2006年11月15日

憧れのハワイ航路 5_一路ハワイへ(3)

 夜明け近くまで船は揺れ続けた。
 その間、私は一睡もできなかった事は云うまでもない。ベッドに身を横たえていても、体が上下、左右に揺さぶられ、更に高い所から船が落下するような(・・丁度、エレベーターが上から下に一気に降りる時のあの感覚)揺れが間断なく続いた。
 内臓と内臓が互いにぶつかり合って、胃がネジ曲げられるような、とにかくひどい経験だった。
 夜が明け、明るくなり始めた頃にやっと風と波が収まり、再び静かな海に戻った。睡魔が襲い、そのまま眠り込んでしまった。
 2時間位ウトウトして眼が覚めると、あーら、不思議! 先程までのひどい苦しみはどこへやら。気分は爽快。まるで、何事も無かったかのよう。
 胃の中のものは全部きれいに出してしまったので、お腹がすいてしょうがない。朝食の時間が待ち遠しかった。
 この日の朝食の美味かったこと。他の乗客たちも、私と同じように元気を取り戻し、かなりの人数がテーブルに戻っていた。
 この日以降、何度か大シケに遭遇したが、一度洗礼を受けた体は、二度と酔う事は無かった。
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2006年11月11日

憧れのハワイ航路 4_一路ハワイへ(2)

 航行は順調だった。
 しかし、日本を出て、2日、3日と過ぎる頃から、食事時の客の数が段々少なくなってきた。どうも船長の予言通り、船酔いする人が増えてきたのだ。3日目になると、約半分の人数になってしまった。
 だが、乗り物に強い私は一向に平気だった。食欲も旺盛。
 4日目。昼頃から風が強くなり、波も高くなり、船が大きく揺れ始めた。この揺れは半端なものではなく、立っていられない。ベッドに横になっても、体が回転し、落っこちそうになる。
 やがて、今まで経験した事の無い、嫌な気分になってきた。「これはひょっとして・・・」と思い、出来るだけ船酔いのことを考えないようにしたが、もう限界だった。
 胃袋の中に手を突っ込まれて、掻き回されるようなもの凄い不快感。吐き気を催してトイレに行こうとするが、大揺れの為、たどり着くのも大変。 
 それでも、夕食にはテーブルについた。しかし、客はまばらで、いつもの10分の1位の人数しかいなかった。その頑張った(?)10分の1の客も食事の途中からどんどん席を立った。
 私は食い意地が張っているから、何とか食べ終わるまではとテーブルにしがみついていたが、半分ほど進んだ所でギブアップした。胃が食べ物を受けつけてくれなくなったのだ。
 いそいで部屋に戻り、ベッドにダウン。ひたすら嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
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2006年11月08日

憧れのハワイ航路 3_一路ハワイへ

 日本からハワイまでは、何日かかっただろうか? 約7〜8日位だったと思う。
 横浜港を出て、東京湾を抜け出し、外洋に出た。風もなく波も穏やか。陸地や島影が段々遠くになり、やがて水平線の彼方に消えた。
 午後に出港したので、間もなく暗くなり、夕食の時間になった。レストランのテーブル席に着くと(夜の食事だけはネクタイ着用の決まりだったので、初めて新調したスーツを着た)、まず、船長の挨拶があった(この船長とはその後、大の仲良しになる)。
 挨拶の最後に「これから、風の強い日もあれば波の高い日もあります。恐らく、皆さん船酔いすることになると思いますが、誰でも一度は経験することですから、今から覚悟しておいて下さい」と締めくくった。
 私は他人事のように聞いていた。というのも、乗り物には滅法強く、酔った事など一度も無かったからだ。車は勿論、よく親類の伯父が誘ってくれた釣り船に乗っても、全く平気だった。周りが皆ダウンしても、私だけが平然としていた。
 食事は最高だった。今で云うフルコース・メニューだ。こんな素晴らしい食事が毎日味わえるのかと思うと、まるで天国にいるような気分だった。私にとっては、生まれて初めて口にするものばかりといっていい。
 しかし、洋食を食べるマナーを全く知らない。乗客の半分以上が外国人だったので、横目でチラチラと見ながら、彼らの食べ方の真似をした。お陰で、最初の2日くらいは味わうというよりも、このマナーや食べ方に神経をすり減らした。今でも、このような堅苦しい食事マナーは好きになれないなあ。大衆食堂、大衆酒場が私にはピッタリくる(笑)。
ラベル:ハワイ 船長
posted by Boo! at 20:31| 埼玉 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

憧れのハワイ航路 2_出発は神戸港から

 私の乗った船は勿論日本の船で、約15,000トンの大きさ。
 元々から客船だったわけではなく、その昔、移民船としてハワイを始め、チリ、ブラジル、アルゼンチンといった中南米などに日本からの移民を運んだ船だった。
 昔は日本も貧しくて、国内での生活が立ち行かなくなった人達が、政府の移民政策に乗って新天地を求め、移民した時代があった。しかし、やがて日本が復興するにつれて移民する数も激減し、その移民船としての役割を終えることになった。そこで、船をリニューアルして外国航路の客船として再び使われることになったのが私の乗った船だ。続きを読む
ラベル:ハワイ
posted by Boo! at 22:00| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

憧れのハワイ航路 1

 今でこそ、ハワイへ行くことなど国内旅行するような軽い気持ちで行かれる方が多い。誠に時代は変ったものだ。
 35年以上も前は、ハワイはおろか海外旅行そのものが夢のような時代で、私の周りにも誰一人として経験者はいなかった。あの頃は、それなりに恵まれた方が新婚旅行で、グアム、良くてハワイに行けた位だった。アメリカ、ヨーロッパなんてとんでもない話で、夢のまた夢だった。
 そんな時代だったのに、何と40年程前に、実は私はハワイに行ったのだ(自慢!)。友人・知人は勿論、親戚中を探してもまだ誰も海外に行った者はいなかった。それ所か、日本中を探したって、まだまだ数える程しかいなかったであろう(再び自慢!)。それも船に乗って、ハワイ、アメリカ本土、更には台湾、香港と回った(再々自慢!)。
 この船での話も山ほどあり(・・・なんたって、3ヶ月間近くの航路だったから)、1冊の本が書けるかもしれない。その中から少し、かいつまんで書いてみたい。
 
 ハワイの港に到着して、初めて外国の土を踏んだ感激は今でも忘れられない。港には、レイを持った現地の若い女性達が出迎えてくれ、頬っぺたにキスをしてくれた。まだ純情だった私は顔が赤くなってくるのが分かった。しかし、物事を真面目に考える私は、頂きものには当然お返しが必要と思い、お返しに彼女の口にキスをしようとしたが、ぶん殴られそうだったので、辛うじてやめた。やがて、ウクレレの音が聴こえてきた。5人くらいのすごい体格のおばさんたちが歌で歓迎してくれたのだ。またまた、大感激。
posted by Boo! at 19:30| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする