2017年04月26日

悲しいねえ…。

 小学校の級友から、ひさしぶりに電話が来た。毎年集まるクラス会の件だろうと、すぐピンときた。

 昨年は5月だったから、間もなく1年になる。まるで万年幹事のように私が動くので、いつも誰かから「今年はいつやるの?」と問い合わせてくる。

 何年か前に、「幹事は皆で持ち回りでやらないと駄目だよ」と強く主張し、やっと交代するようになった。これで開放されると期待したが、なんのことはない。その後も、新しく決まった幹事の下働きみたいに手伝い続けている(悲)。

 一つには、長いこと私がアレンジしてきたので、「任せてしまえ」と、甘えているフシがある。ま、「できるうちはいいか」と半ば諦めている。

 電話に出ると、いつもの彼の口ぶりと違う。いきなり、「もう知ってるか?」と言う。「どうした?」「**が脳出血で倒れた」

 「えー!」とびっくりした。

 詳しく訊くと、何かの集まりの最中に倒れ、そのまま緊急入院した。手当は早かったものの、下半身不随の後遺症、言語障害も残ったとか。

 まだ入院中なのに、彼から電話があったそうだ。しかし、言語不明瞭で、彼と判明するまで、何回も聞き直したらしい。ちょっとショックだ。

 彼とは良い関係を保ってきた。私の実家近くに住んでいたこともあり、実家に寄る度に彼を呼び出し、喫茶店で話し込んだ。しかし、実家を整理してからは、行く用もなくなり、クラス会でしか会わなくなった。

 彼は若い時から体が弱く、会えば病気の話が多かった。結核、肺炎、腎臓、胃癌、数年前は脳に腫瘍ができたと言って、入院手術した。もしかすると、今回の症状に関係しているのだろうか…。

 まるで病気のデパートみたいな彼だけど、仕事はやめなかった。退院したらすぐに復帰を繰り返した。一度心配になり、「無理しない方がいいよ」と気遣った。「まだ家のローンが残ってるんだよ」と苦笑していた。

 そんな彼だが、無類の酒好きだ。すぐに酔っ払うくせに、盃を重ねる。最後はヘベレケになり、前後不覚に陥る。愛すべき人柄なので、「いつもしょうがねぇな」と呆れられながら、仲間たちに介抱される。

 前々回から、クラス会に出てこなくなった。体調が思わしくないからだ。今年も無理だろうし、これからも望めそうにない。

 これからこんな話が多くなるのだろうな。やはり会える時に会うべきだなあと、痛感させられた。

 近いうち、奥さんに様子を伺い、可能であればお見舞いしたい。
posted by Boo! at 22:21| 東京 ☀| Comment(2) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月13日

ダウン!

 先日まで妻が風邪を引き、2日前にやっと恢復した。

 ところが今度は私に風邪症状が出てきた。多分、彼女から菌を貰ったに違いない。まったくロクでもない。

 今日は無理して仕事に出たが、働いている間、悪寒はする、くしゃみが出る、鼻水だらだらと、苦しかった。昨夜もベッドに入ってから、鼻水が詰まってなかなか寝付けなかった。

 それでも少し楽になってきた。12時前にベッドに入ることなんてまずないけど、これから風呂に入って、すぐに寝ます。

 症状によっては、2,3日、ブログ更新ができないかもしれませんが、悪しからず。

 皆さんも気を付けてください。
posted by Boo! at 21:48| 東京 ☁| Comment(2) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月28日

付き添い

 最近妻の視力が落ち、「字が読めない」だの、「こんなに不便とは」と、嘆いている。

 元々妻の目は、見え過ぎるくらい良かった。テレビから5,6mほど離れても小さな字幕が難なく読めたほどだ。車に乗れば、私には全く見えない遠くの看板の文字が判読できた。しかし2年くらい前から、「なんだか、前みたいにハッキリしなくなった」と言い出し、ビンのラベルを見つめてはため息をつき、私に「読んで」と頼むことが増えた。しかし、遠くはまだ良く見えるから、免許更新は裸眼で大丈夫だ。

 数年前に白内障の手術をした私だから、彼女の不便さは良く理解できる。今になって、「目で悩んだことなんてなかったから、見えない人の気持ちが分からなかったわ」と、当時の私の状況に同情する。遅いんだよ!

 「加齢による老眼じゃない?」と言うと、「・・・」、まだ老いを認めたくないのか、悔しそうに黙ってしまう(笑)。

 最近更に症状が進んだようで、眼鏡を取っ替え引っ替えしては、「読めない」「こんな小さな文字、誰が読めるんだよ!」と、文句の矛先が印字した相手に向かう。「お前だって、かつては苦もなく読んだじゃん」と言うと、「確かに。そう言えば、針の穴に糸を通せない母親を見て、どうして見えないのかと思った」

 人間、自分がその立場にならないと分からないものだ。

 単に老眼だけならいいけど、私のように白内障だったり、もっと悪ければ緑内障、最近増えているらしい「黄斑変性症」だと心配だ。「一度ちゃんと検査した方がいいよ」と勧めると、素直に頷いた。「いつもそのように素直だったら」と言いそうになった(笑)。

 白内障で世話になった当時の眼科医を思い出し、先週仕事を休んで、病院に連れて行った。当時でも結構年配の医者だったので、「ひょっとすると引退したかも」と懸念した。しかし、元気に診療していた。

 「瞳孔を開いて検査する」ことになり、その為の点眼をする。私が散々体験したことだ。時間がかかるし、一人で待っていてもしょうがない。近くの喫茶店で時間をつぶすことにした。「終わったら連絡して」と伝え、病院を出た。

 2時間後、携帯の着信ランプが点滅した。弾けた声で、「どこも悪くないって!」と叫んでいた。「悪いのは頭だけだ」と聞こえないようにつぶやきながら、「良かったね」と、一応喜んでおいた。

 病院に戻り、自宅に帰る途中、レストランに寄り、ランチした。検査の結果を得意気に喋る彼女。異常のなかったことがよほど嬉しかったようだ。ちゃんと度の合うレンズにしたら、嘘のように良く見えるそうだ。「処方箋をもらったので、近いうちに新しい眼鏡を作る」と、それがまた嬉しそうだ。

 つまりは、度の合わぬ眼鏡を掛けて、「見えない、見えない」と騒いでいただけだったのだ。人騒がせな奴だ。

 仕事を休んでまで付添うことはなかった。まったく!
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2016年01月22日

恐れ入谷の・・・。

 私はゴルフをまったくしない。何度か誘われたことはあったけど、興味が起きず、その都度断った。ついでに、タバコも吸わない。実に、質実剛健、清貧の人生を歩んでいる。人呼んで、「土光型人生」という。

 土光と聞いてピンとこない方は、うんと若い方か、阿羅漢さんのように無駄に年を食っている方でしょう(笑)。

 土光さんとは、あの経済界のドン、経団連の会長でもあった土光敏夫氏のことです。聞いたり読んで知ったことですが、とにかく金を使わない方だったらしい。なんでも使い切るまで使う。歯ブラシは50年以上、床屋には行かない、ズボンのベルトは古くなったネクタイで代用・・・とか、嘘か眞か知らないけど、伝説的に伝わっている。中でも有名なエピソードは、夕食のおかずはメザシと決まっていたという話。そのため、「メザシの土光」と呼ばれた。

 こういった類の話はいろいろと尾ひれがつくものだから、100%真実とは信じないけど、しかし基本的なスタンスは、無駄なカネ使いをしないことに徹底していたのだろう。決してケチな方ではない。使うべきところには惜しまず注ぎ込んだというから素晴らしい。

 今の政治家、財界のお偉方に見習ってほしいものだ。

 さてゴルフというと、アマチュア・ゴルファーの夢はホールイン・ワン達成でしょう。「死ぬまでに一度やってみたい」と願っているゴルファーはごまんといるに違いない。プロだってそう簡単にできることではないから、もし達成したら「ラッキー!」としか言えない。

 都内に住む従兄が夢を実現したことがあった。もうかなり昔のことで、30年くらい前だったか・・・。よほどうれしかったのだろう、記念にお祝いパーティーを開き、大盤振る舞いした。更に友人・知人にテレフォン・カードを配りまくった。表面には従兄の写真が印刷されていた。しかし従兄の写真なんかいつまでも拝みたくないので、すぐに使い切り、捨てた(笑)。

 だが下手にホールイン・ワンを達成すると、大変だと聞く。かなりの運を使い果たすことで、その後は悪いことが起きる心配があり、それを避けるために幸運をみんなで分け合うために金品を贈るというのだ。なんだかなあ・・・だ。正直言って、悪しき習慣でしょう。そういえば、万が一(?)に備えて、「ホールイン・ワン保険」があるというから、笑うに笑えない。

 従兄の他にも友人がやはり達成している。こいつは凄い。半端ではない。なんと2回も達成している。中学時代から野球少年で運動神経は抜群だった。やはりゴルフにもそのセンスが生きているのだろう。

 先日、お正月祝いに自宅に呼ばれた。居間の棚には置き切れないほどの数のトロフィーや賞状が置かれている。いずれも野球で優勝した時の記念トロフィー、個人賞が多いけど、ゴルフ関連も凄い数だ。

 棚の中央に最近置いたばかりと思える真新しい賞状が目に入った。額に入っている。文字を追うと「ホールイン・ワン達成の証」とある。日付を確認すると昨年12月**日となっていたから、ついこの間のことだ。

 「えー、またホールイン・ワンかよ」と、びっくりした。これで3回目だ。「すごいねえ・・・」と感心すると、照れくさそうにほほ笑んだ。「だって、もう3回目でしょう?あり得ないじゃん」と言うと、「いやー、本当は4回目なんだ」とさりげなく言う。またまた、「ギエー!」だ。

 ところが、一回だけ第三者が立ち会っていなかったため、認定してくれなかったらしい。キャディーさんとか、大会運営者の証明が必要らしい。一緒にプレイした仲間たちが一生懸命訴えたそうだけど、規則を盾に受け入れなかったそうだ。確かに、虚偽申請しようと思えばできるから、致し方ない。

 それにしても4回とは・・・恐れ入った。
posted by Boo! at 23:31| 東京 ☀| Comment(11) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月15日

痛ッ!

 ドジをやってしまった。

 先日の日曜日、珍しくも居間の掃除を手伝った。妻一人にやらせるのは気の毒と思い、重いソファーやテーブルを動かして、掃除しやすくしてやった。

 皆さんもご存じのように(知らない?)、我が家の居間は広い。単に広いだけでなく、広大な空間だ。余りにも広くて、外にいるのかと錯覚しそうだ。その点、阿羅漢さん宅は狭くて羨ましい(?)。ちょっと手を伸ばせば何でも届くから、日常生活がラクチンらしい。ま、あの方、足だけでなく、手も短いから、きっと体格に合わせて設計したのだろう。長いのは鼻の下だけだ。

 それにしても、家具は重い。ソファー一つ移動させるのも一苦労だ。だからいつも動かすわけではない。でもたまには移動して掃除してやらないと、見えないところにゴミが溜まってしまう。

 テレビは液晶になってから大分軽くなり、楽になった。それでも、台の下にキャスターを取り付けて、手軽に動かせるようにした。以前のアナログ・テレビは33インチだったけど、バカ重かった。図体は大きく、がさばった。液晶の良い所は、大型画面でも奥行きがないので、壁にぴったり寄せられる。

 さて一通り掃除が済んで、ソファーを元の位置に戻そうとした。一人用のソファーでも重く、ウンウンいいながら持ち上げ、2,3歩動いたところで、アクシデント。

 そばにあったテーブルの角に、片足の膝内側を強く打ってしまった。ピーンと痛みが走り、思わずソファーを落としそうになった。ソファーを持ち上げると、足元が見えなくなり、つい見落としてしまったのだ。

 打ったというよりも、押した感じで、変な角度にねじってしまったような違和感だ。幸いに、関節を痛めたのではないようで、歩いても痛みはない。階段の上り下りも問題ない。しかし、ある角度まで曲げると、痛みが出る。重いものを持っていたので、余計に力が加わったようだ。

 翌日、恐る恐るベッドから起き出した。ゆっくり立ち上がると、やはり片足に痛みを感じた。それでも歩きには問題がなかったので、車に乗り込み運転した。運転も支障はなかった。

 だが、30分以上座ると、痛みが出る。歩くと治まる。帰宅しても同じで、PCの前に長時間同じ姿勢で座ると痛み出す。どうやら、一定時間膝を曲げたままにすると、動きが固まってしまい、その後動かすと痛みが出やすいと分かった。

 そこで、椅子に座っても、打った片足は曲げないで、前にだらんと投げ出すようにした。こうすると、かなり改善される。

 今日になると、90%くらい恢復したようで、大事に至らなくてほっとした。街中を歩くと、お年寄りたちが杖をついたり、歩行器を使って歩く姿をよく見かける。また、足が思うように動かないのか、体をゆすりながらゆっくり歩く姿も見る。足腰だけは、いつまでも健康でいたいから、これからは、掃除の手伝いをやめようかと考えている(笑)。
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2015年08月04日

熱中症対策

 暑いからと言って、一日中クーラーの効いた部屋に閉じこもってはいけない。体は鈍るし、かえって元気がなくなる。

 こういう時こそ、炎天の下、外に出て直射日光を体中に浴び、皮膚が火傷するくらいにまっ黒に焼き、排出した大量の汗を補うべく、冷えたビールをカーツと一気に飲む。これが生きる源であり、みるみる元気を取り戻すでしょう。しかし、命の保証はしません(笑)。死ぬ源になるかもしれませんので、自己責任でどうぞ。

 それにしても、毎日のように多くの方が「熱中症」で倒れたり亡くなったりする。テレビ、ラジオ、新聞などで頻繁に注意を呼び掛けているにもかかわらず、あまり効果を上げていないようだ。「自分だけは大丈夫」と、甘く考えているのかも知れない。

 つい最近も、自治会から「**さんが熱中症で倒れた」という回覧板が回ってきた。庭で作業をやっていたらしいが、途中で気分が悪くなり、部屋に戻った。しかし一向に恢復せず、心配した家族が病院に連れて行った所、「熱中症」と診断された。一歩遅れたら、命も危なかったらしい。丁度家族がいたから良かったけど、もし一人だけだったらと考えると、他人事ではない。

 ちなみに私は外出する時は必ず水の入ったボトルを携行する。またランニングする時は、プラスして塩分補給のタブレットも用意する。何しろ、凄い量の汗が出る。勿論、夕方以降に走る。6時か7時を過ぎると公園内は意外と涼しいのだ。樹木が多く、鬱蒼としているので、通り過ぎる風は爽やかで気持ち良い。

 お蔭で食欲が衰えることもなく、元気に毎日を過ごせているのは有難い。ひとえに、私一人の努力によるものです(笑)。酒ばかり食らっているたぬきさんとは生活態度がまるで違う。
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2015年07月17日

新調

 ランニングはまだ続けている。我ながらよく続いていると感心する。

 ただこの時期、雨が多いのでどうしても走れない日がある。三日も空白が続くと体が鈍ったような気がするし、なにより、ビールが美味しくない。雨に関係なく走っている者もいるけど、私はそこまでは無理しない。その代り、ウォーキングに切り替えることはある。傘持参で歩けるからだ。少し速足で6Kmほど歩けば、汗ばんでくる。ランニング後のようなビショビショ感を味わえないことが物足りないけど・・・。

 暑い日であっても、できれば毎日、せめて二日に一回は運動で汗を出したいものだ。じっとしても出てくる汗とは違って、爽快感がある。

 ウォーキングに比べ、ランニングはシューズが消耗しやすい。1年から1年半くらいしかもたない。シューズは重要で、ちゃんとした品質のもの、自分の足に合ったものを選ばないと、足や膝を痛める原因にもなる。

 公園で歩いている方やランニングしている方のシューズをチェックすると、どうでもいいようなシューズを履いている方が珍しくない。ひどい方になると、サンダルに毛が生えたようなものを履いて、ペタペタと音を出しながら歩いている。あるいは、靴底の片方が極端に減り、足首を左右に揺らしながら走っている方もいる。「それじゃ、足を痛めますよ」と、注意したくなる。

 しかし、ベテラン・ランナーや本格的なランナーになると、さすがに良いシューズを履いている。走る姿も軽快に見える。私は、年齢だけはベテラン・ランナーだ(笑)。60歳を過ぎてから走り始めたので、足に負担をかけないようなシューズを選んで来た。軽くて、クッション性が良いものだ。そのおかげか、足・膝をまだ一度も痛めたことがない。素直に専門店の店員のアドバイスを聞きいれてきた。

 1年半ほど履いてきたシューズが大分くたびれてきたので、新調することにした。スポーツ専門店であれこれと物色したが、シューズの値段もピンからキリまであって、ホームセンターの特売品だと、980円なんてものもある。しかしそれなりのものとなると、1万から2万円はする。品質だけでなく、色、デザインも重要だから、結構迷うものだ。良いと思って履いてみると、違和感があって購入を断念することもある。

 結局、2足購入してしまった。1足でよいはずだが、店員が、「2足を交互に履いた方が、長持ちしますよ」と言ったからだ。店員の言葉に上手く乗せられたかな・・・?

 しかし、最近のシューズの高品質ぶりは素晴らしい。通気性に優れ、走り終わっても蒸れることがない。走り始めてゴールするまで、しっかり足にフィットした状態を保つ。980円のシューズではありえない(笑)。これでタイムアップにつながればよいのだけど・・・。
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2015年02月18日

乱筆、乱文にて・・・。

 いやいや、寒い!

 今日は雪が降るという予報で、それなりの支度をして仕事に出た。しかし予報は外れて、雨が降り続いた。すこしミゾレ混じりだったかもしれない。せっかく冬用タイヤに履き替えているのだから、ちょっとくらい雪道を走ってみたいものだ(笑)。

 雪と言えば、昨年の大雪を思いだす。2週続けての大雪だった。車庫の屋根、雨樋などが雪の重さでつぶれたり、破損しているお宅を何軒も見かけた。こんな被害は滅多にないことだけど、さすがに懲りたらしく、雪国仕様の頑丈な構造の車庫に作り変えた家が多かった。

 寒い日が続いても、確実に春が近づいている。車を走らせると、綺麗に咲いた梅の花をよく見る。自宅近くの川辺にある桜並木も、つぼみが段々膨らんできている。

 寒いと行動が億劫になり、つい、屋内に閉じこもりがちだ。これでは体が鈍るから、意を決して、外に出る。お天気が良ければ、公園でランニングだし、多少の雨であれば、無理せずにウォーキングに切り替える。

 一頃は走るたびに記録を更新し、このまま伸び続けると、日本新記録も夢ではないな、と思った(笑)。いえ、年齢別ですけどね。実年齢を誤魔化して、80歳以上のクラスなら、間違いなく優勝だ(笑)。

 所がここ半年くらい前から、スピードが低下傾向なのだ。悔しいからペースを上げようとすると、心拍数が上がり、苦しくなる。無理は危険だから、すぐにペースを落とす。ゴールしてタイムを確認すると、ベスト記録よりも1分以上も遅いことがしばしばだ(6kmで)。2分も落ちるとガックリする。やはり、華麗には、じゃない、加齢には負けるようだ(悲)。

 最近、ヘルスメーターを購入した。長年使っていた体重計がダメになり、買い替えたのだ。最近のヘルスメーターは凄いことになっている。以前のものも、購入当時は先端機能を持っていた。と言っても、体重と体脂肪しか測れなかった。所が今や、体重、体脂肪は勿論、内蔵脂肪レベル・基礎代謝・筋肉量・推定骨量・体水分量などが分かる。正しくは、「体組成計」と呼ぶらしい。これらデータを基に、測った本人の肉体年齢も出る。

 早速妻が乗り、測った。すると、「キャー、私、52歳だって!」と、大喜び。実年齢よりも10歳も若かったから上機嫌だ。「なにを喜んでいるんだ!」とバカにし、「そんな数字は当てにならんぞ」「第一、どう見たって、実年齢のほうがふさわしい」と水を差した。「じゃ、あなたも早く乗りなさいよ」と強く勧める。

 正直、妻の前では乗りたくないものだ。もし、実年齢よりも10歳以上も上だったら、何を言われるか、分かったもんじゃない。

 渋々、乗ることにした。まず、本人のデータを登録する必要がある。「男性か女性か」「年齢(実年齢)」「身長」を入力し、乗った。すると10秒ほどで数字が出た。体重は50g単位で測れる。これはほとんど変わらない。だが、体脂肪が少し増えている。以前の機種では低かったのに・・・。多分、新しいほうが正しいのだろう。色々な数字がずらずらと表示され、最後に肉体年齢が出た。なんと、48歳だ。おもわず、「キャー、私、48歳だって!」と叫んだ。その時、妻の何ともいえぬ不機嫌な表情を見逃さなかった。

 「数字だけの話よ」と、返してきやがった。「まあね」と、やんわり聞き流した。下手なことをいうと、飯を作ってくれなくなる(悲)。

 しかし、どこまで正確なのか、信じていいのか、よくわからないけど、少なくとも、体重の変化を知ることは大事だと思うので、毎日一回は測るようにしたい。

 皆さんも測ってますか?
posted by Boo! at 22:07| 東京 ☁| Comment(2) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月04日

何とか・・・。

 放置していた庭の雑草がひどい状態になり、先日の日曜日、重い腰を上げて草取りに精を出した。

 午後から始めたこともあって、全部を取り切ることはできなかった。疲れもしたし、「今日はこのくらいにしておこう」と、切り上げた。立ち上がろうとしたとき、腰に軽い痛みが走った。「あっ、やばい!」と思った。

 2,3年前にも、やはり草取りをした後、ぎっくり腰になったからだ。その時の嫌な記憶が甦り、「再発するとまずいな」と心配した。

 一応、注意は払っていた。草取りする時は必ず、パイプ製の折りたたみ椅子を用意し、それに腰かけながら作業するように心がけている。しかし、低い姿勢から何度も座ったり立ち上がったりを繰り返すので、どうしても腰に負担をかけてしまうようだ。

 悪化させたくないので、その日は早めにベッドにもぐりこんだ。

 翌朝、起床しようとベッドから上体を起こそうとした。途端に腰に激痛が走り、起き上がるどころではない。色々と体の向きを変えたり腕の位置を変えたりして、なんとかベッドから床に足を下ろした。しかし歩こうとすると激痛が起き、なにかに掴まらないと歩けない状態(悲)。壁や家具、手すりに掴まりながらなんとか階下に降りた。

 「これは仕事どころではない」と判断し、「今日は休む」旨の連絡をした。

 歩けないのは実に不自由だが、椅子に座っても立ち上がろうとすると激痛が走るから始末が悪い。「もう、じっとしていよう」と、ベッドに戻った。夕方になってベッドから起きると、なんだか体が軽い。そっと歩いてみると、ほぼ不自由なく歩ける。「思ったよりも早く恢復しそうだ」とほっとした。翌日はもう仕事に出るつもりでいた。

 所が翌朝、前日同様の痛さが戻り、またまたベッドから起き出すことが大変。再び仕事を休んだ。

 ただ一つ幸いだったことは、睡眠がちゃんと取れることだ。横になっている限り、痛みを感じることはなく、つい、ぎっくり腰を忘れるほどだ。前回の時は違った。寝返りを打つたびに激痛が走り、安眠できなかった。同じぎっくり腰でも、部位によって症状が違うようだ。

 とにかく早く楽になりたいので、たぬきさんに電話した。知っている方は知っているけど、この方、その道の達人なのだ。盗用医学(本人は東洋医学と言ってる)を駆使し、訪れる患者の治療に当たる。特に世間を騒がせたのは、あらゆる患者を半身不随にしたことだ。そのため、別名「たぬき塚」とも呼ばれている。ま、ここを訪れたら、無事に帰ることはできない。

 まだ半身不随にはなりたくないので、たぬきさん宅を訪れることはやめ、電話だけの相談にしたものだ。

 たぬきさんのアドバイスによると、とにかく腰を固定することだという。コルセットが一番いいけど、なければさらしを巻いたり、サポーターを当てるのが良いそうだ。そのお説に従って、大きな布を腰にしっかり巻きつけた。確かに、楽になったような気がした。

 「ぎっくり腰」をネットで検索すると、いろんな治療法が出ている。

 「温める」「冷やす」「動くな」「動かせ」「歩け」「歩くな」・・・と、まるで反対の方法が入り乱れている。これでは、我々を混乱させるだけだ。「どっちが正しいのだ!」と思ってしまう。

 たぬきさんも、「ほとんど信用できませんよ」と言っていた。

 今日は痛みを引きずりながら仕事に出た。それでも、夕方になると、だいぶ楽になってきた。問題は起き抜けの朝だけど・・・。今日よりも明日、明日よりも明後日、と少しづつ良くなって欲しいと願うばかりだ。

 今まで「健常者」であっても、突然「障害者」になり得るから、これから益々注意を払わないと・・。皆さんも気を付けましょう。
posted by Boo! at 22:29| 東京 ☁| Comment(14) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月22日

一寸先は・・・

 いやいや、驚いた。人間、何が起きる分からない。これまで何も起きなかったからといって、明日はどうなるかわからない。ましてや1年後、10年後のことなど、誰にも分かりゃしない。と言うか、今この一瞬先のことすら、人間には分からないものだ。「一寸先は闇」とは、よく言ったものだ。

 何が言いたいのか?

 実は、あの有名な(注:当ブログ上では)paulさんが入院されたという。「虫も食わぬ顔して」じゃない、「虫も寄り付かない」「女性も近寄らない」「金には縁がない」と、まさに「ないないづくし」の方だ。

 しかも最大の武器は「病気にも縁がない」という超強健者だ。それなのに、変な病気にかかったそうだ。ま、一つでも何かしらに好かれることは良いことだ(どこが?)。たぬきさんなんか、地球上のあらゆる生物に嫌われているほどだ。

 現在も入院中らしいが、今週末までには退院予定だという。毎日暇を持て余しているそうで、やらしいビデオばかり観ている。「実に困った患者だ」と、ナースの不評を買っているらしい。

 そうはいっても、一応心配になり、メールをしてみた。誰からも見舞いの連絡などなかったらしく(そりゃ、そうだ!)、随喜の涙を流しながら読んだそうだ。こんなもんで喜んでくれるなら、安いものだ(笑)。

 何日間か高熱が続き、病院で検査した。原因は分からなかったものの、熱は下がった。だが、「前立腺肥大」が見つかったそうだ。

 変な所が肥大しても、ロクなことがないのになあ・・・。

 だがpaulさんなら、「さもありなん!」と思った。

 「前立腺肥大症」といったら、怪しい病気だ。確か、「性病」の一つのはずだ。「梅毒」「淋病」に続く、3番目の性病としてよく知られている。そのため、「三大成人病」ならぬ、「三大性病」とも言われている。しかも、伝染力が強く、恐らくこれから2,3年は隔離生活を余儀なくされるはずだ・・・ホンマかいな?

 当人は至って呑気で、返信メールには「元気になったら、オフ会でお会いしましょう」と書かれていた。

 これはとんでもない話で、下手にオフ会に参加などされたら、メンバー全員が「前立腺肥大」になってしまう。なにしろ、感染力が強いから。すでに経験した方は、免疫力があるからいいけど、私のように、穢れのない体だと、簡単にうつされてしまう恐れがある。

 世のため、人のため、ここはゆっくりと最低5年くらいは娑婆に出ないようにお願いします。
 
 ともかく、一日も早い恢復を祈ってます。全然、祈ってない?



追記:不確かな医学知識を振り回した感があります。信じる、信じないはご自由です(笑)。
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2013年04月24日

友の入院

 大学時代、サークルで一緒だった友人が手術入院した。

 学部は異なったものの、新入生部員として一緒に入部した。サークルではギターを担当した。高校生の頃から多少かじっていたらしく、まだ何も弾けなかった私よりも、スタート地点が前だった。

 地方の資産家の一人息子で、学生の分際で随分と優雅な生活を送っていた。特に母親の溺愛は大変なもので、毎月の仕送りが5万円と言っていた。大卒初任給2,3万円の時代にだ。私の実家は下宿屋を営んでいたが(母の副業だった)、賄付で確か1万円以下だった。

 許せないと思ったのは(笑)、大学を出て、就職し、給料を貰う身になっても、親からの仕送りが続いたことだ。恐らくサラリーよりも多かったはずだ。「結婚してからは貰っていない」と言っていたが、これは本人の弁だ。真実は母親が亡くなるまで続いたのではないかと疑っている。それが証拠に、給料とは釣り合わぬ高級車を乗り回し、酒、食事に贅沢の限りを尽くしていた。

 しかし気性は大変ストレートで、豪快さと繊細さをもちわせていた。きっぷがいいから、女性にも男性にも好かれた。まあ、良い意味での「お坊ちゃん育ち」だったのだ。
 
 大学二年の時、「今度新しいアパートに移る」と言った。「お前の住所に近いようだ」と言ったので確認すると、驚いた。なんと実家から歩いて5,6分の所。別に私を追いかけてきた訳ではなく(笑)、偶然だったらしい。しかも、そこの大家は母の知人でもあった。

 それからというもの、付き合いが一気に濃くなり、月に一度は、お互いに訪問し合い、泊まり込むこともしばしばになった。ある日、夕食に彼を招き、食事していたら、父が帰宅した。酒の好きな父と3人で酒盛りとなった。柔道で鍛えた父の酒はとんでもなく強い。私では全く相手などできない。だが友人も強かった。途中からは二人で競うように飲み続けた。親父も珍しく対抗馬が現れて、負けたくなかったのだろう、ムキになった。

 しかしさすがに若い友人には負けた。遂に父はダウンしてしまった。すると彼は父をそっと抱き上げ、布団に寝かせた。父は年齢にしては、大きいし、重い。私が父を背負ったことなどなかったから、ビックリした。と同時に、彼の優しい一面に触れ、「こいつとは一生の友になるかも」と思った。

 その思いに誤りはなく、現在まで親しく付き合っている。

 ただ当時から、「不整脈があるんだ」とよく言っていた。しかし私にはその意味がよくわからず、「ふーん」とうなづくのみだった。やがて心臓病の一つであることが分かり、心配した。「余り無茶するな。酒もほどほどに」と忠告したが、そんなアドバイスを聞くような彼ではない。

 お互いが結婚生活に入ると、中々、会えるチャンスがなくなった。だが相変わらず、仕事にかこつけては毎晩のように飲んでいるという噂は耳に届いた。そして私の心配は現実となり、仕事の出先で倒れた。心臓が停止し、失神したのだ。幸いにも手当が早かったため、命拾いした。その後も何度か発作を起こした。

 早期退職したが、それでも無茶なペースを変えない。「もういい加減におとなしくしろ。俺のように清らかな生活を目指せ」と言ったが、「ふふ・・」と笑って誤魔化す。

 2年前からは、ゴルフ場、電車内、飲み屋で倒れ、自宅でも入浴中に気を失った。電車内では、立っていたら気が遠くなり、気が付いたら病院だったそうだ。周りの乗客も驚いただろうなあ。遂に昨年は、ほとんど外出もままならず、薬療法を受けた。それにしても彼は強運だった。どこで倒れても必ず身近に人がいたからだ。そうでなかったら、とっくに死んでいてもおかしくない。

 心臓は考えていたよりも重症で、とうとう手術を余儀なくされた。「今のままでは、余命2年以内」と脅かされたそうだ。今年の2月を予定していたが、体調が整わず、3月にずれ込んだ。心臓手術では世界的に有名なS記念病院に入院した。

 彼からの無事退院報告を待った。先日やっと電話がきた。思いの外、元気そうな声でホッとした。10日間ほど入院したらしい。「心臓手術なのに、次の日には歩かせるんだぜ」とぼやいていた。「これであと10年は生きられそうだよ」と言い、「心配かけて、済まん」と珍しく殊勝な態度だった。

 「よかった。これからは体が第一だ。好きな酒もやめた方がいい。もう一生分以上飲んだはずだ。まさか、飲んでいないだろうな?」
 「もう飲んでいるよ!」と、涼しい声。
 「反省しないやつだな」
 「だって、医者が一合までならいい、と言ったんだもん」
 「なにが、もん、だ!」

 まったく懲りない奴だ。ま、そこが彼の愛すべきところでもある(笑)。

 もう少し元気になったら、快気祝いをしたい。 
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2013年04月14日

マイ・ペース!

 ほぼ毎日のようにランニングを続けていることは、何回か記事にも書いた。

 正直、自分が走るなんて思いもしなかったことだ。そもそもは、運動不足解消、体力維持・強化、肥満防止のためにウォーキングを始めたことが現在のランニングに結び付いた。

 50歳くらいまではほとんど運動らしいこともせず、気が付いたら体重は20代のころに比べると10Kg以上も増えた。ズボンは新しく買い替えてもすぐにきつくなるし、ベルトの穴は2つ、3つ、ゆるい方に移動した。駅の階段を上がると、息が上がりそうになる。あわてて走ったりしようものなら心拍数が急上昇し、心臓マヒでも起こすのではと、不安になった。

 なによりもショックを受けたのは、やはり体重増加だった。元々は痩せ型で、高校生のころからあまり増えることがなかった。大体52〜54Kgの間を長年キープしていた。所がある日、恐る恐る体重計に乗ったら、なんと62Kgをオーバーしていた。私の意識では、60という数字はあり得ないことだったからがっくりしたものだ。ろくに運動もしなかったことで、脂肪ばかりが増えたわけだ。

 「これではいかん!」と、一念発起。まず歩くことから始めた。近くの公園内にある2Kmの周回コースで2周(4Km)した。普段ほとんど歩かない生活をしてきたから、4Kmは長かった(笑)。しかし久しぶりに汗をかき、気持ちよかった。最初は仕事にでる前の早朝に歩いた。だがこれが仕事に悪影響。

 お昼頃になると一気に疲れが出てきて、睡魔も襲う。集中力にも欠ける。そのため、仕事を終えた夜間に歩くようにした。これは正解で、汗をかいた後のビールは最高だし、食事も進む。寝つきもよくなった。

 最初の一ヵ月間近くは本当にきつかった。筋肉痛は起きるし、足の裏も、接地するたびに痛みが走る。腿やふくらはぎが突っ張る。このような状態では足も満足に上がらないから、非常にゆっくりペースになる。肥満体のおばさんに抜かれることもあって、悔しかった。

 その内に痛みが徐々に薄れ、足取りも軽くなった。スピードもぐんぐん上がり、一年も過ぎると、公園内では一番速くなった(多分)。体重も緩やかに減り始め、60Kgを割った。

 やがて歩くだけでは物足りなくなり、「ちょっと走ってみようかな」と、1Kmほど走ってみた。コースにはジョギングやランニングしている者もおり、ほとんどがゆっくりしたペース。「あんなスピードなら自分でも」と思ったのだ。

 ところが甘かった。「ウォーキング」と「ランニング」では使う筋肉が違うようで、すぐに息が上がってしまった。これは自分のペースが分からず、オーバー・ペースだったこともある。あまりの苦しさに、「ランニングは無理だ」と、あきらめようと思ったくらいだった。

 それでも「なんとか1周をクリアするまでは」と頑張った。段々ペースがつかめてくると、最初の苦しさはなくなり、自信がついてきた。1周を走れるようになると、2周、3周と距離が延び、ついには5周(10Km)まで到達した。

 タイムも順調に上がり、ベストを更新し続けた。しかしあるレベルまで上がると、なかなかそれ以上のタイムは出なくなった。1Km平均タイム6分を切った時は苦しかったし、ものすごく速かったような気がした。やがて5分30秒あたりが当たり前になると、6分はスローペースに感じるから面白いものだ。やっとの思いで出したベスト記録が、一年後には普通のペースになる。

 こうして少しづつ記録を縮めたが、5分15秒あたりからは更新がしんどくなった。何とか5分を切ることを目標にしていたが、近いようで遠い。ごくたまに5分3秒までは更新できたが、その後は再び5分15秒前後で停滞した。「年だし、もう無理だろうなあ」とあきらめてもいた。

 だが先日、それほど調子がよいとは思わなかったのに、5分を切って、4分55秒を出した。余りの嬉しさに、ストップ・ウォッチの時間をそのままに、リセットしなかった(笑)。もうこれで思い残すことはない。一度でも5分を切れば大満足だ。これからはタイムを気にすることなく、マイ・ペースで走ろう。

 走らない方にはどうでもよい話でしょう。しかし以前走っていたJGさんなら、この喜びは分かってくれるはずです。
posted by Boo! at 22:22| 東京 ☀| Comment(2) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月19日

祈快癒!

 あたごウクレレさんが体調を崩され、入院したらしい。突然のことで驚いた。

 今月4日にオフ会でお会いしたばかりで、その時はとてもお元気そうだった。演奏はもとより、食事やお酒を口にしながら、メンバーとの会話を楽しんでおられた。

 勿論、オフ会メンバーは全員承知していたことだけど、あたごさんは以前に大きな手術をされた。幸いにも手術は成功したが、大切な声を失うという代価を払った。

 スチールギターやウクレレのみならず、特にオカリナには力を注いでいた。だからあたごさんのハンドルネームは長い間、「あたごおかりな」と称していたほどだ。しかし、吹くことが難しくなり、「オカリナ」を断念することになった。「これからはウクレレとスチールギターに専念します」と連絡が入り、「名前もあたごおかりなから、あたごウクレレに改称します」とあった。

 いろいろな楽器をものにし、中でもオカリナには特別な愛情を持っておられたようだから、さぞや無念だったことと思う。

 手術後のあたごさんの前向きな生き方は素晴らしく、以前にも増して音楽を愛し、更にはゴルフも楽しむという、実に充実した毎日を送っていたようだった。

 私がこの方に感心するのは、自分のことだけを考えるのではなく、他人への思いやりが深いことだ。それも、さり気なくされる。

 例えば、オフ会のために日程や会場探しに奔走する。手術したあとでも、直後一回は不参加だったものの、その後は従来通り、先頭に立って事(こと)を決めてくれた。あたごさん抜きではスムーズな会の運営など、できなかったといえる。

 声を失ったことで、補助具を使ってのリハビリに励んだ。その結果、会話のやりとりが可能になった。更には、唄にも挑戦したいと、別の道具(タピア)使って訓練した。その成果は如実に現れ、先月のEI会(あたごさんのグループ)では、「竹の橋」を見事に唄い切った。

 そういったご自分のリハビリ経験を、同じ症状に苦しんでいる方々にも伝えたい気持ちから、時には病院などで指導までするようになったというから驚きだ。これも他人への優しさから湧いてくるのでしょう。弱気にならず、強い意志を持って前に進む姿が本当に素晴らしいし、尊敬してしまう。

 あたごさんの活発な行動ばかりを見てきたので、私などはつい、それが当たり前のごとく思ってしまった。

 「甘えすぎたなあ」と反省させられる。

 必ず快復され、再びお元気に退院されることを祈りますし、応援します。

 なお、復帰しましたら、今まで通り、オフ会の運営お任せしますので・・・全然反省してない?
posted by Boo! at 21:10| 東京 ☀| Comment(13) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

スポーツ・ジム

 半年ばかり前、最寄の駅の真ん前にスポーツ・ジムがオープンした。オープンする2か月位前から、毎週のように入会案内のチラシがポストや新聞の折り込み広告として入っていた。

 周辺にはすでにいくつかのジムが存在しており、いずれもつぶれずに続いているから、それなりの会員を抱えていると思われる。30万人以上住む街だから、ジムの5つや6つが共存してもやっていけるのかも知れない。

 それに、世の中は健康志向が強くなり、体力強化・維持に努めている方が増えていることも、ジムが繁盛している要因かなと考えるけど、実際はどうなのだろう?

 チラシの案内を見ると、入会金、年会費あるいは月謝が結構高いなと感じる。オープンしたばかりの頃は、それを記念して入会金半額とか宣伝していたけど・・・。安いコースでも月6、000円、高いコースになると2万円近くも取る。1年にしたら、7万円前後から20万円以上だ。

 毎日のように通い、朝から夕方まで、水泳だの筋トレだの色々なトレーニングをして時間をつぶせることを思えば、高くないのかもしれないけど、そんなに毎日通える人がどれだけいるのだろう、と思ってしまう。定年退職して、時間とお金に余裕がある人くらいではなかろうか?

 私の友人にも何人かジムに通っていた者がいた。しかし、全員、いつの間にかやめてしまった。理由を聞くと、最初こそ面白がって一生懸命に通ったけど、毎週土日くらいしか通えない。しかし、折角の休みである土日をジム通いだけで使いたくない。段々足が遠のき、やがて月に1回となり、2,3か月に1回となる。こうなると一回あたりの料金がえらい高いものになる(笑)。結局ばからしくなってやめたらしい。

 私も一時、「入会しようかな・・・」と、検討したこともあった。しかし多分、友人たちと同じ理由ですぐに続かなくなることは目に見えていたから、断念した。

 もう一つの理由として、同じフロアで他の方々と同じような動きをすることに何となく抵抗を感じるということもある。

 駅から出て、ジムの入っているビルの前を通ると、1階と2階で沢山の方がランニング・マシンやウォーキング・マシンに乗って、黙々と体を動かしている姿がガラス越しに見える。彼らからすれば、窓の外を眺めながら一心不乱になっているのだろう。皆が一斉に、というのがどうも私は苦手だ。また、無機的な世界に写る。

 例えば同じ走るのなら、新鮮な外の空気を吸い、通り過ぎる景色を楽しみながら走るほうが性分に合う。ただし、雨や雪が降ると走れないのが難点だけど、これは休息の時間を与えられたと思っている。この場合は家で、軽い体操して済ませてしまう。

 入会金ゼロ、年会費もゼロの究極的格安のジムに通っているようなものだ。

 とはいえ、本格的に体を鍛えようと思ったら、専門家の指導を受けながらトレーニングしたほうが、効率が良いとは思うし、ケガも防げるでしょう。

 これは人それぞれの考え方によるから、自分で良いと思う方法で運動不足を解消しましょう。

 どちらにしろ、大事なことは、長く続けられるかどうかだけです。スチールギターも然り!
posted by Boo! at 22:59| 東京 ☁| Comment(8) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

いててて・・・!

 「油断大敵!」「隙アリ!」だったか・・・(悲)。

 腰を痛めてしまった。いや、いつものランニングのせいではありません。

 2週間ほど前に、枝おろし、草取りをしたのだけど、少々頑張りすぎた為か、腰に負担をかけすぎてしまったようだ。特に草取りは長時間にわたって腰を下ろしっぱなしだし、無理な姿勢もとりがちだ。草も大量になるとかなり重い。大きなビニール袋にギュウギュウ詰めすると、足がふらふらするほどだ。それなのに何個も持ち歩いたから、もうへとへとだった。

 次の日、「ちょっと腰が張るなあ」と思ったけど、仕事には支障なかった。それどころか、夜にはいつも通りランニングをした。二日目の朝、ベッドから降りようと足を床に置いた。立ち上がろうとすると腰にギクッと来た。「アッ、これはまずいぞ!」と、できるだけ腰に負担をかけぬように家具に手を添え、慎重に立ち上がった。

 腰を伸ばそうとしたが、痛くて真っ直ぐの姿勢が取れない。階段から降りると、一段毎に腰にズキンズキンと来て落ちそうになった(笑)。最悪は洗顔で、腰をかがめようとしても曲がらないから片手で水を掬いながら撫でるように洗った。仕事も無理かなと思ったが、しばらくすると痛みが和らぎ、普段通り出かけた。幸いにも運転に支障はなく、助かった。

 午後になるとかなり楽になり、「軽くて良かった」と安心した。だが、それが甘かった。

 それから十日間、朝起きる度に痛みが腰に走り、辛さが増した。ただ辛いのは午前中だけで、午後になるとほとんど痛みを忘れる。しかし、PC作業で長時間座り続けると腰に負担がかかるらしく、立ち上がる度に、「イテテテ・・・」となる(悲)。むしろ、歩いたり、走ったりするほうが楽だ。


 ここへきてやっと楽になり、座ったり立ったりが普通になってきた。

 普段ランニングを続けているから、このような症状とは無縁だと思っていた。これからは庭仕事もほどほどにしよう。スチールギター練習もイスに座るから、あまり長時間の練習は良くないかもしれない。もっとも、この点に関しては心配ないか・・・ほとんど短時間ですむから(笑)。


 皆さんもお気を付けください。
posted by Boo! at 22:17| 東京 ☀| Comment(16) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

友人が・・・

 長年の友人から久しぶりに連絡があった。「たまには飲もうよ」の連絡かと期待したら、なんと入院したと云う。
 
 「糖尿病」だそうだ。以前から、血糖値が高いとは言っていた。しかしだからといって、酒量を落としたとか、食事制限しているとか、体調が振るわない、といったことは一言も聞いたことがない。実際、一緒に飲んでも、むしろ仲間内では一番多くグラスを空けるし、脂っこいもの、塩分が多そうなものを平気で口に運んでいた。

 そのような不摂生な態度が今回の入院に結び付いたのかもしれない。阿保な奴めが・・・!(1)

 なんでも、昼食時間中、急に気分が悪くなり猛烈な睡魔が襲ってきて意識が薄れ、昏倒した。救急車で運ばれ、そのまま入院となった。その時の血糖値が、なんと400だか500だったらしい。場合によっては、死ぬこともあるらしいから、危なかったのだ。阿保な奴めが・・・!(2)

 糖尿病というのは、いよいよ悪くなって発症するまでは自覚症状がないから、却ってたちが悪い。医者から「注意しないとダメですよ」と指導されても、ついつい、甘く考えてしまう。

 友人も今回はよほど堪えたのか、「これから食事制限を守るよ」と殊勝な態度だった。そして「お前も気をつけろよ」と一言加えた。「お前に言われたくないぞ」と言いたかったが、「うん、そうだね」と答えておいた。阿保な奴めが・・・!(3)

 そういえば、あの山口銀二さんも糖尿病で苦しんでいた。最後は足を切断したらしいが、なんでそんなになるまで放っといたのか、適切な治療を受けなかったのか、と悔やまれる、

 昔、よく銀二さんの仕事場に顔を出したことがあった。控室ではいつも水の入ったコップを置き、よく飲んでいた。その時は「水が好きなんだなあ」としか思っていなかったが、今思えば、あの頃から糖尿病で、水が必要だったのかもしれない。肉屋の倅だったから、子供時分から肉ばかり食ったことが原因ではなかろうが・・・。

 幸いにも私はまだ、「血糖値が高い」と指摘されたことはないけれど、これからは注意が必要だろうなとは思う。

 当ブログのコメント投稿者の中で、糖尿病予備軍の方は次の通りです。

 1.たぬきさん 2.ホッチキスさん この後に続く3,4、5はなくて、6,7,8もありません。つまり、このお二人だけが要注意です(笑)。
posted by Boo! at 20:43| 東京 ☀| Comment(8) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

白内障入院手術体験記I(終)

 無事に手術が成功し、両眼とも視力が戻った。術後の経過も順調で、痛みや違和感がまったくないのは幸いだった。「本当にレンズが入っているのだろうか」と、疑いたいくらい。

 退院の許可が下り、荷物の整理にかかった。といっても、僅かな数しかないから、短時間で終了。久しぶりに外に出られるのは嬉しいけど、入院中は入浴はおろか、洗顔、洗髪が禁止されていたので、せめて、体を拭いて退院したいと思い、バスルーム使用の許可を貰い、シャワーを浴びた。

 目に入らぬように、慎重にシャワーをかけた。それも首から下だけ。石鹸を少しだけ使った。シャンプーで髪を洗いたかったが、これはまだ厳禁なので、熱いお湯でタオルを絞り、何回か拭くだけにした。髭も大分伸びた。石鹸が目に入るとまずいので、お湯だけで軽く剃った。余りにも見苦しい髭づらで外に出るのは、紳士たる私のプライドが許さない(笑)。お陰で、大変サッパリした。

 病院での最後の昼食を同室の方々と談笑しながら食べた。たった5日間だけの入院なのに、なんだか別れるのが惜しくなった。食事を終えると、改めて一人一人に挨拶をしながら、一日も早い退院を祈った。

 病室を出ようとすると、例のイビキ患者もついて来て、エレベーターのところまで見送ってくれた。嬉しかった。イビキでは悩まされたけど、話してみると気性のサッパリした方だった。

 7階から1階に下り、入退院手続き窓口に直行した。必要書類を提出すると30分ほど待たされ、計算書が渡された。記載された金額を自動精算機で支払うように指示された。最近の大病院はどこもこのようなシステムになっているようだ。だが、機械に弱い高齢者は大変なのではないか?付き添いでもいればいいが、もし一人で来院したら、相当にまごつくだろうと心配する。

 入院手術費用は4泊5日で約15万円弱だった。両眼手術だが、これが安いのか高いのかは分らない。しかし、この費用は後日の保険金請求で何倍にもなって返って来た。だが、保険金を貰うのは今回が初めてだし、これまでに相当な額を支払い続けてきたから、この程度貰うのは当然か・・・。
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posted by Boo! at 23:18| 東京 ☁| Comment(10) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

白内障入院手術体験記H

 「たかが4泊5日の入院ごときに、いつまで書き続けるのか」と、横槍が入りそうです(笑)。まあ、今回で終る予定ですが・・・あくまでも予定ね。


 入院した病院は、起床時間午前6時、消灯時間午後9時と決められている。日頃の私の生活と比べたら、とんでもない時間だ(笑)。特に9時消灯なんて考えられない。それでも入院が2,3日続くと、自然にこのリズムに慣れてくる。

 5日目のこの日も、午前6時前には目覚めてしまった。前日手術した右眼の状態が気になっていたのだろう。眼帯の前で手を振ってその影を確認したりしていたら、「**さん、眼帯をはずしますね」と看護婦が起こしに来た。時計を見たら、まだ6時10分だ。「随分早く来たなあ」と驚いた。

 ゆっくりとテープを剥がす。最後のテープが取れると眼帯がずれる。彼女は両手で優しく眼帯を顔から離した。すぐに眼を開くのが怖いような、勿体ないような気分。静かに両眼を開いた。

 朝の眩しい光が飛び込んできた。看護婦の顔がはっきり見える。ベッド周りに置かれた全てのものに目をやった。最初の左眼の見え方にも感激したが、今回は両眼だ。なにもかもが立体的に見える。

 「いかがですか?」「いやー、よく見えます」「良かったですね」

 そして、「くれぐれも、眼をこすったり、なにかをぶつけたりしないように気をつけてください。朝食の後に視力検査がありますので、時間までに検査室まで来て下さい」と云って、出て行った。

 嬉しくなって、ロビーまで行き外の景色を眺めた。なんという明るさだろう。「こんな明るい光を実感したのは何年ぶりかな・・・」と思った。近くにある雑誌を手に取り、ページをめくった。活字がはっきり大きく浮き出して見えた。以前は10Cm位まで近づけないと読めなかった。今や、めがねもかけずに30〜40Cm離してもしっかりと読める。

 これは、挿入したレンズの焦点距離を近くに合わせたこともある。術前に、遠距離に合わせるか近距離に合わせるか、で大分迷った。車の運転では遠くがよく見えたほうがいいのだけど、そうすると、近くを見るときは老眼鏡が必要になる。私は、老眼鏡のレンズが嫌だったし、デスクワークが多いこと、本を読みたいこともあって、近距離に合わせた。運転する時は近眼用のめがねをかければよい。どちらに合わせるにせよ、めがねは必要になる。

 朝食を終え、視力検査室に行った。まず、裸眼のままでの検査。近距離に合わせてあるから、上から3段目か4段目までしか読み取れない。0.3近辺だろう。

 「では、矯正レンズで測ります」と言って、検査用のメガネフレームをかけさせられた。適当なレンズを選び、そのフレームに差し込んでいく。レンズが入った瞬間、感動した。それはまるで、カメラのオートフォーカスのように、ピントがスパッと合った。最下段は無理としても、すぐその上の記号が読み取れた。もはや、勘ではない。しっかりと読み取れるのだ。更に細かく微調整していく。コントラスト、色むらなどが改善されていく。結局、視力1.5と判定された。「1.5なんて、小学生か中学時代以来だな」と、感慨に耽った。

 「全く問題ありません。よく見えているようです。経過も順調です。この後、T教授による回診があります。多分、本日退院できるでしょう」と説明され、解放された。

 病室に戻ると、例のイビキ患者が待ち構えていて、「どうでしたか?」と聞いてきた。検査の結果を知らせると、「いいなあ。良かったですね」と喜んでくれた。この方、相変わらず眼帯をつけたままだった。

 教授の回診を待っていると、N.Sから事務員がやってきた。「**さん、今日退院の予定ですが、この後の昼食はどうしますか?食べないで、退院しますか?」というのだ。食べないで退院しても、どこか外で食べないといけない。ここの病院食はなかなか美味しいので、変な所で食べるよりもいいだろうと、お願いした。

 そして間もなく、教授による診察があった。時間をかけ、念入りに検査していたが、「大変良好です。視力が最初からここまで回復できたのも、年齢を考慮すると素晴らしいです。問題ありませんので、本日退院の手続きを取って下さい。一応、1ヵ月後に再検査にいらしてください」

 深く深く感謝の言葉を述べた。それにしても、「年齢を考慮すると・・・」は、余計な一言ではなかったかなあ(笑)。



(追記)なにがなんでも今回で終らせたかったが、やはり無理でした(笑)。あくまでも、予定でしたから・・・。次回には終るでしょう・・・多分。
 
posted by Boo! at 20:05| 東京 ☁| Comment(6) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

白内障入院手術体験記G

 入院4日目。左眼に続き、いよいよ右眼の手術だ。その後の左眼は全く問題ない。

 手術も二回目となると、慣れたものだ(?)。前回と同様、手術の1時間半前から点眼開始。各点眼液の予定時間を確認しながら5分毎の点眼は面倒ではあるけど、大切だから疎かにはできない。

 前回は早朝から開始したが、今回は午後2時手術予定だから、昼食を終えてからのんびりと点眼を開始した。だが、今回も予定時間が繰り上がり、20分くらい早く看護婦が迎えに来た。まだ片眼だけとはいえ、よく見えるようになったので、彼女と並んで歩いても苦にならない。

 手術室前に着き、順番を待った。間もなく名前を呼ばれ、手術室に入った。

 手順は前回と全く同じだ。眼の洗浄、消毒、そして点眼麻酔と進む。血圧計、点滴、心電図センサーが両腕や胸に取り付けられた。準備が整うと、T先生が入室してきた。「**さん、今日はどちらを手術するんでしたか?」と訊いて来た。「ん?俺の事をボケ老人と思っているのか!」と、一瞬「ムカッ!」

 どこにいてもバカな冗談を言いたくなるので、つい「左眼です!」と言いたくなった。しかし本当に「ボケ老人だ」と思われても困るので、真面目に「右眼です」と答えた(笑)。「はい、そうですね。左眼の具合はどうですか?」「お陰さまで、よく見えます」「では、本日は右眼です。精一杯頑張ってやらせて頂きます」と宣言し、手術開始。

 この病院はやたらと「本人確認」が徹底していて、ちょっとした検査でも「お名前をお願いします」と聞かれることが多い。先ほどの質問もその一貫らしい。まあ、間違いがあってからでは遅いから、病院も慎重なのだろう。

 今回も痛みはほとんど無く、眼内レンズを挿入する時だけ、鈍い痛みのようなものを感じた。なんと表現すればいいのか、瞼の上から眼球を指で押さえつけていくと感じる圧迫感みたいなものだ。

 無事に終了し、眼帯が装着された。「うまく行きました。明日、眼帯を外しましたら、両眼の視力検査をします。正常に視力が回復されれば、予定通り退院できます」

 お礼を言い手術室を出ると、車椅子を用意した看護婦が待機していた。「お疲れ様でした」と言いながら、車を押してくれた。

 病室に戻ると、珍しく全員が出払っていた。それぞれが手術や精密検査を受けているのだろう。妻に電話し、無事終了したことを報告した。「明日の退院には向かえに行こうか?」と云ってくれたが、「いや、もうしっかり見えるはずだから、大丈夫だ」と断った。

 本心は一人で帰りたかったのだ。術前、病院に向かう途中の交通機関の乗り換えに対する不安な気持ち、それがどれだけ払拭されるか実感したかった。とにかく、見えないということはなにもかもが不安になるのだ。特に東京の地下鉄駅は、出口だけでも訳が分らぬほど多い。A3とかB6といわれても、その案内板文字が見えなければ立ち往生してしまう。通い慣れた駅であればまだ良いが、滅多に降りない駅だと、大変だ。今回手術したことでそのような不安が無くなれば、迷うことなく歩けるだろう。彼女と一緒ではそれが実感できない。

 夕食近くなると、全員戻ってきた。「どうでしたか?」と次々に心配してくれた。「順調に行けば、明日退院します」と答えると、「いいなあ、羨ましい」

 そうなのだ。うち二人はもう一ヶ月近くも入院していた。血糖値が上がり、それが正常値で安定するまでは退院の許可が下りないそうだ。

 例のイビキ患者も治療を受けたらしく、片眼に眼帯をしていた。「2,3日で退院できると思っていたら、長引きそうで参りました。来週中には退院したいんですが・・・」と、仕事のことが気にかかる様子だった。

 食事を終え、ぶらぶらとロビーに行くと、この人もついてきた。仕事のこと、家族、老後のことなど、随分いろいろと話してくれた。私は専ら聞き役に徹した。共鳴できる部分が多く、まるで昔からの知人のような気がしてきた。

 窓から見える東京タワーは片眼でも美しいが、両眼で見たらまた更に美しく見えるのだろうか?明日の眼帯外しが楽しみだ。


Tokyo Tower.jpg
(病院から見る東京タワー。携帯で撮ったので写リが悪い)

posted by Boo! at 21:25| 東京 ☀| Comment(7) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月27日

白内障入院手術体験記F

 昼食を終えると看護婦が、「**さん、2時に検査室まで来て下さい」と伝えに来た。

 時間通りに行くと、すぐ名前を呼ばれた。手術した先生の助手が眼に光を当てながら、念入りに検査。「大変良好です」との言葉にホッとした。確かに、痛みや違和感みたいなものは全く無い。「明日、もう片方の手術ですが、前回と同じように1時間半前からの点眼をお願いします。午後2時からの手術予定となりますから、ゆっくりお休み下さい」

 診察が終り病室に戻ると、なんと妻が来ていた。期待していなかったので、少々、驚いた。開口一番、「どう?」と訊かれたので、「うん、すごく良く見える」「あっそう、良かったね!」「よく見えすぎて、お前がそんなに老けたとは気がつかなかったよ」・・・とは決して云わなかった(笑)。

 ロビーまで連れ出し、あれこれと入院中の出来事を話した。鎌倉のご夫婦の話には大声を出して笑っていた。「それよりも、隣のイビキに参っている。明日手術だから、また眠れないと困るんだ」と言うと、「確か耳栓持っているよ」と、バッグの中を探し、取り出した。「おお、たまには気がつくじゃん」と見直した。

 妻は、ロビーや廊下の壁にかかっている案内板の文字や雑誌のページを開いては、「あれは読める?」「これは?」と、うるさい。楽勝に読むものだから、「凄いね。私よりも見えるかも・・・」とビックリしていた。「そう、だからお前がそんなに老けたとは・・・」と、再び口元まで出かかった。危ない、危ない!

 2時間近くいただろうか、「これから友人と会って食事する」と言って、帰って行った。続きを読む
posted by Boo! at 21:48| 東京 ☔| Comment(2) | 健康・運動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする