2016年12月10日

結婚、されど結婚!

 本日は我々夫婦の結婚記念日です。もう計算できないほどの年数が経ちました(悲)。しかし、女房というのはよく憶えているもので、「何回目だっけ?」と言おうものなら、「45回でしょう」とすぐ返ってくる。

 ま、よく続いたものだと感心する。全ては私一人の努力だ。艱難辛苦に堪えてきたからこそ、今がある。だから彼女には「感謝せよ」「おかずを1品増やせ」と言いたい所だ。しかし向こうも同じように思っているに違いない(笑)。

 結婚前の付き合いが約5年だから、結婚期間の45年を加えると50年、なんと半世紀も付き合ってきたことになる。元々は赤の他人だったのに、こうして長い年月を共に過ごしてきたことは不思議としか言いようがない。相性が良かったのか・・・?

 男同士でもそうだけど、相性の良し悪しは第一印象で決まることもあるし、何回か付き合っているうちに相手の良さが理解でき,付き合いが深まることもある。それも相性が良かったと言えるでしょう。これは理屈ではない。

 かつて、親の選んだ相手と結婚することが当たり前の時代があった。ひどい場合は有無も言わせず、強引に結婚させたケースもあったらしいから今じゃ考えられない。大体泣くのは女性だったでしょう。阿羅漢さんの奥さんなんて、最初「熊と結婚させられた」と日夜泣いたそうだ。

 それにしても、当人の知らぬうちに親と仲人だけの話し合いで決め、結婚式で初めて相手の顔を見るなんて、洒落にもならない。強い今の女性だったら、「ふざけんな!」とばかり、新郎を蹴飛ばして逃げ出すに違いない。

 でも、そのような結婚でも平和な家庭を築き、最後まで添い遂げる夫婦も存在したのだから、たまたま相性が良かったのかもしれない。逆に、熱愛の末に結婚しても、さっさと別れるカップルも多い。結婚というのは恋愛とは違うようだ。一時の勢いだけで結婚してもうまくいかないということだろうか?

 かつて、大学の後輩女子に驚いたことがある。「結婚します」と我々夫婦に招待状が届いた。喜んで出席の返事を出した。別の後輩からは「盛大な結婚披露宴になるようです」と聞いており、「派手好きな**ちゃんらしいや」と楽しみにした。

 所が、式の1週間前に「結婚やめました」と連絡がきた。驚いた我々は「えー!あと1週間だよ」「一体、どうしたの?」と問うた。「前から少し気になっていたのだけど、それがどんどん大きくなってきて、我慢できなくなった」「結婚すればなんとかなるかもと思ったけど、長い先のことを考えると・・・」と半分泣きながら事情を話した。

 聞けば、200名近くの方々に招待状を送ったそうだから、その事後処理には相当なエネルギーとお金を費やしただろうと思う。我々だって、あまりにもドタバタしたキャンセルで、くそ迷惑なやつだと呆れたくらいだ。

 それにしてもよく思い切ったことをしたもんだ。相手の心中を思うと同情したくなるが、しかし、一人だけが悪いということはない。二人でちゃんとした話し合いができなかったのだから、どっちもどっちだ。一番驚き、ショックを受けたのは双方の両親、仲人だろうし、相手である彼の会社での立場も微妙になったに違いない。

 だが考えてみると、結婚して離婚するよりも、結婚前に別れたほうがはるかに良い。周囲には迷惑をかけることになるけど、それはその時だけのことだ。一度しかない人生、多少の犠牲を払っても、自分で納得できる結論を出したほうがよい。

 その2年後、彼女は新しい相手を見つけ、無事結婚した。離婚ではなかったから、初婚になる(笑)。考え方も堅実に変わったか、60名程度の出席者に抑え、こじんまりと、ほのぼのとした好い披露宴になった。現在でも仲良くしているから、あの時の決断は彼女にとっては正解だったようだ。

 さて、5年後の我々は50周年を迎える。金婚式だ。一人だけ元気でもダメだから、なかなか大変な数字だと思う。両親は達成できなかったし、義父母も叶わなかった。その点、あたごウクレレさんご夫妻はすごい。仲の良いことはピカ一だ。金婚式はとっくに過ぎ、もうすぐダイヤモンド婚式を迎えるそうだ。つまり60年ということだ。すごいなあ。なに、まだそんなに経ってない?
posted by Boo! at 22:05| 東京 ☀| Comment(8) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

おすすめ?

 昨日はヤボ用があり、都内まで出かけた。普段から都内まで出かけることは多いので、別に珍しくもない。ただ、都内と言っても都会のど真ん中、官公庁が集中する周辺だ。しかも昨日は日曜日、官公庁は一斉に休みとあって、普段とは様子が違う。いつになく新鮮な印象を受けた。

 地下鉄を降り、皇居のお堀端を歩き、お目当てのビルに向かう。警視庁、国会議事堂が目に入る。さらに外務省、財務省と続き、阿羅漢さんやたぬきさんにはお馴染みの地方裁判所が現れる。お二人は被告人という立場でよく出入りするのだ。門番も思わず敬礼するそうだ。悪い人間もそこまでビビらせれば大したものだ…どこが?

 本当に官公庁ばかりだ。ちょっと感激したのは、国会議事堂の姿だった。綺麗な街並みに映え、静かに美しく佇んでいた。存在感もある。この様に上品な建物の中で議論を繰り広げる国会議員たちは上品なのだろうか?議事堂に入る資格のない者が多いような気がする。

 紅葉はとっくに終わったはずだが、議事堂周辺の銀杏並木が美しい黄色に染まっていた。思わずデジカメならぬ、タブレットで撮った。

国会議事堂.jpg

 それにしても、この界隈の静けさはどうだろう。人通りはほとんどなく、10分歩いて2人しかすれ違わなかった。1人は外国人らしい男性のジョギング中だった。

 車の往来も平日に比べると極端に少ない。何だか日本ではないような錯覚さえ覚える。しかし、所々にパトカーや白バイが待機していて、目を光らせていた。場所が場所だから仕方ないが、これだけが無粋だ。

 突然サイレンが鳴り、1台の車を追跡した。これが2回あった。少しでも不審とみれば追いかけるようだ。阿羅漢さんだったら追いかけられっ放しだ。一緒でなくて良かった(笑)。

 やがて大きなビルに入った。30何階だから超高層ビルだ。会場に入ると、窓越に周辺ビル街の景色がパノラマで飛び込んできた。挨拶もそこそこに、窓まで寄り、見惚れた。東京は雑然としているようだけど、こうして上から眺めると捨てたものではない。機能的な美しさだ。先程見た議事堂が眼下にある。ここでもシャッターを押した。

議事堂周辺.jpg

 なまじ変な場所に行くよりも、たまに官公庁街を歩くのも悪くないなと思った。奥さんとご一緒も良し、浮気相手でも良し(いればですけどね)です。
posted by Boo! at 22:03| 東京 ☀| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

はや、12月!

 まさに「光陰矢のごとし」です。ついこの間新年を迎えたと思っていたのに・・・。

 一年を振り返ることは意味のあることなのでしょうが、私に限っては、無意味にダラダラとした一年を過ごしてきたので、敢えて避ける(笑)。

 最近気になることがある。それは高齢ドライバーによる事故報道のあり方だ。自分が高齢者の範疇に入るから余計に感じるのかもしれない。連日のように新聞やTVニュースで報道されるので、他人事ではない。

 しかしこれら報道は果たして公正なのだろうか?勿論事実に基づいて報道しているとは思うけど、こと更高齢者のみを取り上げている印象が強く、まるで高齢者ばかりが事故を起こすかのようだ。すると当然ながら世間は、「高齢ドライバーをなんとかしろ」となる。その論調は益々高くなっている。

 確かに、年を取れば体のあちこちが衰えるし、反射神経も鈍ることは否定しない。しかし、個人差というのがある。**歳になったからと言って、一斉におかしくなるなんてことはない。

 運転は、若いから事故を起こさない、年寄りは起こす、などと単純に論じることはできない。しかし報道は、「高齢ドライバー=危険」一色だ。私はこれを偏向報道と言いたい。具体的数字を示し、「なるほど」と思わせる報道をしてもらいたい。例えば、警察庁が公表している交通事故の統計がある。

 年度毎に、世代別の事故数をグラフ化している。それによれば、交通事故全体に占める割合の最も高い世代は20才前後の若者となっている。問題の高齢者世代はずっと下の位置だ(2011年度)。若者のほうが余程危険ということになる。だがこれをもって、「若者に運転させるな」の風潮にはならない。つい先日も、20代のドライバーが高速道路を逆走して事故を起こした。これがもし高齢者だったら「それ見たことか」と大きく報道したに違いない。不公平だ。逆走は高齢者の専売特許のようだが、そんなことはない。一瞬勘違いすることは誰にも起こりうる。むしろ、逆走を防止する手立てを考えたほうが良い。

 運転する者は、年齢に関係なく、誰もが危険と隣り合わせだ。それを自覚して運転するべきだ。高齢者ばかりに白い目を向けるのではなく、ドライバー全体の問題と捉えて欲しい。

 とは言うものの、私だっていつまでも運転しようとは考えてはいない。ちょっとでも自信が無くなったら、やめるつもりだ。今の所自信に溢れ、モタモタと前を走る車がいると「おらおら、邪魔だ」とばかりを煽りまくるし、信号が赤でも無視する。一般道路を平均100km、高速道路は150km以上で走ることを旨としている…オイオイ。
posted by Boo! at 21:54| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

大雪

 いやいやいやいやいやいや、いや・・・・・・・・・・・しつっこい?まさかの大雪でした。

 「雪の予報」が出ていたとは言え、まだ11月です。普通は早くて12月下旬、下手すれば最近は1月過ぎにならないと降らない。予報はどうせ外れるか、降ってもパラパラ、大したことないだろうと舐めていた。

 ところが朝起きて、外を見たら小雪がちらついていた。積もるほどではなく、道路も濡れていた程度だった。まだ冬用タイヤに交換してなかったので心配したが、「この程度なら大丈夫だ」と安心した。

 所がその2時間後、出かけようと玄関を開けたら、本格的な降りになっていて、車の屋根、フロントガラスには数センチ程度の雪が積もっていた。道路はシャーベット状態だ。柄のついたブラシで車の雪を払った。「こんなに降るなら、昨日のうちにタイヤ交換するんだった」と後悔した。

 スリップして事故でも起こしたら最悪だから、慎重運転を心がけ、車を走らせた。しかしかなり湿った雪のせいか、道路はべちゃべちゃで、ノーマルタイヤには助かった。

 「暖冬だ」と騒ぎ、昔の冬の寒さを懐かしんだ(?)私としては、この大雪はまさかの出来事だ。11月の初雪としては54年ぶりというし、11月の積雪は観測史上初らしい。人間長く生きると、こういう珍しいことに遭遇する。そういえば、54年前というと、私が生まれた年だったような・・・?

 2年前の2月だったか、2週続けて大雪が降ったことがあった。記憶にもないほどよく積もったが、そのために雪による被害が多く出た。私の住む町周辺でも雪の重さで車庫の屋根がつぶれたお宅が多かった。我が家も屋根に設置している太陽光パネルに積もった雪が一気に滑り落ち、雨樋が一部破損した。パネル面はガラス状だから、滑りやすい。

 東北も大変だろうな。特に阿羅漢さんの家はすっかり雪で隠れてしまい、雪穴から出入りしているそうだ。クマでも出てきたかと、近隣の住民を驚かせているから迷惑な話だ。いっそのこと、そのまま冬眠すればいいのに・・・(笑)。
posted by Boo! at 22:39| 東京 ☀| Comment(7) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

いい加減にせんかい!

 今朝の地震には驚いた。まだ6時前だったが、起こされてしまった。ちょっと位の揺れでは起きぬ愚妻(最近、美人妻から格下げ)も飛び起きた。

 長い時間揺れた。そして思い出した。あの東日本大震災で経験した揺れとよく似ていたからだ。すぐにラジオをつけ、NHKの緊急速報に耳を傾けた。「震源地は福島県沖、震度5弱、マグニチュードは7.3」と、繰り返し流れてきた。そして「津波の恐れがあります。至急高台に避難してください。落ち着いて行動してください」と、何度もアナウンスしていた。アナウンサーの声に混じって、バックからは例の緊急警報音が鳴り響いていたが、あれは嫌な音だ。さらにアナウンサーの声が甲高く、余計に不安を駆り立てる。こういう時こそ、ゆっくりと落ち着いた声で呼びかけるべきだ。

 それにしても、M7.3とは大きい(その後7.4に訂正された)。今年起きた熊本地震より大きい。真っ先に津波を心配した。しかし、発生はしたものの大事に至らなくて良かった。5年前の大津波の記憶がまだ生々しい。恐らく現地の方々は、当時の恐怖が蘇り、すぐに避難行動を起こしたに違いないが、お気の毒だ。

 「地震国日本」に住む我々は、覚悟しているとは言え、「いい加減にせよ」と、自然を恨みたくなる。

 以前の記事で、「11月なのに、暖かい」などど書きましたが、「明後日はもしかしたら雪が降るかも」という予報が出てます。まだ楽観していて、冬用タイヤに交換してない。ま、必要になるような大雪にはならないでしょうが、このようなロクでもない予報は当たるかもしれないからなあ(笑)。
posted by Boo! at 22:01| 東京 ☀| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

おつきあい

 そろそろお歳暮や年賀状の準備にかかる時期になってきました。

 最近はお中元やお歳暮を贈る習慣が薄れているそうだ。それも相当な落ち込みで、デパートなどはピーク時に比べると三割の売上とか…最近の新聞記事にあった。

 昔と違って、公務員は民間業者から受け取ってはいけないし、学校の先生は父兄から受け取らない、会社だって、かつては上司に贈るのが当たり前の時代があったけど、現在そんなことを認めるような会社は時代遅れだ。当然とも言える。贈る贈らないで、出世に響くなんてどうかしている。しかし人間は弱いものだから、少しでも上司の心証を良くしたい気持ちは分かる。全体から見れば、虚礼廃止の傾向に進んでいるのだろう。

 人間は弱い一方で、卑しい部分も持ちあわせている。立場が変わり、偉くなったと勘違いすると、相手に期待する人間がいるのも事実だ。「タカリ」の根性だ。だから汚職なんて無くならない。いくら偉くなろうが、卑しい根性のままだと尊敬はされない。どこかの知事もそうだったような…。

 本当に贈りたい相手に絞って贈るのが本来の在り方でしょう。少なくとも私はそのように心がけている。

 贈るのはなにもお中元やお歳暮でなくてもよい。美味しい季節ものを頂くと嬉しいものだ。今年亡くなった秋田の従兄は毎年欠かさず新米を送ってくれたし、信州からは二十世紀梨が届いた。だが、「今年は秋田からの新米はない」と諦めていたのに、思いがけず別の従兄から届いた。

 二十世紀梨も昨年が最後になった。従兄が難病にかかり、栽培を断念したからだ。最高に美味しかったので残念だけど、致し方ない。散々お世話になったので、こちらからのお歳暮は続けたい。

 今年はどういう訳か、ミカンをよく頂く。豊作なのだろうか?静岡や広島の知人からダンボール一箱分届いた。さらにご近所の方二人から、「我家のミカンです」と、沢山頂いた。「あり余ってます」とも言えないので、笑顔で受け取った(笑)。

 贈ったり贈られたりはそんなに悪い習慣ではない。人間関係の潤滑油的役目もある。義理だけのやり取りするから負担に感じるのだ。

 そう言えば、母がその義理だけの付き合いにがんじがらめだった。「なんでそんな人にまで?」と、私には理解できなかったものだ。普段ほとんど付き合いのない方にまで贈るからだ。当然ながら相手からお返しが届く。するとお返しがあったからと、来年また贈る。引き出しの中には送った伝票が束になっていた。

 「相手は有難迷惑と感じているかも知れないんだから、ほどほどにしないと」と嫌味を言っても無視してくれた(笑)。それが証拠に、母が施設に入り、贈ることができなくなると、パタッと相手からもこなくなった。「ご機嫌伺い」の連絡すらなかった。ゲンキンというのか・・・。変わらず届いたのは、本当に母のことを気遣った近い親類であり、親しい友人からだった。





posted by Boo! at 22:40| 東京 ☀| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする