2017年12月15日

辛味ならぬ「からみ」?

 暮れも押し迫ってくると何かと気ぜわしくなるものです。

と言っても、特別何かをやる訳でもない。妻は「大掃除しなきゃ」と念仏のようにブツブツつぶやいているけど、行動している姿をまだ見たことがない(笑)。

 「ゴミの一つや二つあろうと、死ぬわけじゃないよ」と言うと、「一つ二つではない。無数にある」と反論する。「ウーム、無数か…」と感心する私。感心する場合じゃないか。

 しかしこの世の中、ホコリの無い場所などない。無いと思ったって、それは目に見えないだけだ。街なかに出れば、ホコリや雑菌の中を歩くようなものだ。

 特にたぬきさん宅周辺に行ってごらんなさい。ゴミだらけ、菌だらけで視界不良だ。もっともたぬきさん自身が雑菌の主だから、免疫力がある(笑)。そう言えば、たぬきスタジオでオフ会をやると、皆呼吸困難になったなあ。

 私的には、部屋を綺麗にするより、楽器でも磨いたほうが良いなあ。その前に腕を磨くべきか…(悲)。

 最近とんと練習から遠ざかっているのに、楽器周辺の散らばり様はどうだろう。特にシールド、ケーブルが何本もグチャグチャ絡み合い、「このケーブルはどこに接続されてるんだ?」と、すぐには判らない。だからいざ練習しようとしても音が出ないと、一々配線を確認することになる。

 お互いの線が複雑に絡み、所々がコブ状になっている。それを一本一本ほぐし、端から端まで指でなぞりながら辿っていく。すると接続箇所が判明する。「おー、そうか、このケーブルはMTRのNo.3トラックだったか」と、真相究明を果たした私は感動する…それほどでもない?

恋人同士、新婚時代の二人は、いつも絡まっていたいだろうが(羨ましいじゃねーか!)、余りにも長い歴史を刻んだ古い夫婦は、お互い離れていたいものだ(悲)。

 阿羅漢さんなどは良い見本だ。奥さんは立派な住宅でふんぞり返り、ご自分は庭隅にあるこ汚い馬小屋で寝起きしている、まるで聖徳太子だ。立派さが違うけど(笑)。
posted by Boo! at 22:55| 東京 ☀| Comment(5) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

突然閉鎖!

 こんなタイトルだと、「ブログを閉めるのか?」と誤解されそう(笑)。それでもいいけど・・・?

 先日、伯父(母方)の三十七回忌があった。「もうそんなに経つのか…」が実感だ。

 この伯父は今年亡くなった従兄の父親にあたるが、大変優れた方で、やり手でもあった。母のすぐ上である姉(伯母)と結婚し、戦前に信州から上京した。相当に苦労したはずだが、特殊な技術を修得し、やがて品川区に小さな工場(こうば)を建て、起業した。

 技術というのは塗装で、それもいわゆる家や車などを対象にするのではなく、メーカーの部品製造過程における金属の焼付塗装だ。そのため精密な技術がないと対応できない。もの凄く几帳面な伯父だったから向いていた。

 起業した時、伯父と二人の弟、それに伯父のいとこの計4人で始めた。当初は大戦もあり、国策により協力を求められ、武器製造にも関わったと聞いた。

 戦後しばらくはかなり苦労したが、やがて朝鮮戦争特需により大きく伸びる土台ができた。さらに東京オリンピックも会社にとっては良い方向に向いた。

 技術者も毎年採用し、やがて50人を超える技術者集団になった。「他では真似できない技術」をモットーに難しい仕事を引き受けては評価を高めて行った。当時の通産省(今の経済産業省)からは「通産大臣賞」を毎年のように受賞したほどだ。

 私が大学生の頃、伯父からは何度も「卒業したら俺の所で働かんか?いずれ後を継ぐ息子の片腕になって欲しい」と頼まれたことを思い出す。もし受け入れていたら、私の人生も変わったものになったかもしれない。

 しかし当時の会社はまだまだ小さく、それに皆汚らしい姿で働いていた(塗料を扱うから当然だ)。まったく興味、関心も起きなかった。

 やがて36年前に亡くなると、長男(従兄)が引き継いだ。従兄は大学卒業と同時に父親の元で働き、将来の社長になるべく、一生懸命働いた。しかし従兄は技術修得には関心がなかったようで、事務的な仕事ばかりをした。だから伯父亡き後の会社経営に私は懸念を持ったものだ。

 技術で信用を得た会社だ。社長と言えど、やはり技術に明るくないと、相手からの信用度が下がりやすい。働いている技術者からも舐められる恐れがある。

 それでもしばらくは、伯父の弟たちが社長代行のように会社を引っ張って行ったから順調に推移した。だがその弟たちも高齢になり、辞めたり、亡くなった。

 すると技術者が一人辞め二人辞める事態になった。従兄も辛かったに違いない。社長になったものの技術が無いことはやはり説得力を欠く。技術者たちとの関係にも頭を悩ませていたに違いないと推測する。

 そして今年亡くなった頃には、15人まで減ってしまった。厳しいことを言えば、従兄はお坊ちゃま育ち、苦労もなく社長になった。裕福な生活しか知らず育ったお人よしでもあったけど、どうしても我がままになりやすい。私から見ても、リーダーシップに欠けていた。

 従兄亡き後は長男が継いだ。しかし技術者たちはみな年長者だ。上から目線のような態度をとるし、不平不満も言うようになってきた。それに対して言いたいことも言えない長男も親父以上に悩んだろうと思う(母親の嘆きを何度も聞いたから)。

 幸い、信用力はまだあったから、仕事の依頼が切れることはなかったらしい。だがいかんせん、対応できる技術者の数が少ない。しかたなく同業他社に回してしのいだ。「技術者募集」をかけても、2,3年間、一人も来なかったそうだ。

 法事の席で長男が突然切り出した。「実はこの10月に会社閉鎖しました」と言い、「おじさん(私のこと)に相談するべきだったのですが、母とよく話し合って結論を出しました」

 ビックリした。従兄が亡くなって僅か4ヶ月後だ。

 伯父が築き上げた会社、色々な歴史が刻まれた会社、私にも特別な思いがある会社だ。残念としか言いようがないが、これも時代の流れ、受け入れるしかなかった。
posted by Boo! at 22:44| 東京 ☁| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

スマホ

 遅まきながら私も遂にガラケーからスマホに替えました。

 ガラケーにはガラケーの良さがある。電話やメールに特化しているので使いやすいし、サイズも手に馴染み、扱いやすい。

 世の中がスマホ一辺倒になるにつれ、天邪鬼である私は「フン!」とばかり、ガラケーに固執した。ネットを閲覧したければPCやタブレットで十分だからだ。

 普段はガラケーとタブレット持参で外出するので、スマホに替えたい気持ちが余り起きなかった。

 しかし契約しているガラケーの更新(12月)が近づくにつれ、さすがにこれ以上の継続は返上することにした。案の定、通信会社からは連日のようにスマホ契約の勧誘メールが届いた。最近格安スマホに流れる顧客が増えているので、なんとか引き留めたいのだろう。

 考えるに、これまでのスマホ利用料金が高すぎたのだ。三大キャリアとしての強い立場に安住していた感がある。三社が申し合わせたように横並びの料金を設定するのだから、競争が生まれるはずもない。ユーザーにとってはなんのメリットもない。

 さすがに危機感を抱いたか、最近は格安スマホに迫る料金体系を打ち出してきた。しかし中身をよく吟味するとまだまだだ。問題は安いサービス期間が切れた後だ。また、料金だけ安くても、データ通信量が少なすぎる。自宅がWi-Fi環境にあれば、なんとかなるかもしれないが…。

 あれこれ調べ、結局、格安スマホにした(笑)。どうしても使いたい機種があったからだ。

 Zenfone3_5.5と言う端末を2台購入し(妻用と)、最も安いコース契約にした。基本は1GBだが、2年間は倍の2GB使える。少ないようだが気にならない。

 というのは、購入した機種はsimカードが2枚同時に使える。この機能が選ぶ理由だった。タブレットで使用しているsimカードをスマホに差し込んでやれば、sim1の2GB、sim2は8GBとなり、十分すぎる。8GBといっても3枚シェアなので、これまではsim3枚をタブレット2台とノートPCに使ってきた。だがこれからは、スマホ用にsim*2枚、3枚目はモバイルルーター用に使用する。こうすればタブレットとノートPCが外でも使える。

 以上、妻のスマホ利用料金と合わせ、全部で月5,500円ほど。安いですよね、2台分ですから。しかしサービス期間が終わって2年目からは基本料金が上がるので7.500円くらいになる。それでも電話10分間無料だし、むしろガラケー時代よりも安くなった(笑)。
posted by Boo! at 13:35| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

はや、12月!

 いやいや参りますね。もう12月ですよ。

 「忙しい毎日だ」、或いは「暇で時間を持て余す」・・・どちらであろうと、過ぎてしまえばあっという間です。子供時代は30年後、50年後のことなど、想像もできなかった。「永遠の先」のような気さえしたものだ。

 母が70代に入ると、口癖のように「年は取りたくないねえ」とボヤいていたものだが、実感としてその気持ちがよく分かるようになった今日この頃であります(悲)。

 「残された時間を有効に使うべし」と思っても、意志薄弱な私ですからそれも難しい。ま、あれこれ考えても大方は無駄な抵抗になるので、もうその日暮らしの路線で行くか…(笑)。

 人生のケジメとして、「身の回りの無駄なモノを片付け、処分し、スッキリさせろ」とはよく言われることだ。本人のためというよりも、残される家族のためらしい。

 つまり、「断捨離」の勧めだ。片付けプロと称するにわか(?)評論家が次々に現れては指南する。こんなことで金儲けができるのなら良い商売だなと意地悪く思ってしまう。

 ハッキリ言って、余計なお世話だ(笑)。

 確かに自分にあてはめても、要らぬモノばかりに囲まれている。と言っても他人から見た場合である。私には決して不要ではない。

 部屋には溢れるばかりの本、大量のLPレコードやCD、カセットテープがあるし、他にも、ほとんど着なくなった洋服・衣類がタンスにギッシリだ。いやこれでも大分処分した。数百本あったビデオテープやオープンテープはデジタル化後、始末した。本も、雑誌類は処分した。

 しかし焼け石に水と言うのか、処分して空いたスペースには別のモノが収まるから、全体としてはちっとも片付いた気がしない(悲)。

 最近私は、「断捨離」呼びかけにはむしろ反感を覚えているほどだ。大ミエを切れば、「モノに囲まれて何が悪い」だ。「要る要らぬ」「使う使わない」だけの線引きで、そう簡単に捨てられるかってんだ!

 モノには、時間を経てきたからこその色々な思いが染み込んでいる。普段は役立たずであっても、眺めていると落ち着いたり、思い出したりすることだってあるのではないか?

 世の風潮に押され、「捨てなきゃ」の観念で本当は捨てたくないモノまで捨てて、果たして幸せな気分になれるのか…疑問だ。

 断捨離した後の空間ばかりが目立つ部屋、本棚があっても本がない、思い出の詰まったアルバムがない、プレーヤーはあってもレコードやCDは処分してしまった…。

 モノのない空間で生活することが本当に素晴らしいことなのか?モデルルームのような生活感のない空間なんて、私には我慢できない。

 聴かなくても、読まなくても、或いは、お飾りになってしまった洒落た食器類、額縁に入った下手な絵etc.これらがいつも身近にあることで、心が癒やされることだってある。

 片付け評論家の理想論に振り回されることはない。


 とまあ、以上が最近の考えです。ですから、断捨離に使う時間は捨てました。そんなことに時間を浪費するほうが、よほど勿体ない。

 断捨離を断捨離しましょう。


 何だか、断捨離できない言い訳のようだなあ(笑)。
posted by Boo! at 21:55| 東京 ☁| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

スリープから覚めよ!

 Win10になってから何度かアップデートがあった。多くは修正プログラムの配布だ。しかし、1年に2回ほどは大型アップデートが実行される。この場合は事前に予告をしてくれる。

 最近も「Windows 10 Fall Creators Update」というアップデートが始まった。無料で新しいプログラムに更新してくれるのはありがたいのだけど、やはりリスクが伴うから躊躇することが多い。

 特に設定をしていなければ、ある日突然に自動更新が始まってしまう。「あっ」と思っても遅い。キャンセルなどできないからそのまま任せるしかない。あとは「無事にインストールが済んでくれ」と祈るのみだ。

 幸いなことにこれまでのアップデートではこれと言ったトラブルはなかった。あるにはあったのだが、なんとか自力解決できた。

 慣れてきたこともあって、今回のアップデートは結構無警戒だった。自分で更新ボタンを押したほどだ。

 大型アップデートはかなり時間がかかる。40分ほど待っただろうか。「無事にインストールできました」と表示された。念のため再起動すると問題なく立ち上がり、「心配するほどではなかったな」と一安心した。

 その後もトラブルはなく、快適に使った。だが1週間経ち、PC作業を中断するために「スリープ」状態にした。ご存知のように、これは再び使うときに適当なキーを押せば、すぐに前の状態に復帰する便利な機能だ。

 1時間後、作業の続きをしようと、キーを押した。「ん?」

 画面表示がおかしい。見慣れたいつものデスクトップ画面ではない。グレーのような色がチカチカと点滅した。あわててキーを押すものの、まったく利かない。電源ボタンすら出ないからオフもできない。仕方なく、本体の電源を長押しして強制終了した。

 これはいったいどうしたことだろう。長いことパソコンを使ってきたが、初めての症状だ。

 再起動すれば直るかもと期待したが、なんどやっても駄目だ。「スリープ」から復帰しようとすると画面が異常点滅するが、ほかに異常は出ない。

 ネットで調べれば、きっと答えが出ているはずと思い、検索した。やはり沢山の悲鳴が載っていた。解決方法もあった。

 そのうちのいくつかを試したが、まったく解決できない。「セキュリティーソフトに問題」「アプリケーションを新しくしろ」「ドライバーの更新しろ」etc・・・。どれも当たらなかった。

 「あきらめて、スリープは使わないようにしよう」と決断した。3週間ほどこの状態を続けた。

 それでも時々、「解決方法が出たかも」と期待しながら、ネットを閲覧した。

 そして昨日、これはという解決策を見つけた。読んでみると私とほぼ同じPC環境で、症状も全く同じだ。この方も自作PCらしく、似通った部品を使っている。マザーボードのメーカーは 異なるが、CPUは同じメーカーで、内蔵されたグラフィックが同じ型番だった。どうもこのドライバーに問題があるらしい。Win10をアップデートしたとき、グラフィック・ドライバーを勝手に新しくしてしまったことで、問題が生じてしまったということだ。余計なことを!

 解決法としては、「古いバージョンのドライバーに戻してやるとよい」とあり、早速マザーボードのメーカーのサイトからダウンロードしてインストールを試みた。ところが「問題あり」と出て、インストールできない。何度やっても駄目だった。

 あきらめかけたが、今度はCPUのIntelサイトからダウンロードを試みた。だが該当するようなバージョンが見つからない。よく読んでみると、最も新しいバージョンに対応CPUが記載されていて、私のCPUを見つけた。古くないのだけど、最新だし、対応しているのなら大丈夫かもと期待、だめなら元のバージョンに戻せばいいとインストールした。今度は問題なく入ったようだ。

 再起動も順調、そのまま問題のスリープ状態にし、5分後キーを押して、復帰を試みた

 いやいや、解決しました。これまでの不調が嘘のように直りました。

 もしかすると皆さんの中にも、同じようなトラブルに遭っている方がいるかもしれませんね。もしそうであれば、グラフィック・ドライバーを疑ってください。
posted by Boo! at 23:29| 東京 ☁| Comment(12) | 元ラジオ少年のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

高齢者講習?

 皆さんの中にはすでに体験済みという方もおられるでしょう。

 先日、「高齢者講習のお知らせ」なる通知書が届いた。「え!講習?」と、何だか腑に落ちない。確か75歳以上になると受講義務があるとは承知していた。だが、私はまだ若い(笑)。75まではまだまだ先のことだ。だから、気にもしていなかった。

 来年4月に免許証の更新を迎える。しかし、更新期間が満了する日における年齢が70歳以上の者は、高齢者講習を受ける必要があると書かれてあった。対象は70〜74歳で、しかも、この講習を受けないと、更新の手続きができないとあった。受けるしかないらしい。

 講習は教習所か免許センターで受けるようにと、一覧が掲載されていた。半年前から受講できるそうだ。早めに手続きしよう。

 75歳以上になると厳しい講習になるようだが、今回の講習は単に受ければ良いだけで、合格、不合格の判定はない。しかし、運転実技はあるというから、何だか緊張しそう(笑)。昔の教習所通いを思い出しそうだなあ。

 そう言えば、ペーパードライバーという存在があった。免許証を取得したものの、全くか、ほとんど運転しない者のことだ。私から言わせれば、免許証など不要、無駄としか思えない。義妹がまさにそうなのだけど、本人曰く、「身分証明書代わりになるから」という理由らしい。運転ができなくても、これまでは視力検査だけで更新できたけど、これからはそういう訳にはいかなくなるだろう。やがて運転テストが課せられる年齢になったら、彼女はお手上げだ。

 本人もそこは良く自覚しているようで、「次回は更新しないで、返納する」そうだ。私も、「それが良い」と大賛成した。
posted by Boo! at 23:42| 東京 ☀| Comment(13) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする