみる。裏切られることもあれば、予想外の面白さだったりする。自分が感激、感銘、感動を受けた本はすべてここに紹介したいくらいだけど、そうもいかない。

 当ブログ読者にはハワイアン好きな方が多いので、それにまつわる本を一冊紹介したい。ハワイについてなにか知りたい、学びたいと思えば、普通は歴史本、紀行文、有名人による体験本や旅案内本などを参考にする。歴史本は大変参考になるとは思うけど、どうしても硬い文章だし、面白味に欠ける。しかし、これは資料でもあるから致し方ない。歴史本以外は正直言って物足りないし、内容が浅い。ハワイの表面的な部分だけを書いている気がする。

 私としてはハワイの歴史を教えてもらいながら、かつ、ハワイの日常を掘り下げた内容の本を読みたい。歴史も大切だけどハワイに住む人々の素顔ものぞきたいからだ。

 そんな希望を満たしてくれるのが、今回紹介する「旅は道づれ、アロハ・ハワイ」です。

 著者は高峰秀子と松山善三で、お二人の共著だ。勿論どなたもご存じの女優と監督であり、ご夫婦だ。およそハワイとは結びつかないお二人による著作というのが面白い。

 お読みになれば分かることだから、あまり細かくは触れませんが、そんじょそこらの紹介本とは一味も二味も違う。

 お二人は映画の仕事で何度かハワイを訪れているうちに、すっかり魅せられてしまう。年に何度も行き来するくらいなら、「いっそのことハワイに住んでしまえ」ということになり、本当に実現させてしまう。そしてなんと10年間にもわたるハワイ生活が始まる。

 その10年間の暮らしから見たハワイの姿が生き生きと描かれ、読む者を飽きさせない。

 共著とあったので、お二人の対談形式で書かれたのかと思った。そうではなくて、時間も場所も別々に書いたらしい。松山さんは学究肌らしく、それこそハワイの起源から調べ尽くし、まるで研究者のように詳しく書く。一方で高峰さんはハワイの日常を淡々と綴る。その目は醒めており、鋭い。このお二人のバランスが絶妙だ。

 高峰さんは子供から映画界に入り、名子役として超売れっ子だった。名子役でも大体はそこまでで、大人になるにつれ忘れ去られることが多い。しかしその後も大スターまで登りつめた。世間から見たら羨ましい一生だけど、実は大変な家庭環境だったようで、それについては、自伝「わたしの渡世日記」に詳しい。これは是非読んでほしい作品だ。

 ハチャメチャな母親(実母ではない)との葛藤は凄まじいし、あまりにも可愛い高峰さんを気に入ったあの東海林太郎が養子縁組を希望したなんていうくだりは、奇想すぎてあきれるくらいだ。

 到底まともとは思えない育ち方をして、どうしてこんなにも賢く、感性豊かで、世の中を冷静に観察できるのだろうと感心してしまう。それにも増して文章の素晴らしさだ。学校教育すらまともに受けさせてもらえなかったのに、そんな影響は全く感じない。

 他にも何冊か著書があるけど、今回はこの2冊をお薦めします。

posted by Boo! at 21:37| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

遅ればせながらの・・・?

 先日、古い仲間と私の4人で飲み会をやった。3月も後半、それも桜が満開を迎えようとしているのに、「新年会」という名目だ(笑)。 

 年末の忘年会が流れ、正月に予定していた本当の新年会も流れ、延び延びになってしまった。とっくにリタイアしていてもおかしくない年齢だけど、全員現役として頑張っている。そのため都合をつけることが難しい。

 私以外、いわゆる音楽業界に身を置いている。ジャズ奏者が2人、PAミキサー、普通の人(私だ)。ジャズ奏者はサックスとトランペットだ。彼らは現在の日本のジャズ界ではトップクラスに位置している。ミキサーも、その世界では実力者であり、一流のミュージシャンから依頼される音作りのプロだ。ルックスは悪いけど、耳は良いようだ(笑)。

 今でこそ良い仕事をしているけど、若いころは皆大変な生活を送っていた。この世界、実力があってもチャンスに恵まれなければ浮上することができない。また、チャンスを貰ってもそれを次のジャンプにつなげられなければ、意味がない。大変な世界だ。

 たとえばサックス奏者のA君は、20代の時、そこそこ有名なフルバンドでリードを取っていた。テレビの音楽番組やバラエティのバックバンドでよく出演した。しかしバンド・リーダーと反りが合わず(音楽的に)、脱退した。その時、彼の妻は身ごもっていたので、「悔しいけど、我慢して続けるべきか・・・」と、相当悩んだらしい。しかも、次の仕事の当てもなかった。やめたら途端に無収入になる。

 だが「プライドを捨ててまで続けたくない」の強い思いで、脱退した。

 所が面白いことに、ここから彼の未来が開いていくのだ。彼の実力を知る音楽仲間がいろんな方面に声をかけ、仕事のチャンスを与える。やがて一流プレーヤーの間にも彼の存在が知られるようになる。何しろ一度共演すれば、彼のずば抜けた力量が分かる。譜面は強いし、アドリブは一級品、音色も良いから、演奏会、ライブ、レコーディングへと仕事の幅が広がる。その内、海外から日本公演にくる大物歌手のバックまで務めるようになった。

 後に彼は、「あの時辞めてよかった。もし、いやいや続けていたらその後のチャンスはなかったと思う」とよく振り返った。「あの時だって、それほど悪いギャラとは思ってなかったけど、やめてからのギャラは比較にならないほど高額で、安く雇われたんだなあと気が付いたよ」

 一ヵ月分のギャラとしてもらっていた額とほぼ同額のギャラを、一回の仕事でもらうようになったからだ。

 現在の彼は体力、年齢と相談しながら、良い仕事だけ選んで演奏している。自宅に完全防音のスタジオを備え、その中で何時間も練習することが幸せだそうだ。仕事に追われ、練習を疎かにするとてきめんに音色が荒れるらしい。

 「やはり本物のプロは心構えが違う」と、わが身の怠惰な練習態度を反省した(恥)。
                                                    
posted by Boo! at 23:15| 東京 ☁| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月15日

釘を刺す!

 確定申告の煩雑さから解放され、今や実に晴れ晴れとした爽やかな春のような気分であります。

 あ、そういえば、自宅近くの川沿いの桜並木ですが、今日通りかかったら、なんと開花している桜が何本かあり驚いた。勿論満開ではなく、まだつぼみに近い状態です。でも、随分早いと思う。この調子だと、来週は見ごろを迎えるかもしれません。

 今年の確定申告はいつもの所得税申告に加えて、譲渡益の申告(分離課税)も必要になり、少々頭を悩ました。なにしろ古い物件だから、当時の売買契約書、領収書など、出てくるはずがない、とほぼあきらめていた。それが、お袋の「何でも取っておく」性格が幸いして、無事用意できた。これが出る、出ないでは大違いなのだ。

 それでも素人による申告だ。どこかに間違い、勘違いがあるかもしれない。自分で計算して出した金額を4月半ばに支払うことになっているけど、これは一種の仮払いになるかもと覚悟している。数か月後に「あと**万円不足です」と修正申告を求められかもしれないからだ。別に誤魔化している訳ではないので、そのような指摘があれば潔く支払うつもりだ。「申告」が「深刻」にならないことを祈るばかりだ(笑)。

 とにかく頭の中から、一つ苦痛が取れただけで気分が変わるから不思議なものだ。気持ちが前向きになり、「さあ、明日からスチールギターの練習だ」と意気込んだ。練習どころでなかったから、すっかり楽器から遠ざかっていた。

 そんなことなら、「明日から」と言わず、今日、今からでも練習すべきなのだが、そこが人間の弱い所だ(私だけか?)。「明日」を迎えても依然としてやらないし、「明日」の「明日」でも同じ状況だ。結局、未だ練習ゼロです(キッパリ!)。

 どうも昔から、目の前に「目標」や「目的」が現れないと、腰を上げない性分だ。「火事場のバカ力」を発揮するタイプらしい・・・でもないか(笑)。つまりは練習をサボる言い訳なんて、あるようで、無いようなものだ。

 そのような目的探しを検討していたら、都合のよいことに友人からカラオケ作りを頼まれた。彼は、ウクレレ教室で教えている昔からの友人だ。以前にも頼まれたことがある。ウクレレばかりでメロディ楽器がないため、練習も飽きやすいそうで、スチールギターを入れたカラオケが欲しいと言うことだ。

 今回はとりあえず2曲のみ。知っている曲なので、なんとかなるだろうと思い、承諾した。ギャラは「ある時払い」ならぬ、「お酒をご馳走する」で誤魔化された。もっとも金を取れるような演奏ではないから、いいんだけど・・・(悲)。

 「できるだけ早く欲しい」とも言われた。「バーロー、スチールギターはそう簡単にはいかんのだ」と釘を刺しておいた。どうもお気楽に考えているようで、スチールギターの難しさが分かってない。

 さ、真面目に練習しないと!


 
posted by Boo! at 23:36| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

3.11

 3.11と言えば、やはりあの東日本大震災が浮かぶ。記憶もまだ生々しい。

 今日で丸5年だけど、ついこの間の出来事のようだ。正直、私が生きている間にこのような大震災がやってくるとは思わなかった。どこか心の中で「来てほしくない」という気持ちがあり、「まだ来ないだろう」と勝手な思いこみもあった。

 両親からは関東大震災の話を何度か聞かされた憶えがあるし、空襲で逃げ回った体験談もよく聞いた。相当辛い目に遭った体験を子供にも伝えたかったのだろう。でも正直言って、直接体験したことのない私には、漠然とした気持ちしか持てず、「大変だったね」と相槌を打つくらいが関の山だった。やはり体験者同士でないと、深い所では共有できないのではないか?

 だが東日本大震災は違った。まさに大地震の恐怖を実感したからだ。その前にも、大きな地震は何回か経験している。特に新潟地震には驚いたものだ。丁度授業中で、教室内が騒然となった。教室から飛び出す者も何人かいた。デマも飛び、「佐渡島が沈んだらしい」とニセ情報が入り、「これはとんでもないぞ」と不安になった。それでも、震源地である新潟では大きな被害が出たけど、幸いに関東ではそれほどでもなかった。

 しかし東北の地震は新潟の比ではなかった。

 皆さんもそれぞれの記憶をお持ちでしょうし、毎年同じようなことを書くことには気が引けますが、私の記憶として忘れないように、少し書き留めておきたいので、お許しを。

 さて5年前の3月11日。この日は知人宅にいた。

 最初の揺れが来た時、「あ、地震だ」と身構えた。しかしいつものように「すぐ収まるだろう」とタカをくくった。予想通り、一旦揺れが小さくなった。ホッとした次の瞬間、こんどは1回目を上回るとてつもない揺れが来た。建物がきしむ音、ガラス窓が割れるかと思うような激しい振動、壁にかけられた額縁が落ちそうになる。「ひょっとすると建物がつぶれるかも」と恐ろしくなった。

 この家の前には大きな広場と駐車場があった。「危険だから外に逃げましょう」と声をかけ、飛び出した。玄関までは遠いので、居間の窓を開け、下にあったサンダルをつっかけて外に出た。

 広場に立っていても、地面から伝わる大きな揺れは尋常ではなく、体もちゃんと立ってられないほどだった。恐怖を煽ったのは、駐車場の車だ。10台ほど置かれていたが、揺れるたびに一斉にギーギーと音を出し、タイアが地上から浮き上がるようにバウンドしていた。サイドブレーキが外れて、動き出すのではないかと心配になった。

 周囲の家々を見回すと、電線が大きく振られている。やがて各家から住民たちがバラバラと逃げ出してきた。我々の場所に集まってきて、不安そうに空を見上げていた。

 それにしても長い揺れだった。「いつまで揺れるのか」とその果てしなく続く揺れに「これがもしかすると心配されていた関東大震災到来なのかも・・・」と思った。

 長い長い揺れがやっと収まると自宅にいる妻が心配になり、電話した。しかしつながらない。メールもダメで、益々心配になった。逃げてきた周辺の住民たちも携帯電話を握りしめ、一生懸命家族に連絡を取っていた。しかし、口々に「つながらないねえ」と不安そうな目をしていた。

 一段落し、すぐにラジオやテレビのニュースを聞いた。震源地が東北と知り、驚いた。「あの揺れで、遠い東北が震源地とは・・・。ということは東北はどうなったのだろう」と新たな心配が生まれた。ところが私の心配など及びもつかないとんでもない災害になっていく。

 早々に切り上げ、帰宅を急いだ。所が道路は大渋滞。普段は20分程度の距離なのに、2時間以上もかかった。停電で信号のほとんどが機能しなかったので、大混乱になってしまったのだ。それでもなんとか無事に辿り着いた。青ざめた顔で出てきた妻の顔は引きつっていた。怖くてテーブルの下にもぐり続けたそうだ。「ほー、怖いもの知らずのお前がねえ」とは云えなかった。そんな冗談を言ってる場合ではなかった。

 だが本当の恐ろしさはこの後に起こる。津波や原発事故だ。もうこれ以上は書かない。

 政治家たちは勇ましい言葉、きれいごと発言を繰り返すが、肝心の復旧、復興は遅々として進んでいないように映る。勿論場所によっては進んでいる。しかしそのような場所だけを強調して、いかにも「順調」というのは、ずるいし、いささか無神経ではないか?依然として仮設住宅や別の場所での生活を余儀なくされている方がまだ10万人以上いるのだ。

 加えて、原発事故の解決もまだできてない状況にも関わらず、再稼働を進めようとする国の政策、一部の市町村リーダーや業界、一体どこに目を向けているのだろう。

 国を亡ぼすつもりだろうか?
posted by Boo! at 22:14| 東京 ☔| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

もてる?

 コーヒー・ショップに入った時のこと。

 私がこのような場所に行くのは、本を読んだり仕事の打ち合わせなどが目的で、コーヒーが飲みたくて入ることはそんなにはない(好きではあるけど)。他には、友人・知人と待ち合わせるときによく利用する。

 席につくと、隣のテーブルには先客である女性が座っていた。40歳前後と思われる。すでにコーヒーは飲み終えたようで、カップの周囲には空になったミルクや砂糖の袋などが無造作に置かれていた。それらがいくつもあり、「一杯のコーヒーにそんなに入れるのか?第一、甘すぎるだろう!糖尿病になるぞ!」と、余計な心配をしてしまった。

 彼女は何をするわけでもなく、手持ちぶさたそうに自分の手を眺めたり、じっとテーブル上を見つめていた。「そんなにヒマだったら、本でも読め」と言いたかった(笑)。やがて立ち上がったので、店を出るのかと思った。しかしそうではなく、トイレの方に向かった。ここまでは大して気にならなかった。

 所が、トイレ入り口付近まで行くと、そこで立ち止り、体の向きを変え、店内を見回し始めた。てっきり、トイレが塞がっていたために待つのだろうと思った。数分そのまま立ち続け、再び席に戻ってきた。そして先ほどと同じように、テーブル上を見つめ、自分の手を眺める。と思ったら、5分も経たぬうちにまたもやトイレの方に向かう。

 その後も何回も同じパターンを繰り返すので、イライラしてきた。「なんだ、この女。おかしいぞ!」と、その不審な行動に気が散ってしまい、読書に専念できない。「もう出よう」と、席を立った。

 すると彼女は私の方に向き、「こんにちは」と声をかけてきたのだ。「こんにちは」と言われたって、「わたしゃ、あんたなんか知らんよ」だ。ま、例えですが、これが20代の若い美女だったら、「ハイハイ、なんでございましょう?」と、即、好意的に反応する。せめて、あの今となってはお懐かしい「蘭子さん」クラスでも許す(失礼な?)。ついでに、「もう一杯コーヒー如何ですか?私のオゴリです」とでも言うかも。

 でもあれだけおかしな行動を見てしまった後では、迂闊な反応はできない。ましてや、変な事件があまりにも多い昨今だし・・・。それでもほんの軽く会釈を返し、さっさと店を出た。追いかけてくるかと心配(?)したけど、大丈夫だった(笑)。

 数日して知人女性にこの顛末を話すと、「あ、その人知っている」と言うではないか。そして「私の仲間内でもよく話題になる」ともいう。なんでも毎日のように同じ店に現れ、私が見たような行動を繰り返しているというのだ。「多分、たぬきさんや阿羅漢さんのように、精神的におかしいのよ」には、「なるほど」と妙に納得した(笑)。

 そうか、「私があまりにも二枚目だから、声をかけてきた」と思ったんだがなあ・・・。
posted by Boo! at 21:43| 東京 🌁| Comment(5) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

はや、3月!

 今月は苦楽(?)入り混じった予定が続く。

 全部披露してもいいのだけど、皆さんにはなんの関係もないこと。あ、一つ例外があった。

 それは、あの、あの悪名高きMATTさんが帰国するそうだ。だれも「帰ってこい!」なんて言わないのに、歳も歳だし、日本で「有終の美」を飾りたいらしい。関係者の皆さん、特別な歓迎会なんか必要ありませんからね。「苦」の代表的な予定と言えるでしょう。

 私にとって今月最大の「苦」は、やはり確定申告でしょうか。といってもほぼ計算は終わっている。あとは細かい点を修正するだけだ。毎年のことだけど、気の重くなる作業だ。

 所が今年は、不動産売却に伴う申告が加わった。約20年前に亡くなった父から相続した土地・家屋だ。以来そのまま名義も変えず、半ば放置していた。それでも父なき後、5,6年間は母が住み、頑張って家を守っていた。しかしやがて認知症が進み、施設のお世話を受けるために家を出た。

 空き家状態になったけど、我々が移り住む気は全くなかった。現在の場所に30年以上暮らしており、環境も気に入っているからだ。それでも月に1,2回は部屋の空気を入れ替えたり、庭の雑草取りのために通った。周辺の方々にできるだけ迷惑をかけたくなかった。

 やがて母が亡くなると、いよいよ実家の処分が目の前の課題として迫ってきた。空き家対策が社会問題化してきたし、この4月からは固定資産税が上がる。このまま空き家状態を続けても無意味だし、無駄な経費もかかる。売却処分を決心した。

 しかし本心は、「果たして売れるのか?」ということだった。なにしろ古いし、23区内とはいえ、あまり立地条件はよくない。一番のネックは建て替えが難しいということだ。道路と**メートル以上接地する必要があるとか、いろんな建て替え条件に当てはまらないからだ。

 急ぐわけではないので、「1年位で売れればいいや」という考えで、大手不動産会社に依頼した。所が担当した営業マンが中々のやり手で、たった3ヶ月で売買契約に至った。買い手は業者で、驚いたことに2棟の建売住宅にするという。建て替えできないはずなのに、こういう所は大手不動産だ。役所とのパイプが太いのだろう。いろんな方策をとって、許可をとったようだ。

 そして昨年1月末に引き渡し、やっと重荷から解放された。しかし、不動産を譲渡したということで、売却益を申告しなければならない。売却全額が自分のものになるなら良いけど、そうはいかない。面倒くさい計算が待っていた。

 申告額をより少なくするには、経費をできるだけ多く算出することだ。仲介手数料とか印紙税、名義変更登録費用などだ。しかしこれらはたかが知れている。やはり大きいのは、不動産を取得した費用だ。所が相続した不動産の場合、これが一番難しいのだ。というのは、買い取り金額を記した領収書提出が条件だからだ。

 だが、30年、40年も昔の領収書といっても、両親が購入したのだ。そんな古い領収書なんかどこにあるか分からないのが普通でしょう。営業マンも「ほとんどの方が用意できません」と言っていた。

 では取得費はゼロになるのか、というとそうではない。最低限の救いがある。売却額の5%を取得費として控除できるのだ。これ、良さそうだけど、とんでもない。例えば、2000万円で売れたとすると、その5%だから、わずかに100万円が取得費ということだ。30年前だって、100万円で買える物件なんてないでしょう。これがもし800万円の領収書が出てくれば、税額が大幅に減る。1000万だったら、200万円の節税ができるから大きい。

 営業マンは「ですから、必死になって領収書や売買契約書などを探してください」とアドバイスしてくれた。

 そうとなったらもう真剣だ(笑)。引き渡す前に、「とりあえず持ち出そう」と、手紙類、書類、写真等々の入った数個の段ボール箱を我が家に運んでいたので、それらをぶちまけ、一つひとつ丹念に調べた。

 するとなんと努力の甲斐あり、関連の書類が出てきたのだ。これには驚いたと同時に、捨てずに何でも取っておくお袋の性格が、今度ばかりは吉と出た。

 これで安心して申告できることになった。領収書が出てきたお蔭で、**百万円くらい節税できそうだから、スチールギターの弦でも買うか(笑)!

 皆さんも、将来、私のように親から相続した不動産を売却処分することがあるかもしれません。領収書や売買契約書を確保しておくこと、を頭の隅に置いておくことをお勧めします。
posted by Boo! at 22:46| 東京 ☀| Comment(6) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月25日

他人事ではない!

 都内に住む妻の従姉が認知症らしい。彼女の長男から届いた今年の年賀状にちらっと書いてあった。びっくりした妻はすぐに電話をし、様子を聞いた。

 3年ほど前からおかしな行動が出始めたということだ。旦那と二人で下町に小料理屋を開いている。従姉はまことに働き者だ。田舎料理を得意とし、しかも、損得考えずボリューム満点で提供するから、周辺の労働者にとっては貴重な店でもある。旦那の方は、掃除、料理運び、客の話し相手に徹している。

 小さな体で良くもそんなに働くスタミナがあるもんだと、あきれることもある。昼の定食も出していたので、朝起きたらすぐに店に向かう。と言っても車で1時間はかかる。夕方からは夜の準備に入り、店を閉めるのはいつも12時を過ぎる。家には寝に帰るだけだ。

 たまに我が家に来ることがあった。疲れた表情も見せず、大きな声で笑い転げる。そんな従姉に接していると、こちらが力を貰うようだ。とても80歳近くとは思えない元気さだ。私が、「もうあまり無理せず、ゆっくりしたら?」と言うと、「全然平気。働いているほうがいいもの」と笑い飛ばす。

 こまめに働き、よく笑い、人との付き合いも良い彼女に限って、「認知症」なんて無縁だと思っていた。普通、認知症になりやすいタイプとしては、やはり、たぬきさんや阿羅漢さんでしょう(笑)。

 2年ほど前に会ったきりだが、その時はまったく気が付かなかった。普通に会話をしていたからだ。しかし実は、その1年前からおかしな行動があったそうだ。

 異常に気が付いたのは、やはり旦那だ。銀行でお金を引き出そうとして、暗証番号を入力した。しかしどうしても思い出せず、結局3回ミスしたためにカードが使えなくなり、再発行。その時は、「バカだなあ。ど忘れしやがって!」と、旦那は笑って済ませた。その後しばらくは正常に戻り、お金の引き出しもできるようになった。

 所がその内、「駅まで買い物に行ってくる」と出かけたまま、中々帰ってこない。旦那はまだ認知症を疑っていないから、そのまま待ち続けた。すると警察署から、「家に帰る道がわからないそうです」と電話があった。さすがに旦那も、「これはただ事ではない」と気が付いた。

 それからは従姉の行動に注意を払うと、いろいろと出てきた。できるだけ用をさせようと、「お湯を沸かして」と頼む。するとある時は魔法瓶をそのままガス台に乗せる。「お皿だして」と言えば、戸棚の前で立ち続ける。

 あれほど働き者だったのに、全く動かなくなった。お店は閉められないので、旦那が料理を作るようになった。しかし従姉のようには作れないので、メニューを減らし、お客には事情を話して了解してもらっているそうだ。家に一人置けないので、必ず従姉を車に乗せ、店で客の話相手をしてもらっている。不思議なことに、話は普通のごとくできるのだ。

 病院で検査してもらったところ、「認知症」と診断された。まだ軽いほうらしいけど、間違いなく進行するので、これからの旦那は大変だ。

 すっかり落ち込んだ妻は、「まさか**ちゃんが」と悲しんでいる。

 そこですかさず、「だろう?これまでのようにこの俺を使いすぎると、ぼけ老人になってやるぞ!」と言うと、「なに言ってるの!もうボケてるわよ」と言いやがった。口の減らない女だ。
posted by Boo! at 22:39| 東京 ☁| Comment(5) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

新しけりゃ、いいのか!(挑戦的?)

 世の中、スマホだ、タブレットだと騒いでいる・・・みたい。

 数年前まで主流だった「携帯電話機」もすっかり影が薄くなり、「ガラケー」などと言われている。どうも時代遅れの代物と揶揄される存在になっている。まったく失礼な話だ。

 「ガラケー」のどこが悪い?良い所ばかりだぞ!

 通話するにも、大きさが丁度良いから、耳に当てても違和感がない。ちょっと大きめのスマホで通話している奴をみると、頭半分がスマホで隠れている(そうでもない?)。タブレットになったら、画面に顔を突っ込んでいるかのようだ。ガラケーにしろ、ガラケーに・・・。

 ガラケーの文字入力は楽だ。左手の親指一本だけで難なく打てる。しかも、右手が手ぶらになるので、入力しながら他の作業ができる。これをステレオ・ワーキングと言う。私の命名です。

 こんなことがスマホではできまい。ざまあみろ!スマホ利用者を見てると、左手で本体を持ち、右手で不器用そうにちょんちょんやっている。両手を使うから、ガラケーのように余った方の手で別の作業ができない。つまり、ガラケーの倍も時間を無駄にしていることになる(?)。これこそ、ガラケーならぬ、「ガラスマ」と呼ぶべきではないか?

 私は未だかたくなにガラケーを使っている。これからも使い続けるに違いない。しかし、ガラケー利用者が、言われるほど減っているのだろうか?ガラケー研究者の第一人者(自称)と言われている私が調べてみた。

 するとまだまだ、私同様愛用者が多いことが分かった。50%近くがガラケー人口というから意外な事実だ。つまり、日本人の半分近くは賢いと言うことだ。阿羅漢さん、たぬきさん、paulさんのように、すぐに新しいものに飛びつく方たちは、この賢い範疇から外れるということだ。このようなどうでもよい連中が将来の日本を滅ぼすことは歴史が証明している。

 近くのPCショップに行き、新しく組み立てる予定のPCパーツを物色した。候補がほぼ決まり、ついでに「スマホ」と「タブレット」コーナーに移動した。この店は常に使える状態にして商品を置いている。数人が手に取り、いじくり回していた。

 スマホには関心がないので、タブレットの幾つかにふれた。ま、「どんなものか」という程度の冷やかしみたいなもんです。

 別に所有してなくても、タブレット操作は簡単だ。最初からベテランのように使えるのは、やはり私の才能だろうか?耳慣れぬ「タップ」という操作もお茶の子さいさい。PCマウスのクリックの代用と思えばいいからだ。

 それにしても、画面がやたらに色鮮やかで、美しい。文字もクッキリとして読みやすいし、文字拡大も簡単だ。面白くなった私は、片っ端からアプリを立ち上げ、タブレットの追求に集中した。

 するとこれは大変便利なものであることが分かってきた(遅い?)。使いようによっては、ノートPC代わりにもなりそうだ。ネットやメール程度のことなら、なにも重いノートPCを持ち歩かなくても良い。何よりも携帯性に優れている。

 しばし頭をめぐらせ、「そうだ、ガラケーを通話専用にし、タブレットはネット関連と使い分ければいいかも・・・」と結論付けた。

 そしていつの間にか、本当にいつの間にか、2台のタブレットを持ち、レジに並んでいた(笑)。2台というのは、1台が妻用だからです。私一人が所有すると、嫉妬するのです(悲)。

 今のところ、Wi-Fiのみで使っているけど、SIMカードを装着すれば、どこでも使える。

 うーむ、やはり新しいけりゃいいのですね・・・て、タイトルと違ったいい加減なこと書くな?

 
 
posted by Boo! at 22:25| 東京 ☀| Comment(13) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

招待状

 小学生時代のクラスメイトS君から封書が届いた。

 開封すると、丁重なる文書と共に一枚のチケットが同封されていた。彼の所属する合唱団の定期演奏会招待券だった。

 かなり前から合唱団で歌っていることは知っていた。クラス会のたびに「一度聴きに来てよ」と誘われてもいた。彼は普通の大学出身(と言ってもT大だ)だが、合唱団のメンバーは皆、それなりの音大卒で、色々なところで活躍している。学業では常にトップを走ってきたかれだけど、さすがにここでは小さくなっているらしい。

 毎年のように、海外でも公演している。昨年もイタリアの教会礼拝堂で歌ったそうだ。

 彼は転校生だった。5年の新学期から一緒になった。地方の山奥から出てきたはずなのに(笑)、都会育ちの我々よりもお坊ちゃん育ちに見えた。それは正しかった。呼ばれて初めて彼の家に行ったら、なんと広い部屋に立派なピアノが置いてあったのだ。我々世代でピアノを持っている家庭なんて、相当な金持ちだった・・・。

 彼の母親も美人で洗練されていて、子供心にもどぎまぎしたものだ。「山奥にもこんなに上品な家族がいるのか?」と疑問だった。しかし間もなく真相(?)が判明した。元々東京に育ち、父親の転勤のため、地方で数年暮らしただけのことだった。

 ものすごく教育に熱心な家庭だったようで、小学生から塾通い(当時は珍しかった)。そのため、我々腕白仲間からは距離を置かれることが多かった。たまたま私の母と彼の母上が親しくなり、その延長上で彼と付き合うようになった。

 とにかく、ピアノが弾ける、それも男子が弾くなんて考えられなかったから、一度、「弾いてみてよ」とリクエストした。しかし、頼まなければよかった。私の耳にも「下手だ」と思った(笑)。

 彼の音楽好きは続き、大学で合唱団に入った。卒業して官僚になり、しばらく音楽からは遠ざかっていたそうだけど、50歳で早期退職してから現在の合唱団に入った。天下りを繰り返す彼だから、時間と金が余っている。優雅な生活を楽しんでいるのだろう。

 そんな羨ましい人生を送っている彼の演奏会など行きたくもないけど(笑)、無下に断るのも大人げない。「一度くらい付き合うか・・・」と、「OK!」の返事をした。

 ただ、プログラムを見ると宗教的な音楽ばかりだ。「オラトリオ」というのかな? 私は音楽ジャンルにはこだわりがなく、何でも抵抗なく聴くほうだけど、この類の合唱は苦手だなあ。途中で飽きたら、iPodを取り出して、ジャズでも聴いていよう(笑)。
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2016年02月01日

はや、2月!

 いつの間にか日が長くなってきました。春が待ち遠しい今日この頃であります(笑)。

 なんとなく慌ただしい気分のまま、2月に入りました。格別忙しい訳でもなく、かといってヒマでもなく、宙ぶらりんな日々です。やらねばならないことは山ほどある。しかし期限があるわけではないので、気になりながらも避けようとする。困ったもんです。

 「火事場のバカ力」という。いよいよ差し迫ってくると重い腰を上げ、必死の形相で問題を片付ける。済んでしまえば、「もっと早くからやっとけば、楽なのに・・・」と反省する。しかし、いつまでも同じことを繰り返す。懲りないというのか、人間の弱さというのか・・・。

 はっきり言って、私の性格はまさに「火事場の・・・」タイプだ。追い詰められないと行動しない。ようするに、努力しないだけのことだ(悲)。コツコツと努力を積み上げることをしない。いかに楽して過ごすか、これが私の持って生まれた才能だ(笑)。

 典型は学校の勉強だ。授業だけ受けて、あとは勉強しない。授業だって、ロクに聞かない。試験が近づくと、それこそ「火事場・・・」で、1学期分の復習をする。1日や2日で1学期分をさらおうとするのだから、土台無理な話で、良い点数などとれるわけがない。ま、欲がないと言うのか、「合格点が取れればよい」「赤点さえ取らなければ」で良しとする所があった。

 でもこのように怠惰な学習態度が通用したのは、中学生までだった。高校に進むと、不勉強のツケが回ってきた。私のようなタイプは多いとは思うけど・・・(笑)。

 以上、自慢にもならない勉強しない人生ではあっても、資産100億円、豪邸10棟、超高級車10台、第五夫人まで所有したから、却ってよかったのかもしれない・・・バカいってるんじゃねえ?

 オフ会のメンバーは努力家が多い。あたごウクレレさんを始め、きいxさん、paulさん(?)、それにMATTさん達は実に真面目だ。そんな真面目なメンバーが多いにもかかわらず、阿羅漢さんやたぬきさんは例外だ。この二人によって、オフ会の品位が落ちているほどだ。私のように努力しなくても品位が高いのであればいいのだけど・・・無理だろうなあ(笑)。


 と、いつものようにお二人をこき下ろしつつ、2月も元気に過ごしましょう。
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2016年01月18日

雪だ!

 前日から雪の予報が出ていたけど、朝起きて外を見ると、予報通り雪が舞っていた。すでに10cm以上は積もっていた。車の屋根、ボンネットには雪がてんこ盛り状態だった。

 早目に雪を落としておこうと、外に出た。歩くとビシャビシャの雪だ。このような雪は重いから、庭木の枝が何本か折れ曲がっていた。

 一昨年だったか、大変な大雪で、珍しく30Cm以上も積もり、我が家の樋が、屋根から滑り落ちた雪で破損した。屋根には普通、雪止めが付いているので、雪は落ちてこないものと思っていた。所が、太陽光パネルを設置しているので、パネルに積もった雪が一気に滑り落ち、破損の原因になった。パネルはガラス面だから滑りやすいのだ。

 修理にきた業者が、「パネルから落ちた雪の被害が結構多いようです」と言ったから、珍しくないようだ。以来、雪が降るとパネル上の雪が気にかかる。何か良い方策はないのだろうか、と思う。業者も「ウーン」と言ったきり、答えてくれなかった。

 道路は真っ白で、車で出るのをためらうのが普通だ。しかし、昨年末にスタッドレス・タイヤに交換したので、それほど不安はない。超ベテランだし(?)、雪道走行なんてちょろいものだ(笑)。それでも早く家を出た。

 大きな通りに出ると、大渋滞だ。ちゃんとチェーンを付けたり、スタッドレスにしている車が多いが、なかにはノーマルのまま走っている車も目立つ。こういう無防備な奴が渋滞の原因を作るんだよなあ。

 渋滞ではあっても、なんとか動いた。超ノロノロだけど。やがて前を走る中型トラックの様子がおかしい。ケツ(下品?)を振りながら走る。巻き添えを食いたくないので、充分に車間距離を取った。

 さらに渋滞がひどくなり、とうとう止まってしまった。10分、20分過ぎても動かない。「こんな状態では仕方ないか・・・」と、なかばあきらめ気分。それにしても動かなすぎる。トラックの荷台が邪魔で、先が全く見えない。すると、トラックのブレーキランプが点いたり消えたりする。さらにバックのライトが時々点灯する。「こんな所でバックするのかよ」と不安になった。トラックは小刻みな動きを繰り返すけど、前には進まない。「あ、そうか、前進とバックを繰り返し、その反動で前に動かしたいのか」と気が付いた。どうやらタイヤがスリップしたようだった。

 運転手が降りてきて、棒かなんかでタイヤ周辺の雪を掻き始めた。しかしそんなことでは車は動かない。トラック前方の様子が分からないので、最初は渋滞で止まったと思っていた。念のため、車からおり、トラックの前を確認すると、なんと先の方までガラガラだ。私の車後方を見やれば、とんでもなく遠くまで車が連なっている。

 このような時、「動かないので、先に行ってください」の一言があれば、混乱を避けられたかもしれない。周囲の状況が読めない、機転も利かぬ運転手では大渋滞の原因にもなる。「プロドライバーなら、チェーンくらい準備しろ」と言いたい。

 後ろの車に「前に行けそうです」と知らせながら、トラックの横を走り抜けた。その後も立ち往生する車が多く、いつもの3倍くらい時間がかかった。

 「雪国の人は大変だ」と痛感するのはこのような時だ。とりあえず、阿羅漢さんにも同情するか・・・。

 
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2016年01月15日

今どきの・・・?

 昔からお年寄り世代は「最近の若者は・・・」と、嘆くものらしい。そういう嘆き世代が若かった時は、同じように上の世代から文句を言われたにちがいないのに、自分がそんな立場になると、急にお説教がしたくなるようだ(笑)。

 小学、中学生の頃は「このガキが」と睨まれたし、高校生になると「体だけでかくなりやがって」、大学生時代は「口だけ達者だ」と、つまりどう転んでも、若者は文句の対象になる存在のようだ。

 文句ばかりいう大人だって、若いときはどうだったか分かったもんじゃないから、ほどほどにしないと相手にされなくなる。

 大学生の頃までよく銭湯に行った。当時、風呂のある家は少なかったのだ。お湯があまりにも熱いと、水を入れようとする。すると「バカヤロー!」と怒鳴るおっさんがいた。「熱くなきゃ、入った気がしねえんだ」と、江戸っ子を気取るその中年のおやじはいつも目を光らせていた。熱いお湯に首までつかり、じっと耐えているようなおっさんを見て、「このクソじじいめ!」と文句の一つも言いたかった。しかし小学生や中学生ではおとなしくするしかない。熱い湯から上がったおっさんの体はゆでだこのように真っ赤だった。また、湯を体にかければ、「飛ばすんじゃねえ」と怒られる。そのくせ自分は盛大にお湯をかけまくり、周囲の者に迷惑をかける。

 やがて高校生の頃になると、こちらも体が成長し、生意気になる。段々、大人をバカにするようにもなる。相変わらず熱いお湯が好きなおっさんだったが、こちらもあえて挑戦するように水を入れるようになった。「入れるんじゃねえ」と怒られるけど、「フン!」と無視する。やがて叱っても言うことを聞いてくれないと悟ったおっさんは、それ以上文句を言うことなく、すっかりおとなしくなった。やはり小さい子供相手に威張りたかったようだ。あとで分かったけど、そのおっさんは近くのお寺の寺男だった。それを知ったら「寺で働くようなものがあんなに意地悪でいいのか」と、無性に腹が立ったものだ。

 先日の昼間、レストランに行った。車から降り、店に向かった。10mほど先に母とその娘らしき二人が歩いていた。同じに店に入るらしく、母親が先にドアを開けて中に入った。続いて娘さんも入った。少し後れて私がドアに近づくと、内側で娘さんがドアを半分ほど開いて押さえている。まさか私のためとは思わなかったので、思わず後ろを振り返った。すると、お辞儀しながら「どうぞ」とドアを更に大きく開けてくれた。待っていてくれたのだ。

 私もすぐ後ろの方が続けば、ドアをちょっと押さえてやることはある。でも今回は結構時間差があったので、びっくりした。恐縮しながらも嬉しく、「あ、すみません」と言うと、ニコニコしながら「いえ」と答えてくれた。まだ高校生のようで、可愛かったなあ。

 これがたぬきさんや阿羅漢さんではこうはいかない。私がドアに近づいたら、逆にドアを思いっきり閉めるに違いない。この若い娘さんを見習え、と言いたい(笑)。

 あまりにも嬉しかったので、お年玉代わりにチップを渡そうとした。財布の中を覗くと、「100万円」しか入ってない。これじゃ少なすぎて失礼と思ったので、今回はやめた。
posted by Boo! at 23:48| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月08日

超稀少か・・・その後。

 昨年12月の記事で書きましたが、「サンスベリア」の花がついに咲きました。

 開花直前と思っていたつぼみでしたが、年が明けてもなかなか開かず、「本当に咲くのか?」と、疑いを持ち始めたところでした。しかしつい先日、今年初のスチールギター練習をしようと部屋に入り、何気なくサンスベリアに目を向けた。すると花らしきものが目に入った。思わず近くまで寄って確かめた。

 間違いなく花だ。可愛らしい小さい白い花が二つ咲いていた。他にも数個のつぼみがあるけど、こちらはまだだ。

 この花はなんと表現していいのか・・・。どうということもない花にも見えるし、色鮮やかな花でもない。控えめにそっと咲くような印象だ。もし毎年咲くのであれば、大して関心も寄せない花かも知れない。しかし、ネットや園芸本では、「もし咲いたら大変珍しい」と書かれているので、「もう2度とお目にかかれないかも」と思い、写真に収めた。

 ヘボ写真ですが、皆さんにもおすそ分けします(?)。こんな感じです。

サンスベリア開花 (1).JPG
(つぼみ状態)

サンスベリア開花 (2).JPG
(開花直後)

 一説によれば、花が咲く時は「寿命近し」でもあるとか。新しい葉が出なくなり、そのうち枯れてしまうらしい。この説が正しいかどうかは、花後の変化を見続けることで確かめられる。

 
posted by Boo! at 22:43| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

祝2016年!

  真昼間からお祝い(?)の酒を飲んでしまうと、記事を書くどころではないのでさっさと投稿します(笑)。

 まずは、明けましておめでとうございます。**回目の新年を迎えました。お天気も良く、暖かい正月です。

 「一年の計は元旦にあり」と言いますが、早々から朝寝坊。計もあったもんじゃありません。

 50歳を過ぎるころから、新年といっても特別な感情は湧かなくなった。子供の時は年末からワクワクしたものだった。これはお年玉に期待していたからだ。普段ろくに親の手伝いなどしないのに、少しでも多くのお年玉をもらおうと、せっせと大掃除を手伝った。やはり、「ここは親に良い印象を与えないと・・」と、子供なりの計算が働いたからだろう(笑)。

 お年玉をもらえる内が華だ。やがて渡す立場に変わると、「お正月などいらん!」となる(笑)。

 お年玉にクリスマス・プレゼント、誕生日祝い、結婚・出産などのご祝儀、それに法事等々・・・生きているとなにかと金のかかることが多い。「人様に差し上げることができるのは、幸せだ」という意見の方もいる。そうかな?私は、貰う立場のほうが好きだなあ。死ぬまで貰い続けたい(笑)。そういう点では妻が羨ましい。12月の結婚記念日、クリスマス、この正月と、立て続けに金をむしり取られている。間もなく彼女の誕生日が待っているし・・・(悲)。

 年が改まって気持ちがリセットされ、「今年こそは・・・」と、何かを決意する。しかし、ひと月もしないうちに、そんな気持ちはどこかに行ってしまい、例年通りの怠けた一年になるのが、私だけでなく、皆さんもご同様でしょう(笑)。でもね、実行するしないはともかく、とりあえず新しい目標を立てることは悪くはないものです。たぬきさんなんか、目標すら立てませんからね。立てるのは、飲み終えた酒瓶だけです。

 当ブログもこの4月から11年目に入ります。10年を一区切りにして、次の新たなスタートにしたい・・・と思っている。といっても、なにも変わらないでしょうが(笑)。

ブログという言葉もすっかり一般化し、多くの方が参入している。ブログ以外にも、Twitterだのfacebookなどもある。一時、mixiが脚光を浴びていたけど、最近はあまり聞かない。まだあるのかなあ?いずれにも、長所短所があるのでしょうが、すっかり慣れてしまったブログなので、他に移る気はない。

 学生時代の友人の中にも、書いている者がいる。しかし、半年や一年もしないうちに止めたものが多い。続いている者の共通点は、やはり趣味とか、なにかに強い関心を持っていることだ。ただ漠然と書き始めても、難しいのかもしれない。私は幸いに、音楽や楽器という趣味があり、他にもいくつか道楽を持っている。それらを適当な材料にしながらなんとか書いている。

 「ブログは一体誰に向かって書いているのだろう」と、ふと思うこともある。パソコンに向かって書いている?ディスプレイの向こう側に誰かの顔を思い浮かべながら書いているのかも・・・。でも決して、たぬきさんや阿羅漢さんではない。この二人の顔がディスプレイに現れたら、即電源を断つ。

 結局は自分に対して書いているのだろう。まったく書けなくなったら、時々古い記事を読み返す楽しみのためだ。もっとも、「バカなことばかり書いているなあ」とガックリくるだろうから、なまじ読み返さないほうがいいか・・・。

 あ、一つだけ目標を立てた。それは、「記事を短くしよう」だ。簡潔明瞭な文章を目指したい。これが難しいのだけど。

 ともかく、本年もよろしくご贔屓に。 
posted by Boo! at 13:31| 東京 ☀| Comment(15) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

今年も・・・

 あと4日で今年も終わりです。超月並みな言葉で言えば、あっという間の一年でした。

 私個人のことはともかく、世界規模で色々なことが起きた一年でした。それも絶望的な思いにさせられる衝撃的なニュースが多く、これから世の中はどうなっていくのか、正直、心配になります。

 我々世代は貧しい時代を経てきているのですが、しかし将来に夢を持てたし、頑張ればそれなりの結果がついて来る、今思えば良い時代を通ってきたのです。でも今の世代はというと、頑張っても結果が伴わない、一度失敗すれば立ち直れないし再起のチャンスも失う、良い思いをしているのはほんの一部の者だけ。こんな状況が良い訳ありません。頑張る者には相応の結果が待っている、というごく当たり前の社会はどこに行ってしまったのか・・・。ブラック企業など論外だ。「一億総活躍・・・」なんて言葉だけが躍っても、白々しいだけ。と、私が嘆いても「Aクン」には念仏でしょう。

 年末になると、年賀状作成に追われます。少しでも負担を減らそうと、アドレスを参照しながら、新たな☓候補を探します。私はまだ現役ではあるものの、これからは仕事上の付き合いが確実に減っていくので、それに見合った数にするべく、スリム化を継続中です。ここ5年くらいかけて、ほぼ1/3ほどにまで減らした。と言ってもまだ300枚以上出す予定だ。阿羅漢さんのように、「年賀状無用派」になると良いのですが、まだなかなか踏ん切りがつきません。

 大掃除もあまり張り切らない。ちょっとくらい掃除したって、大して変わらない(笑)。ただ、玄関の三和土やガレージなどがひどく汚れている。長年、靴の泥などがこびりついてちょっとやそっとでは取れない。ブラシでごしごし擦っても歯が立たない。いずれ新しくリフォームするしかないだろう、とあきらめていた。

 所が近くに住む知人が、「高圧洗浄機を使うと簡単だよ」と、貸してくれた。昨日早速使ってみた。道路際から玄関前まで続くエントランスのカラーレンガはまっ黒だ。いや、かつては綺麗な色だったはずだ。色を確かめて選んだのだから、間違いない。洗浄機のノズルをレンガに向け、スイッチを入れた。ものすごい勢いで水が出た。放水というより、噴射だ。なんと、汚れがみるみる落ちて行くではないか。それはまるで汚れの膜を剥がしているかのようだ。黒かったレンガが元の色に復活してくる。「こりゃいい」と、どんどん吹き付けた。手で強く擦っても取れなかった黒いシミも簡単に取れる。TVコマーシャルなどでその威力ぶりを観ていたけど、「どうせ、メーカーによる誇大宣伝だろう」と、あまり信用していなかった。だが試しに使ってみて、確かに凄い、と実感した。

 妻も気に入り、「うちでも買おうか」と言った。「そうだね」と、私も前向きに考えた。しかし知人に返しに行き、「今度我家でも買うことにするよ」と言ったら、「一年に1、2回しか使わないんだから、勿体ないよ。必要な時はいつでも貸すよ」と、親切に言ってくれた。確かにその通りだ。即、購入を中止した(笑)。

 お正月のおせち料理も飽きるから、最近は最小限しか買わない。昔と違って、元旦からお店が開いているので、買いだめする必要もない。美味しそうなものをチョコチョコと揃えれば十分だ。


 さて、来年4月には当ブログも10周年を迎えます。いよいよ11年目に入るわけです。最近はブログ・タイトルと離れた記事が多く、もしスチールギターに関する話題を期待しているのであれば、申し訳ないと思います。書けるほどの引き出しがないのが一番の理由です(悲)。その代り、MATTさんが濃い内容を提供していますので、そちらで不満を補ってください(笑)。

 いつまで続けられるのか分かりませんが、書ける内は書きたい、と思っています。今しばらく、お付き合いくださいますように。


 では皆様も良いお年を。
 
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2015年12月24日

久しぶりに

 今年もあと僅かになりました。なんだかんだ、せわしない毎日です。

 この時期はどうしても飲み会が多くなる。しかし若いときのように、なんにでも片っ端から顔を出す元気が無くなった。お酒も嫌いではないけど、量が過ぎるとだめだ。ま、飲もうと思えば飲めるけど(笑)、翌日が辛くなるから、かなり意識してコントロールしている。

 この間は、高校時代の仲間から集合がかかった。高校のクラス会は全くなく、同期会がたまにある。クラスを超えて結束が強かったので、特にクラス会にする必要がないのだ。今回は有志による集まりとなった。

 誰かが、「**先生も呼びたいね」と発したことから、急遽、先生に連絡した。私にとっては担任だったから、連絡係りになってしまった。

 当時は勿論若き先生だったけど、いまや90歳を超えた。停年退職後も、教育関係の組織に属し、本も何冊か出版した。しかし20年くらい前に大手術をし、かなり弱ったことがあった。自己規制の厳しい先生だったから、相当な努力を払ったのだろう。その後は元気を保っている。

 先生は化学が専門で、私にとっては物理と並んで、最も嫌いな授業だった(笑)。いつまでも成績のふるわぬ私に対して愛想を尽かしていたはずだが、しかし勉強を離れると優しく、穏やかで、好きな先生だった。大学受験を控えても、のんびりとした私に一度だけ叱咤された。「こんな成績じゃ、受からんぞ。少しは勉強しろ」と怒られた。

 第一志望校には合格しなかったものの、一応六大学の二つともう一つに合格したので、なんとか報告に行くことができた。恐らく先生も期待していなかっただろうから、良い意味で期待を裏切ってくれた私をニコニコと上機嫌で迎えてくれた。

 しかし苦手な化学を教える先生だったにもかかわらず、卒業後も折をみては連絡した。そのため、新しい本を出すたびに送ってくれる。それは良いのだけど、タイトルは「簡単な化学勉強法」だとか、「一から学ぶ化学」「化学から考える健康法」・・・と言った内容の物ばかりだ(少しタイトルを変えてます)。「俺の化学嫌いを忘れたのだろうか?」と恨めしく思った。嫌いなものは嫌いだから、そんな本を送ってもらっても、決して読まない(笑)。しかし、一応感想らしいことを書いて、お礼状を送らねばならないので、適当に調子の良いことを書いて誤魔化した。

 先生に連絡すると、声は小さくなったものの、元気だった。集まりがあることを伝えると、「喜んで参加します」と答えてくれた。90を超えたら、出てくるだけでも大変だ。皆と相談し、先生の最寄り駅近くのお店に集まることにした。

 出迎えはやはり私の担当。駅前で待機したが、さすがに律儀な先生だ。約束の10分前に姿を現した。当時は大きな先生だと思っていたのに、一回り小さくなり、背丈も低くなったような印象を持った。杖を突いていたが、歩きはしっかりしていた。まさか私が先生の腰に手をやり、足元に注意しながら引率するようになるとは思わなかった。これも時の流れだなあ。

 大手術後は一切お酒を断ったということで、料理に一生懸命箸を動かしていた。記憶も鮮明で、いろんなことを話してくれた。世間的には我々は皆、爺さん世代だ。しかし先生の前では完全に生徒。神妙な態度で先生の話に耳を傾けた。

 あまり遅くまで離さないと先生も疲れるだろうと、適当なところでタクシーを呼び、自宅に送った。前もってご家族に連絡を入れておいたので、到着すると玄関前に総出で迎えてくれた。そのままお店にトンボ返り。

 その後はしみじみと先生の話題で盛り上がった。そういえば、当時の学年は5クラスだった。つまり5人の担任がいたわけだけど、すでに4人が鬼籍に入っている。一人残った先生には少しでも長く元気でいてほしいなというのが皆の気持ちだったろう。
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2015年12月22日

超稀少か?

 「サンスベリア」という観用植物がある。「サンセベリア」とも呼ばれる。園芸店は勿論、ホームセンターなどでも売られているので、たぬきさん以外、皆さん良くご存じの植物だと思う。

 茎は見えず、葉だけが上に伸びる。葉の模様が虎の尾に似ているので、別名「トラノオ」とも言われる。成長するに従い、次から次に新しい葉が根元から出てくる。葉の先端は鋭く尖っていて、しかも固いので、油断すると痛い思いをすることもある。

 我家のサンスベリアは友人からの「新築祝い」だったので、もう14,5年になる。友人は、「水やりはあまり考えなくていい。冬はほとんどやらない」と言うので、「それなら管理が楽だ」と思った。植物名もこの時に初めて知った。

 「管理が楽」を期待したけど、人様から贈られたものはどうしても「大切に育てよう」と、心掛けるものだ。ましてや、一年に1,2回は遊びにくるので、下手に枯らしてしまうと、バレてしまう(笑)。

 何とか10年以上、枯らすことなく今日まで育ててきたのは、我ながら素晴らしい。友人も「よく持っているなあ」と感心するほどだ。

 とはいえ、やはり植物だ。水やりを気にしなくてよいと言われても、春から夏にかけては成長が活発になるから、それなりに水をやらねばだめだ。冬は活動が止まるので「水は必要ない」とも聞いたけど、それは寒い屋外に置いた場合のことだろう。屋内に移動すると、室温は最低でも12度、暖房をつければ20度にもなる。回数は減らしても水やりは必要だ。

 2,3年で鉢は根で一杯になる。すると葉の色も悪くなるし、弱々しくもなる。そのため、土の入れ替えと共に、株分けする。そうやって現在は4鉢に増えた。面白いのは、株分けした場合、葉はオリジナルのままの模様を維持する。所が、葉を切って、差し葉で育てたものは、この独特の模様が現れない。そういうものらしい。

 この冬は暖かいので、中々屋内に取り込まなかったが、さすがにここへ来て寒い日が続いたので、先日室内に移動した。

 一つ一つ、鉢の中を覗きながら、草が出ていないかチェックした。屋外に置いておくと、どうしても草が入り込む。

 一つの鉢に注目した。草とは思えぬ、茎状のものが一本、伸びていた。こういうこともよくあるから、ためらわず、抜こうとした。だが触れた瞬間、「草とは違う」印象を持った。良く見ると、根元から出ているようだった。しかも、茎の上部には小さな粒がいくつかついている。どうみても、花芽だ。

 「まさか・・・」と思った。サンスベリアの花なんて、聞いたことがないからだ。勿論、見たこともない。そこで、「しばらく様子を見よう」と、抜くことを止めた。

 日が経つにつれ、花芽らしき粒はすこし大きく膨らんできた。外側も白っぽくなってきた。明らかに花になる兆候だ。早速ネットで検索した。すると、数は少ないけど、咲かせた方がいる。相当に珍しいことらしく、興奮気味の記事も目についた。これで、「サンスベリアは花が咲く」ということが確認できた。

 近くの園芸店に行き、店主の親父さんに話をすると、「え、咲きましたか?」と、目を丸くして驚いていた。「滅多にないことですよ。私も長年商売してますが、一度しか見たことがありません」と言った。そんな話を聞くと急に嬉しくなり、「そうですか。そんなに珍しい花なら、写真でも撮っておきますか」というと、「是非、そうしなさい。私にも見せてください」と念を押された。

 開花目前だとは思うけど、「いつ咲くか」と、ちょっとワクワクしている。咲きましたら、アップして皆さんにもお見せします。
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2015年12月14日

「ブラクラ」?

 この言葉をご存じの方は、余りいないかも知れない。もし知っていたら、大したもんだし、尊敬(?)する。

 「ブラクラ」とは、「ブラウザ・クラッシャー」のことで、言葉からして良い印象は受けない。恐らく、阿羅漢さんやたぬきさんじゃ、「新しいクラッカーのことですか?」と、寝ぼけたことを言うに違いない。確かに、ワインにはクラッカー、それも美味しいチーズを塗りながら飲むと更にグラスが進む。

 馬鹿なことを言ってる場合ではない。もっと深刻な話です。

 つい先日PC作業していると、IE(インターネット・エクスプローラー)が勝手に立ち上がった。仕事の整理をしていた際だったから、IEには用がない。「あれ、おかしいな。IEのクリックなんかしなかったぞ」と怪訝に思った途端、先に出たIE画面に重なるように次のIEが立ち上がった。その後は次から次にIEが立ち上がり、慌てて「☓」ボタンを押した。しかし何度押しても終了できない。それはまるで際限なく続くようで、気味悪い。

 画面にはIEが溢れかえった。「これはひょっとするとウィルスか?」と不安を覚えた。強制的にIEを終了させるべく、お馴染の(?)「Ctrl」+「Alt」+「Delete」を押した。タスクを終了させようとしたのだ。しかし、中々反応しない。焦ってガチャガチャとクリックを続けた。その間もIEは立ち上がり続ける。やむなく、(余り押したくない)リセットボタンを押した。

 「こんな状態で無事に起動するのか」と、恐る恐る再起動を待った。だが通常通りに起動し、まずはホッとした。そして今度は自分の意志でIEを立ち上げたが、問題なかった。

 「なにがどうなっているのか・・・」と釈然としないまま、再び作業の続きに入った。5分後、なんとまたまたIEの連続起動が始まった。今度は素早く「Ctrl」+「Alt」+「Delete」を押したら、なんとか止まった。

 こんなことが続くと、PCを安心して使えなくなる。ネットで、「IEが連続して立ち上がる」みたいなキー・ワードで検索してみた。すると、被害に遭っている方が結構多いのには驚いた。

 問題は、ウィルス攻撃なのかどうかだ。一つは、「ウィルスではない。次の方法で止めれば心配ない」という説、「ウィルスの一種だ」という説、と二つに割れていた。

 前者であることを願うけど、本当のところはどうなのだろう?

 念のため、ウィルス・ソフトでチェックしたところ、汚染されたという情報は出てこなかった。ネットから、「ブラウザ・クラッシャー」と呼ばれることを初めて知った。確かに、ブラウザを破壊するような動きだった。というよりも、PCが壊れるのではないかと、ちょっと怖かった。

 「皆さんもご注意を」と言っても、こればかりはいつ発生するか分からない。ただ万が一発生したら、慌てずにまず「Esc」ボタンを押してください。これで駄目でしたら、「Alt」+「F4」キーを同時に押してください。これで止まるはずです。

 なお、その後の私のPCは問題なく稼働しています。やれやれ・・・。
posted by Boo! at 22:46| 東京 ☁| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月01日

はや、12月!

 12月に入ると、「あっという間の1年でした」と、つい同じ文句の書き出しになってしまう。

 色々なことがあったような、なかったような・・・。過ぎてしまえば、記憶の片隅に追いやられる。社会を騒がす大きなニュースが良い例だ。「こんなひどい犯罪は滅多にない」と衝撃を受けても、次にまた更に大きな出来事が発生すると、前のニュースは過去のものとなり、今現在起きたニュースに関心が向かってしまう。

 それにしても最近の世の中は次から次に大ニュースが流れるので、不安になってしまう。世の中が不安定になって良いことは一つもない。気になるのは、「寛容性」が著しく低下していることだ。

 些細なことにすぐ腹を立てる、切れる、攻撃する。これが個人間のみならず、宗教、国家間の争いまで発展するから厄介だ。互いが「聞く耳」を持たないのでは、話し合いにもならない。

 困った風潮だ・・・と、私が嘆いてもどうにもならないか(悲)。

 一方で、「聴く耳」を持つことは、音楽では大切だ。お互いに相手の出す音に耳を澄ませ、反応することで良いサウンドが生まれる・・・とは限らないけど、重要であることには違いない。

 人それぞれリズム感が異なるから、如何に呼吸を合わせるかが求められる。「俺が正しい」と突っ張ってもダメだ。アマ、プロ問わず、色々なバンドを聴いてきたけど、リズムのしっかりしたバンドは少ないものだ。ひどいのになると、小節がずれたまま平気で弾き続けるバンドも珍しくない。自分の演奏で精いっぱいで、他の音が聞こえないのだろうか、と思ってしまう。

 バンドはリズムが「要」だ。安定したリズムを繰り出せるように、訓練しましょう(私に言い聞かせている)。

 と言いながら、今月は二つのグループから助っ人を頼まれている。先日やったウクレレ教室とは別だ。売れっ子だって?一年に数回程度ではねえ・・・。ま、頼んでくる相手が物好きなのでしょう(笑)。

 一つはベースで、もう一つは問題のスチールギターでだ。この二グループに交流はなく、そのため、演奏曲が全く違う。ベースなら、多少は誤魔化せるけど、スチールギターはそうはいかない。正直、弾きたくない。どうなりますか・・・。ギャラは多分、キャッシュではなく、またまたビール券かなんかで済まされるんだろうなあ(笑)。酒と食事に期待しよう。

 他の予定としては、法事あり、結婚記念日あり、クリスマス、忘年会と、金の出ることが多い。年が明ければお年玉、すぐに妻の誕生日祝いが続き、「金出し」状態だ。こうして、「貧困老人」への道を進む(悲)。

 なに?いつも、リッチだ、豪邸だと放言しているではないか?ま、たしかにそれは間違いではない(笑)。ただ、皆さんの金銭感覚が私のそれとは違うようです。たぬきさんや阿羅漢さんは「100万円」もあれば、金持ちと自慢するのでしょうが、私の場合は、「10億円以下」は低所得と思っています。最近、10億円を切ったので、下流老人にならないように、せっせと働いております。
 
posted by Boo! at 23:17| 東京 ☁| Comment(11) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする