2015年10月14日

親睦ツアー

 自治会主催による日帰り旅行に行ってきた。先日も書いたように、「富岡製糸場」見学だ。

 当初、申込者が50人を超え、バス2台になりそうだった。しかし、その後体調を崩したり、片割れ(夫か妻)がおかしくなったりでドタキャンが相つぎ、結局45名に落ち着いた。そのため、1台のバスに全員乗車できることになり、却ってよかった。

 早朝6時45分に集合、7時に出発した。歩いて2,3分の近い所に大きな駐車場があり、そこを集合場所とした。高齢者が多いので、バス会社も配慮してくれた。

 高齢者は早起きが多いからか、集合時間より30分以上も前には大方が集まったようだ(笑)。比較的若い(?)我々夫婦はのんびりと5分前くらいに行ったので、なんだか恥ずかしかった。

 何人かとは顔なじみなのであいさつを交わす。しかしこれまで一度も挨拶をしたことのない方のほうが多く、30年以上も暮らしながら、いかに交流がなかったかを痛感した。果たしてこのツアーで、交流を深めることができるのか・・・?

 バスは関越道路に入り、一路富岡に向かう。お天気もよく、車の流れも順調。途中SAに入り、トイレ時間を用意してくれる。お年寄りは近いからか、なにかとトイレを促すガイドだった(笑)。バスに戻ると、おしぼり、補給用のお茶を渡してくれる。実に細かいサービスぶりだ。

 予定よりも早く富岡に到着。まだ開館前だった。しかし製糸場まえにはすでに沢山の方が並んで開館を待っていた。

 幸いなことに、我々が並ぶ必要はなく、優先的に入れてくれた。ガイドさんが「私たち一番のりです」と叫んでいた。おかげでゆっくりと見学できた。

 解説の女性専任ガイドの話しぶりも良かった。淡々と、無駄な言葉が一切なく、ポイントを押さえた解説は聴きやすかった。一つには、無線受信器とイヤフォンを渡されたことが大きい。生の音声だと、周囲の騒音、雑音、他人のおしゃべりなどに邪魔され、集中して聞けないことが多い。だがこのようにイヤフォンを通してガイドの音声が聞こえれば、多少離れた場所にいても問題なく聴き取れる。もしこれから富岡に行かれる予定のある方は、是非、この機器を借りることをお勧めします。ただ漠然と見て回るだけではもったいないです。

 写真も勿論撮ったのですが、ネットには同じような写真が氾濫してます。あえて私のヘボ写真を載せるまでもないので、見学券のみアップします(笑)。

富岡製糸場.JPG



 見学の後は、バスで梨園に直行。 もぎ取りの体験をさせてくれた。一人2個サービスしてくれた。品種は「二十世紀梨」と新しい品種「新興」だったが、新しい方を売りたいらしく、しきりに「新興」を勧める。試食したところ、「二十世紀」はまずまず。しかし先月従兄から送られてきたものには負ける。「新興」は残念ながら私の口には合わない。クセのある味で、買う気にはなれなかった。

 ここを出るとお昼の食事だ。バスで30分ほど走り、大きな食堂に入った。なんでも「こんにゃくのフルコース料理」ということだった。「こんにゃくばかりかよ・・・」とあまり期待しなかった。所が、色々と手を加え、10種くらいの品数になっていて、どれも美味しい味付けだった。きれいに平らげてしまった(笑)。

 ここで全員の自己紹介となった。各人の住所と略図を確認しながら話を聞いた。すると、「ああ、あの家の方か・・・」とすぐに結びつく。私の番になったら、「まあ、あの一際豪邸の方だったんですか!」「道理でハイソサエティの雰囲気を持っていると思ったわ」「家も洒落てますけど、あなたも洒落てますね」・・・続く。

 とまあ、絶賛の嵐だった。バレるウソをつくな(笑)?

 この自己紹介がきっかけになり、まだ話したことのなかった方たちとも親しく言葉を交わせるようになった。バスの中は賑やかになり、まるで友達感覚だ。

 夕方4時には朝の集合場所に帰着。そこからぞろぞろと並んで家に向かった。同じ住宅街だから、方向が重なる。一人、二人とそれぞれの家の前に来ると、皆手を振って別れる。今までは家のまえに住人がいても、素通りしていたのに、えらい変わりようだ。これだけでも、親睦ツアーの甲斐があった。

 さて、あたごウクレレさんからは、「ちょっと足を延ばして、めがね橋に行かれるとよいですよ」とアドバイスをいただいていた。残念ながら行程には入っておらず、またの機会にしたい。高齢者に合わせた楽な行程にしたようだ。
posted by Boo! at 22:45| 東京 ☁| Comment(2) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月29日

今年最後の旅行?(終)

 突然バスが停車したので外を見た。別に変ったことはない。するとどこからか、「ピー、ピー」という音が聞こえ、それが段々大きくなった。乗客の一人が「うるさいなあ」と、つぶやいた。

 運転手が慌てて外に出た。再び運転席に戻り、何かを操作している。時々、車体がガクンと揺れる。運転手の表情はこわばり、添乗員となにやら相談を始めた。

 20分ほど格闘していたようだが、ついにあきらめた様子。添乗員がマイクを取った。

 「申し訳ありません。車体下にあるエア・サスペンションが故障して走行できなくなりました」と言った。

 エア・サスペンションというのは、乗降時に車体を下げて乗り降りしやすくするものらしい。一時的に空気を抜いて車高を下げるそうだ。所が今回、走行状態になっても車高が元に戻らず、走行不可能になった。下がったまま走行したら、危険極まりない。

 「フーン、そんなこともあるのか・・・」と驚いた。

 現場で修理することはできない。そのため、代車の手配をすることになった。所が、どこも出払った状況らしく、中々決まらない。青くなった添乗員は、さらにどこかと連絡を取っていた。

 あとで聞いた話では、本社と相談し、タクシーを手配して分乗してもらおうという案も出たそうだ。しかし、40人分を手配するということは、少なくとも10台以上必要だ。地方の山奥で、これは無理な話だ。

 それでもさすがに大手旅行会社だ。ついにどこかと交渉が成立し、代車バスがやってくることになった。

 「代車が来ますが、遠いため、2時間近くお待たせすることになります。その間は自由時間とさせていただきます。ただし、後の予定である飛騨高山行きは無理となり、キャンセルさせていただきます」と、説明した。

 こうなったら仕方ない。もう一度、白川郷を観ておこうと、バスから降りた。別のルートを歩き、「民家園」に入った。ここは、移築した合掌造りの建物を集め、まるで昔からあったかのように配置されている。しかも、管理が行き届いているので、美しく、見ごたえがあった。有料ということもあるのか、見学者も少なく、静かだった。本来は、集落のほうが本物だけど、あたごウクレレさんもおっしゃっていたように、俗化を感じる。特に、「建物に看板はないだろう」と思う。すっかり商売っ気を出している。昔は看板なんてなかったはずだ。そもそも、世界遺産なのだから、規制の対象にならないのだろうかと疑問に思う。「民家園」の方が、良い雰囲気に感じてしまうのは、問題だ。

 ゆっくりと時間を過ごしているうちに、雨が強くなり、バスに戻った。車内で、持参してきたクイズ本を開き、二人して「ウンウン」うなりながら、難問に挑戦した。何でこんな所まで来て、頭をつかわにゃならんのか(笑)。

 やがて、代車バスがやってきた。荷物を持って乗り換えると、運転手が「申し訳ありませんでした」と言いながら、乗客一人ひとりに紙袋を手渡した。中には、飲み物と数種類のお土産が入っていた。謝罪の意味らしい。

 上田発新幹線の発着時間に余裕はなく、バスはかなり飛ばして走った。なんとか間に合い、無事帰ることができた。「スミマセン、ここに座らせてください」と、私の隣に添乗員が来た。ツアーにトラブルはつきものだろうが、今回のようなケースは初めてだったらしい。「後日、何かで埋め合わせしますので、よろしくおねがいします」と、いつまでも恐縮しきりだった。

 2日後、本社の担当者から電話が来た。お詫びの言葉を繰り返し、最後に「飛騨高山に行けなかった点について、なにかしら補償しなければなりません」といい、「お一人当たり、2000円を戻すことに決まりました。お二人ですので、4000円をお振込みします」と言った。「そんな必要はないですよ」と断わったけど、あまりにも必死な態度が伝わってきて、かえって可哀そうになってしまった。もっとも、これからのこともあるから、誠意を示したかったのだろう。

 考えてみれば、事故でなく、車両故障でよかった。他の面では、まずまず良い旅だったし・・・・

 てなわけで、長い記事となりました。途中で飽きてしまって、読むことを放棄してしまった方もいることでしょう。もう少し簡略にまとめられるよう、鋭意努力します(?)。お疲れさま!
posted by Boo! at 22:52| 東京 🌁| Comment(2) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月28日

今年最後の旅行?(4)

 旅行も遂に最終日だ。

 夜中、何度も目を覚ました。別に興奮したからではない(笑)。雨の音がうるさかったからだ。お蔭で寝不足状態だ。

 起きて窓を開けると、雨は止んでいた。ベランダの下を見ると、ブリキみたいな金属板が張ってあった。どうやらこれに雨が当たって、うるさかったのだ。これが第一日目だったら、すぐに文句をいって部屋替えしてもらうところだ。しかし、従業員のサービスぶりが良かったから「ヨシ」としよう。

 この日の予定コースは、「白川郷」と「飛騨高山」観光だ。「白川郷」には以前から強い関心を持っていた。やっと実現することになり、大きな楽しみだ。

 小学生時代、子供向けの百科事典に「白川郷」の写真が載っていた。それは子供心にも幻想的な風景に見えた。その古い集落の風景が記憶に焼き付いた。

 バスは予定時間通り出発した。旅館に到着した時と同様、従業員たちが総出で見送ってくれた。手を頭上高くまで上げて大きく振っていた。お調子者の妻も、ちぎれんばかりに振り返していた。

 彼らの姿が見えなくなると、添乗員が面白いことを言った。「今、従業員さんたちが手を振ってくれましたが、手の振り方にも意味があることをご存じでしたか?」と、問いかけた。なんのことか分からず、全員黙ったまま。

 つまりこういうことらしい。「手を頭の上で大きく振るのは、あなた方は最高の客です。是非またお出かけください。顔より下あたりで振るのは、並の客。最悪なのは、胸から下、お腹あたりで小さく振ることで、最低の客。二度と来るな。こういうメッセージです」「ですから、みなさんはご安心ください」

 嘘か本当か分からないが、車内は爆笑に包まれた。

 今回の添乗員は男性で、大変大柄な方だった。言葉は少ないが、時々、ボソッと面白いことを言う。のべつくまなく話し続ける添乗員に当たると最悪だが、その点では良かった。しかも、学者のような専門知識を持っていた。

 バスは白川郷に向かうが、途中、「手取峡谷」という所に寄った。深く美しい峡谷が望めるということだったが、それほど魅力ある場所とは思えず、期待外れ。なんだか、無理やり観光スポットに仕立てたような感もないではなかった。

 峠道を上がるにつれ、昨夜降ったらしい雪が目につくようになった。もうこちらはすっかり真冬に入っているのだ。所が、途中から進路を変えた。この先の林道が雪のために通行止めになり、迂回して「北陸自動車道」に入るという。

 地図で確かめると、エライ遠回りだ。予定コースよりも3倍くらい遠くなった。それでも、高速道に入れば速い。予定到着時間より40分ほど遅くなっただけだ。インターを出て、集落に向かって下りていく。

 駐車場に入ると、すでに満車状態。大勢の観光客でにぎわっていた。集落の地図が配られ、それを頼りに1時間半の散策時間が与えられた。

 目の前に、川(庄川)が流れている。橋を渡ると、集落に入る。大小の合掌造りの建物が点在している。かつては「陸の孤島」と呼ばれ、滅多に外の人間が訪れることはなかった。しかし今や、世界遺産に登録され、海外からも沢山の人々が訪れる。村人にとって、これが果たして良いことだったのかどうかは分からない。

 ちゃんと手入れされている建物もあれば、今にも崩れそうな廃屋になった建物もある。別の場所に移築して保存されているものもあるようだ。

 現在でも住居として暮らしている住人もいる。当然そのような建物に入ることはできない。だが以前、勝手に入り込んだ観光客がいたそうだ。中には無断で部屋まで上がり込み、そこでお茶を飲んでいたため、トラブルになったとか。笑うに笑えない。

 有料で見学できる建物は大きい。5階建てに相当するそうだ。最も由緒があるという「長瀬家」に入った。暗くて急な階段を一番上まで上がった。当時使用した道具類、蚕つくり作業場などが興味深かった。

 集落内はシャトルバスが運行している。1時間に3本だ。ほとんど歩き回ってしまったが、展望台までは遠いので、バスを利用した。この展望台から望む集落の風景は、あの子供時代に焼き付けられた記憶と重なった。

 ぶらぶらと戻り始めると、「休み処」の看板が目に入った。疲れてもいたので、入った。ここも合掌造りだ。7,8人、先客がいた。真ん中に囲炉裏があり、大きな鍋が置かれていた。我々はコーヒーを注文した。

 囲炉裏の前に座っていた若い二人が、鍋の蓋を取り、中の物を掬って自分の容器に移していた。すると別のグループも同じようにしては口に入れていた。ぜんざいだ。湯気が立ち、いかにも美味しそうだ。はっきり言って私は、ぜんざい、お汁粉が大好物なのだ。ついふらふらっと、追加注文してしまった(笑)。

 「好きなだけ食べてください」と、店主。御代わり自由ということらしい。大きな蓋をとり、自分の器に入れた。甘すぎず、実に美味しい。一気に3杯も食べてしまった。若い二人連れは綺麗な女の子だった。ニコニコと笑顔を絶やさず、小さな声で会話している。その言葉が耳に入ってきたが、なんと中国語だ。これまで、観光地で出会う中國人ときたら、声はでかい、傍若無人、と悪印象ばかりだったが、彼女たちは違った。こんな娘ばかりだったら、どんどん来てほしいものだ(笑)。

 妻もフーフーいいながら、ひたすらぜんざいを御代わりしていた。二人で8杯ほど。もうこれ以上はお腹に入らない。だが店主曰く、「これまでの最高は、4人のグループが鍋ごと食べつくしたことです」と言ったので、「えー!」と驚き、笑ってしまった。鍋といっても、直径90センチくらいあるのだ。相当な量だ。太っ腹なオーナーだと感心した。そんなことを聞くと、二人で8杯では、損したような気分だ(笑)。

 充分堪能し、バスに戻った。

 全員揃うと、バスは動き出した。次は「飛騨高山」だ。駐車場の出口近くまで来たところで、突然、停車した。

 「ん?どうしたか?」

 
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2014年11月25日

今年最後の旅行?(3)

 記憶低下が著しいので、忘れないうちに今回も書かせていただきます(笑)。

 旅行二日目、8時にバス出発と聞いていたので、7時には朝食を取った。少々雲行きが怪しかったけど、降るほどではない。

 この日はまず、九谷焼の窯元を訪れた。20分ばかり九谷焼についての簡単な説明を受けた。1000万円近くもする皿や壺などが展示さていたが、私にはその芸術的価値が分からないので、数字を聞いては驚くのみだ。

 妻は急須と醤油差しが気に入ったようで、買い求めていた。その時は「どこがいいのかな」と思ったが、家で使ってみると、なかなか良い。デザインも飽きがこなそうだし、使い勝手も良い。もっとも、彼女のほうが私よりも見る目があるけど・・・。
                                            
 ここを出ると、次は山中温泉に向かう。名前のごとく、山に囲まれた温泉地で、鶴仙渓という景勝地で有名だ。大聖寺川に沿って遊歩道が整備されている。そこを歩きながら川の流れや奇岩などを楽しむというプランだ。3本の橋が架かっている。その中の「こおろぎ橋」は、昔、芭蕉や竹久夢二などが訪れたらしい。あたごウクレレさんも良くご存じで、映画のロケにも使われたそうだ。ゆっくり1時間ちかくかけて歩き、バスに戻った。

 この後はいよいよ永平寺だ。途中バスの中でお弁当が配られ、腹に入れた。約1時間後、永平寺に到着。いかにも長い歴史を感じさせる巨木に囲まれ、自然に荘厳な気持ちになるから不思議だ。

 とにかく広い。建物も巨大だ。訪れるものを圧倒する力がある。いまでこそ沢山の観光客が集まるが、昔は訪れる者などほとんどいなかったに違いない。厳しい修行するために門をくぐる者ぐらいだったろう。深山幽谷にふさわしい地だ。こんな良い場所があるのだから、たぬきさんには是非、日頃の行いを反省するために修行していただきたい(笑)。

 観光客といえども、色々と決まりごとを押し付けられる。しかし、「当たり前」と言えることばかりだ。たまに非常識なふるまいをする輩がいるから、注意を喚起されるのだ。

 それにしても良いお寺だ。とても全部は周ることができなかったが、それでも代表的な建物内には入った。「良くこんな大きな寺を造ったものだ」と感心するばかり。堂内、廊下から見える庭も美しく、絵になる。京都のような派手さはない。質実剛健といった趣だ。

 もっとゆっくり観たかったが、集合時間が迫っていた。速足でバスに戻った。再び訪問する機会があったら、ツアーではなく、フリーで来たいと思った。1時間そこそこではとても足りない。

 バスは次の訪問地、「東尋坊」に向かった。「東尋坊」はよく映画、テレビ・ドラマなどで登場する場所だ。私は知らなかったが、妻が教えてくれた。ドラマばかり観ているから、良く知っているわ(笑)。

 鮮魚店の集まる一角の駐車場にバスを停めた。バスを降り、お店の中を通り抜けるように外に出、海に向かった。下に降りていくと、岩場が見えてきた。遠くには小さな島が見える。島に渡る橋も見え、ちょっと江の島の景色に似ている。岩場は柱状になった岩が連なっている。鋭く切り立っているから、落ちたらまず助からないだろう。きっとドラマでは、ここから飛び降り自殺したり、突き落したりする場面に使われるとは、容易に想像できた。火山活動で溶岩が冷えて固まった過程でできたそうだ。自然の不思議だ。

 ただし、見どころはこれだけで、他にはこれと言った印象はない。一度来れば充分だと思った。そのためか、お店周辺はなんとなく寂れた印象だ。バスに戻る途中、海の幸を売っている店に寄り、サザエ、エビ、つぶ貝を焼いてもらって食べた。イヤー、これが絶品の美味しさだった。東尋坊に来てよかったのは、この海の幸を味わったことかもしれない(笑)。

 バスまであと50mくらいのところまで来たら、雨がパラパラと落ちてきた。雲も黒い。時間にはまだ余裕があったが、濡れたくはないのでバスまで走った。乗り込むや否や、猛烈な雨に変わった。間一髪だった。私共と他に4人が戻ったが、あとの方は足止めをくったようだ。なんとか小やみになるのを待ったため、20分ほど遅れて出発した。 

 この後は昨夜宿泊した山代温泉の旅館に戻るだけだ。途中、トイレ休憩を兼ねて、「月うさぎの里」というテーマパークみたいな所に立ち寄った。やたらにうさぎグッズが陳列・販売されていた。本物のうさぎも放し飼いされていた。しかし正直、こんなもの見せられてもまったくつまらない。ちいさな子供連れにはいいのだろうが、我々高齢者にはどうなのだろう?ツアーの企画としては、頭をひねる。

 次の日が最終日だ。最も楽しみにしていた「白川郷」を訪れる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
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2014年11月22日

今年最後の旅行?(2)

 「兼六園」は日本三名園の一つと言われている。因みにあとの二つは、水戸の「偕楽園」と岡山の「後楽園」だ。残念ながらどちらもまだ行ったことがない。いずれ必ず行きたい。

 さすがに有名スポットとあって、平日にもかかわらず大変な人出だった。約1時間半の自由見学時間を与えられた。「**時にこの場所に戻ってきてください」と、添乗員が繰り返し念を押した。何しろ広いので、入出口がいくつもあり、歩き回っているうちに出口がわからなくなるケースがよくあるそうだ。

 若い女性のガイドが付き、見どころを案内しながら解説してくれた。ガイドのない日は、お土産店で売り子してるそうだ。いかにも田舎から出てきたような素朴な娘だったが、中々上手なガイドぶりだった。だが、化粧が濃すぎる。ケバかった(笑)。

 「兼六園」に行かれた方は多いと思う。あたごウクレレさんやきぃばつさんなどは、きっと行かれているはずだ。庭園には当時の庭師たちのアイデアが詰まっているようで、やはり名園だと感心した。有名な唐崎松の雪吊りもそうだし、池の水の圧力を利用した噴水などにも脱帽する。

 紹介したい所は沢山あるけど、私の下手な記事を読むよりも、ネット検索して読んでいただいた方が良いでしょう。ですから、これ以上は書きません(単に面倒なだけ?)。

 バスに乗る時間が迫り、散々念を押された出口まで戻った。自分なりのランドマークを決めていたので、迷うことなく戻ることができた。だが、添乗員が心配したごとく、何人かが時間を過ぎても姿を現さない。不安そうに添乗員は付近をウロウロした。

 やがて彼の携帯に電話がかかってきた。案の定、「場所が分からなくなった」という連絡だ。添乗員は必死に説明するが、中々埒が明かない。何度も相手の居場所を確認すると、園内に走って行った。

 あれほど念を押したのに、必ずこのように迷惑をかけるものが出てくる。つまり、添乗員の説明をよく聞かないからだ。「添乗員も大変だなあ」と同情した。

 予定時間を大幅に遅れてバスは出発した。もう夕刻に近い。この日泊まる山代温泉に向かった。このツアーの目玉である老舗旅館だ。

 到着すると、従業員一同がズラリと並んで出迎えてくれた。「素晴らしい旅館です」という売り文句を聞いていたが、外から見る限り、そんな印象は受けなかった。派手な印象はないし、むしろひっそりとたたずんでいるような旅館だ。

 しかし一歩中に入ると、そんな印象は吹き飛んだ。重厚な造り、広いロビー、しかも4階建て2棟が隣り合っているそうで、中々立派だ。外と内の印象がこれほど異なる旅館も珍しい。部屋は純和室だった。食事の前に大浴場に行き、疲れを癒した。露天風呂もあり、のんびり景色を眺めながら体を温めた。

 食事は豪勢で、食べきれないほど。それでも雰囲気が変わると食欲が進むのか、ほとんど食べてしまった(笑)。

 さて翌日は、永平寺に向かう。ここも楽しみにしていた。
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2014年11月21日

今年最後の旅行?

 先日、旅行に行ってきました。多分、今年最後でしょう。今回は金沢から北陸を周るツアーで、トラブルはあったものの、まずまず満喫してきました。

 2泊3日、バス・ツアーでなく、新幹線を使ったので、やはり時間的に余裕があった。最新型だというE7系車両に乗ったが、これが実に快適。静かで、振動も少ない。日本の技術の高さを再認識させられた。

 東京駅から乗るツアー参加者が大半だったが、私共は最も近い大宮駅から乗車した。指定車両に乗り、指定席に座るとすぐに添乗員が挨拶にやってきた。確認の意味もあったのだろう。前回は女性だったが、今回は男性だ。大柄な方で、180Cm以上はあった。

 前回は台風の心配をしたが、今回は天候に恵まれそうな予感。朝から青空が広がっていた。1時間もかからず、上田駅に到着。広場に出て、全員集合。約40名の参加者だ。高齢者が多いが、40代、50代と思われる中年カップルやグループも目についた。

 上田駅から、チャーターした観光バスに乗り、最初の訪問地、金沢の「ひがし茶屋街」に向かう。ここはかつての花街だ。格子の家並みがなんともいえず美しく、その空間はまるで江戸時代にタイムスリップしたかのよう。狭い範囲なので、簡単に歩き回れてしまう。見学できる建物に入ったり、お土産屋や茶店で時間をつぶしたが、突然、歩行者の間から歓声が上がった。思わず顔をそちらに向けると、花嫁姿の女性が現れた。

 ゆっくりとした足取りで近づいてきた。勿論、花婿も一緒だ。介添えのおばさんが花嫁に日傘をさしてやっている。最初は、観光客のための行事かと思った。しかし、本物のカップルで、後ろから親類や友人らしき人々が一緒についてきた。「おめでとう」の声がかかるたびに、花嫁は気恥ずかしそうにほほ笑む。いい光景だ。

 かつては、たぬきさんや阿羅漢さんだって、このような経験をしているはずだ。当時は初々しく、それなりに可愛かったはずの現在の奥さんも、時は移り、力関係が入れ替わり、今や、家の主になっているらしい。奥さんが「主」とすれば、お二人は「従」だ(悲)。悲惨なお二人を思いやって、花嫁には「決して真似するなよ」と電波を送った(笑)。

 この後は、金沢箔で有名な「箔座本店」に向かった。超薄い金箔を製造する所だが、その製造過程を目の前で見ることができた。薄いことは知っていたが、1万分の1〜2mmの薄さと聞いて驚いた。どのようにして作るのかと思ったが、すべて人の手による神業みたいな技術だ。金閣寺がもっとも有名だけど、他の有名な神社仏閣にも使われる金箔はほとんどここで作られるそうだ。

 秀吉が金ぴか好きなのは有名だ。金箔で作った茶室を再現して展示していた。ま、典型的な成金趣味だ。私の趣味ではないので、関心がなく、どうでもよかった(笑)。それに家に帰れば、金庫に「金の延べ棒」がぎっしりと入っているし・・・。

 一通り見た後は、昼食だ。大きな食堂に入った。朝が早かったので、お腹も空いていた。だがお膳を前にして、女将らしいおばはんが、挨拶とともに講釈に入った。「これは当店自慢の**で・・・」から始まり、ペラペラと喋る。最後には「ここでしか売っておりませんので、お帰りに是非お買い求めください」と念を押し、「割りばしの袋をお持ちすると5%値引きしますので、忘れずにお出しください」と、しつっこい。

 こっちは腹が空いているのだ。人間、腹が空くとイライラする。「いい加減にやめて、早く食わせろ」と睨んでやったが、そんなことで躊躇するおばはんではなかった。「誰が買うか!」と、さっさと食事し、何も買わずに店を出た。妻はわざとらしく隣の店に入って何かを買っていた(笑)。商売熱心なのはいいけど、お客の顔色を読まないおばはんだった。

 この日最後の行程である兼六園に向かった。ここは一度来たかった。やっと念願がかなった。はたして期待通りの庭園だろうか?
posted by Boo! at 00:06| 東京 ☔| Comment(4) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

台風の中を? (終)

 まだ書くのかよ、という声が聞こえてきそうだ(笑)。そう、まだ書く(きっぱり!)。

 素晴らしい千畳敷の景色をたっぷりと堪能し、バスに戻った。すぐに昼食弁当が配られ、車内で食事タイム。その間、添乗員は携帯電話を離さず、しきりと連絡を取っている。「乗鞍スカイライン」の通行禁止解除を確認しているようだった。だが、はかばかしくないのか、顔の表情も曇っていた。

 「今のところ、難しい状況です。一つ確認したいのですが、皆さまはやはり乗鞍に行きたいでしょうか?それとも、どちらでもいい、別のコースに変更してもよい、あるいは、このまま帰京してもいい。どれかに手を上げてくださいますか?」と、返事を求めた。

 彼女(添乗員)が一生懸命、力を尽くしていたことは、充分伝わっていたので、「どうしても・・・」と言う方は一人もいなかった。「成り行きに任せる」がほとんどだった。かなり高齢の老夫婦のみが、「もう、周らなくてもよい」だった。

 乗客たちの反応を読んだ彼女は、「では、これは私の一つのカケですが、とりあえず、乗鞍に向かいましょう。現地まで行ってやはりダメだったらあきらめ、別のコースを周りながら、帰ることにします」と、宣言した。賛同の拍手が起きた。

 バスは一路、乗鞍に向かって走った。相変わらず、彼女はマメに連絡を取り続ける。1時間近く走っただろうか、突然、彼女はマイクを握った。「皆様、たった今、通行禁止が解除されたそうです」と、叫んだ。勿論、車内は大きな拍手に包まれた。

 やがて、「乗鞍スカイライン」の乗り入れゲートに到着した。このスカイラインはマイカー通行禁止だ。やはり、自然保護のためだ。観光バスや路線バス、関係車両のみが通行できる。日本最高所をドライブできることが売り物だ。

 通行禁止が続いたからだろう、他のバスは見当たらない。きっとあきらめて、他のコースに変更したと思われる。お蔭で、我々のバスが独占して走ったようなものだ。道路もよく、快適なドライブになった。雄大な景色を見ながら、上がっていく。

 高度があがるにつれ、自然植物の印象が変わる。しばらくは樹木が多かったが、ある高度を超えたら、地面を這うような低い植物に変わった。高山植物なのだろう。

 終点の「畳平」に着くと、そこは標高2702mだ。さすがに空気は冷たく、「気温3度」と表示されていた。2日前には雪が降ったそうで、所々に残雪があった。快晴とはいかず、雲が流れていたが、しかしまずまず遠くまで眺めることができた。

乗鞍高原.JPG
(畳平。車、人はほとんど見えない。白く見えるのは雪。)

 この地点でも十分高いのだけど、さらに上まで登ることができる。細い山岳路を上がっていくと頂上らしい。「せっかく来たのだから」と、上を目指すことにした。妻は上を眺めながら、「私はいいわ」と、しり込みした。他の方たちもほとんど行こうとしない。まあ、年寄軍団だから、仕方ないか・・・(笑)。

 私よりも若い男女と共に上がった。頂上はすぐ見えるし、「大したことないな」とナメながら、普段歩くペースで歩を進めた。なにしろ、ランニングで足腰を鍛えているのだ。所が、ここは3000mちかい高所だ。空気が薄いことを忘れていた。すぐに息が荒くなった。気が付いて、慌ててペースをゆっくりにした。それからは楽に上ることができた。

 ここから眺める景観は更に素晴らしい。槍ヶ岳、穂高連峰などが見えた。たまたまそこにいた若者が保護観察員で、山の名前を教えてくれたのだ。ついでに写真を撮ってもらった(笑)。

 なんだかんだ心配したけど、結局、すべての予定コースを周ることができた。なにもかもがうまい具合に働いて、しかも、台風の影響で人出が極端に少なかったこともラッキーだった。

 これは添乗員の機転のよさによるところが大きい。なかなかここまで乗客側に立ったアレンジはしてくれないものだ。他のコースに振り替えられても文句は言えない。

 ガイドぶりも素晴らしく、余計なことは言わない。しかし肝心なことはしっかりと伝える。またユーモア精神に富み、車内の空気を良くしてくれた。最初、「女性か・・・。キンキン声でうるさくガイドされると嫌だなあ」と心配したものだ。全くの杞憂だった。

 ツアー旅行は添乗員によって、良くも悪くもなるから、今回は良い方に当たったと言える。

 旅行もクセになると、すぐまた行きたくなる。来月も2つほど予定している。15年くらい前までは、毎年のように海外旅行したけど、母の介護が始まってからは、海外どころか、国内も無理になった。やっと解放された今、失われた時間を取り戻すべく、来年は更に旅行に力を入れたい。


 長い文章をお読みいただき、ご苦労様でした(笑)。
posted by Boo! at 22:59| 東京 ☔| Comment(6) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月18日

台風の中を? (3)

 天候に恵まれなかったとはいえ、静かな上高地を散策できたのは良かった。

 さて次の日の予定コースは「千畳敷」と「乗鞍高原」だ。どちらも高地にあるため、やはり、天候が心配だ。せっかく上まで行っても、ガスで何も見えないのでは、「一体、何しに来たのか」となる。

 「千畳敷」は信州の駒ヶ岳にある。信州生まれの母が、生前、良く自慢していた。「一度は行くべきだ。本当に素晴らしいから」と、目を輝かせていたものだ。そんな母の自慢話を、いつか確かめてみたい気持ちもあった。今回、やっと実現しそうなのに、悪天候が邪魔しそうだ。

 宿泊したホテルは安曇野にあり、かなり高い所にあった。翌朝、起床と同時に窓を開けた。いきなり眩しい光が飛び込んできた。なんと快晴だ。「やったー!これなら今日はばっちりだ」と喜んだ。(ホテルでの話もいろいろあり、書きたかった。しかし、もう面倒になったので、パスします(笑))。

 出発時間が迫り、バスの待つ駐車場に向かった。バスが走り出すと、添乗員が「皆様、本日は良い天気になりました」と語り出した。「これから向かう千畳敷へは、ロープウェイで上ります。しかし昨日から運行休止になっていましたので心配しましたが、つい先ほど、運行が開始されたそうです」と言うと、乗客から拍手が起きた。

 しかし釘を刺すように、「乗鞍の方は、まだ通行禁止です。遅くても、午後一時までに通行許可が下りないと、難しくなります。その場合は、他のコースに変更することになりますので、ご了承ください」と、申し訳なさそうに言った。

 「千畳敷」」もいいけど、ここまで来たら、「乗鞍」にも行きたい。祈るような気持ちだった。

 バスは「菅の台」という駐車場に停まった。ここから先は、路線バスに乗り換える。上高地同様、路線バス以外は通行できない。自然環境保護のためには仕方ない。路線バスだから、ツアー客以外の方も乗るはずだが、我々だけで独占した。

 ものすごい急こう配の道を上がっていく。日光の「いろは坂」をもっと狭くした道で、急カーブが連続する。バス同士のすれ違いはできない。そのため、常にバス同士連絡を取り合っていて、上から降りてくるバスはいつも我々のバスを待っていてくれた。そのための待避所が設けられている。ここでは、上るバスが優先だ。

 1時間ほど上がると、ロープウェイ発着駅に着いた。普段でも1時間待ちが当たり前だそうで、特に今の時期だったら3時間は待たされると聞いていた。しかし、さすがに台風の影響で、スキスキだ。1回乗車を見送っただけで、乗ることができた。

 約7分間の空中散歩だ。ぐんぐん下界が遠ざかる。所が、上がるにつれ、ガスが濃くなる。途中からは、真っ白になり、何も見えない(悲)。「あーア・・!」と、ため息が聞こえてきた。

 頂上駅に着き、外に出た瞬間だ。なんとウソのような風景が広がっていた。雲はきれいに流れ去り、遥か遠くに目をやると、雲海が漂っていた。それは見事だ。添乗員も声をあげ、「もう何回も来てますが、こんなに綺麗に見えたのは初めてです」と興奮していた。まさに台風一過だ。

 一帯はすり鉢のようになっていて、不思議な空間だ。2500メートルの高さにあるが、寒さは感じない。360度、ぐるっと見回すと、どこも絶景だ。すると突然、前を歩いていたおばさんが「キャッ!」と言いながら、コケた。美しい景色に見とれて、足元に注意を払わなかったのだろう。前のめりにバンザイするような格好でぶっ倒れた。このようなドジは女房に決まっているから、「バカだなあ」と笑おうとした。そしたら、見知らぬ女性だった(笑)。

 一時間以上、堪能した。すり鉢に沿ったコースを歩いた。高山植物もきれいだったが、無知なので、花の名前は分からない。むやみに写真を撮りまくったが、そういえば、妻を撮るのを忘れた(笑)。やはり、この際「妻よりも景色」でしょう。

 母の自慢したい気持ちが良く分かった。

 特別サービスで、二枚目の写真をどうぞ。

千畳敷.JPG

 さてこの後は乗鞍だけど、どうなることやら・・・?
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2014年10月14日

台風の中を? (2)

 バスは信州の「千畳敷」を目指して走る。台風が関東に近づいているにもかかわらず、我がバスはまるで台風に向かって走っているようだ。だが、大荒れになることもなく、いささか拍子抜け。途中からは、青空さえ出てきた。

 添乗員(女性)の説明によると、このツアー、関東からだけでなく、関西からも集まってくるはずだった。現地の宿泊ホテルで一緒になり、同じコースを周る予定だった。だが、関西はひどい天候になり、催行中止になったそうだ。そのため、バス6台分の客がキャンセルになり、ホテルには我々と、もう一台のバスしか宿泊しなくなったらしい。添乗員は、「ですから、ホテルでの食事はゆっくりとできますよ。いつも大変な混雑で、入れ替え制になることもあります」と言っていたが、ホテルも大きなマイナスだろうなと、同情した。

 バスはやがて諏訪近くまできた。その間、添乗員はしきりにどこかと連絡を取っている。「これから向かう予定の千畳敷ですが、現地からの報告によりますと、悪天候のため、立ち入り禁止になっているそうです。申し訳ないですが、予定を変えて、上高地に向かいます」と言った。

 本当は翌日に向かう予定だったが、天候が悪いのではせっかくの景観が台無しだ。しかし翌日天候が回復するという保証もないから、なんだか先行き不安のツアーになりそうだ。上高地はこれまでにも何度か訪れている。だがいずれも天候に恵まれず、今回も期待できない。「行けるだけ、良しとするか・・・」とあきらめ、添乗員の判断に任せた。


 ロスした時間を取り戻すかのように、バスはスピードを上げる。渋滞することもなく、お昼前には上高地に到着した。雨は降っていなかったが、どんよりとした曇り空だ。お弁当が配られ、まずは腹ごしらえ。

 上高地には有名なTホテルがある。20年くらい前に来た時、無理算段して宿泊したのだけど、確か、車で乗り入れることができた記憶がある。だがその後、環境保全のためにマイカー規制が行なわれ、途中の駐車場でシャトルバスに乗り換えるようになった。今回もそのつもりでいたら、観光バスは特例で、奥まで入ることができた。もっとも、シーズン、曜日によって、この特例は変わるらしい。

 お蔭で、大正池近くの駐車場まで乗り入れることができ、そこから自由行動となった。「この後はホテルに向かうだけですので、たっぷりと時間があります。ゆっくり周ってきてください」と添乗員。

 こんな台風の中、さすがに観光客の姿が極端に少ない。訪れるたびに凄い数の人々でごった返すが、ウソのように静かだ。駐車場から、まず田代池まで歩く。ここは池というよりも湿原だが、自然そのままの佇まいは気持ちが落ち着く。穂高岳や焼岳が見えるはずだけど、あいにくの曇天だ。

 クマが出るらしいので、キーホルダーについていた小さい鈴を取り出して、ちりんちりんと鳴らしながら歩いた。滅多に人とすれ違わないが、遠くから鈴のような大きな音が近づいてきた。若い女性二人で、「こんにちは」と声をかけ、「それは何ですか?」と訊いた。「熊鈴です」と言った。熊撃退用らしい。本当に効果があるのかどうか知らないけど、「そんなものを売っているのか」と感心した。妻が、「私も持てば良かった」と言ったので、「お前さんなら大丈夫。熊が逃げて行く」と言うと、女性たちは大声で笑いやがった。

 田代池を抜けると、大正池が見えてきた。遠くの山々は見えないけど、やはり素晴らしい風景だ。写真はあまり載せない主義だが、ここで一枚だけ、サービス!(笑)

大正池.JPG

 池に沿って、ゆっくりと散策し、河童橋に向かう。


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2014年10月10日

台風の中を?

 先日、旅行に出かけた。あいにく台風と重なり、「果たして、行けるのか?」と、やきもきした。しかも、出発日には東海・関東地方に上陸の恐れすら出てきた。もう、半分あきらめ、半分希望的観測の心境。

 朝7時集合予定だが、まるでその時間を狙うかのような台風の動きだ。「なにも、こんなにタイミング良く来ることもあるめえに」と、口の中でぶつぶつ言いながら、妻に視線を向けた。つまり、「お前さんが雨女だから、こういうことになるのだ!」と言いたかった。言いたかっただけで、決して口には出さない。もし言ったものなら、大変だ。「あんたが、雨男なのよ!」と、言い返されるに決まっている(悲)。

 「運を天に任せよう」と、早々にベッドにもぐりこんだ。

 7時集合と言っても、場所は最寄り駅だ。歩いても行ける距離だが、恐らく台風真っ只中に違いない。とても歩けないだろうと考え、前日、タクシー会社に迎えを申し込んだ。しかし、人間考えることは同じようで、「すでに予約で一杯です」と、断わられてしまった。となるとバスしかない。しかしバス停まで歩いたら、びしょ濡れになってしまう。どうしたものかと、妻と、無い知恵を絞りあった。

 結局、マイ・カーを使うことにした。駅前のパーキングに停めることにしたのだ。1日利用しても、たったの700円だし、帰りも楽だ。2日利用して1400円だから、タクシーで往復するのと変わらない。

 5時前には目覚めてしまったが、なんだか外が静かだ。台風らしい強い風雨でもない。「ひょっとすると、台風のコースが変わったかも」と期待した。しかしラジオを点けると、相変わらず「厳重な注意を」と呼びかけているし、間違いなく関東に近づいているらしい。

 そうはいっても、家を出る段階で静かなのは助かる。早目に集合場所に着くと、すでに観光バスが待っていた。最寄りの駅が出発点で、途中2箇所に寄って、他の乗客をピックアップする。合計30人ほどが集まったが、10人くらいが、やはり悪天候を心配して、キャンセルしたそうだ。

 バスは圏央道から中央高速道に入る予定だった。だが、圏央道の途中インターで降ろされてしまった。勿論台風の影響のためで、通行禁止になってしまった。一般道から中央高速インターに向かったが、これが渋滞で、だいぶ時間のロスになってしまった。八王子インターから入り、そこからは至ってスムーズな走行。時折、強い雨がバスの窓をたたいたが、たいしたことはない。途中からは青空が見えてきたくらいで、「台風はどこに行ったのか」みたいな天気だった。

 添乗員は中年の女性で、最初、「おばさんか・・・。おしゃべりすぎたらイヤだなあ」と、危惧した。ところが、このおばさん、只者ではなかった。「いやー、実を言いますと、今日は催行中止になると思っていたんです」「というか、それを期待して、他の予定を考えていました」と乗客を笑わせながら、正直な気持ちを明かした。

 「でもこうして走り出したからには、なんとしても素晴らしいツアーにしたいです」と決意を述べると、乗客から拍手が起きた。

 ところで今回のツアーコースは、1日目が信州の「駒ヶ岳千畳敷カール」-「穂高温泉郷」。2日目が、「上高地」-「乗鞍高原」だ。

 はたして、無事に周れるのだろうか?
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2014年06月07日

京都・奈良 (終)

 いよいよ、京都も最後の日を迎えた。記事も最後になるのだろうか(笑)?

 ホテルのチェックアウトは午前10時なので、早目に朝食を取った。泊まったホテルは、バイキングと和食、好きな方を選べる。バイキングはレストラン、和食は専門店内で食べることができるシステムだ。どちらも一回づつ食べたが、最後の日は再びバイキングにした。

 チェックアウトを済ませ、すぐに京都駅に直行した。コインロッカーを探し、二人分の手荷物を入れた。大した荷物ではないけど、これから帰りの新幹線時刻まで歩き回るには邪魔だ。夕方過ぎ出発だから結構時間がある。

 駅前からバスで「平安神宮」に向かう。神宮前で降りると、目の前には例の大きな赤い鳥居がそびえている。しかしすぐには入らず、境内の裏手方向に向かう。「京都ハンディ・クラフトセンター」がお目当てだ。主に京都の伝統工芸品を展示、販売している店だ。外国人旅行者を対象にしているけど、我々日本に住む者にも興味深い品々を見ることができる。

 店内に入ると、やはり外国人がほとんどだった。私が、というよりも、妻が以前から関心をもっており、寄ってみたのだ。世界中から訪れる観光客を相手にするため、店員は6か国語に対応できるそうだ。

 店を出て、「平安神宮」に入ることにした。鳥居まで戻りたくないので、「裏門から入れないか」と探したが、残念ながら塀でしっかり塞がれており、仕方なく戻った。

 境内に入ると、そのスケールの広さに圧倒される。鳥居だけでなく、建物の赤が美しく映える。一通りぐるっと観て回り、神宮の裏庭ともいえる神苑(日本庭園)に入る。境内だけなら自由拝観だが、神苑は600円の拝観料だ。

 広い庭園を歩き進むと、所々に池がある。飛び石が置かれている池もあり、渡ることができる。この飛び石には思い出がある。修学旅行で来た時、悪友たちと小突き合いながら渡ったので、あわや落ちそうになったものだ。

 神苑内には思いがけぬものが展示されている。というか、「なんでこんな所に?」と思うようなものだ。それはチンチン電車だ。「平安遷都1100年記念事業の一つとして、平安神宮創建とともに“京都復興”への市民の願いが込められて敷設されたもので、運行が廃止された年に平安神宮へ運び込まれました」と解説されてあり、納得した。日本最古の電車でもあるらしい。

 再び境内に戻ると、人の群れを見つけた。近寄ってみると、結婚式の記念写真を撮影している最中だった。美しく着飾った花嫁姿が珍しかったのだろう、外国人旅行者たちがカメラを懸命に向けていた。日本女性の着物姿は我々にだって魅力を感じるのだから、外国人にとっては、新鮮に映るに違いない。と思ったら、舞妓さんの二人連れがいた。今度は一斉にそちらの方に移動し、カメラを向け始めた。どうも本当の舞妓さんではないようで、観光客の注目を浴びたいために、それらしい恰好して境内をフラフラ歩いている女性とみた。姿勢、歩き方、帯の締め方が様になっていなかったからだ。

 平安神宮を後にして、「南禅寺」に向かうことにする。途中、美術館、博物館、それに動物園がある。しかし、以前に何度か入ったこともあって、パスした。動物園を過ぎたあたりに、「無鄰菴(むりんあん)」入り口の看板が目に入った。表通りから細い路地に入った場所だ。

 明治の元老・山縣有朋の別邸で、代表的な近代日本庭園の一つであるらしい。中に入った。当時のままの洋館が残っており、見学できる。庭園は「大河内山荘」に比べれば、こじんまりしているが、自然そのままを最大限に生かし、なにかホッとする空間だ。驚いたのは、「平安神宮」の「神苑」を作庭した造園家・小川治兵衛の手によるものと分かったことだ。

 「無鄰菴」を出ると、すぐに「南禅寺」だ。もう何回目の参詣だろう。「三門」の迫力は相変わらずだ。特に柱の太さが凄い。楼上に上がり、展望した。石川五右衛門の「絶景かな・・・」の心境だ(?)。レンガでできた「水路閣」も見どころだ。

 南禅寺を周ると、もうお昼を大きく回っている。ここまで来たら、やはり「豆腐料理」だ。何軒ものお店が並んでいるが、最も古い創業を誇る店に入った。たかが豆腐に何千円も払うのは馬鹿らしいような気もしたが、美味しかったから、良しとしよう。

 南禅寺を後にして、平安神宮方向に戻る。鳥居近くの大きな交差点にコンビニがあった。店前のスペースには自由に座れるイスとテーブルが置かれていた。少々疲れたので、アイスクリームと缶コーヒーを買い、しばらく休んだ。それにしても、人と車の往来が激しい。

 近くのバス停から京都駅行きのバスに乗った。駅のコイン・ロッカーから荷物を出し、新幹線ホームに上がった。ちょうどいい時間だった。

 あっという間の3泊4日だった。いずれリタイアしたら、一週間くらいは滞在をしたいものだ。

 長々と書いてしまいました。ほとんど参考にならない旅行記でした。しかし私にとっては、10年後くらいに読み返したら、きっと懐かしい想い出になっているはずと思いながら、書いたものです。


 お疲れ様でした(笑)。
posted by Boo! at 21:06| 東京 ☔| Comment(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

京都・奈良 8

 「落柿舎」を出て、嵐山方向に戻ることにした。できるだけ、来た道とは違うルートを探しながら歩いた。「渡月橋」が近づくにつれ、人の数が多くなる。道の両側に並ぶ土産物店は、買い物客でごった返していた。

 昨年の大雨で桂川が氾濫し、渡月橋近くの旅館や土産物店が浸水被害を受けた。橋の上にまで濁流がかかり、流れてきた大量の漂流物が橋桁に引っかかっていた映像を思い出す。しかし今ではすっかり復旧し、影響すら感じなかった。

 桂川の土手を下り、下から渡月橋を見上げた。嵐山と桂川、それに橋の風景が美しい。春の桜、秋の紅葉時だったら、きっともっと美しいだろうと思った。やはり、次回は秋だ。

 橋を渡り、向こう岸に行く。先ほどの「モンキー・パーク」が気になり、探してみた。橋を渡ったらすぐに右に折れ、100mほど歩くと、それらしい看板を見つけた。まさか、あの二人に出会うとは思わなかったけど、ついキョロキョロしてしまった。

 もう夕方近くになっていたので、来た道を戻り、土産物店をはしごした。好物の「生八つ橋」を、一部は妻の仲間、義妹、ご近所へのおすそ分け、それに我々のおやつ用に買い込んだ。「オフ会にも」と思ったが、その日までには賞味期限が切れてしまう。涙を呑んで、あきらめた(あー、良かった!)。でもよく考えれば、オフ会メンバーは雑菌に強い方ばかりだ。腐ってもいいから、持参すればよかったか?

 帰りは、京都駅直行のバスに乗った。時間はかかるけど、バスは楽だなあ。

 この夜の食事は奮発して懐石料理だ。ホテルからタクシーに乗り、予約しておいた店に向かう。この店は、馴染みというわけではないが、今回が3回目になる。初回はおよそ30年くらい前、知人に招待されて行った。誰も気が付かないような場所にあり、「ここが?」と釈然としなかったことを憶えている。店内はこじんまりと小さく、カウンター席に6名くらい、テーブル席が二つ程度だ。小さな川沿いにあり、窓から見える景色はいかにも古い京都の町を思い起こさせる。春、ここから見える桜は実は一部の者に有名らしい。残念ながら夜だったので、外は良く見えなかったけど、明かりに照らされた川には風情がある。

 当時、いかにも年季の入った粋なおやじさんの腕による美しい盛り付け、器の見事さ、味の良さには感激したものだ。あとでその料金を知って、目ん玉が飛び出そうだった。「とても個人が来るような店ではないな」と、知人に大感謝した。

 2度と訪れることはないと思っていたが、15,6年前に京都旅行を計画した時、ふと、この店を思い出した。知人に連絡すると、その店は必ず予約が必要であり、しかも、お得意さんの紹介がないとだめだという。「よかったら紹介するよ」と言ってくれたので、知人の名前を出しながら、予約を申し込んだ。快く応じてくれた。親切にも(多分、金を持っていないと踏んだのだろう)、我々の予算に合う献立を考えてくれると言ってくれた。お蔭で、何とか払える金額で美味しく味わうことができた。

 今回も勿論事前に申し込んだ。店の近くで車を降り、懐かしい川沿いを歩いてから店に入った。残念ながら、あのおやじさんの姿がなかった。今は息子さんが継いでいた。料金も、当時よりも低く抑えられ、助かった。やはり、おやじさんの名前が大きかったのだろう。(注:店に迷惑をかけるといけないので、店名は伏します)

 満足してホテルに帰った。いよいよ明日は帰る日だ。夕方出発の新幹線なので、それまでいくつか周れそうだ。

posted by Boo! at 22:21| 東京 ☀| Comment(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月30日

京都・奈良 7

 「天龍寺」の広い境内を散策した後、「竹林の道」に出た。その名の通り、細い道の両側は竹が茂っている。唱歌・箱根八里の「昼なお暗き・・・」のごとく、竹で空が覆われ、まるでトンネルのようだ。よほど珍しい風景なのか、中南米からと思われる数人のグループが、一人ひとり交代しながら写真を撮りあっていた。

 ゆっくり歩き、目指すは「大河内山荘」だ。途中、「野宮(ののみや)神社」があるが、ここは寄らない。縁結びの神社として有名だからか、若い女性の姿が目立った。そういえば、「蘭子さん」によく似た人がいたなあ。もしかすると、ご本人だったか?「そうか、相変わらず縁の薄い方なんだ」と同情しつつ、素通りした(笑)。

 「竹林の道」を抜けて、更に300mほど歩くと、「大河内山荘」の入り口が目に入る。ひっそりとして、目立たぬ看板なので、気が付かずに通り過ぎてしまう方が多い。しかし、ここは知る人ぞ知るの名所で、京都を訪ねると必ず寄りたくなる場所だ。

 年配の方であれば、「大河内」といえば昔の時代劇俳優を思い浮かべるはずだ。「大河内伝次郎」のことだ。彼自ら設計し、約30年かけて造り上げた別荘というのだけど、その広大な敷地といい(山一つ分みたいなものだ)、京の町並みを一望できる展望台、それに目の前に迫る嵐山はまるで庭続きのようだ。見事な借景にしている。入園料1000円は他と比べて高いが、充分にそれだけの価値はある。つくづく昔の大スターは、スケールが違う、と実感する。

 あまり知られてないからか、人の出入りが少なく、かえってそれが静かな印象を与えてくれて、好ましい。途中、一服できる茶席が用意されている。茶菓をサービスしてくれるのだ。これも楽しみの一つだ。

 この後は、「常寂光寺」と「落柿舎」に向かう。のんびりと田舎道を歩いていく。

 「常寂光寺」は紅葉の名所として有名だが、残念ながらその季節ではない。しかし新緑若葉が美しかった。歴史を感じさせる古い佇まいも良い。

 「落柿舎」は、俳人・向井去来の草庵だった。師匠である芭蕉も良く滞在したらしい。庭には去来を始め、芭蕉や高浜虚子の句碑がある。そこで、「私も一句」と思ったけど、俳句の素養などまるでない私には一文字も浮かばなかった(悲)。

 ここを出るともうお昼過ぎだ。腹も減ってきたので、嵐山方面に戻ることにした。といっても2,3Kmは歩くので、途中に店があればそこで食事することにした。

 「落柿舎」を出て間もなく、案内地図の前で二人の若い男女が一生懸命見入っていた。我々が近づくと、男性が声をかけてきた。

 「Do you speak English?」と言った(このくらいは何とか分かる)。

 「うーむ、日本語なら達者なんだけどなあ・・・」と、困った。すると横にいた妻が、私の戸惑いを無視して、「Yes!」と答えたから大変なことになった(悲)。「お前はいつも、後先を考えぬやつだ」と怒ってみても遅い。一気に早口で「**** *** **?」と、まくし立てられた。

 「そんなに早く喋ったら、分からんだろうに!」と言おうとしたが、英語では出てこない(悲)。すると彼も感じ取ったらしく、今度は多少ゆっくりと話しかけてきた。

 「Where *** monkey *** ?」とかなんとか、言ったような気がした。「モンキー?」「猿のことか?」「何を言ってるんだ、こいつは」

 そもそも、ここ京都で「猿」はないだろう。しばし、かみ合わないやり取りが続き、どうやら「モンキー・パーク」という所に行きたいことが分かった。だがそんな所、私は全く知らない。案内板で確かめても載ってない。「なにも京都に来てまで、猿を見ることもなかろうに」と思ったが、ここはなんとかしてやりたい。

 丁度、地元のおじさんらしき人が近くにいたので、確認してみた。説明によれば、桂川の「渡月橋」を渡った向こう岸にあるのだそうだ。案内地図を指でなぞりながら場所を教えてやると大喜びした。そして何度も何度もお辞儀しながら離れて行った。遠くの曲がり角で姿が見えなくなる直前には、もう一度手を振ってくれた。シンガポールから来たといっていたが、陽気な二人だった。

 言葉など多少不便でも、気持ちは通じるものだ。

 途中、小さなレストランを見つけ、入った。二人のおばさんが働いていたが、姉妹で店をきりもりしているそうだ。家庭的な料理で、大変美味しかったし、値段もリーズナブル。

 他に客はいなかったので、「この辺は、いつごろの時季に訪れるといいですか?」と訊いてみると、「やはり、秋の紅葉でしょう」と、一人が答えた。「そうか、紅葉か・・・」「よし、次回は紅葉の季節に来よう」と、プランを描いた。
posted by Boo! at 21:48| 東京 ☀| Comment(4) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月29日

京都・奈良 6

 いつの間にか、京都・奈良旅行が遠い記憶になってしまった(悲)。「そんなこともあったなあ」だ。

 それでも、断片になりつつある記憶を寄せ集め、何とか完結にまでもっていきたい。でないと、気持ち悪くてしょうがない(笑)。断わっておきますが、旅行ガイドとしてはなにも役に立ちません。

 二日目は奈良だったが、三日目は再び京都観光だ。京都巡りというと、大抵有名コースに決まってしまう。「清水寺」「平安神宮」「二条城」「金閣寺」「銀閣寺」などが代表的だが、他にも有名スポットが沢山ある。ツアーで一気に周るならまだしも、自由な個人旅行ではとても2,3日で周り切れるものではない。

 今回は、歩き回ることに主眼を置いていたから、やはり郊外に足を延ばそうとなった。となると、洛北の「鞍馬」「貴船」方面か、「嵯峨野」方面となる。どちらも何度か行ったことがある。特に、嵯峨野一帯は変化に富み、飽きることがない。

 そこで今回も、嵯峨野を周ることにした。

 京都駅前から直通のバスがあるし、地下鉄やJR線で行くこともできる。面倒のないバスを考えたが、丁度朝の渋滞ラッシュ時間に当たるので、JRで行った。「山陰本線」に乗り、「嵯峨嵐山駅」で下車だ。歩くコースは決めてなかったが、地図を眺めれば、おのずとコースが頭に描かれる。

 駅から1Kmほど歩くと、「天龍寺」だ。素晴らしい庭園で有名だ。なんと、700年前の風景とほぼ同じだという。本当に美しい。さすがに拝観する人が多く、列を作りながら歩いた。

 ここでも外国人旅行客が多く、騒がしい。静かに風景を楽しむことをしない。建物内をドタバタと大きな足音を出して歩くし、他の方の通行を邪魔して、いつまでも通路を塞ぐ。

 韓国から来たと思われる若い男女の二人連れが特に目についた。男性が恋人(それとも若妻か)の写真を撮るのはいいが、いろいろなポーズを取らせては、バシャバシャとシャッターを押す。こちらが立ち止って撮り終えるのを待っているのに、全く意に介さず、いつまでも撮り続ける。我々だったら、待たせるのは申し訳ないと思うからつい焦ってシャッターを押すか、先に通ってもらうかする。

 場所を移動するたびに、何度も彼らと出くわすので、「またかよ!」と舌打ちした。

 あまり人が入ってこない、良い場所を見つけたと思ったら、またまた彼らがいた。こんどは男性がキョロキョロと見回している。我々に目を向けると、すぐに近寄ってきた。自分のカメラを首から外し、私に差し出した。片言の英語で、「シャッターを押してください」と言った。つまり、彼女との2ショットを撮って欲しいらしい。

 「OK!」といいながらカメラを受け取り、シャッターを押した。立派な一眼カメラだった。「Thank You」と言ってこちらに来ようとしたので、「もう一枚」と人差し指で合図し、再びシャッターを切った。

 実は意地悪して、一枚目は彼を外して、彼女だけを撮ったのだ(笑)。あとで、「あの日本人め」と恨まれても困るから、もう一枚撮ったのだ。それにしても、彼女は超美人だったなあ。

 こんなことがきっかけとなり、彼らは我々を見つけるとニコニコと笑顔を向けてきた。すると不思議なもので、相変わらず通行を邪魔されても、腹が立たなくなった。

 人間関係なんて、ちょっとしたことで、良くも悪くもなるものだ。
posted by Boo! at 22:25| 東京 ☀| Comment(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

京都・奈良 5

 スミマセンが、まだ続きます。いつ終わるのか、私にも分かりません(笑)。明日は「臨時オフ会」だというのに、練習もしないでこんなことばかり書いていてよいのだろうか・・・(もう、ヤケクソ!)。

 たったの1000円で美味しい料理を満喫できるとは思わなかった。日頃、1万円以上の料理しか縁がないので、久しぶりに庶民の味を堪能した(笑)。たぬきさんなんか、更にロークラスの料理しか知らないらしいから悲惨だ。「吉*家」「*き家」「松*」などは特に常連らしい。最近は「山*うどん」も加わったとか(?)。

 充分満足して、店を出た。店から法隆寺までは約10分歩く。道順だと、「夢殿」「中宮寺」がもっとも近い。といっても、これらは法隆寺境内に入る。

 まず「中宮寺」に行き、受付で拝観料を払うと、「まもなく解説ビデオを流しますので、座敷に上がってください」と言われた。10段ほど上がると、すでに数人が着席していた。全員、中年以上の女性ばかり。どこに行っても、女性が圧倒的に多いなあ。およそ15分ほどの放映だった。その時は分かったようなつもりで、「なるほど」とうなづいたが、今ではすっかり忘れた(悲)。興味のある方は中宮寺サイトへどうぞ。

 すぐ近くが「夢殿」だ。8角形の建物だ。ここは修学旅行で見学した記憶がある。739年に建てられたらしいが、鎌倉時代に一度大修理が行われたとか。しかし一部には建てられた当時のものが残っているそうだ。運が良かったというのか、ちょうどこの時期、本尊である「救世観音」が開帳されていたので、見ることができた。かつては決して見ることができなかった秘仏だが、現在は春と秋の年二回、開帳される。

 いよいよ本丸である「法隆寺」だ。「夢殿」から西門を出て、東大門に向かう。この間、約200mほどだが、古い昔にいるような空間だ。特に土塀がいい。ほぼ一直線の参道で、人影もまばらだった。午前に近くを通った時は修学旅行生たちが列をなしていたが、嘘のような静けさだ。妻の見方は正しかった。東大門をくぐり、更に200mも歩くと、「五重塔」や「金堂」が見えてくる。

 拝観料を払って入り口から入ると、目の前に大きな「五重塔」がそびえていた。すぐ横には「金堂」が建つ。周囲は廻廊がぐるっと回っている。「五重塔」は我が国最古のものらしいが、大きくて立派だ。京都の洗練された趣とは異なり、無骨でたくましい印象を受ける。奈良の寺が全てそうなのかどうかは知らないけど、「法起寺」にしろ「法輪寺」にしろ、共通した印象を持った。これは町の印象も同じで、京都のような澄ました印象は受けない。これは良い意味では、素朴、質素、質実剛健といったところか。必要以上に金をかけて、かえって歴史的風景を台無しにすることがないように、というポリシーがあるのかも・・・私の勝手な見方です。

 境内は広いので、ゆっくり全体を歩き周ると夕方になってしまった。疲れもした。さすがに駅まで再び歩く元気はなく、バスに乗った。「東大寺」「唐招提寺」「室生寺」「古墳群」・・・奈良は観るべきところが沢山ある。1日だけでは到底周り切れるものではない。春の吉野桜もよさそうだしなあ。また計画して、訪れよう。

 京都に戻り、ホテルの部屋に入るとすぐにシャワーを浴びた。良く歩いたので、汗とホコリで気持ち悪かった。「夜の食事はどうしようか?」となった。前日はホテル内のステーキレストランで美味しい肉を食べたが、続けては行きたくない。外に出て、適当な店を見つけよう、となった。

 駅ビルに行けば、食堂街があり、多数の店が営業している。しかし人が多く、落ち着きがないので、町をぶらぶらしながら探した。ありそうで、なかなか見つからない。結局、食事もできる居酒屋に入った。魚料理が美味しそうだったこと、地酒を沢山扱っていることが決め手になった。

 料理はまずまずで、感激するほどではなかった。しかし、酒は美味しかった。名前を控えてくればよかったが、知らない銘柄だった。

 ホテルに帰り、翌日の予定コースを検討したが、眠気に襲われ、「明日は明日の風が吹く」と、寝てしまった(笑)。
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2014年05月17日

京都・奈良 4

 この旅行記も2回くらいで書き終えるつもりでいたのに、中々、終わらない。来週には「臨時オフ会」が予定されているが、その日までに終わるのだろうか?不安になってきた(笑)。

 日を置いて書くと、どんどん記憶が薄れていくので(悲)、今日もまた書くのだ。

 「法起寺」を観たあとは、「法輪寺」に向かった。5,6分ほど離れた場所にある。国道を横切ると、寺までは一本道で、車の往来から解放される。静かな田舎道だ。

 「法輪寺」も、「法起寺」と同じく、三重塔で有名だ。しかし比較すると、趣が異なる。それもそのはず、「法起寺」は日本最古の三重塔であり、その歴史の重さを実感できる。「法輪寺」も本来は同じくらい古い建物だったが、一度、落雷により焼失している。そのため、昭和50年に再建されたものだ。

 古い資料を基に、忠実に復元したが、よくもまあ、見事に再建できるものだ。

 不勉強で恥ずかしいが、私はこの「法輪寺」も「世界遺産」に登録されているものと思っていた。しかし、上記したように、再建された新しい塔ということで、外されたらしい。この斑鳩地帯では、「法隆寺」と「法起寺」が世界遺産だ。

 奈良には他にも世界遺産に登録されている建造物、遺跡が多い。すべてを周りたいが、一体、何度訪れればよいのか・・・?

 「法輪寺」を観終わると、お昼過ぎになり、腹もすいた。所が、近辺にはレストランや食堂がほとんどない。駅の近くに何軒かあったくらいで、中には店舗閉鎖してしまった看板もいくつか見受けた。「こんなに旅行者が少ないのではなあ」と、なんとなく納得できた

 幸いに、寺から出て10分ほどの場所に、レストランの旗が出ていた。店の前に行くと、「平日限定ランチバイキング1000円」とある。食べ放題で1000円とは随分安い。ただし、「1時間30分限定」で、それを超えると1600円になるそうだ。

 「食べ放題の料理に美味しいものはない」と、常々思い込んでいたので、ちょっとためらったが、他に店もないので入ってみた。

 店内はかなり広い。しかし、ほとんどの席が埋まっていた。繁盛しているようだ。どうやら、旅行者だけでなく、地元の方も多く利用しているとみた。

 「食べ放題」といっても、小食な我々はそんなには食べられない。基本の1時間30分コースを注文した。

 品数は豊富で、選ぶのに苦労するほど。私の「美味しくないだろう」という先入観を裏切ってくれた。美味しかったのだ。小食のはずが、目いっぱい腹に詰め込んだ(笑)。この内容で1000円はタダみたいだ。

 最後は、アイスクリーム、コーヒーで締めくくった。

 さあいよいよ最大のお目当て、「法隆寺」に向かう。

 ちなみに、このレストランは「井戸元」という。

 
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2014年05月16日

京都・奈良 3

 法隆寺駅から約1.5Kmほど歩くと法隆寺、隣に中宮寺がある。更に1Km以上離れた場所に法輪寺と法起寺が位置している。案内書でもらった周辺地図を手に、歩きだした。

 細い道を抜けると広い道路に出た。ほぼ一直線に北方向に歩けば、法隆寺に突き当たるはずだ。広い道路だけあって、車の通行が多い。しかし、人はまばらだ。というか、ほとんど見かけない。我々みたいに歩き周る物好きはいないのか、と思った。

 やがて国道にぶつかった。横断して細い路地に入る。「法隆寺方面」の看板矢印を頼りに、くねくねと進む。やっと旅行者らしき人々に出会うようになったが、それでも少ない。

 「南大門」らしき大きな門が近づいてきた。さすがにその近くには人の群れがあった。更に近づくと、その群れは修学旅行生たちだった。それも一校や二校ではない。恐らく各地方からやってきた中学校や高校の学生たちで、次から次に列をなして門をくぐって行く。それが延々と続くので、我々の足が止まってしまった。

 修学旅行生たちは何も悪くない。しかし、私個人の気持ちとしては、静かにゆっくりと境内を歩きたかった。実際、彼らのはしゃぐ声は大きく、玉砂利を強く踏む音が耳に触る。

 妻が、「どうせ学生たちは、ちょこっと見学したら、次の場所に移動するはずだから、法隆寺は後回しにしようよ」と言った。「それもそうだ」とすぐに同意した。

 急きょ、方向を変え、「法起寺」を先に観ることにした。再び国道に出て、案内板を見ながら歩く。国道にしては、広いとはいえない道路だ。しかし車の通行は激しい。大型トラックが後ろから来ると、民家の塀にへばりつくように避ける。危険を感じるほどだ。「歩行者専用」のスペースが設けられていないことが最悪だ。

 「世界遺産に登録されているのに、基本的な整備がなってないな!」と、残念な思いがした。旅行者は車ばかりで訪れるわけではない。我々のように、景色を楽しみながら、ゆっくりと歩き周りたい者だっている。もう少し歩行者のことを考慮しないと、世界遺産が泣く。

 その点、京都は進んでいる。人は多いけど、どこを歩いてもゆったりとした歩行スペースがあり、安心して楽しめる。

 それにしても暑い。快晴続きはいいけど、日差しが強く、すぐに汗ばんでくる。

 やがて、左方向に三重塔が小さく見えてきた。地図で確かめると、どうやら「法輪寺」らしい。ここも訪れるけど、「法起寺」が先だ。更に進むと、今度は右手にやはり三重塔の姿が目に入った。「法起寺」だ。

 周辺は畑が多いが、民家も目立つ。きっと昔は民家などなく、一面畑で、その中にポツンと三重塔がそびえていたのだろう。そのような風景を期待していたが、それにそぐわないような建物が周囲に目立つ。

 「法起寺」の受付で拝観料を払い、中に入った。本当に人がいない。我々の他に、同じような年頃の夫婦、おっさん一人、中南米から来たと思われる中年夫婦だけだった。

 「法起寺」については、ここで私ごときが下手な解説はしない。関心のある方はサイトを読んでください。

 広い境内とはいえないので、30分もあれば十分だ。次に「法輪寺」を目指した。
posted by Boo! at 22:51| 東京 ☁| Comment(2) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

京都・奈良 2

 初日は京都中心部を大ざっぱに観て周った。神社仏閣だけでなく、市場、古い商店などは、通りかかるたびに覗いた。少々疲れはしても、やはり歩かないと面白い発見はない。細い路地、裏通りにも、無名ではあっても、京都の文化を支え続けてきたと思われる古い工房、町屋が見つかる。これらを一つ一つ覗いていたら、いくら時間があっても足りない。

 それでも、「無名舎」という町屋には一度訪れることを勧める。現在は、「京都生活工芸館」として、江戸時代の生活工芸品を展示している。

 さて、二日目は奈良行きに決めた。

 奈良の見どころといったら、やはり、「東大寺」「唐招提寺」「平城宮跡」のコースか、斑鳩の里にある「法隆寺」「法輪寺」「法起寺」コース、それに古墳や遺跡を巡るコースの3つに大別されると思う。

 車であれば、全コースを一日で周れるかもしれないが、そんな修学旅行みたいなことはしたくない。奈良こそ、ゆっくり歩いて周りたいものだ。そうなると、時間的に1コースしか周れない。どのコースにするか、かなり迷った。どのコースも魅力的であり、一日しか時間が取れないことを悔やんだ。結局、斑鳩のコースに決めた。必ず、再訪の機会を作って、残りのコースをクリアしたい。

 京都から奈良へは、JR線か近鉄線の二つを利用できる。「法隆寺」に最も近い駅、「法隆寺駅」に停まるJR線を使うことにした。JR関西本線の「大和路線」という電車に乗り込んだ。

 ゴールデン・ウィークも終わり、平日であるにもかかわらず、車内は結構混んでいた。1/3くらいが外国人旅行者で、やはり「世界遺産」に登録されたことが影響しているのだろう。

 「大和路線」は単線だ。線路間際にまで迫る民家と民家の間を走る。しばらくの間、ごちゃごちゃとした家並みが続いた。遠くに目をやれば、古(いにしえ)の景色が望めるのかと期待したが、残念ながら、その期待は裏切られた。40分も走っただろうか、「法隆寺駅」に到着した。

 京都のはでな印象が強かったので、奈良もそれに負けない観光地かと想像していた。ところが、全く異なる。駅はどうということもない、普通の駅舎。驚いたのは、人の少なさだ。途中の駅で降りてしまった乗客もいたこともあるけど、あの京都駅での人の波とは正反対だ。「100人も降りただろうか?」というくらいだ。

 改札口のそばに、案内所があった。しかし、誰も立ち止まるものはいない。ヒマそうにしていた案内係の女性に「パンフレットをください」と声をかけた。よほど人恋しかったのか、こちらが質問する前に、道順をペラペラと説明してくれた。「有難う」と言って離れようとすると、いきなり手を差し出した。「ん?有料か?」と、一瞬警戒した。そうではなかった。私が一生懸命、彼女の説明を聞いてあげたので、嬉しさの余り、握手を求めてきたのだ。「有難いのですが、横に妻もおります」と言って、拒否しようとしたが、つい、両手を出して彼女の手を取ってしまった(嘘っぽい?)。

 
 「うーん、持てる男はつらい」と、にやにやしながら駅を出た。
posted by Boo! at 22:28| 東京 ☀| Comment(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月13日

京都・奈良

 いや、いや、いや・・・・・・・・・・・・・・・・・・イヤー、疲れた!

 久しぶりにPCを立ち上げ、ブログを開いた。旅行中はネットから完全に離れ、しばしアナログの世界に浸った。当然ながら留守中は記事を休んだので、コメントも来るわけないと思っていた。所が、ヒマ人はいるものだ。なんと6つも寄せられていた。喜ばしいことと思いたいけど、どれも土産をねだる、ろくでもないコメントばかり。一人だけ(paulさん)がまともだったなあ(笑)。あとは返事する価値もないから、ずっと放っとこう(おいおい!)。

 3泊4日、京都、奈良を周ってきた。京都は何年かに一回は行くので、いささか新鮮感に欠けるけど、奈良は中学の修学旅行以来で、実に50年以上ぶりのことだ。

 新幹線を利用すれば、あっという間に京都駅に着く。自宅を出て、3時間半後には京都だから、近くなったもんだ。午前中ではホテルのチェックインができない。そこで荷物だけ預かってもらい、早速市内巡りをスタートした。

 京都市内の交通網、道路は充実している。市内路線バスはかなりきめ細かく、東西南北縦横に走っている。上手く利用すれば、どの観光スポットにも簡単に行けるようになっている。しかし今回は歩きに重点を置いていたので、バスはあまり使わなかった。

 駅から歩5分ほどのところにあるホテルから「烏丸通り」に出て、北方面を目指す。「烏丸」を「カラスマ」と読むことは皆さんご存知のことでしょうが、知らない方は「カラスマル」と読むでしょう。何故、「ル」を省いたのかは不明だ。それなら「大丸」は「ダイマ」と読むべきだ、と突っ込みたくなる(笑)。

 京都の道は分かりやすい。東西を走る「九条通り」「七条通り」「五条通り」「四条通り」・・・と、南から北へ順番に並び、それらの通りを南北縦に突っ切る道が「烏丸通り」であり、「堀川通り」や「河原町通り」などだ。これらの通りを大まかにつかんでおけば、位置関係が良く分かる。

 一気に遠い場所まで歩いて行き、そこからホテルに戻るルートをとり、途中何か所かのスポットに寄るようにした。

 まず「二条城」に向かった。ここは何度も行っているのだけど、つい行きたくなる。石垣や庭園の素晴らしさに魅かれるからだ。そこから「御池通り」近くにある「本能寺」に寄る。「烏丸四条」で食事しようと、ぶらぶらと南に下がり、途中、「錦市場」に立ち寄る。ここは「京の台所」と呼ばれる大市場だ。約400mの「錦小路通」の両側に100軒以上のお店が並ぶ。京都特産の惣菜、漬物、野菜や鮮魚、乾物・・・が店先に置かれ、見ていて飽きない。「からすみ」に手を出しかけたけど、余りにも高くてやめた。

 市場全部を見て歩くには時間を取られすぎてしまう。1/3ほどだけ歩いて、食べ物屋に入った。余り美味しくなかったので、紹介はパス。その後は、「東本願寺」「西本願寺」へと寄った。「東」のほうは、やたらにコンクリート造りが目立ち、興ざめした。古い建物だから、それを保存する目的は分かるのだけど、なにも大げさな造りにしなくてもいいではないか、と思ってしまう。

 京都は世界に知られた観光都市だ。相当な観光収入で潤っているのだろう。だからか、どこも派手で、「金ぴか」のイメージが強くなったような気がする。静かな古寺のある町の印象から、だんだん遠ざかっているのではないか?もはや、京都郊外にまで足を延ばさないと、無理かもしれない。

 町が「金ぴか」のイメージになると、観光客もそのような人種が増えるのは当然だ。ちゃらちゃらした若い男女が大声をあげ、走り回り、「立ち入り禁止」も無視して、美しい庭を踏み荒す。「お前ら、ディズニーランドにでも行け!」と叱りたくなった。

 海外から来た観光客も実に多い。英語、独語、仏語、スペイン語、中国語、韓国語、それに聞いたこともない言葉も飛び交っていた。やかましいのは中国人グループだ。周りへの気遣いは一切ない。これを「傍若無人」というのだろう。インド人は静かだった。

 一通り見て回り、ホテルに向かった。すでに15Kmは歩いただろう。多少は疲れたけど、そこは日頃のランニングで鍛えているし、妻はテニスだ。体のどこにも痛みがでることなく、まずは順調な初日だった。

 夕食は豪勢に(?)、ホテル内のステーキ・レストランを予約した。カウンター・テーブル前にある鉄板で焼いてくれる肉は非常においしかった。良く歩いたし、おなかも空いていた。ビール、ワインも進み、部屋に戻るとバタンキューだった。

 熟睡に入っていたはずだが、途中、話し声で目を覚ましてしまった。どうやら隣の部屋かららしい。部屋の防音対策はちゃんとしており、外の騒音はほとんど聞こえない。それでも聞こえてくるということは、相当にでかい声でしゃべっているに違いない。やがて妻も「なんだか、うるさいねえ」と起きてしまった。

 耳を傾けると、どうも中国語のようだ。女性の甲高い声が突き刺さるように聞こえてくる。時々、馬鹿笑いし、勝手に盛り上がっている。昼間の中国人といい、困った連中だ。

 翌朝、フロントに苦情を申し入れ、「部屋を替えて欲しい」と要求した。平謝りしていたが、この日にはチェックアウトするということなので、了解した。

 さて、翌日は奈良だ。



お断り:旅行ガイドというわけではありませんので、各場所の説明は、あまり詳しく書きませんし、写真も載せません。気が向けば、1枚や2枚は載せるかもしれませんが。地名、寺名などは、ネットで検索して頂ければ、と思っています。要するに、面倒なわけです(笑)。
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2012年11月28日

旅行

厳島神社.jpg
(厳島神社)

 先日、久しぶりに旅行した。10年以上に及ぶ母の介護・入院などで、旅行らしい旅行ができなかった。しかし近場に出かけることは何度かあって、母の代わりに義母をよく連れて行った。一昨年の秋に出かけたのが最後で、その2ヵ月後には亡くなった。寝たきりになってしまっては、出かけるどころではないから、その点では義母は良い最後だったなあと思う。

 やっと母の介護から解放され、「これからは自分たちのために時間を使おう」と話し合い、まずは旅に出ようということになった。

 あれこれと計画を立て、交通や宿の手配するのも面倒なので、ツアー旅行なるものに申し込んだ。かつては年に何回かは旅行し、海外にも一年おきくらいに出た。自由に、気ままに旅することが好きなので、ツアー旅行をしたことが無い。個人旅行は全て自己責任であり、スケジュールも自分で組む必要がある。特に海外の場合は相当に気苦労する。プレッシャーがあるし、言葉の問題もある。その代わり、旅の思い出としては強烈に、しかも印象深く残ることが多い。トラブルにも何度か見舞われたけど、それら全てを含めて懐かしい思い出となった。沢山の思い出が詰まっているので、いつかは旅行記として書きたいと思っているのだけど、整理するだけでも大変なので、手がつけられない(悲)。

 我々60代以上の、いわゆるシルバー世代を狙っていると思われる旅の広告が連日のように新聞に掲載される。それらを眺めながら、妻に「どこに行こうか?」と相談した。二人とも、行きたいところは山ほどある。まずは、「一度は行ってみたい」場所を検討した。いくつかの候補地を列記し、数を絞った。
 
 やっと選んだのが、広島から北九州、山口、島根、そして再び広島まで戻ってくるコース。宮島や萩、津和野といった名所が含まれる。人気プランであるらしく、各社が募集していた。各社微妙にコースが異なるし、宿のランクも違う。勿論料金も、安いのから高いのまで様々で、迷ってしまう。
 旅行の楽しみは観光地めぐりだけではない。食事がいいか、宿のグレードはどうかも大事な要素だ。それらを検討した結果、某社のツアーに申し込んだ。宿が粗末だと悲しいので、差額を払って希望のホテルと旅館を指定した。結果的にこれが大正解だった。

 旅行の行程をここで細かくは書かないけど、どこもそれなりに良かった。特に広島県の宮島(厳島神社)、山口県の秋芳洞、萩の町は印象深い。

秋芳洞.jpg
(秋芳洞)

萩の町.jpg
(萩の町で)

 広島まで飛行機で飛び、あとはバスによる名所めぐりだった。添乗員(男性)がずっと一緒だったが、かれの存在が旅の楽しさを倍増してくれた感がある。大変よく勉強しているようで、説明も明瞭、簡潔で好感を持った。バスでのガイドも適切で、余計な言葉がなかった。ガイドのしゃべりすぎほど迷惑なものはないから、この点だけでも、よいツアーを選んだと思った。

 一行は25,6名だった。その内我々のような夫婦連れが3組、母娘の二人組、あとは3人から5人のグループで、全員おばさんたちだった。どこでもおばさんパワーが強いが、全くその通りだった(笑)。バスで移動すると必ず何箇所かの休憩所に寄る。どこもお土産店と一体になっている。我々は買い物にはほとんど関心がないので、周辺を歩き回ってバスに戻ることが多かった。ところがおばさんたちはお土産袋を幾つも持って戻ってくるのだ。どこに寄っても必ず何かしら買ってくる。そのため、最後の日になると物凄い量になり、「一体、一人でどうやって持ち帰るのだ?」と心配になったほどだ。

 バス車内でもおばさんたちの元気さが目立つ。最初の日こそ、遠慮気味におしゃべりしていたが、段々声が大きくなり、グループごとに盛り上がるからうるさいことこの上ない(悲)。ましてや真後ろに座られたら最悪だから、できるだけ後部のほうに座るようにした。

 またツアー旅行には記念写真がセットされる。3ヶ所で撮った。しかし我々は逃げるようにして一行には加わらなかった。だって、まったくの赤の他人と撮ったってしょうがない。そういえば、母も元気な頃はよく出かけていた。いろんなツアーに参加したようで、遺品を整理したらそのような記念写真がごっそりと出てきた。そんな写真を見てもなんの感慨も起きず、処分してしまった。やはり撮らなくて正解だった。

 名所めぐりも良かったのだけど、ハイライトは宿だったかもしれない。差額を払ってもグレードアップしてよかった。特に萩の宿は地元でも由緒ある旅館らしく、素晴らしかった。部屋から眺める庭園が息を呑むほど美しく、それだけでも価値があった。個人旅行ではとても払えそうも無い料金のはずだが、僅かな差額で泊まることができた。

津和野.jpg
(津和野)


 もう少しゆったりとした行程を期待していたのだけど、時間に追われるようできつかった。ツアーの良さも認識できたが、次はやはり個人で行きたい。予定としては沖縄がいいかな・・・。沖縄なら「JGさん」がいる。事前に連絡して、宿の手配、行程などすべて任せよう。ついでに旅費も持ってもらおう。「宿代は払えません」と抜かしおったら、「ではお宅にお邪魔しましょう」と言おう。きっとそのくらいの歓待はしてくれるはずだ(笑)。ではよろしくね、JGさん! 
posted by Boo! at 23:42| 東京 ☔| Comment(6) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする