2007年02月11日

憧れのハワイ航路 25_アメリカ西海岸: サン・フランシスコ(5)

 ガイドブックの地図を片手に歩き出したものの、右も左も分からない。一体、どの方向に行けばよいのか皆目分からない。時間は夕方近く。段々、暗くなり始める。不安が一気に襲ってきた。
 とりあえず腹ごしらえしようと、通りかかったスタンド式の食堂に入った。セルフサービス方式で、コーナーに並べられた料理を適当に選んで、ボーイに注文する。ボーイが器に入れてくれるので、それをレジに持って行って清算する。英語に自信が無い私には大変助かった。
 食べ終わるとなんとなく気持ちが落ち着いた。ボーイに地図を示しながら、「ジャズ・ワークショップ」を知らないかと尋ねた。しかし、首を振り、両手を広げて知らないというジェスチャーをした。
 店を出て、自分の方向感覚を信じて歩き出した。地図では確かに近い所にあるはずだと思ったが、いつまでも闇雲に歩き続けてもしようがない。誰か知っていそうな奴に聞いてみようと、すれ違う通行人に声をかける事にした。だが、なかなか声をかける勇気がない。
 やがて、ある店の前を通りかかると、3、4人の若い黒人グループがたむろしていた。思わずそちらを見ると、向こうもこちらをじっと見つめている。こいつらなら知っているかもと、私は彼らのところに近づいて行った。
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2007年02月07日

憧れのハワイ航路 24_アメリカ西海岸: サン・フランシスコ(4)

 「フィッシャーマンズ・ウォーフ」でたらふく食べた後、次にゴールデン・ゲート・ブリッジ に向かった。ゴールデン・ゲートが最も美しく眺められるポイントがあると言って、船長はそこまで車を走らせた。そこはサンフランシスコ湾の海岸・砂浜で、ゲートが斜めの角度で見ることができた。橋の中央部の最も高い赤い鉄柱が印象的で、その姿は海の青さとよくマッチして美しかった。
 しばらくそこで時間をつぶした後、車で橋を渡り、向こう岸に行くことになった。橋の上から眺める景色は絶景で、海面がはるか下に見え、橋の高さが実感できた。
 橋を渡り、近くの駐車場に車を入れた。そこは「ミュア・ウッド」という森林公園だった。樹齢1000年以上という巨木が林立しており、国定公園ということだった。そこでしばし森林浴を満喫した後、そろそろ、港に停泊している船に戻ることになった。しかし、私はジャズ・スポットに行くことが念願だったので、途中で降ろしてもらうことになった。市の中心部辺りで一人降りた。船長は、「一人だけで大丈夫か?」と心配していたが、もし、迷子になったら、タクシーを拾って船に戻るからと安心させた。
 だが、いざ一人になるとやはり、不安な気持ちが大きくなった。ガイドブックの略図を見ながら、目的のライブハウス「ジャズ・ワークショップ」を目指した。
 今振り返ると、勇気ある行動だったというのか、やはり無謀だったと思う。
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2007年02月01日

憧れのハワイ航路 23_アメリカ西海岸: サン・フランシスコ(3)

 午前中は市内を回り、やがて昼飯時になった。船長が「サンフランシスコに来たら、絶対行くべき所がある」と言う。そこはフィッシャーマンズ・ウォーフという所で、新鮮な海鮮料理が食べられることで有名なのだと言った。そこに向かうことになった。
 海に近いところにあるので、車は坂道を下りて行った。到着すると、なるほどそこは市場のようになっていて、周りは海鮮料理のお店ばかり。海岸からは、監獄島で有名な「アルカトラズ」が見えた。
 船長は何回も来ているからだろう、迷うことなくあるお店に入った。メンバーはハワイの時と同じ5人。船長が適当に注文した。テーブルに次から次へと並べられた料理を見て、私は目を丸くした。いかにも新鮮だし、美味しそうだ。だが、そんなことに驚いたのではなく、各皿に盛られたその量の多さだった。大皿の全てがてんこ盛り状態で、こんなに沢山食べられないだろうと思った。5人ではあっても、2人前も注文すれば充分だったのに、人数分注文したから、とんでもない量になってしまったのだ。
 案の定、食べ切れなくて半分以上残してしまった。残された皿を見て、ウエーターが「皆さん、胃袋が小さいね」と、ボソっと言った。確かに、隣のテーブルにいたアメリカ人らしい若い女性が、その量をものともせず、豪快に平らげていたのを見て、唖然とすると共に「これじゃ、日本は戦争に負けるわ・・」としみじみ思ったものだ。
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2007年01月29日

憧れのハワイ航路 22_アメリカ西海岸: サン・フランシスコ(2)

 ハワイの時と同じく、サンフランシスコでの滞在も2泊3日だった。船で何日もかけてやっと到着するのだから、もっとゆっくり滞在すればよいのにと思うが、恐らく相手国側の規制があって、停泊できる時間的制約があったのだろう。
 日本を発つ前に、私はアメリカ案内のガイドブックを買い込み、下調べをしていた。当時、ジャズにも強い関心を持ち始めていたので、アメリカに着いたらジャズのライブハウスに行こうと心に決めていた。案内書で調べると、当時サンフランシスコで最も有名な店は、「JAZZ WORKSHOP」であると書いてあった。店名がいい。「よし、ここに行こう」と決めた。
 到着した日は、再び船長の好意により、レンタカーで市内を回った。車窓から眺める街並みは日本のそれとは全く違う。目に入るもの全てが新鮮で、まるで田舎から上京したおのぼりさん状態だった。
 坂で有名な街だが、その通り本当に坂が多い。車のフロントガラス越しに前方を見ていると、窓の無い高層ビルのような景色がよく目につく。所が近づくとそれは建物ではなく、急角度で上る坂道なのだ。遠くから見ると直角に上に向かっているように見えるので、一瞬、ビルかと錯覚してしまうのだった。その急坂を登って行くケーブルカーは乗客で一杯だった。車内に入りきれなかった若者たちがステップの手すりにつかまって、ふらさがるようにして乗っている。「アメリカだなあー」と実感したものだった。
 
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2007年01月23日

憧れのハワイ航路 21_アメリカ西海岸: サン・フランシスコ(1)

 船はアメリカ西海岸に近づき、いよいよサンフランシスコ湾に入ろうとしていた。遠くに陸地がはっきり見え、高層ビルらしきものもボンヤリと姿を現した。湾に入ると、ヨットを走らせる白い帆が数多く目に入り、その風景は青い海とマッチして実に美しいものだった。風も爽やかで、波も穏やか。船はさらに湾の奥へと進む。サンフランシスコのビル群がハッキリと見えてきた。
 乗客の誰かが、「ゴールデン・ゲート・ブリッジだ!」と叫んでいる。甲板から身を乗り出すようにして、その方向を見つめた。はるか先に赤い色をした橋の姿が確かに確認できた。胸が高鳴り、ついにアメリカにやって来たぞと興奮したものだった。
 「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」の姿がどんどん大きくなり、写真でしか知らないその美しい橋がとうとう目の前に現れた。「でけー橋だ!」と思った。そして、その橋の下をくぐり抜けた時の感動の大きさ。感無量だった。
 船はサンフランシスコの港に接岸した。日本を発ってから約20日目。夢にまで見た遥か彼方の遠い国であったアメリカの土を踏んだのだ。
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2007年01月18日

憧れのハワイ航路 20_アメリカ西海岸へ (4)

 「女優のNに似ているね」という私の唐突な質問に、彼女はしばらく黙ってしまった。しかし、彼女の口から出てきた次の言葉は私を充分に驚かせた。
 「実は、Nは私の妹なの」と言うではないか。冗談を言うような彼女ではなかったから、私は目を丸くして話を聞き続けた。
 遠い昔の思い出であり、今となっては正確ではないかも知れないが、彼女の話によると、妹である女優Nは先にロスに行っており、現地で合流することになっていること。しばらくの間、滞在する予定だとも云っていた。
 Nがこの人の妹であると聞いて、私も彼女と一緒にロスに行き、Nに会ってみたい衝動に駆られたが、そんなことができるわけがなかった(残念!)。
 その後しばらくして、女優Nはまだ人気絶頂の時にスパッと芸能界を引退し、結婚生活を送るべく、ロスに移住した。あとから考えると、あの時はすでに結婚の準備が進んでいて、日本−ロスを往復していたのかも知れない。姉である彼女もその手伝いでロスに向かっていたのかと思ったりする。
 退屈な船旅の中で、これは大きなインパクトを与えてくれた出来事だった。
 やがて船はアメリカ西海岸に近づき、いよいよサンフランシスコ湾に入ろうとしていた。
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2007年01月13日

憧れのハワイ航路 19_アメリカ西海岸へ (3)

 その後も彼女とは時々話をするようになった。彼女の顔を見るたびに、良く似たある人が目の前にちらつくのだが、なかなか思い出せない。
 ある日、いつものようにスチールの練習でもしようと娯楽室に入った。図書室も兼ねているとは云っても、雑誌類と小説本が少し置いてあるだけだ。その日、珍しく雑誌を手に取り、パラパラとめくった。それは映画関係の雑誌で、色々な映画スターの紹介記事やグラビア写真が掲載されていた。
 あるページで私の手が止まった。某女優の写真が目に入ったのだ。その容姿はまさにこの船に乗っている例の彼女とそっくりで、目がくぎ付けになった。
 その女優は、当時超売れっ子の元祖アイドル女優ともいえるNだった。ベストセラーになったM女史原作の小説が映画化されることになり、Nが主演に抜擢された。小説も映画もNも大変な話題になり、一躍大人気スターの仲間入りしたのだ。
 「まさか、Nがこの船に乗っているわけないしなあ・・」と思ったが、それにしても、良く似ているものだと驚いた。女優Nではないにしろ、余りにも似ていることが却って気になる。
 後日、彼女と話をしている時、私は思い切って「女優のNとすごく似ているね」と問うてみた。
 しばらく黙ってしまったが、次に思いがけないことを話し出した。
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2007年01月10日

憧れのハワイ航路 18_アメリカ西海岸へ (2)

 いつものように娯楽室に入って、一人でスチール・ギターの練習をしていた。ふっと顔を上げ、窓越しに甲板を見ると例の女性が海を眺めていた。
 私はサッサと楽器を片付け(・・練習なんかどうでもよかったのだ)、彼女のところに向かった。
 ちょっとためらったが、思い切って「こんにちは」と声を掛けた。幸いなことに、彼女も明るい声で返事をしてくれた。
 一度きっかけさえ掴んでしまえば、図々しい私だ、思いついたことを次から次へと質問した。しかし、嫌な顔もせず、一つ一つ丁寧に答えてくれた。恐らく、彼女も一人っきりで、話相手に飢えていたからだろう。色々なことを話してくれた。
 彼女の話で分ったことは、やはり一人だけでこの船に乗り、これからロス・アンゼルスに向かう予定だということ。ロスに住んでいる知人宅を訪れるのが目的だという。確か半年かそれ以上滞在する予定だと言ったので,私は「羨ましいなあ!」を連発した。
 しばらく話していると、益々誰かに似ていると思った。おデコが広くて、目がパッチリ。聡明そうな顔の表情。
 誰だったろう?
 頭がフル回転し始めた。普段はほとんど回転しないのに・・・。
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2007年01月04日

憧れのハワイ航路 17_アメリカ西海岸へ

 ハワイ滞在3日目の早朝、いよいよアメリカに向けてホノルル港を出航した。目指すのはサンフランシスコだ。
 日本-ハワイ間よりもハワイ-サンフランシスコ間の方が遠い。およそ12日間くらいかかると聞いていた。
 再び水平線ばかりの毎日が続くかと思うと、いささかウンザリした。
 ハワイで何人かが下船したので、乗客数も100人以下になった。
 ホノルルを出て何時間か経つと、はや水平線ばかりの世界だ。
 例の譜面読みの天才はハワイで下船したので、話相手は船長、一般船員、接客係りの女性船員くらい。乗客の大半が年配以上の外国人ばかりなので、そう簡単に話し相手を見つけることができない。また英会話にも自信がない。勿論、日常の挨拶くらいは交わしたが。
 仕方なく、昼間は甲板に出て,日焼けに努めたり、娯楽室に入ってスチール・ギターの練習をしたりして時間をつぶした。
 ハワイを出てから、私はある一人の女性の存在が気になってしょうがなかった。日本から乗ってきたので、存在自体は認識していた。
 一際目立つ、美しいというよりも、チャーミングな女性といった方がふさわしい人で、間違いなく日本女性だ。私と同じくらいか、或いは少し年上かなと思った。恐らく家族と一緒か、仲間と一緒なのであろうと勝手に判断していたので、特に声をかけることはしなかった。
 ところがハワイを出てから、甲板上でよく一人で海を眺めている姿を見て、「ああ、一人旅なんだな」と、確信した。
 私は彼女に近づきたくて、チャンスをうかがった。今だったら、ストーカーと間違われるかも(笑)。 
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2006年12月30日

憧れのハワイ航路 16_オアフ島周遊

 ハワイ滞在2日目は、船長の運転するレンタカーで島内を回った。ほかに副船長と接客係の女性船員2人の計5人。
 車は典型的な、大きなアメ車だった。こんな大きな外国車に乗るのは初めてだったから、いささか興奮した。
 市内をゆっくり回った後、ダイアモンド・ヘッドに向かった。
 ワイキキ・ビーチから眺めるのとは違って、「何だ、これは山かよ。単なる丘じゃないか」と期待外れ。やはり、ワイキキ・ビーチからの姿が一番だ。
 そこで少し時間をつぶしてからダイアモンド・ヘッドを下り、ハナウマ湾に向かった。海水浴と日光浴をするのがそこでの目的だった。
 ハナウマ湾は波も静かで、水が実にきれいだった。砂浜にはわれわれの他に人影もまばらで、数えるほどしかいなかった。建物類もほとんど見あたらず、自然そのもの。小さな公衆トイレが砂浜にポツンとあるだけで、今では想像もできない、いわばハワイの原風景だった。
 ここで私は1つのカルチャーショックを受けた。
 しばらく遊んでいたのだが、トイレに行きたくなり、砂浜のトイレに駆け込んだ。5つくらいの部屋に区切ってあるのだが、どの部屋にもドアがない。壊れているのではなく、最初からついていないのだ。
 しかも、便器は入り口に向かって座るようになっている。もし、用の途中に他人が入ってきたら顔を合わせることになる。これには参った。育ちの良い(?)私には耐えられない。そそくさと済ませて出たが、日本人の感覚ではとてもこんなトイレには入れない。
 船長の説明によると、これは防犯の意味があるのだという。ドアがないほうがかえって安全だし、入り口に向かって座るのも、外に注意を向けることができるからというのだ。そうかもしれないが・・・でもなあ。

 ハワイでの滞在も早や終わりに近づき、次の日の早朝にはホノルルを出航する。アメリカは西海岸、サンフランシスコを目指すのだ。
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2006年12月26日

憧れのハワイ航路 15_プア・アルメイダ・ショー (2)

 2回のステージで、プアの演奏は終了した。最後まで聴き続けたのは云うまでもない。
 今から思えば、実に贅沢な時間だった。いわば、私一人が彼のステージを独占したようなものだったからだ。
 ショーが終わると私はプアの所に行き、精一杯の感激の気持ちを伝えた。彼も大きな手で私の手を包み込むように握手してくれた。昼間、お土産店で買った絵ハガキの一枚を取り出し、サインをお願いした。彼は快くペンを取り、そこに私の名前と短いコメントと共にしっかり「Pua Almeida」とサインしてくれた。
 この絵ハガキはその後ずっと私の宝物になり、大事にしていた。ところが、引越しや家の建て替えなどが何度かあり、いつのまにか紛失してしまった。家中をひっくり返せばきっとどこかにあるはずだが、残念だ。
 それにしてもあの観客の少なかったこと。日本でもこの2,3年後くらいから急激にハワイアン人気が衰えていったが、ハワイでは一足早く氷河時代に入っていたのだ。
 この当時のハワイでの人気歌手は「ドン・ホー」が圧倒的だった。もう流れは、伝統的ハワイアン音楽とは大きく離れていた。
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2006年12月22日

憧れのハワイ航路 14_プア・アルメイダ・ショー

 最初私は、スチール・ギターの入った普通のハワイアンバンドの編成を思い描いていた。しかし、プアのグループは彼のリード・ギターとリズム・ギター、エレキ・ベースの3人編成。プア・アルメイダ・トリオだった。
 オープニングはテンポの良い演奏から始まった。演奏も唄も彼1人によるいわば、ワンマン・バンドだった。
 彼のボーカルやスチール演奏はレコードで知っていたが、ギター・ソロも弾くとは意外だった。だが、なかなか粋な演奏と唄でさすがだった。
 残念だったのは、やはり観客の少なさだった。結局それ以上増えることはなく、私の他に数人程度。その数人もステージには余り関心がないらしく、隅のほうでおしゃべりに興じていた(白人のグループだった)。
 これではプアもやる気がなくなるだろうなと同情したものだ。数曲進むと、彼は、どうやら私が熱心なハワイアン・ファンらしいと気がついた。曲が終わると彼の方から、「どこから来たのか?」と質問してきた。「日本からです」と答えると、「おー!ジャパン!」と驚いた様子。「何かリクエストはあるか?」と聞いてきたので、チャンスとばかり「貴方の歌う、My little Chickadeeが大好きです」と言うと、ニコニコしながら歌ってくれた。
 大感激したのは言うまでもない。
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2006年12月18日

憧れのハワイ航路 13_おーっ、P.A.出演だ!

 その掲示板には確かに「P.A.」出演と書いてあった。
 胸をときめかせながら、食い入るようにして読んだ。受験英語で鍛えた私の高度な英語力のお陰(どこがじゃい!)で何とか理解できた。
 幸いなことに、その日の夜に出演する。料金を確かめると、それほど高くなく「よし、今夜、絶対聴きに来よう」と決めた。
 夕方近くまで市内をぶらぶら歩きまわり、一旦、船に戻った。「アロハタワー」が目印なので、迷う事はなかった。
 夕食を終え、私は勇んで先程のホテルに向かった。
 ホテルロビーの受付で入場料を払うと会場に案内された。
 「P.A.」といえば、当時から日本のハワイアン・ファンには超有名であり、また、「ハワイ・コールズ」のメンバーとしても大活躍したから、ハワイでも有名なはずだ。当然、会場は沢山の観客で埋まっているものと思った。
 会場は、ホテル内のレストラン。だが、見回しても私の他に数人しか見当たらない。ガランとしている。
 案内してくれたボーイが、好きな席に座ってよいというので、一番前の席についた。既に、アンプ類がセットされていて、私とは目と鼻の先だ。
 その内に客も入ってくるのだろうと思ったが、そんな気配は全然なく、やがて演奏時間になった。
 ステージ横から、エレキ・ギター、リズム・ギター、エレキ・ベースを持った3人が現れた。エレキを持った男性の顔に見覚えがある。

 そう、紛れもなく「P.A.」こと「プア・アルメイダ」だ!
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2006年12月14日

憧れのハワイ航路 12_コダック・フラ・ショー

 「コダック・フラ・ショー」というのは当時から大変有名で、ハワイに来た観光客を相手にフラダンスを見せるというもの。勿論、入場無料だ。
 フィルム・メーカーのコダック社がスポンサーだったので、この冠がついていた。
 ショーの行なわれるカピオラニ公園(・・・だったと思う)に行くと、既に見物客が沢山集まっていた。パイプのようなもので組み立てられた3,4段の観覧席は全て埋まっていた。
 フラ・ダンサーが次から次へと出てきて踊るのだが、皆可愛らしい若い女性ばかりで、腰の振り方も見事。どうしてあのように小刻みに振ることができるのか、不思議だった。日本でも日本人フラ・ダンサーの踊りを見た事はあったが、全然別物ではないかと思ったほどだ。現在、フラが大流行らしいが、本場の踊りとは余りにも違う点では今も変らない気がする。 
 ひとしきりショーを堪能した後、ワイキキ・ビーチに向かった。
 現在のワイキキ・ビーチはホテル群がびっしり建ち並んでいるが、当時はまだまだまばらで、のどかな風景だった。
 レコードのジャケット写真などから憧れていたダイアモンド・ヘッドが間近に迫り、写真を撮りまくった。
 そのまま海岸通りに戻り、点在する立派なホテルの入り口に掲示されている案内版を見て回った。そこには、その月のショーのスケジュールが書かれていたのだ。
 知っているプレーヤーが出演していないかなと、期待しながら見て回った。しかし、聞いた事もないグループ名ばかり。
 何軒目だったか、某ホテルの前に来た。小さな案内板に見覚えのある名前が目に入った。
 それも、その日の夜に出演すると書いてある。
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2006年12月09日

憧れのハワイ航路 11_ハワイだ!

 夜明け近く、ハワイ・ホノルル港の沖合いに船は錨を下ろし、そのまま接岸する時間まで停泊した。
 やがて、船はゆっくり港に入り接岸。アロハタワーが目の前に見えた。
 しばらくすると、ハワイの税関職員が乗りこんで来て、乗客たちの手荷物検査や通関手続きを行なった。手続きが終了した者から順次、下船した。
 埠頭に降り立つと、遂に夢のハワイに来たのだと感慨無量。
 若い女性がレイを掛けてくれたり、数人のおばさんグループがウクレレで唄を歌いながら我々を歓迎してくれた
 例の譜面読みの天才とはここで別れた。
 ハワイ滞在予定は2泊3日。宿泊は勿論、船がホテル代わりだ。
 勝手を知っている船長や船員たちが、一緒に回ろうかと提案してくれたが、私は1人でこのハワイの土を踏む感激を味わいたかったので断った。
 地図を片手に港から市内に向かった。
 日差しは強く、目に眩しかった。しかし、空はどこまでも青く、街はカラフル。歩いている人間もカラフル。
 現在と違って、まだまだ自然が一杯残っていて、本当に南国に来たんだなと実感した。
 当時有名だった、「コダック・フラ・ショー」をどうしても見たかったので、その時間までハワイアン・ビレッジ・センターやアラモアナ・ショッピングセンター界隈をブラブラと歩き回った。
 お土産店の前には、「日本語話せます」という看板がよく目に付いた。
 
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2006年12月05日

憧れのハワイ航路 10_一路ハワイへ(8)

 ハワイが近くなり、時々小さな島影がチラチラ見えるようになってきた。
 ずっと、水平線ばかりの毎日だったから、乗客達は少しでも島が見えると、すぐに甲板に出てきて歓声を上げた。
 全乗客約120人の中では、どうやら私が一番若いようだった。私より少し上と思われる日本人女性がいたが(この女性については後述する予定)、後はほとんど40歳以上の方ばかりだった。
 そのためか、船長が何かと声を掛けてくれて、良く話し相手になってくれた。船長室は勿論、機関室、ボイラー室、船員スペースとありとあらゆる所を案内してくれた。お陰で、何日かすると船の中の隅々まで詳しくなってしまった。15,000トンクラスの船というのは結構大きくて、迷子になるほどだった。
 また、乗客たちの接客係だった2人の若い女性船員がいたが、彼女たちとも親しくなり(変な意味ではなく)、時々、休憩時間には船長を交えて4人でゲームに興じたりした。
 乗客達の何人かとも仲良くなったし、この頃には退屈で時間を持て余すことはなく、毎日が楽しかった。
 いよいよ明日早朝、ハワイ・ホノルルに到着するという前夜、盛大なパーティーが開かれた。ハワイで下船する乗客もいたから、お別れ会も兼ねていた。
 現実にハワイが近づいてきたことで、私の頭の中はハワイ一色。ベッドに入っても、興奮して中々寝付けなかった。


タグ:ハワイ
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2006年12月01日

憧れのハワイ航路 9_一路ハワイへ(7)

 彼の話によると、その方法を理解すれば五線譜ならぬ50線譜だろうが、100線譜だろうが簡単に音が分かるというのだ。
 私は内心、「本当かいな・・・?」と半信半疑だった。
 そこで、彼から紙と鉛筆を取り上げて五線を書き、更に、ばばばーと何本も線を書き加えて「では、これは何の音だ?」と逆に問うてみた。すると彼は、「ふふん」と言いながらすぐに「***の音だ」とボソリ。
 疑り深い私は、一本一本線を数え(ものすごい本数なので数えるのも大変だった)、音を確かめた。なんと見事に正解だった。何度やっても正解だった。
 私の気持ちはいっぺんに尊敬の念に変り、目を丸くして彼の顔を見つめた。私にはどうしても理解できなかったし、信じられないことだった。まるで超能力者だ。
 「なんで分かるのか?」と驚嘆しながら聞いてみた。
 彼は再び紙と鉛筆を持って、あれこれ説明し始めた。しかし如何せん、低い英会話レベルだ。分かったような分からないような、とにかく難しくて結局は理解できなかった。
 数年前まで、この時にメモしたノートがあったのだが、何度読み返してもやはり分からなかった。世界にはとんでもない人間が存在するということか・・・。
 彼とはハワイで別れたが、それまでは毎日のように行動を共にした。今でも健在なのかなあ。生きていれば80代半ばくらいか・・・。

 多線譜の読み方を期待した方、肩透かしを食わせてしまいました。お許しを。
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2006年11月27日

憧れのハワイ航路 8_一路ハワイへ(6)

 彼は、高級そうなウィスキーボトルを棚から取り出し、私に勧めてくれた。
 それから、机の中から数枚の白い紙を手に取り、テーブルに置いた。
 「音譜は読めるか?」と訊いてきた。
 私は「ふざけるな!譜面なんかちょろいさ!」と啖呵を切りたかったが、「うーん、簡単な譜面なら何とか」とごまかした。
 すると彼は、白い紙に鉛筆で5本の線を書き始めた。そして、適当な線にお玉杓子を書いて、「この音はなんだ?」と訊く。「ソだ」と答えると、「ではこれは?」「ファだ」
 俺はいつからこいつの生徒になったのだと思った(笑)。
 そうすると今度は、五線譜に10本くらいの線を書き加え、一番上の線にお玉杓子を書き「これは?」と訊く。「そんな高い音、普通は使わないだろうが・・・」と思いつつ、すぐには分からないので、一本一本指でなぞりながら音を確かめた。
 彼は更にもう10本ほどの線を加えて「何の音か?」と訊く。
 まあ、試しに五線譜に20本の線が上積みされている図を想像して頂きたい。
 私は思わず笑ってしまい、「こんなバカげた譜面なんかないだろう!」と言うと、「それはそうだが、実はこれを簡単に読める方法があるのだ」と得意そうな顔で云う。
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2006年11月22日

憧れのハワイ航路 7_一路ハワイへ(5)

  
 その男性の顔には勿論、見覚えがある。
 なにしろ狭い船の中だ。数日も経てば乗客全員の顔くらい覚えてしまう。
 まだ、彼とは話したことはなかったが、私はニコリとして軽く会釈をした。すると彼もニコニコしながら入ってきた。そして、いきなり英語でペラペラと話しかけてきた。それがものすごいクセのある発音。こっちだって、英語なんかロクすっぽ話せやしない。とにかく、一生懸命聞き取ろうとした。
 何とか分かったのは、彼はインドネシアだったか、カンボジアだったかの出身で、若い時はミュージシャンだった事。40何才だという事。今は貿易商をやっていて、ハワイで下船すると話してくれた。
 私に「ミュージシャンか?」と訊いてきたので、「とんでもない。まだ大学生で趣味で弾いているだけだ」と答えた。
 すると彼は「ちょっと弾いてもいいか?」と言ったので、「勿論、どうぞ」と彼にスチール・ギターを手渡した。続きを読む
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2006年11月18日

憧れのハワイ航路 6_一路ハワイへ(4)

 日本を出た時は、まだ真冬の寒さだったが、4日、5日と過ぎ、段々ハワイに近づくにつれ暖かくなり始め、日差しも強くなった。
 私は良く甲板に出て、上半身裸になり日焼けに精を出した。
 陸地や島影が見えなくなってからは、毎日大海原しか見えない。360度見回しても水平線しか見えない世界というのは不思議な感覚だ。しかしこのような時間が延々続くと、人間にとってはいかに退屈で、刺激がない事か。
 だから、時々鯨の群れや色々な魚の群れを見かけると、我々乗客たちは手を叩いて喜んだものだ。
 間近でみる鯨が潮を吹きながら、悠々と船の周りを回遊する姿に感激し、飛び魚が群れをなして、まるで鳥のように100mくらいまっすぐ飛ぶ光景は壮観だった。今でも忘れられない感動だ。
 長い航海は、よほど自分で時間を上手く使えるものを持っていないと、退屈極まりない。
 毎日のように、船上パーティーやビンゴ・ゲーム、ダンス・パーティー、映画鑑賞と色々なサービスを提供してくれるが、それだけではやはり、時間を持て余す。
 実は、私はこういう状態になる事も予想して、スチール・ギターを持ち込んでいた。続きを読む
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