2017年03月18日

再生不能になる前に

 これまで何度も書きましたアナログのデジタル化変換作業が、取り敢えず一段落しました。
 
 オープンテープ、LPレコード、ビデオテープ等々、どれも数が多く、10年或いはそれ以上費やしたかもしれない。もっとも、時間のある時、気が向いた時にしか作業しなかったので、より時間がかかったとも言える。半年、一年くらい放置した時期もあった。

 一段落はしたけれど、これで全て完了とはならない。まだ8mmフィルムとカセットテープが手つかずだからだ。8mmフィルムはそんなに多くはないが、カセットテープは凄い数だ。

 8mmフィルムは映写機が必要だ。幸いまだ手元にあったので、スクリーンに写して、その映像をビデオカメラに収めることにした。これは以前、MATTさん(?)からのアドバイス、ヒントによるものだ。

 画質にはこだわらない。観られれば良い。ホコリをかぶった映写機を押入れの奥から取り出し、映写を試みた。所が、ライトは点いたものの、リールが回らない。モーターは動いていたので、テープのセッティングを間違えたかと思い、慎重に確認した。しかし、セッティングに問題はなかった。

 そこで、カバーを外し、中を点検した。するとリールに回転を伝えるべきゴムベルトが劣化して伸び切り、しかも触れるとボロボロと崩れそうで、脆い。テープを挟むキャプスタン(?)とローラーの間にも隙間が生じている。これではテープを送れない。

 ほとんど使ってなかったとは言え、40年以上も前の古い機種だ。メーカーはもう消えたし、部品調達は難しそうだ。直せる業者もいるかもしれないが、バカ高い修理費を請求される恐れもある。今更直した所で、1,2回使ったらおしまいだから、馬鹿らしい。

 となれば、ここは誰かに借りようと、親類や友人・知人達に「映写機を持ってないか?」と問い合わせてみた。いずれも「そんなもの!」と一笑に付されてしまった(笑)。

 諦めかけたが、8mmフィルムをDVDに変換してくれる業者があることを知った。近くの大型カメラ店に数本のテープを持参し、相談した。すると、全てのテープをつなげて1本のリールに巻いてしまえば、DVD一枚に収まりそうだと言う。その方が料金も安くなると言う親切なアドバイス。

 見積もり額は1万円前後。作業内容は、フィルムのゴミやカビ取り、傷んだ箇所の修正(可能であれば)、DVDタイトルやメモなども印刷してくれる。労力、出来上がり、映写機の調達などを考えると任せたほうが良い。依頼した。

 約一ヶ月待たされ、1月末に出来上がった。見積もり額よりも安い8,000円以下だった。

 何十年ぶりかで蘇った映像は、結婚式・披露宴、新婚旅行、親類達の集まり、あとは記憶にないような映像で、約50分間だった。観ていると気恥ずかしく、自分が自分でないようだった。

 しかし、両親や義父母の若いこと(双方ともまだ50代だ)には驚くし、当時幼児だった親類の子供達は、今やいいオッサン、オバサンになっている。今度集まったら見せてやろう。

 これで、残されたアナログものはカセットテープのみとなった。

こちらは数は多いものの、LPレコードやCDとダブるものがあり、全部デジタル化する必要はない。取捨選択しながら、どうしても残したいものだけにしよう。

 再生用のカセットデッキはまだまだ問題ない。それどころか、今聴いても素晴らしい音質だ。幻のメーカーになってしまった「Nakamichi」製だが、これだけの技術を持ったメーカーでも、生き残ることは大変だったということだろうか?恐らく、デジタル製品への技術移行が立ち遅れたのではと推察する。

 問題ないといっても30年前の製品だ。いつ故障してもおかしくない。実際、ネット検索すると同じ製品が「とうとう壊れた」「寿命らしい」の投稿が多い。それでもさすが「Nakamichi」だ。ジャンクとしてオークションに出されたのに、びっくりするような値がついている(笑)。

 正常に動いている内に、なんとか終わらせたい。そして「完動品」として出品しよう。ひょっとしたら購入したときと変わらない価格で売れたりして・・・?
posted by Boo! at 22:20| 東京 ☀| Comment(2) | 元ラジオ少年のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

あれから6年・・・。

 ここ連日のように、新聞、TV、ラジオなどで東日本大震災関連の特集が組まれている。

 忘れたくても忘れられないあの大震災から、今日で丸6年だ。ついこの間起きたように思うけど、時の経つ速さには全く驚く。

 どんなに大きな出来事であっても、時間の経過と共に記憶が薄れ、風化していくものだけど、この大震災だけはまだまだ記憶が生々しい。と言うか、これからの教訓に生かすためにも、忘れてはならない。そこで少し回想してみたい。

 地震国日本に住んでいる我々にとって、地震は珍しいことではないし、何度も経験している。大きな地震も味わっている。だから変な慣れもあって、いつも「すぐに収まるさ」と甘い判断をしがちだ。

 6年前のあの日、私は仕事で外出していた。打ち合わせ中の午後2:46、突然足元から地鳴りのような振動を感じた。「?…」と思った瞬間、揺れが始まった。

 しかしこの時の揺れは、それまで経験したことのないような激しい揺れで、一瞬パニックになりそうだった。1964年に起きた新潟地震以来の恐怖感だったが、それ以上の恐ろしさだった。

 それでも心のどこかに「すぐ収まる」と楽観する気持ちがあった。だが揺れはいつまでも続いた。下から突き上げるし、横揺れも大きく、建物が歪むようだった。壁に掛かっていた額縁が外れかかり、斜めになった。窓ガラスが激しく鳴り、割れそうだった。

 動くに動けず、じっとして揺れの収まるのを待ったが、果てしなく続く揺れは収まる気配もない。4,5分も続いただろうか、やっと揺れが小さくなったので、一緒にいた仲間に「外に逃げよう」と声を掛け、スリッパのまま近くの窓から飛び出した。大変古い建物内にいたので、倒壊したら命はない。

 建物の前は広い駐車場だった。車と車の間を歩いて中心部まで避難した。その間も断続的に揺れは続いた。船に乗っているような大きくゆったりとした揺れで、立っていても体が左右に泳ぐ。揺れる度に駐車している車が一斉にギーギーと鳴り、タイヤもバウンドし、不気味だった。周囲を見回すと、住宅屋根のTVアンテナや電線が大きく揺れていた。

 やっと揺れが収まると、周辺の民家からバラバラと住人が出てきた。出るに出られなかったのだろう。そして我々のいる場所に集まった。皆顔がひきつっていた。口々に、「怖かった」「凄かったね」と言いながら、携帯で誰かに連絡を取っていた。当然、家族が心配だ。しかし私もそうだったけど、その時点で携帯は不通状態になっていた。益々心配が膨らむ。

 恐怖を覚えるような揺れだったので、「きっとこれが懸念されていた関東大震災の再来なのかも…」と思い、「もしそうであれば、今後何十年かは大地震に見舞われなくて済むなあ」などと、変な考えが頭をよぎった。
 
 所が、震源地は東北であることを知り、驚いた。「震源地が東北なのに、関東がこんなに揺れたとなると、東北の被害が心配だな」と、秋田の従兄の顔が浮かんだ。

 しかしそんな私の心配を遥かに超える災害になったことはご存知の通りだ。あれから6年、一向に進まない復旧復興、故郷に帰れない地域の方々の心境はいかばかりかと心が痛む。

 なんの解決策も見いだせない原発事故、より大きい津波に対応しようと景観を台無しにする高い防潮堤、まだ生活環境に不備があるのに帰還を急がせる行政…。根本的な難問解決まで、まだまだ時間がかかりそうだ。

 皆さんもそれぞれの思いをお持ちでしょう。
posted by Boo! at 22:42| 東京 ☀| Comment(20) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

自主的に?

 最近、スチールギターもベースも練習不足気味だ。不足というよりも、ここ半月以上は全く触れてないという体たらく。
 
 「こりゃいかん!折角築き上げたこの超絶技巧が初心者レベルに落ちてしまう」と、危機感を募らせた。もっとも、ずっと初心者レベルなんですけどね(悲)。

  「楽器は毎日弾くことが大切だ。時間がなかったら、10分でも15分でもいいから弾きなさい」とは良く言われることだ。

 子供のピアノレッスンでも、先生は口酸っぱくこの言葉を繰り返す。更に母親が先生の言葉をそっくりそのまま子供に押し付けるから、子供にとってはいい迷惑だ(笑)。
 
 練習の大切さは誰だって分かっている。「分かっちゃいるけど」なのだ。

 勉強もそうでしょう。子供は、教師や親に言われる前から、「勉強しなきゃ」と思ってる。しかし、思っても出来ないのが普通の人間だ。私なんか、その典型だった(悲)。プラスして、「勉強しなきゃ」という自覚もなかった(笑)。

 言われなくても自分から進んで勉強するような奴は、普通じゃない、変人だ(負け惜しみ?)。

 それにしても、親になるとどうして子供に対して教育熱心になるのだろう?それも、かつてはロクに勉強しなかったはずなのに(笑)、そういう都合の悪い事はまるで無かったかのように、勉強の大切さを説く親が多いように思う。ま、自分を反面教師にして説くのなら、少しは説得力があるけど…?

 以前、何かの本を読んで笑ったことがある。

 普段から父親が子供に、自分の子供時代の成績を自慢していた。子供がなにか分からなくて質問すると、「そんなこともわからんのか!」と怒る。怒るだけで、教えることはしない。「もっと勉強しろ」と突き放す。それが親の威厳と勘違いしていたのだろう。

 ある時、子供が父親の通知表を見つけてしまった。中を見ると、成績優秀なはずの父親の成績が笑ってしまうほどのひどい評価だった(まるで私みたいだ)。笑いをこらえながら、通知表を父親に差し出した。

 すっかり親の威厳を失った父親は、以来、教育には一切口を挟まなくなったそうだ。

 それにしても、「見つかるような場所に通知表を入れて置くか?」と思ってしまう。オール4や5なら、自慢げに置いてもいいけど(?)。私は、もし見つかったら一生の恥になるので、数年前にシュレッダーで見事にこの世から消し去った(笑)。だから親類の子供達には、いかに私の成績が優秀だったかを吹聴しまくっている。今のところ信用しているみたいだ(笑)。
 
 勉強にしろ楽器にしろ、自分から進んで取り組むことがレベルアップに一番の効果でしょう。

 そうだった、これから心を入れ替え、進んで練習に取り組もう。もう、遅いか…?
posted by Boo! at 22:58| 東京 ☀| Comment(0) | ハワイアン音楽・楽器関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月01日

はや、3月!

 2月は通常の月よりも2,3日少ないので、すぐに一ヶ月が過ぎてしまう。

 頭の痛い確定申告は、先日済ませた。2月の内に済ませたのは、初めてかもしれない。月曜の朝一番、税務署に行った。

 締切りまでまだ2週間あるので、空いているだろうと楽観していた。所が結構並んでいて、驚いた。列は記載済みの方と未記載の方に分かれている。記載済みは提出するだけだから、多少並んでも順調に進む。30分くらいで提出できた。所が未記載の列は遅々として進まない。もう長蛇の列だ。ウンザリしたような顔で並んでいる方たちを横目に見ながら税務署を後にした。

 いつも不思議に思うのだけど、何故、記載して来ないのだろう?しかも税務署に来てから計算や記入を始める方も珍しくない。以前、大きな紙袋2つに入れた大量の領収書をぶちまけ、「これで全部です。お願いします」と、係員に丸投げした者がいた。さすがに呆れた係が「分かる所だけでも自分で記入して下さい」と言うと、「分からないから持って来たんだ」と逆ギレしていた。困ったものだ。何もかもやって欲しいならば、税理士に依頼すればよいのだ。こういう勘違い人間もいるから、係の方も大変だと同情したくなる。

 今回からe-Taxを利用して、PCから送ることを考えていた。しかし、専用カードリーダーを用意したり、マイナンバーカードをつくらねばならない。なんだかんだ数千円の出費が必要になる。マイナンバーカードなんて当分持つ気がないから、パスした(笑)。

 そもそもe-Taxは税務処理効率化のために導入したのでしょう?それには我々納税者の協力が欠かせない。なのに何故我々に余計な出費をさせるのか?理解に苦しむ。導入当初の何年かは、一回目の利用に限って5,000円の補助金が出たと記憶している。それならば期限を設けることなく、そのサービスを続けるべきだ。どうせ一回限りの特典なのだし・・・。変な不公平感を与えないで欲しいものだ。納税者は少しでも節税しようと心がける。やっと5,000円節税できたのに、e-Tax導入費に5,000円もかかったら意味がない。

 確定申告を終えると実に気分がよい。いっときの開放感を味わえる。そこで友人の何人かに連絡を入れ、飲み会と花見のお膳立てをした(笑)。

 花見の場所は卒業した高校の近くだ。下車駅から学校までの広い通り(大学通りと言った)の両側が見事な桜並木で、1km以上続く。当時、新学期になると満開の桜の下を歩いた。勿論、高校時代の仲間と集まる。同期会、クラス会ではなく有志だけなので、7,8名程度だと思う。

 飲み会は、小学校時代のクラスメイトが開いている居酒屋でちょっと一杯だ。こちらも5,6名でしょう。

 どちらの仲間もほとんどリタイアしたので、一声掛けるとすぐにOKの返事がくる。中には、「365日ヒマですので、いつでも」なんて書いてくる。

 とは言え、現役時代は皆、人一倍働いた連中ばかりだ。その頑張りがあったからこそ、今の恵まれた老後生活になっている。オフ会の皆さんにも同じことが言えますね(一部を除く)。特にあたごウクレレさん、きぃばつさん、MATTさんたちはオフ会の「年金搾取トリオ」、あるいは「年金泥棒トリオ」、もしくは「失われた年金の元凶トリオ」と呼ばれている。どれにしても、ろくでもない呼称だ(笑)。このトリオから外れる阿羅漢さん、たぬきさんは、「年金玉すだれ(意味不明)」「極貧年金組」と言われている。

 いまだ働いている私は年金に頼らず、国の負担軽減に協力している。そのため、近い将来、勲章受章者の候補となっている。
posted by Boo! at 22:42| 東京 ☀| Comment(10) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

本年初の墓参り!

 やっと体調が戻りました。風邪の症状がなくなり、やれやれと安心したものの、今ひとつスッキリせず、「もしかしてこれは風邪ではなく、花粉症か?」と疑い出したほどでした。

 友人、知人には花粉症で苦しんでいる者が多く、私が「育ちが良いから、そんなものは無縁だ」と豪語すると、ヒンシュクを買った。そんな私が「花粉症らしい」などと言おうものなら、「それ見たことか!」と狂喜される所だった。危ない、危ない(笑)。

 皆さん誰も心配などしてなかったでしょうが、一応ここは儀礼的に「ご心配おかけしました」と感謝しておきましょう。

 元気になったことで、先日の日曜日、両親の墓参りに行った。今年初めてだ。車で1時間半はかかる遠い場所なので、そう頻繁には行けない。

 東京都下の郊外にある。周辺は山に囲まれ、「ここも東京か?」と驚くほど、自然豊かだ。環境は抜群だけど、しかしやはり遠いことがネックだ。

 両親はこの自然が気に入って決めたのだろうが、亡くなってしまえば、自然も景色もあったもんじゃない(笑)。そんなことより、両親亡き後、墓を守る我々のことも考えて欲しかった、と時々思う。

 24,5年前、母から「墓地を買った」と電話がきた。両親二人ともまだまだ元気だったから少々驚いたし、「そんなことを考える歳になったのか…」と複雑な思いもした。

 「一緒に見に行って欲しい」と言うので、ある日、全員で出かけた。最初の内はご機嫌な両親だった。「とにかく良い場所だ」と、いかに良い墓地を手に入れたかを自慢し続けた。所がなかなか現地に着かない。渋滞していたこともあったが、ようするに遠いからだ。

「随分時間がかかるな」と父がボヤキ始めた。そして明らかに不機嫌な表情に変わってきた。母は母で、「しょうがないでしょ」と突っかかる。車内は険悪なムードになってしまった。

 文句を言いたいのは私だ。「なんでこんなに遠い墓にしたんだ?」と言うと、決まりが悪くなったか、小さくモゴモゴと言い訳していた(笑)。

 結局3時間以上もかかって到着した。今でこそ近道を開拓したので2時間以内で行けるけど、それでも遠いと感じる。途中父は「もう帰ろう」と言い出す始末だった。

 確かに展望も良く、行楽で来るには申し分なかった。でも墓参りとなると、話は別だ。「こんなに遠くては、そうは来れないな」と懸念した。

 それから2,3年して父が亡くなり、納骨された。納骨した時だけは近い親類にも立ち会ってもらったが、その後の一周忌や三回忌では、お墓まで来てもらうことは求めなかった。遠くて申し訳ない、と思ったからだ。

 父の死から15年後に母は亡くなった。その間、母は何回墓参りしただろう?とても一人で行けるような場所ではないから、私が行ける時に時々連れて行った程度だ。

 これがもし、私の住む所から近い墓地を選んでくれたら、色んなついでの時に寄れたはずだ。

 などと、あの時のいきさつを思い出しながら雑草を取り、墓石を綺麗に洗い、お線香を上げた。そして他の墓を見ながら引き上げたが、いかに荒れた墓が多いか、やたらに目立つ。雑草だらけで見る影もない。恐らく、遠くて来れない、面倒だ、ということでしょう。しかし、放置されたような墓ほど淋しいものはない。

 墓守のことを考えずに決めると、このような行く末になりがちなので、これから購入を検討している方は、是非後々のことに想像を巡らせて判断されるよう、アドバイスします。
posted by Boo! at 00:15| 東京 ☁| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月16日

「1,500!」

 やっと風邪が治ったような、今ひとつのような、余りパッとしない体調です。昼間はほとんど症状が気にならないのに、夜中就寝中、急にセキやくしゃみが出て、目が覚めてしまう。風邪ごときに振りまわされるのだから、体力が落ちた証拠か…?

 毎日のランニングもさすがにできない。すると途端に体がなまり、重く感じる。それだけでなく、便通が悪くなり、気分がスッキリしない。毎日の快便が自慢(?)だったのに、2日もないと、「これはいかん」と無理してでも出そうと、トイレに入る。しかし、無駄な抵抗に終わる(悲)。「便秘は私には無縁」だったはずなのに・・・(悲)。お陰で、今になって、悩みを持つ方の気持ちが分かった(笑)。たぬきさん、阿羅漢さんたちは毎日苦しんでいるそうです。

 「きっと体を動かさないからだ」と思い、少し体調が戻った昨日、ウォーキングした。ランニングはまだ無理なので、距離を抑え、3kmちょっとを速足で歩いた(約25分)。すると効果てきめん、帰宅してすぐに快便となった。やはり、運動は大切だと思い知らされた。

 さて、今回の記事タイトルは数字ですが、この数字の意味が分かる方はいないでしょうね。もっとも、大して意味のある数字ではありません・・・(笑)。単に私にとって感慨深いものがあるというだけです。

 2006年4月20日に当ブログを立ち上げ、以来、コツコツと積み重ねてきた記事数が1,500に達したのです。前半のペースで投稿し続けていたら、遅くとも5,6年前にはクリアしたはずですが、後半はどんどんペースが落ち、今日までかかってしまいました。この分だと、大台2,000に到達するのは、7,8年先になりそうですが、恐らく無理でしょう。その前にペンを置くことになると予想します。

 ブログだけでなく、仕事もリタイアするでしょうし、いろいろなことが欠けていくこれからの数年になりそうです。

 しかし、携わる間は精一杯書き続けますので、これからも支えてください。

posted by Boo! at 21:21| 東京 ☀| Comment(13) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする