2017年01月16日

チューナー

 楽器の音合わせには基準となる音が必要だ。

 昔はピアノやオルガンの音を参考にして合わせた。しかし、ピアノの場合は狂っていることが多かったから、合わせにくかった。

 最近はいろいろな種類のチューナーが出ている。最も多いのは、電子チューナーでしょう。文庫本くらいの大きさから、500円玉ほどの小さなものまである。ギターやウクレレにはクリップ式チューナーが圧倒的だ。

 大学生の頃は音叉を使ったが、他にと言うと、調子笛があった。

 調子笛は、三味線や琴といった邦楽器によく使われたのではなかったか?お袋が一時三味線の稽古を始めた時に調子笛をピーピー吹きながら音合わせしていたことを思い出す。なかなか音が合わず、四苦八苦していた(笑)。

 ギター用の調子笛もあった。6つの笛が並んでいて、ギターの各弦に対応した笛を吹いた。大学のサークルにもこれを持参してチューニングするやつがいた。でも調子笛はかなり問題があった。

 まず吹き方によってピッチが変わる。息を吹き込むことで笛の温度が上がり、やはり音程が変わりやすい。それに笛自体の精度がどうだったか?

 結局、音叉に信頼を置くことになる。しかしこれも静かな場所で使うのならまだしも、教室のようなざわざわした場所では聴き取り難かった。叩いて振動させた音は、すぐに減衰してしまうので、その為何度も叩くことになる。阿羅漢さんなどはあまりに何回も頭に叩いて振動させるものだから、血だらけになったそうだ。

 固い物体に叩くということは、音叉を傷つけたり、場合によっては変形させてしまう。見ただけでは分からなくても、リスクはある。そうなれば当然、ピッチに影響するだろうことは容易に想像つく。うっかり上から落とすなどは厳禁だ。

 注意深く扱っても、長年使い続けると狂ってくるらしい。そのため、定期的に音叉のピッチを正確に修正することが必要だ・・・と、これは音の専門家から教えられた。ま、我々にはそんな厳密な狂いなどわからないから、ほどほどで良いのだろう。

 ソロで弾く場合は自分のチューニングだけ注意すればよいけど、バンド編成になるとお互いの楽器チューニングに気を払うことになる。5人のうち4人が正確でも、一人がおかしいと全体が狂ったように聴こえるから、責任重大だ。

 しかしスチールギターの場合、どんなに正確にチューニングしても、バーを音程正しく置かなければ意味がないから、難しい。

 最近のYouTubeやウクレレ教室の発表会の演奏を聴くと、結構音が合っているので感心する。入門者や初心者にとっては音合わせは難しいはずだ。ある時期までは、音のずれた不協和音を聴かされる発表会が多かったものだ。それがここへきて、あまり気にならなくなった。

 数年前から友人のウクレレ教室に顔を出すようになって、その理由が分かったような気がした。生徒さん全員が小さな電子チューナーを楽器に取り付けて音合わせしていたからだ。楽器はほとんど弾けなくても、チューナーを頼りに合わせるから、全員ほぼ正しい音にすることができる。メーターを見る目は真剣そのもので、ちょっとでもポイントから外れると直していた。

 電子チュ−ナーは便利な道具だけど、ただ、肝心の音を聴かず、メーターばかりに頼っていると、耳の訓練にはならないと懸念する。あまり過信せず、自分の耳も鍛えてほしいものだ。


チューナー.jpg
(最近購入したクリップ式チューナーです)


posted by Boo! at 23:11| 東京 ☀| Comment(24) | ハワイアン音楽・楽器関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

お正月あれこれ…。

 正月気分もすっかり抜け、皆さんも平常生活に戻ったことでしょう。

 もしかすると初めてかもしれないが、三が日全て寺・神社にお参りした。元旦は、自宅近くの神社二つをハシゴ。二日は、市内で一番大きいと言われる神社に参拝した。現在の地に住んでからもう35年になろうとしているのに、初めて訪れた。地元では有名だし、車で近くを通ることはよくある。しかし、境内に入ることはなかった。

 さすがに多くの参拝客でごった返していた。だが私にはピンとこなかった。何というのか、「佇まい」が良くないのだ。ただ大きいでは駄目で、「品」のようなものがないと有り難みが薄れる。お賽銭を入れただけで、早々に引きあげた。自宅近くの小さな神社のほうが余程良い。

 「品がないと言えば、阿羅漢さんとたぬきさんを思い出すなあ」と、変な所でお二人の顔がちらついた。

 三日は少し足を延ばして、川越まで行った。有名な喜多院にお参りした。初詣としては4,5年前に訪れた以来で、相変わらず大変な人出だ。その足で、蔵が並ぶ通りを目指す。川越は「蔵造りの町」として有名だ。私も好きな一画で、江戸時代の風情を残している。

 県外から、或いは海外からも訪れているのだろう、人、人のラッシュだ。お互いすれ違うにもやっとの有り様だった。

 蔵を眺めながら、「菓子屋横丁」に向かう。ここも有名だ。一昨年だったか、火事で数店舗が焼失し、死者も出た。「どうなったか…」と気になっていた。しかし再建した店が多く、 何事もなかったかのように、賑わっていた。それでも建築中の建物もあった。なにはともあれ、「菓子屋横丁」として存続できたのは良かった。

 この横丁で何か買うのかと思ったら、妻には目的の店があったらしく、見学しただけだ。そして、その店に向かう。知る人ぞ知る、豆菓子専門の店だ。人気店らしく、外にまで客が溢れていた。入り口で店員から楊枝一本渡され、「中の試食品どれでもとうぞ」と言う。沢山の種類が置いてあり、どれも美味しい。全部口に入れようかと思った(笑)。

 妻は「お土産にする」と、豆の入った容器を幾つも大きな紙袋に入れて、二袋も買い込んだ。

 結構歩き回り、疲れもした。駅ビルにあるコーヒー店で一服した。

 三日続けたとは言え、私に神社巡りの趣味はない。ただ、正月はどうしても「食っちゃ寝」状態になりがちで、体に良いことは一つもない。だからこうして外出して歩かないと体がなまる。

 4日から仕事という方が多いかもしれません。しかし私は思い切って8日まで休んだ。7日は古い友人と新年会。都心まで出た。

 休み最後の8日は、何年ぶりかで映画鑑賞した。「マイルス・アヘッド」だ。ジャズファンであれば、マイルス・デイビスを思い浮かべるはずです。

 「マイルスの空白の5年間を描いたもの」というので、伝記、ドキュメンタリー性を期待していた。しかし多少の事実には基づいてはいるのだろうが、かなり娯楽映画にシフトした脚色だった。

 純粋にマイルスの音楽に期待すると肩透かしを食う。娯楽と割り切れば、楽しめるでしょう。
 
 以上、私のお正月報告です(笑)。

 皆さんは如何でしたか?
posted by Boo! at 22:25| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

謹賀新年

 明けましておめでとうございます。暖かいお正月ですね。年が新しくなると、人間は一つ古くなります(悲)。

 いつの頃からか、新年を迎える楽しみが消えました。おそらく、お年玉を貰える頃までが楽しみだったのでしよう。親から初めてお年玉を貰ったのは何歳のときだったのだろう。多分、幼稚園児の頃ではなかったか・・・。金額は覚えていないけど、ま、100円程度だったでしょう。

 当時は、5円、10円単位で駄菓子や凧、独楽、メンコ、ビー玉などが買えたから、100円でも 嬉しかった。我が家だけでなく、日本中がまだ貧しかった時代だ。子供にお年玉を与えるような余裕はなかったと思う。

 家族で親類の家に年賀に行くと、伯父や伯母がお年玉をくれた。やはり100円程度だった。行けば必ず用意してくれたから、絶対に行ったものだ(笑)。こうして何人かから貰っても、少額だからなかなかたまらない。500円も集まったら金持ちになったような気がした。

 家計の助けにと、母が下宿屋を始めた。都内の私立大学に入学したばかりの学生を二人預かった。同じ大学だったが、出身地は違った。初めての正月休みで学生は帰省し、正月が明けると戻ってきたが、内一人の母親が新年の挨拶のために一緒についてきた。昔の親はこういう律儀さがあったのだ。手土産を沢山持参しただけでなく、なんと私にお年玉をくれたのでびっくりした。両親、親類以外、つまり他人からお年玉をもらったのはこの時が初めてだった。

 あとで袋を開けると、真新しい千円札が入っていた。これには、驚いたのなんの。当時の千円と言ったら大変だ。おそらく大卒初任給が一万円以下だったはずだから、破格の千円だ、しかもまだ小学4年生だ。

 以降、毎年その母親は挨拶に訪れ、欠かさず千円のお年玉をくれた。この大学生が卒業すると同時に、お年玉も切れてしまったが、しかし、その後も家族ぐるみのお付き合いが続いた。大学生の実家は静岡県伊東市で旅館を経営していたこともあって、私が高校生までほぼ毎年のように、夏休みには1週間以上も遊びに行った。大学生には美人妹が二人いたことも行きたい理由だった(笑)。やがて大学生が結婚するときは両親が仲人を務めた。両親亡き後も、私との付き合いが現在でも継続しているから、珍しいケースかもしれない。

 いくつになってもお年玉は貰いたいものだ。しかし、大学を卒業するころには貰えなくなるのが普通でしょうね。そして、今度はお年玉を渡す立場に変わる。こうなると、お正月の楽しみがなくなる(笑)。結婚してからは、女房が私からのお年玉を狙っている。そうじゃなくても、年末から正月にかけてむしり取られることが多いのに・・・。何しろ、12月は結婚記念祝いとクリスマスがあり、年が明けるとお年玉、すぐに彼女の誕生祝いと、もう目白押しなのです。もうすこしバラけろよ、と言いたい。

 とまあ、正月早々ぼやいております(笑)。

 今日はこれから近くの神社に初詣に行きます。小さな神社ですが、最近は多くの参拝者が訪れるようになり、2列で200mくらい並ぶこともあります。お賽銭を入れ、あとは交通安全のお札を買います。そのままプラプラと駅周辺まで歩き、二番目の神社にお参り、そしてどこかお店に入り、コーヒーと軽食をとるのが毎年のお決まりコースです。これだけで5km以上歩きますから、良い運動にもなります。

 「今年の抱負」なんてものはありません。ただただ、健康で家族円満でありさえすれば十分です。たぬきさんや阿羅漢さん一家のように、離散家族にならないことだけ祈っています(笑)。

 また、「今年こそ、スチールギター練習を頑張る」と誓いを立てても、どうせ守らないに決まってますから、立てません(笑)。

 「守らない誓い」「守らない約束」「守らない法規」「守らない公約」・・・ほど無意味なものはありません。これはどこかの政治家に言えるような・・・?


 しかし少なくとも、当ブログは続けたいと思っています。無理せず、のんびりと書いて行きたいです。ただし、皆様は無理してでもコメントを書くことが義務付けられておりますので、よろしく(笑)。

 正月早々からこんな記事です(アルコールも少々入っている)。懲りずにお付き合いくださいますように。
posted by Boo! at 12:34| 東京 ☁| Comment(22) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

良いお年を!

 いよいよ今年もあと僅かとなり、1週間を切りました。あっという間の1年でしたが、まあまあ元気に過ごせたことは幸いでした。

 それにしてもこの年の瀬に起きた新潟県糸魚川市の大火には驚きました。まさかあのように広範囲にまで延焼するとは地元の方たちも想像しなかったでしょう。台風並みの強風が被害を大きくしたのでしょうが、風下か風上で運命が分かれたようです。出火元から一軒置いただけの至近距離のお宅は全く焼けなかったのに、100m,200mも離れた家屋は、飛んできた火の粉で全焼したのですから、あきらめがつかないでしょう。どんなに気を付けても、うっかりということがあるかもしれません。用心するに越したことはありません。今一度火の使いかたには注意しましょう。

 今年はどんな年だったでしょう?

 自分の年齢を考えれば当然なのですが、一回り上の世代、或いは、数歳年上の従兄や友人・知人達に異変が起き始めています。体調を崩したり、入院・手術に至るケースです。いずれもこれまでは至って元気だったので、「来る時は来るのだなあ」と、痛感させられます。

 病気の場合は、ちゃんと治療すれば快復できる可能性大ですが、問題は、アルツハイマー病や認知症です。誰しもが最も避けたい症状ですが、いざそうなってしまったら、恐らく本人には自覚がありませんから厄介です。

 今年は従兄と古い友人が発症しました。他人事ではありません。従兄は連れ合いを激しく責める、口による暴力です。一方的な思い込みによるものなので、家族中が当惑し、とりわけ連れ合いのショックは大きいものでした。どちらかと言えば、静かで温厚な人でしたから、まるで別人のようです。このまま放置すれば更にエスカレートすることは間違いないので、医師の判断で半ば強制的に隔離しました。現在は専門の施設に入っています。

 先日面会に行きましたが、すっかり表情が無くなりました。これは薬の影響もあるかも知れません。こちらから話しかけても上の空。自分から口を開いても、同じことを5分に10回くらい繰り返します。昔のことを思い出してもらおうと古いアルバムを持参したのですが、見せるのはやめました。逆効果を懸念したのです。

 私の子供時代からまるで兄弟の如く可愛がってくれましたから、これからどのように接するべきか、悩むところです。

 友人は典型的な認知症です。直近のことが記憶されないので、同じ言動を繰り返すそうです。当たり前の行動が難しくなり、下手に外出すると「迷い老人」になる心配があります。こちらも奥さんが大変でしょう。

 一方で、たぬきさんや阿羅漢さんは先天的な痴呆老人なので、むしろこれからは正常な方向に進むかもしれない。ある意味羨ましい…どこが?

 さて、今年もよくお付き合い頂きました。投稿ペースが落ちてはいますが、来年も無理せず、マイペースで書き続けたいと思っております。コメントを下さる方はほぼ固定していますが、有難いことと感謝しています。他にはない(?)中味の濃いコメントは、私にとっては宝みたいなものです。いえ、全部じゃありません(笑)。

 また、お中元・お歳暮みたいに、一年に1,2回コメントを下さる方もおられます。思い当たる方はきっと赤面するでしょう(笑)。ま、いささか不満とは言え、やはり嬉しいものです。

 来年はどんな年になるのでしょう。月並みですが、やはり「平穏無事」であって欲しいですね。

 数々の無礼、失言、暴言があったかもしれませんが、引き続きお付き合いください。

 今年最後の記事になります。良いお年を。
posted by Boo! at 22:43| 東京 ☁| Comment(11) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

悪夢の次は難題か?

 先日、外出しようと玄関を出たら、丁度通りかかったご近所の方と目が合ってしまい、お互い大きな声で「おはようございます」と挨拶した。

 このご主人、いつも奥さんを伴い、買い物や散歩をしている。時には二人手をつないで歩く姿もよく見かける。もう80歳を過ぎているが、実に仲が良い。たぬきさん夫婦とはえらい違いだ。たぬきさんが手を握ろうとすると、奥さんから「シッ、シッ」と追い払われる。

 これには理由があって、奥さんの一人歩きが難しくなっているからだ。おそらく股関節か膝の調子が良くないのだろう。そのため、ご主人が一生懸命支えているようだ。日によって調子が変わるようで、大体は杖をついて歩く。たまに調子が良いと、杖なしで歩いていることもある。それでもご主人が必ずついている。

 ご主人の偉いところは、できるだけ奥さんを外に連れ出そうと努めていることだ。歩きに支障があればどうしても家から出なくなりがちだ。そうすると、精神的に良くないし、下手すると認知症にもなりやすいかもしれない。また、筋肉が衰え、益々歩けなくなる。そうならないように、ご主人が懸命に支えている。奥さんもご主人に引っ張られれば頑張って歩こうとするだろう。

 ご主人はおしゃべり好きだ。しかし奥さんは口数が少なく、いつも我々の会話を聞きながらニコニコしている。会話と言っても、他愛のない話が多い。ところがこの日は違った。

 急にあらたまり、「所で、3,4分お時間がありますか?」と訊いてきた。「大丈夫ですよ。何か?」と問うと、「自治会の役員改選が来春にあります。役員は大体決まったのですが、会長がまだ決まりません。誰か適任者いませんかと頼まれ、私はすぐに**さん(私だ)を推挙しました。ほかの方たちも、それがいいと賛同してくれました」

 「ちょ、ちょ、ちょ・・・待ってください」と、もう思いっきり焦った。こちらの意思も確認せず、「それがいいとは何事だ」と、一方的な進め方に戸惑った。

 更に「いや、何とかお願いします」と懇願してくる。役員は何度か経験しており、それなりにやり方はわかっているので、それほどの負担はない。しかし、会長の忙しさは役員とは違って大変だとわかっていた。約250名で組織された自治会だ。そのため連絡事項が多く、平日、休日関係なく、頻繁に会合に出ていき、その内容を役員に知らせる。リポート作りだけでも大変だ。役員は仕事を持っていてもなんとかこなせるけど、会長は無理だ。そのため、定年退職した方が代々選ばれることが多かった。

 私はまだ仕事を続けている。到底無理なので、「仕事と一緒では難しいでしょう」とやんわり断ると、「はい、**さんが仕事をされているのは承知しています。ですから、できるだけ支障が出ないよう全員が協力するので、就いて欲しいというのがみんなの気持ちです」「そういわれてもなあ・・・」

 実に困った。そういえば、前回役員をしたとき、最後の会合で、当時の会長から「2,3年後は、**さんに会長が回るかもしれませんよ」と言われたことを思い出した。その時は冗談だと思い、受け流していた。まさか本当に回ってくるとは・・・。

 「とにかくまだ無理な状況です。リタイヤでもしたら検討するかもしれませんが、今回は何とかほかの方にお願いしてください」と必死に頼んだ。「**さんのお気持ちはみんなに伝えますが、もしそれでもお願いすることになったら考えてください」と言いながら、帰っていった。

 頭が痛いな。早く新しい会長を見つけてくれと祈るばかりだ。

 「チョウ」とつく役はいろいろある。会長もそうだけど、部長、班長、隊長、課長、級長・・・etc.
どれも私はなりたくないものだ。下手に責任を被せられることが嫌なのだ。逃げられないで、仕方なく引き受けたものもあったけど。

 しかし、一つだけ得意とする「チョウ」があった。それは「C調」「シー調」ね?

 難題を抱えているのに、バカなことを言ってる場合ではなかった。このような役目はMATTさんが得意だろうな。代わって欲しいものだ。
 
posted by Boo! at 23:43| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月16日

悪夢は忘れたころに・・・?

 先月の雪には驚いた。まさか11月に降るとは思わなかったので、雪情報が出ていたにもかかわらず、冬用タイヤに替えなかった。

 幸い、ノーマルタイヤでも無事に運転できたけど、「これは早目に替えたほうがいいな」と思い立ち、近くのタイヤショップに寄った。どこでも良いのだけど、ここで購入したからだ。

 所が、応対した店員が申し訳なさそうに「年内は予約で埋まっていて、早くても来年1月中旬以降になります」と言うではないか。驚いた。考えることは誰しも同じで、11月の早い雪で慌てて申し込んだ者が一気に増えたようだ。

 恐らく他の店でも同じ状況だろうと諦め、帰途についた。途中ランニングのため公園に寄ることにした。駐車場近くまで来ると、なんとなくハンドルが重く感じる。ともかく駐車場に入り、車から降り、車体を眺めると、明らかに傾いている。「まさか…」と思いながらタイヤに目をやると、左側後輪がペシャンコになっていた(悲)。「さっきの店でパンクしてれば、修理してくれたのに」と恨めしかった。

 「こうなったら仕方ない。昔取った杵柄だ。タイヤの一つや二つ、なんとかなる」と自信に満ち溢れながら(?)工具を出し、スペアタイヤを用意した。

 まずナットを緩めようと、レンチを差し込み、回そうとした。非力な私だが、こういう時はバカ力を発揮する。渾身の力を込め、レンチに力を入れた。が、ビクともしない。両手でにぎり、全身に力を込める。もう「痔」になりそうだ。腹立ちまぎれに足をかけ、体重を乗せるように上から力を入れた。しかし、全く歯が立たない(涙)。

 「それにしても、なんでこんなに固く締めるんだ」と、取り付けた業者に憎しみを覚えた。大の男が交換できないほどナットを締められたら、パンクが怖くて遠出などできなくなる。マニュアルにも「締め付け過ぎないように」と、注意書きがあるほどだ。「もうあの店には頼まん」と思った。

 「さてどうしたものか…」と途方に暮れたが、JAF会員であることを思い出した。何十年も年会費を払い続けてきたが、数えるほどしか利用したことがない。バッテリー上がりが2回、エンジン故障1回あった程度だ。

 「こういう時のJAFだ」と携帯を取り、連絡した。長時間待たされるかと覚悟したが、40分ほどで駆け付けてくれた。

 プロ御用達の電動工具であっさりとナットを緩めた。そして手際よく交換した。「ちょっとキツかったようですね」と同情してくれた。会員だからとは言え、無料で済んだことは有難い。

 3日後、12ヶ月点検でディーラーに持ち込んだ。冬用タイヤ交換も一緒にやってくれるというのでちょっと早目に出したのだ。こんなことなら、最初からディーラーに頼めば良かった。

 しかし、パンクも久しぶりだったなあ。後でタイヤの溝を確認したら、釘ではなく、長ネジがしっかりと突き刺さっていた。来春ノーマルに戻すときは新品タイヤにすることにしたので、パンク修理は依頼しなかった。
posted by Boo! at 21:47| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする